きこえますか

応募作品

中野真

小説

1,278文字

明けましておめでとうございます。正月から嘔吐した中野です。そういえば前々回?の合評会のコメントで東京のおすすめを教えていただきありがとうございました。本年もよろしくお願い申し上げます。

 よくわからないまま始まったそれは、よくわからないまま終わりを迎えたらしい。それってつまり、戦争のこと。

 

それが終わっても私の夫は帰ってこなかった。その代わりに弔慰金とかいうものをもらった。戦争が私に与えた変化というのは、その程度のものだった。なので私は戦争とかいう名前の人に夫を売ってお金を稼いだような気分になった。このお金で新しい男を買いなよ、とでも言われたみたいで、その見通しの甘さに腹が立つ。だって、夫を売って得た金で買える男なんて、全部使ってもせいぜい夫と同等だし、生活もしなければならないのだから全額は使えない。つまり私に買うことができるのは、夫以下の男だということになる。

 

そんなことを考えるのは不謹慎だろうか。狂っていると思う?だけど頭がおかしくなっちゃいけないなんて法律はないし、もしそんな法律があれば世の中の殆どの人間は捕まっちゃうんじゃないかな。つまり、牢屋こそ私達が本来生きるべき場所なのかも。というか、みんながみんな狂ってるんだったら、狂ってない人のほうが狂ってるってことになると思う。なら狂ってる私はやっぱり普通なのだろうか。普通?なにそれ。

 

何事もなかったように、今日も会社から電話がかかってきて無断欠勤を叱られた。もうすぐ私はクビになるらしいけど、お金ならあるし別にどうだっていい。今日はいつもより受話器が重たいようです、すみません。そう言って、私は電話を切った。本当に、受話器は重たかったのだ。

 

電話の横の壁にもたれ、いつもよりゆっくりと動く時計の針を見つめながら、中学校の美術の授業を思い出した。仲良しの優子が教科書を開いて、この絵はね、ムンクが叫んでるんじゃなくて、世界の叫び声にムンクが耳を塞いでいるんだって、と得意そうに指差した。私は、その人は別にムンクじゃないと思うけど、と言った。すると優子は気分を損ねたようで、それから私達は仲良しじゃなくなった。しばらくして、私はあのとき、素直に驚けばよかっただけなのかも、と気がついた。優子のおかげで、私は何も知らない素直な女の子になって、友達がたくさん増えた。けれど、高校に上がるとそのルールはもう古くなってしまったみたいで、八方美人とか、ぶりっ子とか言われて、気がつけばひとりになっていた。

 

今また私はひとりになり、あの頃と同じように、不透明なルールをのみこめない惨めな少女に戻ってしまった。そしてそれは、学校を卒業するように終わりのあるルールではなく、生きている限り永遠に従わなければならないものだと思う。

 

私は、あの絵のように耳を塞ぎ、叫び声を上げてみた。違うよ、と中学生の優子が言う。あの絵は、世界の叫びから耳を塞いでいるんだよ。それに、やっぱりあの人はムンクだと思う。けれど私にとってあれは今でも、叫び声をあげている人の絵だった。あの絵はいつまでも無音だけれど、私の周りの空気はきちんと震えていた。中学生の私が言い返す。なら私のムンクはどこ?机の上のiPhoneが反応し、聞き取れませんでしたと言った。

2020年1月8日公開

© 2020 中野真

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純文学

"きこえますか"へのコメント 14

  • 投稿者 | 2020-01-21 12:00

    普通とは相対的な基準に依るものか、絶対的な基準に依るものか、場合に依るのか考えさせられる。よく「普通王選手権」みたいな企画があって、多数派の中の多数派を選んでいって、最後の2人になったら普通王だとか言っているのだが、それらは世界に2人しかいないので果たして普通なのだろうかというものだ。話は変わりますが私も正月は体調を崩して大変でした。みなさまご自愛ください。

    • 投稿者 | 2020-01-24 07:19

      コメントありがとうございます!普通の決め方って難しいですね、どんな大会がいいんだろう。正月に体調を崩していた人多いみたいですね。健康が何よりの宝です!今日は健康診断に行ってきます!

      著者
  • 投稿者 | 2020-01-21 17:41

    「その程度」と言われてしまう夫に同情。が、なんだかんだ俺もそんな風に思われてそうで笑えない。

    • 投稿者 | 2020-01-24 07:17

      コメントありがとうございます!「その程度」とわざと思って存在を軽くしなければ耐えられないくらい大切だったということが書きたかったのですがうまく書けなかったみたいです!

      著者
  • 投稿者 | 2020-01-24 01:14

    この作品では夫のことを交換可能な部品と位置づけているのかなと思いました。皮肉や風刺として表現されているとは思うのですが、夫への愛や、夫を失った悲しみがきっちりとした形で書かれていないので、本当のところどうなのだろうとモヤモヤしました。

    • 投稿者 | 2020-01-24 07:16

      コメントありがとうございます!僕の狙いとしては、そういう交換可能のもののように意識的に軽く扱っているように思わなければ耐えられないほどツライっていう感じを書きたかったのですがうまく書けなかったようです。

      著者
  • 投稿者 | 2020-01-24 14:08

    不透明なルールがしかれた「普通」をもっと具体的に読みたかった。

    • 投稿者 | 2020-01-26 11:30

      具体的なところが小説として書くべきところだったのですね。ありがとうございます。

      著者
  • 投稿者 | 2020-01-25 11:10

    架空の戦争で夫を亡くした妻の話と『叫び』をめぐる回想が、まるでまったく違う二つの話を途中でくっつけたかのような印象を受けた。できれば後半でも戦争の話が出てきてほしい。これでは事故死や病死でも同じような妻の悲しみが描けそうなので、戦争というせっかくの設定に必然性があまり感じられない。

    • 投稿者 | 2020-01-26 11:29

      確かに!戦争を出してくる必然性は何もなかったですね。勉強になります。

      著者
  • 投稿者 | 2020-01-25 22:27

    戦争で夫が亡くなった話と自分形成についての話、つながりが弱いと感じましたが、夫の命の価値が他の男の価値と等価だという思い込みは面白いなあと思いました。

  • 投稿者 | 2020-01-26 12:54

    藤城さんの指摘の通り、戦争の描写があると面白くなると感じます。戦争という言葉のインパクトは強いので終わり方が唐突に感じてしまいました。やはり夫との思い出が物語に必要だと個人的には思います。

  • 投稿者 | 2020-01-26 22:57

    優子とムンクのエピソードの体裁がきっちりしていて、よいだけに、冒頭の戦争の話が(冒頭だけど)蛇足になってしまったことが少しばかり惜しいと感じてしまいました。

  • 編集者 | 2020-01-27 14:35

    この小説にとって戦争は大事な意味を持つのか、後半のムンクが面白い分気になりつつ読んだ。戦争は天災ではなく100%人災なので、理不尽な命の奪われ方を描くのに色々言いテーマになりそうだと思う。

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