其の日の夜は寝つけなかった。蒲団の中での鬱屈とした時の流れに耐え切れなくなった私は、書庫から旧版の谷崎全集を引っ張り出して来、書斎の室内灯は点けず、ライトスタンドで手元を照らし、葡萄酒を片手に、『黒白』を舐めるように読んだ。記憶に違わず不出来な小説ではあったが、今の私にとってこれほど切実な小説も無かった。つまり私の中で宮崎氏は死んだものと成っていた。
してみると、学部長が私を呼び出したのは、私にアリバイを作らせないためではなかったか。私が大学の会議室で拘束されていた数分間と時を同じくして宮崎氏は何処かで誰かに殺害されていて、その現場には犯人が私であると断定するに足る動かぬ証拠が残されているのではないか。とすれば、例の刑事たちは私の家から私の髪の毛かなんかを採取するために私の家を訪ねて来たのではないか……。
外は雨であった。毎秒ひどくなっているけはいで、気分を落ち着かせるためにステレオで流した、ジョニ・ミッチェルの『ブルー』が、雨が窓を叩く音の所為で全く聴き取れなかった。
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