「いやー、もうミナちゃんには足を向けて寝れませんな」
「でしょー、もっと褒めてくださいな」
館長は久しぶりに賑わっているメトロシアターに喜びながら、というよりも女子大生の大群に鼻の下を伸ばしながらさっきからミナを褒めちぎっている。
ミナの計らいで教育学部のゼミの発表会を急遽メトロシアターで行うことになったらしい。そして女の子たちに詰め寄られた館長は格安でシアターを貸し出すことに同意した。
僕はせっかく綺麗に保っている館内が汚されないか注意深く見張りながらせっせとポップコーンやジュースを用意していた。
「あ、ミナの彼氏さんだ。こないだ短編映画見ましたよ!」
ミナの同期のユナがカウンターに身を乗り出して笑顔でそんなことを言うから僕も嬉しくて笑顔を返した。短編映画『一生に一度のお願い』はミナとリョースケと僕三人だけの映画同好会が作った、部室確保のためだけの映画だったのだが、僕は結構本気で頑張ったのだ。
「ありがとう。面白かった?」
「制服姿のミナが可愛かった!」
「ああそう」
「やったぜ」
せっせと働く僕の隣でお金を受け取りながらミナがガッツポーズする。
「内容はよくわかんなかったけど」
「ああそう」
「あれこの人が脚本書いたんだよー」
「あと最後らへんに出てくる天の声みたいな……」
「自然神eね」
「それがなんか棒読みで違和感だったかなー」
「ああそう」
「だよね、それこの人なんだよー」
クスクス笑いながらミナが僕の頬をつつく。どうせ僕はそんなもんだと拗ねながらポップコーンをカップに詰め、太れと思いながら大量にバターをかけてやる。
「てかあの制服は彼氏さんの趣味ですか?」
「そうかも、この人の脚本だからねー」
「えー、大人しそうな顔して意外と変態?」
「うーん、そうだね、わりと変態かも」
「きゃー」
「おい適当なこと言うな」
「でも制服好きでしょ?かわいいかわいいってめっちゃ褒めてくれたじゃん」
「嫌いではないけど」
「ほーら」
散々いじられて疲れ果てた僕はニヤニヤしっぱなしの館長と共に煙草を吸いに外へ出た。ミナたちはシアターで何やら楽しそうに騒いでいる。あれで単位が貰えるんだから立派なものだ。
「やっぱ女の子はいいなあ」
「そうですか、そりゃよかった」
「何拗ねてんだ、あんなにかわいい彼女がいるくせに」
「別に拗ねてないですよ」
「というかお前映画撮ってたんだって?何で俺に言わないんだ」
「興味あるんですか?」
「あたりまえだろ、こんなご時世に映画館続けてんだぞ」
「本当は?」
「ミナちゃんの制服姿が見たいだけ」
ほらね、とふて腐れながら煙を吐き出すと館長は「冗談だって」と笑った。
「それで、どんな話なんだよ」
『一生に一度のお願い』は、一生に一度のお願いが本当に一度だけ叶う世界の話。主人公の女の子シータは高校に馴染めずに引きこもっていて、唯一の友達は仮想世界に生きるAIのアイだけ。ある日アイのお願いで二人は通話しながら遊びに行くことになり、久しぶりに外に出たシータは外の暑さですぐにヘコたれてカフェに入る。仮想世界で同じようにカフェに入り、イメージすれば目の前に何でも食べたいものが現れるアイに嫉妬するシータ。何も思うようにならないシータとは逆に、アイは何でも思う通りになる世界に飽き飽きしていて、感覚を持って疲れたりするシータに嫉妬していた。そして二人は一生に一度のお願いを使って入れ替わることを決める。
自由な世界を満喫するシータと、初めて味わう感覚というものに感動するアイ。しかしシータは何でも叶う世界でも寂しさは紛らわされないことに気づき、元の世界へ帰りたくなる。その頃アイは学校へ行き、クラスメイトの男の子に恋をする。帰りたいシータと帰りたくないアイ。しかし男の子と親しくなり始めたアイは、嫉妬したクラスメイトの女の子からイジメにあって、どうにもならない状況に挫けてしまう。二人はやっぱり自分の世界がいいと気づくが、一生に一度のお願いはもう使ってしまった。
泣き出す二人に声が届く。それは自然神eだった。神は二人に世界はいつも変化し続けていて、それは見方によって姿が違って見えるにすぎないということを教え、目の前のものを受け入れ、自分がどう生きるかで変えていける、だから目の前のものを大切にしなさいということを説く。そして入れ替わりは二人のお願いだから、彼女たちには願いの力がまだ半分ずつ残されているので、同じ願いなら叶えることができるということを教える。二人は元いた世界に帰り、お互いに目の前の、自分にとっての現実を生きていく。
「ふうん、つまんなさそう。説教くさいし」
「でもミナはほんとに可愛かったですよ、なんか演技うまいし」
「頼む、見せてくれ」
「絶対嫌です」
館長は時給上げるからなどと初めは下手に出ていたくせに最終的には「クビにするぞ」と脅しにかかってきた。なんて人だ。それに屈したわけではないが、実際映画通の館長の意見は少し聞いてみたかったので僕はデータを送ってあげた。閉館時間が終わったらスクリーンで見ようとウキウキの館長に僕も一緒に見てもいいかと問うと何故か拒否される。いったいどういう見方をするつもりなんだと深く後悔した。
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