世界が終わる夜に転生するババア

中野真

小説

2,112文字

こんなに怖い思いをして公開するのは初めて。つまりどれだけ自分が読者のことを考えず書いていたかを思い知りました。ブンゲイファイトクラブ落選作。

 明日世界が終わるっていうのにこんな惨めな気持ちになるとは思わなかった。
 人類が不老不死を手に入れたのはちょうど三千年前のことだ。その時世界最高齢だった私はそれからずっと世界最高齢の人間として正しく生き続けた。三千百二十七年。誰もが好き勝手に姿を変えられる世界で、ある種の象徴としてこの老婆の姿に縛られ続けた。それが明日世界が終わるという日になって、本当の世界最高齢は私だなどと言い出す不埒な輩が現れたのだ。それなら私の三千年はなんだったというのだろう。何故今頃そんなことを言う必要がある?私が好きでこのような役目を背負ってきたとでも思っているのだろうか?羨ましかったのか?それならそうと早く言ってくれればすぐにでも私は私の場所を譲ったというのに。私だって若く美しい姿に戻りたかったのに。
 夫とは不老不死の技術が確立される二年前に死別した。それから私はずっと一人ぼっちで生き続けてきたのだ。尊敬こそされるが、こんな老婆に恋をする特異な人間などいなかった。それはそうだ、みながそれぞれ思う一番美しい姿で生きているのだから。こんな醜い自分を私が愛していたとでも思っているのか。それはまあ、助成金などで良い思いはしていたが、その使い方であっても常に世界最高齢らしくなければならず、自由なんてものはほとんどなかった。せいぜい小さな地球を旅する程度であり、誰もが気軽に出かける宇宙への旅は私、というよりも世界最高齢者という立場を大切に保管しようとするボケナスどものせいで叶わなかった。だから私は最期の晩餐に集まった私の助成金で暮らす寄生虫もどきの娘たちに向かって「転生することにした」と告げた。
「おばあちゃん、冗談でしょう?」
「明日世界は終わるのですよ?どうして最期を汚すようなまねをするのですか」
「世界が終わるのなら何をしたって構わないだろう。今ここであんたらを叩き殺したって誰が問題にするんだい?それぞれが自分の最期に忙しいんだから。それにねあんた、おばあちゃんなんて呼び方は今この瞬間からやめてもらおうか。三千年前からこの世界は止まっているんだ。今では誰もが同窓生のようなものじゃないか。マコトさんと呼びなさい。またはマコちゃんでも許そうかしらね」
「おばあちゃんふざけないで」
 私は席を立って施設へ予約の電話をかけたが繋がらなかった。
「おばあちゃん。明日世界が終わるという日に働いている人などいませんよ」
「これだけ長く生きておいてまだ何かやり残したことがあるというのかね人間というのはまったく」
「それはおばあちゃんも一緒でしょ?」
 何が同じものか。世界中が手を組んで私一人だけの自由を奪っておいて最期には誰も何も言いにこないというのに。世界なんてものは昨日滅ぶべきだったのだ。
 顔も名前も変わってしまった娘の一人が電話などという旧世界の骨董品の前で佇む私の手を握った。
「おばあちゃんは何がしたいの?」
 私が応えないので彼女はため息をついて言い直す。
「マコトさんは何がしたいの?」
「チアキに会いたい」
 彼女はもう一度深いため息をついた。
「マコトさん。旧世界で死んだ人には会えないの。そんなことは分かっているでしょう?」
 そんなことはわかっている。それでも私は夫に会いたかった。私の三千年にはそれくらいの返礼があってもいいはずだ。
「もういい。私は美女に転生してイケメンと死ぬまでセックスする」
「馬鹿なことを言わないで。もう誰も転生なんてさせてくれないんだから」
「仮想世界でやってくる。誰も仕事してないなら倫理規定で止めに来るやつもいないだろう?」
「そんなのAIの仕事に決まってるじゃない」
「なら転生もAIにやらせればいいだろうに!」
 私は宇宙へ行くことに決めた。そんなことをしても意味はない。私達の存在する世界は宇宙を越えた次元ごとあと数時間で閉じることが決まっていて、人類はそれまでに他の次元へ移る方法を生み出すことはできなかった。それでも私はこの目で宇宙を見たかった。この体で感じたかった。仮想世界ではなく、ここにある体で。私達は結局肉体というハードから完全に離れることはできなかった。おかしくなってしまった娘たちを見ていると、人間にとって本当に大切なのは精神などというものよりも物質としてのオリジナルの肉体なのではないだろうか。精神なんてものに固執するからそれぞれが自分のことしか考えられなくなってしまうのだ。
 しかしAIに計算させてみたところ宇宙へ行くには二十五分足りなかった。娘たちと無駄な言い争いなどしなければ間に合ったのに!だから私は常時繋がっているインターネットとの接続回路を頭の中で破壊した。年の功というものだ、それくらいのことはできる。世界中の情報から乖離した私はこの世界にあとどれだけの時間が残されているのかわからなくなったし娘たちが話していたらしい他の国の言葉も理解できなくなったがとても静かに夕日を眺めることができた。そして次の日、三千年ぶりに何にも邪魔されることなく気持ちの良い目覚めを迎え、顔を洗いチアキの仏壇に手を合わせていたときに世界は終わったらしい。それが私の実験室のフラスコIの中のお話。さて、次の世界を観測しよう。

2019年9月28日公開

© 2019 中野真

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