たったひとつのクールな方程式 −The Only Cool Equation-

波野發作

小説

2,367文字

豪SF電子雑誌『AntipodeanSF Issue 260』に掲載された作品(Toshiya Kamei訳)の日本語版。初出はオルタニア増刊号『冷やしSFはじめました』。

 惑星フィリッパからの救援信号で、我々宇宙パトロールは宇宙有事法第六九条に則り、緊急救援艇を派遣した。十五時間ほど前のことだ。宿直だったぼくは宿直用仮眠ベッド兼緊急救援艇で眠っていたために、そのまま射出され、いま、この狭いコックピットで、こうしている。

 

 こうしている?

どうしている?

少し考え事をしている。

 

 コックピットは仮眠ベッドを兼ねているため、一人乗りとしては決して狭くない。本来は狭くない。ぼくの体型でも狭くない。だが今は狭い。

 惑星フィリッパでは、脳に寄生するタイプの宇宙生命体アイヤーによる感染症が発生し、五名の宇宙開拓者ファミリーが危機的状況であるという。24時間以内に高熱を発生するワクチンを摂取しなければ、宿主は死んでしまう。アイヤーは熱に弱いのだ。

 

 ぼくのいた宇宙パトロールの駐屯基地アルファワンから、フィリッパまでは通常の航行で20時間程度である。もちろん恒星間航行であるので、亜空間をジャンプするスーパードライブ航法も併用している。そして今、まさにそのスーパードライブの真っ最中で、ぼくたちは亜空間を航行しているのである。

 念の為説明しておくと、スーパードライブはワープアウトを行う瞬間に、宇宙船の質量が設定値とイコールでなければ、正常なワープアウトができない。どうにかして帳尻を合わせる必要があり、それは船長の絶対的権限の元に行われる神聖な処置である。正常なワープアウトができない場合、宇宙船は恒星に突っ込んだり、ブラックホールに引き込まれたりするし、とにかく危険である。

 

 壁面のディスプレイには、現在質量が超過状態にあることと、ワープアウトまであと五分ほど(文字数にして一五〇〇文字ぐらい)しかないことが示されていた。前置きはこのぐらいでいいだろうか。状況は把握できただろうか。

 つまり、ぼくは、今から、この見知らぬ女を(しかし美しい)、宇宙船の外に叩き出さなければならない、ということなのである。

 

「おいコラ」

「……んーまだ眠い」

「起きろ」

「なによ。もう少し寝かせてよ」

「ダメだ時間がない」

 女はブツブツ言いながら上体を起こした。起こして目を見開き、あたりを見回した。

「ちょっと、ここどこ? あなた誰?」

「あー。もういい。時間がないのでざっくり説明すると、ここは宇宙船で、アイヤー対策で緊急出動中で、あと五分でワープアウトするが、一人分質量が多いので、君には亜空間に出ていってもらわないとならない。エアロックは君の後ろにある。さあどうぞ」

 ぼくは彼女の背後にある扉を指し示した。赤いボタンを押せば内扉が開き、その先がエアロックである。エアロックの外扉の向こう側は、亜空間である。生身の人間は生きられない。分子流にすり潰されて即死である。

「ひどい」

「ひどくない。君が降りてくれないと、ぼくは惑星フィリッパに行くことができず、救援を待っている五人の家族が死んでしまう。君ひとりの犠牲で、五人が助かるんだ。さあ早く。時間がないんだ」

「さっきアイヤー対策って言った?」

「そうだ。フィリッパでアイヤーが発生した。ワクチンが効くかどうかは試してみないとならないが、放置すれば確実に五人は死ぬ」

「アイヤーのワクチンは正しく接種しないと、60%しか効き目がないわ」

「ああ、そう聞いている。それでも三人は救うことができるんだ。君の命は無駄ではない」

「正しく接種した場合は、100%だって知っている?」

「そうなのか?」

「そうよ」

「なぜ知っている」

「あたし医者だから」

「なんだって?」

 ぼくは彼女の顔をよく見た。メガネがないから気が付かなかったが、いつも医務室にいるドクター・トロリーだ。ジュディ・トロリー。

「ミス・ジュディ……」

「ハーイ、ジャービス」

 ああそうか。昨夜のぼくはついに積年の思いを遂げて、彼女をベッドに誘うことができたというわけか。まったく覚えていないのは大失態だ。死んだほうがマシだ。クソ。

 

「どうするの、船長」

「ああ、そうだな。時間がないな」

「そうね。あと五〇〇文字ぐらいで決めないと、文学フリマに間に合わないわ」

「ジュディ」

「どうしたのジャービス」

「ぼくはね、あまり数学は得意ではないんだ。方程式とかああいうのは苦手でね」

「よく宇宙パトロールに入れたわね」

「ぼくは宇宙法学の専門家でね。そっち方面で入ったんだ」

「ああ、そういうことなのね」

「数学は苦手なんだが、算数はできるのだよ」

「そう」

 

 嗚呼。簡単な話だ。彼女を放り出せば、一人の犠牲で三名を救うことができる。しかし、彼女が惑星フィリッパまで行けば、五人が助かる。ごひくさんはにだ。

「しかし、宇宙法学的には、船長であるぼくの権限でなければ、処理はできない。ああ、できない。いやできる方法をぼくは知っている。なんということだ。ぼくは方法を知っている。そしてそれはぼくでなければ執行できない」

「決断するのはあなたよ、ジャービス。あたしも覚悟はできている」

「そうだな。決断しよう。時間がない」

「そうそう、ジャービス、あなたきっとわたしのお腹に赤ちゃんができているんじゃないかとか、余計なことを考えるかもしれないので先に言っておくけど、あなたインサートの前にエジャキュレーションしちゃったからその心配はないわ」

「う、うわああああああああああああああああ」

 ぼくはもう一秒たりともこの宇宙船の中に留まることに耐えられそうになかった。すぐさま、彼女に船長の権限を移譲した。エアロックのレバーは思ったよりもだいぶ軽かった。

「さようならジャービス」背後で扉が閉まった。

 さようならぼくのジュディ。冷え切った外部ハッチがクールに開いた。


END

 

英訳版

 

関連作品『✗への扉 −The Door into Last night−

2020年6月2日公開

© 2020 波野發作

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