マンホール

応募作品

大猫

小説

3,914文字

マンホールにまつわる掌編三つ。嘘と思って読んでください。

一 マンホールの闖入

 

 ひどい悲しみに打ちひしがれた時、「胸に穴が開いたよう」などと言うけれど、私はまさにその状況にあって苦しみのあまり立っていられなくなった。

 胸が鷲掴みにされたようにギュッと縮んで息ができず、脂汗が流れて七転八倒した。心臓はバクバク破裂しそうで、血が逆流し身体中の皮膚が炎症を起こして真赤に膨れた。関節という関節が鬱血してギシギシ音を立てて目鼻口からは黒い血が噴き出した。あまりの痛みに泣くことも叫ぶこともできず、いっそ殺せ、死なせてくれと虫の息で呟いていたら、ふっと痛みが引いて急に身が軽くなった。

 ホッとして、ふーっとため息を吐いた。悶絶して手足が絡まった格好から仰向きに体勢を直して呼吸を整えると、いやに胸がスース―する。右手を胸の上に置いたら、手応えがなく下へ吸い込まれそうになった。慌てて手を引っ込めて今度は左手を当ててみた。やはり手応えがなく何やら空洞ができている。

訳が分からず、ともかく具合を見てみようとそっと頭を上げて胸の方を見たら、胸の真ん中、ちょうど胸骨のあたりに大きな黒い穴が開いていた。

 穴なのである。胸に穴が開いていた。

 ああ、そうか、この穴が開いたからあんなに痛かったのか、となんとなく納得して、胸に開いた穴をよく見ようと両肘をついて身を起こし、首を前に曲げて覗き込んだ。すると顔の皮が剥がれるほどの吸引力に襲われて、あっと思う間もなく穴に引き込まれ、頭を下に脚を上に内部へ落っこちて行った。

 落下の時間が数秒だったのか数時間だったのか数日だったのか、私には分からない。正気に返った時は一本の大きな木の根方に倒れていた。枝が見えぬほど密生した丸い緑の葉が風にざわざわ揺れていた。木陰から出ると四方を地平線に囲まれた草原の中だった。どこを向いても遥か彼方まで何も見えぬ大平原。頭の上には不吉なほど青く高い空に真っ白に輝く雲が流れていた。

 足元にマンホールがぽっかり穴を見せていた。ここから来たのだろうかと思った。そばにはピカピカの蓋が落ちている。マンホールにしっかりと蓋をして私は歩き出した。なぜだか歩き出さなくてはならないと思った。

 

 二 マンホールの献身

 

私は後半生をほぼ旅の空に過ごした。

都会生活を楽しんだり、田舎でのんびり過ごしたり、砂漠の廃墟に細々と暮らす村や、高度五千メートルの山岳地帯に点在する集落に寄寓したり、密林の奥の奥に住む文明を知らぬ村を訪ねたり、平均気温四十五度という灼熱の地に住む人々と暮らしを共にしたりもした。

不思議にどの土地へ行っても私は仲間として遇され、食事や衣服など生活の糧を与えられた。それらの土地で教師をしたり、工事現場で日銭を稼いだり、踊り子になったり、あるいはただの居候であったりしながら暮らした。懇ろな仲になった女あるいは男も何人もいる。それなのに私は一つ所へ一年と居られない。暦が変わると足裏がムズムズして居ても立っても居られなくなり、旅立ちの支度を始めてしまう。私が愛した女たちあるいは男たちは皆、別れを悲しんで泣いたが、所詮、人の世は旅寝に結ぶ草枕、この身はいつ消えるとも知れぬ草の上の露。一つ所で一人の者と後世を契るなどできない。

 

とある異教の町に逗留した。つい最近クーデターが起こって長年の支配者であった王が首を刎ねられ、反政府勢力が実権を握ったものの、複雑な国政機構や人心を掌握し切れずにやけっぱちの暴虐暴政に陥っていた。

 そこでそのマンホールに出会った。

マンホールとの出会いは以前になかったわけでもない。たとえば森進一の歌が得意なマンホールなどは今でも懐かしいし、寂しい時に昔話を聞かせてくれるマンホールもいた。蓋が埼玉県川口市の花模様の彫刻をほどこした鋳鉄製であるとお国自慢を始めるマンホールもいたし、俺なんか中国武漢市の五金連合公司謹製だと日中対決を挑む奴までいた。

そのマンホールは優しく性分は穏やかで、人といつも一緒にいたいと願ういじらしい心根の持ち主だったが、出会った時は死体捨て場になっていた。

 ちょっと前までこのマンホールは下水処理施設につながる通路へ抜けており、反政府組織の隠れ家になっていた。その頃は楽しかった。毎日のように元気な若者が何人も入って来ては、熱い議論を戦わせていた。このマンホールのおかげで命を保っていると感謝さえされていた。それなのに今は死んだ人間が毎日放り込まれ、ひどい死臭を泣きながら耐えて、腐った血膿やドロドロに溶けた腐肉を流し、かさばる骨を砕いては流してやっている。

 私はマンホールの境遇に同情し、つい一緒に来るかと言ってしまった。そしたら本当についてきた。

その街を脱出する際、マンホールは万全の注意力で私の安全に気を配った。おかげで流れ弾に当たったり、誘拐されて人質にとられたり、地雷を踏んづけたりしないで済んだ。

というわけで、私は今もマンホールと共に歩んでいる。 昼は共に歩み、夜は共に眠る。うっかり寝返りを打って落ちないようにしなければならぬのが不便といえば不便だが。マンホールは私の歩みの妨げとならぬよう、つつましやかに歩調を合わせる。道なき道を行く時は、マンホールは私の前を歩き、不意に飛び出す毒蛇や目にみえぬ底無沼に備え、都市の雑踏を抜ける時はスリやかっぱらいが近づけぬよう私の後ろを歩くのである。

私はどこまでも勝手気ままで思い立ったらすぐ旅に出る。マンホールは私の一身の安泰を切望する気持ちと、私の自由な境涯を束縛するに忍びない心情という二つの両極する感情に引き裂かれつつ、どこまでも私の後について歩くことに決めている。

時折、あまりの純粋無垢の献身の情がたまらなくなって死にたくなり、マンホールに飛び込んで命を絶とうと試みるが、なぜかスルリと元の場所へ戻ってしまう。こうして私は生きるに生きられず死ぬに死なれずに今日も旅を続けるのだ。

 

 三 寄生するマンホール

 

私としたことが家など持ったのが間違いの元だった。世捨て人に相応しく、人里離れた山奥に小さな庵を結んだ。針葉樹の森から流れて来る小川のほとり、山の斜面にはカモシカが遊び熊が徘徊する。家の裏手からは五千メートル級の山々の絶景を望み、夜には降り注ぐ満天の星。寒冷の地ではあるが私は心から満足していた。

こへどこからやって来たのかマンホールが住み着いた。

初めて見た時はモグラの巣だろうと思った。それほどに痩せ衰え見る影もなく衰弱していた。後生ですから庭の片隅にでも置いてくださいと哀願するのに負けて、小川のほとりの楓の陰に居場所を作ってやった。このご恩は決して忘れはいたしませんと恐懼感激していたくせに、安穏無事な毎日に慣れるにつれてすっかり横着になった。それと共にどんどん肥え太ってゆき、楓の大木を呑み込み隣の山桜や栗の木を陥没させた。熊が嵌ったり、狸や兎が落っこちて悲しげに鳴き叫ぶ夜もあった。

このままでは山が全部やられると心配をしていた矢先、外に世にも苦しげなうめき声を聞いた。出てみるとマンホールが我が庵の真ん前に鎮座してウンウンうなっているではないか。これはまたひどい膨張ぶりだ。私は転落の恐怖も忘れて見入ってしまった。モグラの穴ほどだったマンホールだが、今じゃ小さな庵くらい丸呑みしてしまいそうだ。

「ぶぉーん、ぶぉーん」

ここを先途とばかり、この世のものとも思えぬうなり声を上げている。私の感嘆は恐怖へと変わった。こんなところで死なれたら、家が巨大遺跡の発掘現場みたいになってしまう。

私の苦慮をよそに、マンホールは丸一夜苦しみ続け、東の空が白み始めるころ、丸々と太った子供を産み落とした。

そうか、それで苦しんでいたのか。私も野暮な人間で少しも気づいてやれなかった。そういえば身二つになったら穴が少し小さくなった…… などと感動している場合ではない。庭先のマンホールが二つになったではないか。

と、慌てる間もなく、親マンホールは再び苦しみ始め、小一時間後にもうひとつ子マンホールを産んだ。

双子だったのか、やれ、珍しい、と思っていたら、またまたうなり声が復活し、三つめのマンホールが生まれた。あれよあれよと言う間に、母マンホールは都合五人の子を産んだ。 狭い我が家の庭に一夜にして六つものマンホールができた。

五人も子を抱えていたのか。それじゃ太るはずだ。それにしてもあんたたちマンホールはどうやってつるむのかね」

私は困惑の余りさしさわりのない会話を選んでいた。母マンホールはしぼんだ空洞をますますしゅんとしぼめて、お情けで産後の肥立ちが戻るまで置いてください、子供たちには悪さをさせませんから、と遠慮がちに言った。 私とて木石ではない。生まれた子供になんの罪があろうかと、不便はしばし忍んで、マンホール一家を置いてやることにした。

 

その後の我が住まいがどうなったかは語るまでもなかろう。母マンホールもしたたかなもので、とうとう我が庭先を終の住処と決めたものらしい。子供たちはやりたい放題、自由にのびのびと育っている。ただでさえ粗末な家の屋根には絶えず風穴が開いているし、暗い板の間をうっかり歩けばたちまち子穴におっこちてしまう。川は子供らの狼藉であちこち陥没したあげく、そこここで泉が湧くようになった。山の斜面には幾つも穴が開けられて熊や兎の住処になった。私自身も幾度となくどてっ腹に穴を開けられた。

しかし、暑い夏場などこれはこれで悪くない、などと思うようにもなった。

それに子マンホールたちは風が吹くと、パンフルートみたいなそれはそれは可愛らしい声で歌うのだ。歌声は山から吹き下りる風に乗って麓の村まで聞こえていることだろう。

 

2018年9月17日公開

© 2018 大猫

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"マンホール"へのコメント 5

  • 投稿者 | 2018-09-21 10:20

    不思議な読後感が残る美しい作品。マンホールをめぐる物語は単に荒唐無稽な奇譚として面白いだけではなく、象徴的・寓話的な重層性も感じられる。主人公の胸に空いたマンホールは、精神的な虚無をあざやかに象徴している。Manholeという言葉そのものから虚ろな男(hollow man)を連想するのも難しくない。

    今回の合評会応募作は、嘘や信用の問題を物語に織り込んだ作品と荒唐無稽な主題を扱ったトール・テイルの二者に分かれており、本作は後者に属するものである。どちらも「嘘だと思って読んでください」というお題に対する応答として間違ってはいない。けれども私は今回前者をより高く評価している。フィクションの読者はたいてい最初から嘘だと分かった上で読むものであり、たとえ現実にあり得ない出来事が書かれていたとしてもわざわざ「嘘だと思って読んでください」と明示的に頼む必然性は薄い。にもかかわらず、あえてそのような依頼の言葉を発することにどのような意味があるのか? 私はお題の持つ意味をもっと掘り下げてほしかった。そのため、私は本作を今回の合評会作品の中で最も洗練されていて出来がいいと感じているものの、一希、波野両氏に次ぐ評価を付けざるを得なかった。自由題であったなら、間違いなく5つ星である。

  • 投稿者 | 2018-09-21 21:56

    豊富な語彙による鮮やかな表現はとても美しく、文章を読むこと自体が楽しさや興奮を生みだしているような小説でした。それだけに、お題と小説の相性の悪さなのか、やや物足りなさを感じてしまいました。荒唐無稽な小説を読むときほど、人はそこに本当のことや真実を見出そうとするし、リアリズムの小説を読むときに限って、人は現実から理想や夢を見出そうとするのかもしれません。とはいえ、小説自体はとてもとても好きな雰囲気で、読んで楽しかったです。

  • 投稿者 | 2018-09-22 15:24

    すばらしいです。これが読みたかった(書きたかった)、という抱いて眠りたいほどの小説です。言うことありません。
    自分でいうのもあれですが、今回はテーマが難しくて、スタイルをどうとるかという問題があるので、これをどう評価するのかというのが分かれ道で、正直言ってみなさんの作品を読む軸をどこに持つべきか、ということで悩んでおります。

  • 編集者 | 2018-09-23 02:40

    どれも結構おっかないマンホールなのに、終始静かにマンホールを見つめ最後は半ば受け入れている、マンホールの様な作品だった。どこかに繋がっていたりそこら中に穴が空いたり、人間が持ってる穴への興味を、あらゆる街中に溶け込む様に存在するマンホールと言う形で表したのかと感じた。
    エレベーターが突き抜けたり自転車が止まらなくなる様な、身近な存在と夢の様な「嘘」、と捉えた。

  • 投稿者 | 2018-09-25 02:15

    夏目漱石なら夢十夜、あるいは安部公房といったあたりだろうか。幻想的なシュールレアリスム掌編というカテゴライズができるかと思うが、じわじわと侵食してくる不気味な語り口が作品としてハイセンスであると感じた。河童同様、嘘だと思うまでもなく嘘であるので、まあ嘘だと思って読みますよ、となってしまうのでテーマとのマッチングは難しいところに陥ってしまうのではないかと。というか今回のテーマは難しすぎる。

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