殺人罪

応募作品

中野真

小説

4,136文字

お盆休みにミャンマーへ行ってから咳と痰が止まらず謎の病原菌に感染しているような気がしているせいかずっと気分が悪いので暗い話になりましたが本当は明るく楽しい話が書けたらいいなと思っています。今回はテーマである「地元」を思い浮かべて書きました。

お盆が過ぎ断続的な雨が続くと、ある日ふと、随分と日が暮れるのが早くなった事に気が付く。すると私は、暗がりの中に蝉の声を探し、自分の罪を思い出す。

 三年前、私は殺人を犯した。被害者は二名、もしくは三名だったかもしれないと曖昧だが、少なくとも一名には確実に私の責任がある。しかし私を裁くべき人たちは私の罪を知らない。それどころか私の存在すらほとんど知らないのかもしれない。なので私は自分の罪を自ら裁く必要がある。しかし私には自身の裁き方がわからない。それゆえこの罪を償うことはできず、いつまでも背負っていかなければならないのだろう。いや、それは実際に司法の手に捕まり刑罰に処された人とて同じことか。なんにせよ、この手記は私の罪の告白という形を取る。それは私の甘えであるのかもしれず、誰のためにもならないのかもしれない。私はこれを誰かに読ませるつもりはない。それならばどうしてこのように文字起こしをして面倒な文章を綴らなければならないのかと問われれば、やはりそれは私自身の為であって、被害者である彼女の為などではないのだろう。すでにその事に対し浅ましさを覚えながらこの文章を続ける。

 私と彼女の出会いは何もロマンティックなものではない。田舎町の小さな会社で印刷会社の事務員として働く私には若い異性との出会いがなかった。日中会社に出入りするのは運送業者のたくましい兄さんや感じの良い広告代理店のおじさんばかりであり、社内には私よりひと回りかふた回りは歳を重ねた既婚者しかいない。新入社員の私に事務の仕事を教えてくれた五十手前の平田女史は今年いっぱいで親の介護のため退職するらしい。特に何を考えるでもなく振られた仕事をこなし定時に帰宅した私はスマートフォンのマッチングアプリでアポイントを取った彼女と会うために一時間かけて二つ隣の市まで車を走らせた。

 どうしてマッチングアプリなどを利用したのか今ではあまりよく覚えていない。なんとなしの気まぐれだったのだろう。都会での生活に疲れ先のことも考えず退職し、地元に帰ってきたと言っても連絡を取ろうと思える友達もおらず、寂しさを紛らわせたかったのかもしれない。二十六にもなって何の技術も身につけず実家に舞い戻り、展望のない日々を送るだけの生活は精神的な孤独を加速させ、暇を持て余した私は学生時代のモラトリアムを取り戻したように「生きる意味」などという無意味ものを考え続けることに疲れていたのだ。結婚したいと思ったことはなかった。誰かに責任を持てるような人生を送っていなかった。それなのに誰かを求めたことが私の第一の罪だったのだろう。

 少し遅れて待ち合わせ場所に現れた私を、彼女は柔らかい笑顔で迎えてくれた。それほど器量が良いわけではなかったが、片方だけ笑窪ができるその笑みは愛嬌のあるものだった。そこは彼女の住む町に最近できたイオンの三階に入っている映画館だった。私たちはそれぞれで映画のチケットを買い、レストランエリアの方へ歩いた。会話はぎこちなく、すでに私は面倒な事になったと思い始めていた。

 その日は自己紹介のような食事会の後、並んで映画を見てすぐ解散になった。帰り際に一応LINEを交換したが、その日の礼をお互いに述べた後にやり取りは続かなかった。しかし一週間後、私はまた寂しさを紛らわすため彼女に連絡を取った。仕事終わりにそのまま隣町まで車を走らせ、彼女を隣に乗せあてもなくドライブした。何を話すわけでもなくぼんやりと過ぎていく時間が心地よかった。

 三回目に会った日、私たちはラブホテルで映画を見た。彼女はそういった施設に入るのは初めてだと言って少しはしゃいでいた。テレビのチャンネルを切り替えるとアダルト放送に当たり、はやく換えてと顔を背ける彼女を楽しんだ。室内には有線で陽気な洋楽が流れ続けており、私たちはその止め方がわからなかったので、内容とマッチしないBGMとともに子供と老人と犬が出てくるベタな感動映画を見てホテルを後にした。彼女は少し泣いていた。その泣き顔は美しかった。

 そうして、私たちはどんな約束の言葉も交わさぬまま、気づけば恋人のような関係になっていた。出歩くときは手を繋ぎ、運転中も手を繋ぎ、事の終わった後も手を繋いで眠った。私は眠る彼女の、器量良しとは言えない横顔を見て、彼女のことをどう思っているのだろうと自分に問う。しかし答えはわからず、今そこにある居心地の良さに甘え続けていた。

 私の住む町は、どこにでもあるマクドナルド化されたところで、通りに立ち並ぶのはなんのひねりもないチェーン店ばかり。すき家、デニーズ、スターバックス、丸亀製麺に大戸屋。大きめのイオンがあり、その隣にはイオンタウンがあった。便利には便利であり、何でもありそうでもあったが、絶対に必要というようなものはどこにもなかった。両隣の町には競艇場があり、彼女の住む町には競輪場があった。しかし私の町にはパチンコ屋くらいしかなく、時間つぶしに打ってみても何も起こらず金を失うだけだった。私に博才がないことは学生時代に嫌という程味わっていたので今更それほど深入りすることはない。私はそんな町で時間をすり減らしていくことに窒息しかけていた。近頃出来たかつ屋に行列している人々を憂い、ここにいる人々は何に満足し、何を考えて生きているのだろうなどという余計なことを考えた。しかしそれはそんな町からすら出ることのできない自分の無能を棚上げした苦しみであり、側から見れば滑稽な言い訳でしかないようなものだ。以前読んだ本にも、私の探しているようなものは、見つけるものではなく、見出すものだと書いてあった。それを見出せないのはやはり私の能力不足でしかなく、現実逃避のこのような執筆が原因なのだろう。文章書きなどに憧れるのは、目の前のものを受け入れられない、プライドだけは立派な無能の阿呆なのだと思う。その瞬間をすら懸命に生きられない自分が書く文章などにどのような価値があるというのか。

 田舎では初体験が早いという話を聞いたことがある。それ以外に娯楽がないからだという理由だそうだが、時代は変わり、地方に住んでいてもインターネットさえ繋がれば娯楽はいくらでもあった。私の初体験にしたって、大学生になり都会へ出てからのことだった。私たちが出会ってから三ヶ月が過ぎ、お盆休みには大阪へ泊まりで出かけたりもした。その前に私は彼女の初めての相手となっていた。それから私たちのやることといえば、仕事終わりの遅い時間に会い、夜ご飯をともにし、時にはそれも省き、ラブホテルへ駆け込むことくらいとなっていた。確かに、週に二回会うだけでもそれ以外にやることはすぐに失くなってしまった。

 そしてその日、ことが終わった後、私は小さくなった自分のものを引き出すと、そこにあるべきものがついていないことに気がついた。それは目を瞑る彼女の顔を見ながら、自分は何をしているのだろうと余計なことを考え、途中で私が少し萎えてしまった時に外れてしまったのかもしれない。ゴムは彼女の中に入っていたが、その中には出したはずの私のものが入っていなかった。

 私は終わった後すぐに少し眠る彼女を追い立ててシャワーを浴びさせ、じゃれつく振りをしながら彼女のあそこをシャワーで丹念に洗った。体が重く、面倒だという気持ちが全身に広がっていった。その可能性を考えること自体が私にはかなり億劫なことであった。

 彼女の車を停めた場所まで向かう車内で、珍しく事の後沈鬱な私に対し、彼女はいつも通りしなだれかけて甘えていた。いつもは心地よい彼女の温もりが随分と煩わしかった。24時間営業のマックスバリュの駐車場で、いつもならしばらくじゃれあってから別れるのだが、その日は次の日の仕事を理由に私は早々と彼女を車から降ろした。

「ありがと。またね」

 それが最期の言葉になればいいのに、と私は思った。何らかの事実がはっきりするよりも前に彼女が死んでしまえば、あるのかないのかわからない未来に思い悩む必要もない。彼女と過ごす時間は好ましく、人生を添い遂げても良いとは思うが、今すぐにというわけにはいかなかった。私の低収入の半分は都会生活中の遊びで使った複数のカードのリボ払いに当てられていたし、彼女はまだ学生だった。

 そんな私の内心も内情も知らず彼女は笑顔で手を振って車を前に出し、縁石に乗り上げて驚いた顔をして私を笑わせた。それから恥ずかしそうに車をバックさせ、あっかんべーをして駐車場から出ていった。私はそんな彼女のことを好きだと思い、そして、やはり死ねばいいのにと思いながら煙草を一本吸った。窓を開け、少し涼しくなってきた夜の空気の中に紫色の煙を吐き出して蝉の声を探した。九月になれば、彼女の二十歳の誕生日だった。プレゼントを買う金はあるだろうかと考えながらエンジンをかけ、帰路に着いた。彼女はその日の帰り道、信号無視をした車に右側から突っ込まれて即死した。私がそのことを知ったのは、彼女の葬式が終わった後だった。私たちは、私たち以外に繋がりを持っていなかった。

 私は、彼女を殺したのだと思っている。そして、彼女のお腹の中に宿っていたかもしれない子供の命も。その事を知る人はいない。私は誰にも責められず、私だけが、私の罪を知っている。今もまだ、左手に彼女の温もりを思い出すことができる。しかしそれもやがて、忘れてしまうのだろう。それでいいのだろうか。彼女の、彼女たちの命は、確かに私と繋がっていたはずなのに。

 死ねばいいのに、と思いながら、私は今もまだ生きている。その理由はわからない。生きるのも、死ぬのも、面倒なことだと思う。それでも、私より生きるべき人が死んでしまったのなら、私も億劫な体を引きずって、なんとか死んでしまわなければ申し訳が立たない。どうすればいいのか教えて欲しかったが、私の罪を裁くことができるのは、やはり私だけなのだろう。その先で、彼女に会えたらいいのになんて思うのは、虫が良すぎるだろうか。それでも彼女なら、片方だけに笑窪を浮かべ、私を待っていてくれているような気がするのだ。そして私はまた一つの夜を生き、明日の朝日を恨むのだろう。

 

 

2019年9月1日公開

© 2019 中野真

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私小説

"殺人罪"へのコメント 11

  • 投稿者 | 2019-09-24 20:19

    あるのかないのかわからない罪の告解を文章を通して行っている点とか、妊娠中絶ぬきで妊娠=結婚になる点とか、何やらカトリック的な主人公だなと感じた。郊外感が出ていていい感じ。あと、今回はただでさえ作品数が多くて読むのが大変なので、できれば2作のうちどっちか自信のある方に絞ってくれたほうがありがたい。2作の中では、私はこっちのほうが「地元」感があると思う。

  • 投稿者 | 2019-09-25 11:18

    自分も存在の不明な罪を背負ってしまうことがあって、またマクドナルド化された町というのが自分の地元でもそうで、そういう共通点のおかげか自分のことのように景色を感じ取れました。

  • 投稿者 | 2019-09-25 23:01

    よく完成している作品だと思います。それだけに最初の出だしで結末が予期できてしまったというのは少し残念でした。吉田修一の『悪人』を思い出しました。

  • 投稿者 | 2019-09-26 02:37

    主人公の思考が、あえてだとは思うのですが安直で、あと田舎はセックスとギャンブルしかやることないと言いますので、そういうキャラ付けなのかなと考えました。

  • 投稿者 | 2019-09-28 17:32

    罪の告白が私と被りました。私小説を書くにあたって読者を引き付けるにはどうすればいいかを考えると必然的に、とういうか、楽な方法なので簡単でそちらに靡いてしまいますよね笑
    しかし中野さん、出会い系アプリす好きっすね笑

  • 投稿者 | 2019-09-28 18:22

    行き場のなさが辛いですね……心に残る小説でした。

  • 投稿者 | 2019-09-28 23:21

    人の死を願って、それが偶然であっても現実になった時の恐ろしさを、私も少し知っています。理屈ではない恐ろしさです。それが身体を交わした人であればどれほど恐ろしいか。私としてはもっともっと悩み悶え後悔してほしい。自分にしか関心のなかった若者が恋人を「殺してしまった」十字架をどう背負って行くのかが見たいです。
    読みやすい的確な筆力の持ち主ですから、きっとそれができると思います。

  • 投稿者 | 2019-09-30 01:29

    風景が良かったです。イオンでデート、マック、デニーズ、スタバなど、どこにでも存在する日本の「地元」が描かれていると思いました。どこにでもありそうな街を舞台に、どこにでもいそうな彼女と、どこにでもありそうな悲劇の組合せが絶妙だと思いました。

  • 編集長 | 2019-09-30 10:55

    地元の閉塞感のなかでさして思い入れなく関係を持つ男女、という設定はもう一作にも見られた。コンドームが外れたくらいでそんなに焦ることはないだろう。イヤミス的な仕掛けを施したのは◯。

  • 投稿者 | 2019-09-30 11:41

    一見冗長と思える文体だが、読み始めると一転して心地の良いリズム感の虜になり引き込まれていく。そうなると贅肉とも言えなくない細かな描写も、熱で溶けた上質の牛脂のように濃厚な美味さの一角となって私を魅了しはじめる。ごちそう様でした

  • 投稿者 | 2019-09-30 13:10

    物語の作りがすっきりしていて、自然な流れでラストまで続いていくのはよかったと思います。
    ただ個人的に、すっきりしすぎていて想像力が刺激されないというか「そういう流れになるよな」という感覚でしか読めなかった感じがしますが飽くまでも個人的な意見です。
    あとこれも個人的に感じた事なのですが、不要な説明が多いかな、と。説明自体はいいと思いますし、例えば不要な説明をたくさん入れることによって読み方のリズムを制御するとか敢えてひとつひとつのシーンに引き留めるみたいな意図があれば全然いいと思うし、その上で書かれたのなら完全に自分の読むレベルの不足なのですが、例えばパチンコですってしまった場面で、学生時代にすったから別に、というような説明が挟まれるのですが、これは別に不要なのでは……? と個人的には思ってしまいました。
    自分にも経験があるのですがどうしても前提条件となることの説明をしたくなってしまうのかな、と。ただ前提は前提として物語の基盤に置きつつ、「いま起こっていること(あるいは過去や未来におこること)」を書く、というやり方をするとすっきりするのかなと感じました。そうすると作者様のシンプルな物語の作り方も活きてくるように感じました。
    馬鹿の個人的な感想として、暖かい目でみていただけると幸いです。

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