写楽の春画

応募作品

波野發作

小説

3,073文字

正体不明の浮世絵師、東洲斎写楽。寛政六年に突如として現れ、稀代の大書肆・蔦屋重三郎のプロデュースでヒットを飛ばすが、わずか一〇ヶ月の活動期間の末に、忽然と姿を消した。彼はどこから来て、どこへ去ったのか。そして何より、春画を一切描かなかったのは何故か。いまその謎が白日の下に晒される。かもしれない。破滅派合評会2018年4月参加作品。

東洲斎写楽の春画は存在しない。

 

寛政六年の年表を見ると、概ね東洲斎写楽の記述「しか」ない。日本史上ではこの年、他にはたいした事件は起こっていない、ということだ。しかし、当の写楽が何者なのかということは未だ明らかになっていない。それは何者かによって周到に隠蔽されているからにほかならない。徳島藩蜂須賀氏お抱えの能楽師が、その正体という説が有力ではあるが、確実な証拠はなく決定打ではない。その他、喜多川歌麿ら多くの絵師もその正体ではないかとささやかれているが、いずれも推測の域を出ない。誰もがその名を知るにもかかわらず、どこの誰なのか誰にもわからない。それが、絵師・東洲斎写楽なのである。

 

「重三郎さん、いるかい?」

「おう、哥麿先生か。上がってくんな」

「先生はやめとくなはれ。ウタさんでええ」

「わかったわかった。一人かい?」

「ああ、一人や」

蔦屋重三郎は黙って手招きをし、奥座敷へ案内した。ひとまず哥麿を座らせて、下女を呼びつけて茶を持ってくるように指示した。これでしばらくは人払いができたことになる。重三郎は床の間にある平たい桐箱を持ってきて、そっと傍らに置いた。カタリ、とフタを開け、そっとズラす。

「ウタさんさ、これどう思う?」

哥麿は身を乗り出して、桐箱のスキマをのぞき込む。薄暗い部屋でチラリとしか見えないが、顔ほどに巨大なイチモツと女陰ほとが見えているから春画のたぐいだろう。しかも錦絵のようだ。いや、それにしては赤の色味が鮮やかすぎる。

「肉筆かい?」

版画ではなく、肉筆画で朱塗りならあるいはと哥麿は思ったのだ。

「いいや」

重三郎は桐箱のフタを完全にズラし、画の全貌を哥麿に見せた。

「初刷だ」

「初刷? これで?」

初刷ということは、これが肉筆画ではなく、版画であるということだ。版画でこの彩色が本当に可能なのだろうか。

「そうだ。かるみんで色を出している」

「かるみん? ようそんなの手に入りましたな。舶来でっか?」

「ちょっとツテができて、少量だが回してもらったものだ。やはり絵師が見てもいい出来映えかね」

「そりゃ、これは驚きましたわ。この色は丹由来じゃ出まへんで。わしも使うてみたいわ」

哥麿は改めて画をのぞきこんだ。男女のまぐわいをそのまま描いたもので、春画のモチーフとしてはスタンダードで、珍しいものではない。アングルの取り方などは若干北川流の流れをくんでいるように見える。場所は遊郭だろう。吉原のようではあるが、調度品の細部が安っぽいので品川の岡場所のようにも見える。描かれている女は花魁のようだが、髪型がちょっとおかしいな。実物を見て描いていないのかもしれない。もちろん、それはとくに珍しいことではない。他の春画や浮世絵を参考に描くとこういう感じになる。絵師としてのキャリアは浅いようだ。キャリアの浅い絵師にこんな高い顔料を使わせるとは、蔦屋重三郎、どういうつもりなのだ。哥麿は少し不機嫌になった。

「誰の作か、わかるかい?」

「は?」

「これさ。誰が描いたと思う?」

「誰かと聞かれてもねえ……」

男の肌がやけにあおっちろい。そして毛深い。背中は筋肉で盛り上がり、まるで熊のようだ。それは、女の方の桃色や肌のきめ細かさをを際立たせる配慮だろうか。匂い立つような閨の息遣いが伝わってくる。定石を守らず、技術には拙いところもあるが、これは天賦の才にほかならない。このまま修行すれば、いずれは北川一門を背負って立つ腕となるだろう。しかし、誰なのだ。哥麿であれば、同門の北川一派ならだいたい誰のものかわかる。他の流派でも個人の特定はできなくても、だいたい誰の系譜かぐらいは見当がつくものである。哥麿は、画風と絵師の顔を脳内データベースに照らし合わせていく。そして仮説としての結論を導き出す。これに似ている画風があるとすれば、一人しかいない。

「写楽はん?」

「ご明察。さすがはウタさんだ」

「いやしかし。しかし」

「なんだね」

「春画はやらんのでしょう? 知らんけど」

「会ってみるかい?」

「写楽はんに? そりゃ願ってもないことやけど」

「じゃあ行こうか」

重三郎は画を桐箱に仕舞い、行李に収めた。下女を呼び、茶の提供をやめさせると提灯を用意させた。

 

徳島藩江戸下屋敷の裏木戸を重三郎が叩く。すでに亥の刻にも差し掛かった深夜である。重三郎は提灯の灯りを消して、返事を待った。

「何者か」

「蔦です。他に共の者がひとり」

「しばし待て」

屏の内から駆けていく足音が遠ざかり、程無くして同じように戻ってきた。ガタガタと閂を外す音がし、木戸がそっと開かれた。

「入られよ」

「はっ」

月明かりにうっすらと野菜が見える。塀の中は畑になっており、作物は上屋敷や中屋敷へ供給される。

畑の脇に土蔵があり、高窓から灯りが漏れていた。

重三郎と哥麿はその土蔵へと案内された。土蔵には錠前は取り付けられていなかった。木戸を引き、中へと入る。内部は二階建てとなっているようだ。

上階から声がした。

「ツタさんデスか?」

「そうだ。ちょっと会わせたい人がいる」

「イマおりマス」

ギシギシとはしごを軋らせながら、大男が下りてきた。着流しを着ているが、だいぶ寸詰まりのようだ。下りきったところで、男はのそりと振り返った。

「どうもシャルケです」

「夷狄!?」

思わず哥麿は後ずさり、戸の柱に頭をぶつけた。

「驚いたかい?」

重三郎はニヤリと嗤った。

江戸幕府は絶賛鎖国中であり、諸外国との交流は一つの例外を除いて禁じられている。その例外とは、長崎の出島を窓口としたオランダ貿易である。出島に駐屯するオランダ人カピタンは、四年に一度の江戸参府が義務付けられているのだが、画家で顔料商人のシャルケ・ファン・デ・シューセルもまたその一行として江戸に来ていた。昨年のうちに本隊は長崎に戻ったが、シャルケだけが密かに徳島藩預かりで江戸に残っていたのだった。徳島藩は藍の生産と流通で幕府と出島の両方に顔が利き、同時に蔦屋耕書堂とも接点があった。赤系の鉱物顔料であるカルミンの売買交渉から、シャルケと重三郎に縁ができたのだった。

「写楽はんが異人はんやったとは」

「江戸のミンナには内緒ダヨ」

「これってご法度やないんですか?」

「そうだな。春画までやってんのがたそがれ・・・・あたりにバレるとちとまずいから、くれぐれも内密にな。シャルケは夏前には江戸を離れるから、それまでのことだし」

「サイゴにシュンガを描きたいデス」

シャルケは哥麿の手を握って、目を輝かせて言った。

「ヤポンポーノイズデベステ!」

「なんて?」

「日本の春画は世界一ィィィィ、だとさ。わかってんじゃねえか」

「ウタサン、どうかこのシャルケにポーノをご教授くだサレ」

「ああ、しょうがあらへんな。ただし条件がある」

「ナンデス?」

「わしにもかるみんをくれ」

「オーケーイ! 交渉セイリツデース」

東洲斎写楽と喜多川歌麿は熱い抱擁を交わした。

 

夏には予定通りシャルケは江戸を離れ、数年のうちに帰国することとなる。そののち蜂須賀下屋敷で火災が発生し、彼が残した痕跡は一切が失われた。能役者斎藤十郎兵衛なる人物についての資料が一部残されているが、これらはすべて蔦屋重三郎と山東京伝の手による幕府へのフェイクである。

 

彼らの作った最高の春画は、後世に一切残されていない。

東洲斎写楽の春画は存在しないのである。

2018年4月14日公開

© 2018 波野發作

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"写楽の春画"へのコメント 5

  • 投稿者 | 2018-04-21 09:42

    本作はリード文の中で「写楽の正体」と「写楽が春画を描かなかった理由」という二つの謎を提起している。しかし、実際に読んでみると「写楽の正体」はそもそも春画と関係がなく、「春画を描かなかった理由」には十分に答えているとは言えないという印象を受けた。異人モノの春画だからといって作者が必ずしも異人だということにはならないし、「春画までやってんのが……」という取ってつけたような説明は「春画を一切描かなかったのは何故か」という問いの答えとしては弱い。「写楽は実は外国人だった」というパンチの部分と春画というテーマがうまく関連づけられていないのが問題の根源であると思う。

    限られた字数の中でテーマの春画をもっと活かすのであれば「写楽が春画を描かなかった理由」の一点に謎を絞るべきだったのではないか? そうすれば、「写楽の春画は江戸社会を混乱に陥れるほどエロかったからお上の手により闇に葬られた」とか「若い頃の性的なトラウマが原因で写楽は春画を描けなくなった」などのようにいくらでも話を展開できただろう。本作のストーリーにおいては、蔦谷重三郎が哥麿に見せる絵が春画である必然性があまり感じられない。カルミンの赤を使用した浮世絵であれば、主題が何であっても成立するのではないか?

    ところで、本作において哥麿はなぜ上方言葉を話すのか? 私は喜多川歌麿として読んだが、もしかして別人なのか? 史実への配慮や物語上の必然性というわけではなく、ただ作者が登場人物を書き分ける労力を惜しんだだけなのではないかと私は邪推した。間違っていたら、ごめんなさい。

  • 投稿者 | 2018-04-22 20:33

    前半のうんちくは楽しく読んだんですが、写楽が外国人というのはちょっと突拍子がなさすぎて(画風的に)どうかな、と思いました。嘘でもいいので納得するような裏付けがほしい。あと突然「データベース」とか「夷狄」とか出てきますが、全体的に見ると素っ頓狂な単語を並べて遊んでいる話じゃなさそうなのがちょっとなぁ、と。

  • 投稿者 | 2018-04-25 11:12

    本当はもっと長い物語のさわり部分なのでしょうか。さあ、これから話が始まるぞ、というところでお終いになってしまい、もう少しこの先の春画製作の過程とその出来栄えを見せてくれてもいいではないかという気になりました。蔦重とか歌麿などの有名人が出ているからなおさらです。版画制作に関するトリビアも面白いし。
    写楽が滞在期間の限られた外国人だったという仮説は魅力的です。それだけに西洋画技法を持つ外国人が歌麿から浮世絵を学んで、とてつもない春画を描くところを読みたかったです。続編をお願いします。

  • 編集長 | 2018-04-26 12:09

    写楽が実は外国人だったという物語のパンチラインは良いのだが、写楽が実は春画を描いていないというのが「ええっ?」となるほどの事実ではないのが惜しい。
    また、語彙の選択において真剣さが感じられなかったので、そこが作品の風格を落としている。

  • 編集者 | 2018-04-26 12:57

    前回に比べて話の軽さが裏目に出てしまっている気がする。ジメジメした、表に出せない話という雰囲気ではない。しかし題の設定者らしく、春画の設定は恐らく他の作品より決まっている。

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