岡本尊文とその時代(二十一)

岡本尊文とその時代(第21話)

吉田柚葉

小説

1,617文字

おまえが、その波をせき止めなくてはならない

其の日の夜は寝つけなかった。蒲団の中での鬱屈とした時の流れに耐え切れなくなった私は、書庫から旧版の谷崎全集を引っ張り出して来、書斎の室内灯は点けず、ライトスタンドで手元を照らし、葡萄酒を片手に、『黒白』を舐めるように読んだ。記憶に違わず不出来な小説ではあったが、今の私にとってこれほど切実な小説も無かった。つまり私の中で宮崎氏は死んだものと成っていた。

してみると、学部長が私を呼び出したのは、私にアリバイを作らせないためではなかったか。私が大学の会議室で拘束されていた数分間と時を同じくして宮崎氏は何処かで誰かに殺害されていて、その現場には犯人が私であると断定するに足る動かぬ証拠が残されているのではないか。とすれば、例の刑事たちは私の家から私の髪の毛かなんかを採取するために私の家を訪ねて来たのではないか……。

外は雨であった。毎秒ひどくなっているけはいで、気分を落ち着かせるためにステレオで流した、ジョニ・ミッチェルの『ブルー』が、雨が窓を叩く音の所為で全く聴き取れなかった。

 

2019年6月12日公開

作品集『岡本尊文とその時代』第21話 (全41話)

岡本尊文とその時代

岡本尊文とその時代は1話、2話を無料で読むことができます。 続きはAmazonでご利用ください。

Amazonへ行く
© 2019 吉田柚葉

読み終えたらレビューしてください

この作品のタグ

著者

リストに追加する

リスト機能とは、気になる作品をまとめておける機能です。公開と非公開が選べますので、 短編集として公開したり、お気に入りのリストとしてこっそり楽しむこともできます。


リスト機能を利用するにはログインする必要があります。

あなたの反応

ログインすると、星の数によって冷酷な評価を突きつけることができます。

作品の知性

作品の完成度

作品の構成

作品から得た感情

作品を読んで

作者の印象


この作品にはまだレビューがありません。ぜひレビューを残してください。

破滅チャートとは

"岡本尊文とその時代(二十一)"へのコメント 0

コメントがありません。 寂しいので、ぜひコメントを残してください。

コメントを残してください

コメントをするにはユーザー登録をした上で ログインする必要があります。

作品に戻る