メドゥーサの目薬

フィフティ・イージー・ピーセス(第33話)

Fujiki

小説

2,015文字

作品集『フィフティ・イージー・ピーセス』収録作。

待ち合わせのそば屋に着いてみたら、悪魔は既にソーキそば定食を食べているところだった。午後にもアポがいくつか重なっているので先に注文することにしたのだという。さっそく差し出した署名済みの契約書を書類かばんに入れた悪魔は、小さな瓶をテーブルの上に置いた。

「目薬があるからといって、あんまり目を酷使したらダメだからね。昔ある哲学者が言ったみたいに、あなたが深淵を覗き込むとき、深淵もあなたのことを覗き込んでいるんだよ」と、悪魔は諭すように言った。

ギリシア神話の怪物メドゥーサの涙から抽出した目薬。これを目にたらしてにらみつければ、視線の先の相手は瞬時に塩の塊と化す。自販機の陰で目薬をさした私は、サングラスをかけて街頭演説を待つ群衆に加わった。

暇を持て余した通行人の拍手が県庁前広場に響き、あの男が演台に上がる。かつて私を無理やり押し倒した両手には白い手袋がはめられている。ゼネコンを経営する彼の家族が雇った敏腕弁護士は、私の心療内科の通院歴や家族関係を裁判で執拗にあげつらった。証言の信憑性は疑われ、あの男は放免になった。辱められた女陰は臭い膿をたれ流して何日も忍び泣いた。

2018年4月30日公開

作品集『フィフティ・イージー・ピーセス』第33話 (全50話)

フィフティ・イージー・ピーセス

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© 2018 Fujiki

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