平成終焉記念・日中カラオケ歌合戦

応募作品

大猫

小説

4,672文字

2018年11月合評会参加作品。私にだって青春時代はあったのです。平成の最初の頃が青春の黄昏時でした。いよいよ平成も終わり、今や人生の黄昏なのであります。別に平成に殉じるつもりはありませんが、平成終焉記念にカラオケくらい歌ったって罰はあたりますまい。そんなわけで趣味全開。アジアンJ-POP万歳。日本、中国、台湾、香港のお友達と歌いまくります。アイキャッチ画像は愛するレスリー・チャン主演の「覇王別姫」より。

傘を差す人々でごったがえす池袋北口を出ると、すぐ左手にカラオケ屋の巨大看板が雨に滲んでいる。日本中華合同カラオケ大会をすることにしたから来いと急に友達から呼ばれた。留学仲間や職場で知り合った仲間が集まり、日本人、中国人、台湾人、香港人が入り乱れての歌合戦だと言う。

最上階のパーティールームはすでに宴たけなわだった。ミラーボールが回りレーザービームが宙を走り、カラオケ伴奏が賑々しく轟き渡る中、飲んだり歌ったり騒いだりしている十人ほどの人々が私を見て「大猫!」と叫ぶ。ああ、懐かしい顔ばかり。みんな年取ったなあ。誰もが人生の半ばを過ぎた。有る者は頭頂寂寞として一草一木も残さぬ枯野の如く、有る者は頭頂銀嶺雪山の如し。有る者は四肢火腿ハムに似て、有る者は痩躯老鶴の如し。私とて人のことは言えない。若い頃はスラリと背が高く女の子にモテたものだが、今や横幅もそれなりの巨大おばさんになってしまった。ま、歳月人を待たず、光陰矢の如し。少年老い易く学成り難くして、年寄りの冷や水、腐っても鯛。年を取るのは仕方がない。肝心なのは今楽しむこと。飲むぞ、歌うぞ。

「じゃ、あたしの番ね!」

唐玲月がマイクを持って立ち上がった。学生時代の友達で台湾人だ。小柄で丸顔の可愛い子だったが今じゃ横幅が軽く当時の二倍はある。歌は中島みゆきの「空と君とのあいだに」。早速、「同情するなら金をくれ!」と声がかかる。

「きみぃなあみだの時には、ぼくはポップラのえだになあるう(中略)……そっらーときぃみとのあいだにわー、きょっおーもつうめたーいあめがふーるー」

スカートから迫り出す三段腹を揺らしつつ堂々と歌う声は華やかで声量もあり、何より楽しくて後半はみんなで一緒に歌って盛り上がりに盛り上がった。

「空と君とのあいだに」の歌詞の内容は、悪い男に騙されて泣いている女性のことをずっと好きだった男が、ここにも愛がある、オレが悪い男をぶっ殺してやる、と女に手を差し伸べる歌だ。男の心情は純で真心がこもっており、いじらしくて泣けてくる。けれども、おそらくはこの男の純情は報いられずに終わるのだろうとの予感を持たせて曲は終わる。古今東西、ワルで派手な男と堅実で地味な男のどちらがモテるかは言うまでもない。

やんやの喝采の中、玲月は座に戻り、いきなりマイクを私に押し付けた。

「じゃ、次は大猫ね。中国語で歌うだよ!」

と言って勝手にコントローラーを操作して曲をリクエストする。えっ、えっ? と言っているうちにイントロが始まり、玲月の大きな尻でステージに押し出されてしまった。幸い私はこの歌の中国語版を知っていて、モニターの歌詞を見ながらどうにかこうにか歌った。

如果想哭 我自己會找地方   泣きたければ自分で勝手に泣く

你不必擔心 我會弄濕你肩膀  あなたの肩に凭れたりはしない

受一點傷 並不是可怕的事      ちょっと傷ついたからって何?

誰教男人 永遠比女人清楚         男が女をあっさり捨てるなんて

愛情它何時該收 何時該放      昔からよくあること

你走吧 我不哭 無論多痛苦        もう行って。私は泣かない辛くても

你走吧 我不哭 就算會迷路        消えて。迷っても泣かない

明天一個人的我依然會微笑     明日になればまた笑える

雖然它或許也是傷心的開始  明日が新たな悲しみの始まりだとしても

 

「こういうの聞いてるとやっぱ、中国の女って強いよなあ」

と誰かが言うのが聞こえて何を言うかとどやしつけた。

「女がピンチの時だけここぞばかり出て来る男に、余計なお世話だよって肘鉄を食らわせてて痛快じゃない!」

言った奴は首を引っ込める。

「大猫さん、ご苦労様でした! それでは評決です!」

その声と共に、座にいる人々が一斉に「日」「中」と書いたプレートを上げた。歌詞のきっぷの良さでは中国語の方が良いと思うが歌唱力では玲月が圧勝だし、何と言っても原曲の強み、六対三で日本語版の勝ち。

 

対決は進む。またまた中島みゆきだ。今や全中華圏の至宝「中島美雪」、日本よりヒット曲があるのでは。大学の先輩の桜田さんが「ルージュ」を歌う。身長140センチしかない人だが、日中貿易のプロで海千山千の中国商人を相手にタフな交渉をこなした女傑だ。しかし歌の内容はしょぼい。恋しい男を追って流れ流れて男には会えないまま水商売を始めた女が、ルージュを引くたび嘘を付くのがうまくなったとため息をつく。メロディーは素晴らしいのに歌詞のせいでシケた印象が残る。

これをアジアの歌姫・フェイウォン(王菲)がカバーして中国語圏で大ヒットさせた。桜田さんの部下で香港出身の黄如晶さんが歌う。

曾被破碎過的心    かつてズタズタに傷ついた心が

讓你今天軽軽貼近   今日は、そっとあなたを受け入れようとする

多少安慰及疑問    癒しと疑いとが

偸偸的再生      心にこっそりと再生される

情難自禁我却其實属于 どうしようもない

极度容易受傷的女人  私はすごく傷つきやすい女

不要不要不要驟来驟去 どうかからかわないで

請珍惜我的心     私の心を愛おしんで

如明白我継続情愿熱恋 分かってくれるならずっと愛し続けて

 

日本の女は男に去られて日陰の世界で泣き、中国の女は二度目の恋で二度と傷つくまいと男に正面切って要求する。悲しくため息混じりの歌詞と熱烈で血を吐くような歌詞。同じ曲なのに全然違う歌になっている。これは一対八で中国語版の圧勝。歌詞のリズム感、感情の盛り上がり感が原曲に勝った。

 

ここで中間集計

ブラックビスケッツ「タイミング」 VS 黑色餅乾「時機」                          中国勝利

中島みゆき「空と君とのあいだに」 VS 林佳儀  「一個人的我依然會微笑」 日本勝利

KIRORO「長い間」      VS    劉若英 「很愛很愛你」         日本勝利

中島みゆき「ルージュ」      VS    王菲  「容易受傷的女人」    中国勝利

二対二の互角で歌合戦はますます盛り上がる。ところがいましがた完敗した桜田さんがマイクを離さず叫び続ける。レスリー・チャン(張國榮)の歌を歌いたいと言うのだ。でも歌合戦のルールは平成の曲で日本語中国語両方カバーしていること。レスリー・チャンには吉川晃司の「モニカ」のカバーがあるが残念ながら昭和だ。

「特例にしてよ! レスリーが逝って15年だよう! あたしの青春はレスリーと終わったんだから!」

こら、無茶言うなと皆が一斉に突っ込む。レスリー・チャン(張國榮)が自殺したのは2003年。その時あんたはいくつだ?
「うっせーな、あたしはレスリーと同い年なんだから、もう還暦だよ!」

あたしだってアンディ・ラウ(劉徳華)が歌いたい! 王菲(フェイ・ウォン)歌いたい! 李玟(ココ・リー)がいい! とみんなが騒ぎ出す。こうなると酔っぱらった勢いで勝手に曲をリクエストして歌い出す奴が続出して歌合戦は一時中断。中年の分別も何もあったものじゃない。

「はい、みんな、この辺でいいかな! 再開するよ」

鄭雄飛さんが手を叩くと、サラリーマンの悲しい習性でみんな瞬時にシーンとする。いつも穏やかににこにこしている鄭さんだがリーダーシップは抜群だ。裸一貫で日本にやって来て二十数年、今は社員百人のIT企業の社長だ。

私は鄭さんに告白されたことがある。留学時代に北京で知り合った。そろそろ帰国する予定を立て始めた頃、まだ大学生だった鄭さんが宿舎に電話をかけて来た。あの当時はもちろん携帯などなく電話は宿舎共同だった。

あなたと一緒にいると楽しい。日本人とかは関係ない。僕も数年のうちに必ず日本に行こうと思う。そしたら、また一緒にいてほしい……

いつになくぎこちない美しい北京語にうんと言いそうになった自分がいた。でも結局断ってしまった。彼が欲しいのは私ではなく、日本国籍を持った私ではないかと疑ってしまったのだ。自分がいかに浅ましく愚かだったかは今の鄭さんを見れば分かる。

 

「やっぱり鄧麗君(テレサテン)がいいよ!」

鄭さんの提案通り、アジアの大スターテレサテンならだれも文句は言わない。歌は名曲「時の流れに身を任せ」。日本語版をどうしても歌いたいと唐玲月がしゃしゃり出る。

「だっからーおーねーがいぃー、そっばぁにおいてねえー」

自分から志願しただけあって玲月の歌声は素晴らしい。波乱万丈の人生を送った女が一人の男にすべてを預け、そばに置いてほしいとこい願う。豊かなメロディに心を打つ歌詞。滋味あるスープのように誰もがしみじみと歌を味わった。

中国語バージョンは鄭さんがマイクを握った。ああ、超有能な鄭さんとて年月の流れには逆らえない。昔はスラリと背の高い知的な美青年だったが、今じゃメガネをかけたフグだ。でも声は相変わらずの美しいバリトン。

如果沒有遇見你,      もしもあなたに巡り合わなければ

我將會是在哪裡?    私はどこにいただろう。

日子過得怎麼樣,      どんな日々を送っていただろう?

人生是否要珍惜?         価値のある人生だったろうか?

也許認識某一人,      誰かに出会って

過着平凡的日子。         平凡な日々を送ったかもしれない。

不知道會不會                 愛の甘さを

也有愛情甜如蜜?     味わったのだろうか?

任時光匆匆流去,     時が慌ただしく過ぎ去るに任せ

我只在乎你。       私の心にはあなただけ

心甘情願感染你的氣,      甘んじてあなたの息遣いに染まる

人生幾何能夠得到知己? 人生で私を知る人に出会えた

失去生命的力量也不可惜 命を失っても惜しくない

所以我求求你,     だからお願い

別讓我離開你。     私を離れさせないで

除了你,我不能感到,  あなた以外には誰にも

一絲絲情意。      一筋の愛さえ感じない

 

これまた負けず劣らず情感溢れる良い歌詞で、日本語版と甲乙つけがたい。それにしても日本語版は明らかに女の歌だけど、中国語版は男の鄭さんが歌っても全く違和感がない。日本語は「あなたの色に染められ」中国語は「甘んじてあなたの息遣いに染まる」、「そばに置いてね」は「私を離れさせないで」。中国語には女だけの言い回しがない、つまり男女の上下関係を表すセリフがないのだ。結局、鄭さんの貫禄勝ち。三対二で中国語版の勝ちと決まった。

 

二次会行こう、とみんなで池袋の町へ繰り出した。
「楽しかったねえ、次の元号が終わったらさ、またみんなで歌おうよ」

と玲月が言う。

「いいけど、多分、半分くらいはこの世にいないよ。あたしが最初かな」

最年長の桜田さんが笑った。

「今のうちに告白しとけよ。下手すりゃ二度と会えないよ」

冗談を言い合いながら雨上がりの繁華街を歩いていたら、
「大猫さん、ちょっと」

と、鄭さんが近寄って来た。

年甲斐もなくどきっとする……いや、私はフグは嫌いだ。食べるのは好きだが見るのは嫌いだ。

「さくらカフェって郵便局の裏だったよね? あそこなら九人、入れるよね?」

「……入れますね」

何食わぬ顔で答えて額を拭った。雨とも汗ともつかない水滴が指に残った。

2018年11月19日公開

© 2018 大猫

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"平成終焉記念・日中カラオケ歌合戦"へのコメント 7

  • 投稿者 | 2018-11-21 17:56

    漢文が入っているあたり、高い知性を感じました。
    カラオケも平成感があるなと思いましたが、もう少し曲のバラエティーが欲しかったなと個人的に思いました。

  • 投稿者 | 2018-11-21 23:24

    ウリナリ世代なので、「ビビアン、あっちでどうしてるのかな? スターになってると嬉しいな」なんて思いながら、読了。中国語に疎い私が確かな評価は出来ないなとは思いながらも、「ああ、絶対ここ韻、踏んでるよなあ。メロディに合って美しいんだろうなあ」とか、考えたりしながら純粋に楽しんで読むことができました。異なる言語で同じ曲を歌いあうことの爽やかさたるや。滋味深いです。

  • 投稿者 | 2018-11-22 01:49

    いい年した大人たちがわちゃわちゃ騒いでる楽しげな状況の中、告白の回想が出たとたんに主人公たちの失われた時間に焦点が当たり、ハッとさせられる。そして最後は「時の流れに身をまかせ」。大猫さんの作品の中ではダントツにエモい。

  • 投稿者 | 2018-11-22 02:56

    ひとつの時代の終わりが、青春と歌の記憶と共に語られていて、今回のお題の意図を僕はわかっていませんが、まさにこの小説のようなものこそ『平成歌謡大全集』なのかな、と思わされました。歴史(過去)を語る、あるいは歴史(過去)を編纂するという意味での「大全集」なのかな、と。単なる時代の終わりではなく、次の時代の始まりを予感させる爽やかさがあり、素敵でした。小説というよりは、良質なエッセイを読んだ気分です。

  • 編集長 | 2018-11-25 09:12

    テーマの元ネタである「昭和歌謡大全集」がその実、若者VS老人の血で血を洗う殺し合いなのに比べると、東アジアの人々が楽しげに歌う様子が目に浮かんで微笑ましい。
    ただ、少し冗長であり、中学生の時に床屋で読んだビッグコミック・オリジナルを思い出した。

  • 編集者 | 2018-11-25 12:42

    俺は平成は勝手に区切られた単なる31年間としか思わないが、その31年にしても時の流れを感じる美しい小説だった。お題に対して色々なアプローチがあるだろうが、歌を軸に時間と人生、そして感情を振り返る点では抜きん出ている作品だった。

  • 投稿者 | 2018-11-25 14:04

    若かりし頃の友人たちがカラオケに興じる描写がなんとも愛おしい。
    昔淡い恋愛感情を持った男性とのこれから、を読者に予感させて本作は終わる。
    挿入される歌の歌詞も小説のムードを高めていて楽しく読めた。エモが爆発している。

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