It’s a ZONY!!

春風亭どれみ

小説

9,533文字

国破れて山河在り、あら、おフィッシュが泳いでるずら。

「緊急特集! あの人気動画クリエイターZONYの知られざる過去が暴かれる!?」

わざわざ連続ドラマの放送を延期させてまで、緊急生放送を打った甲斐があって、この番組を企画したテレビ局の瞬間視聴率は他局を抑えて完全に独り勝ち状態となっていた。

ほぼ一斉の開局以来、時代を創り、人々の趣味趣向の大部分を司りながら、貨幣と文化の資本を寡占し続けてきたテレビ業界は近年、素性すらわからない一人の男に煮え湯を飲まされ続けてきていた。

彼は片目を海賊のような眼帯で覆い、もう片方の目は特殊なコンタクトレンズを付けているのか、まるで蛇のような縦長の瞳孔で画面の向こう側の視聴者を睨みあげる。その珍妙な出で立ちをしながら、放送コードのしがらみを超えた強烈すぎる毒舌と猥談を「わっちは○○と思うずら」といったどこのものともつかない力みのないインチキ方言にのせて、発信する男こそがZONY、その人であった。

動画に映る彼はいつも不敵な薄ら笑いを浮かべていて、笑顔から覗かせる歯は気味が悪いほどに白く、乱れのない並びをしていた。

番組はその素性の知れない彼の実に人間臭い一面が映し出されていた映像を入手していると謳った。全てが謎に包まれていることもウリにしているZONYにとって、その部分を暴かれることはとても打撃になるスキャンダルに違いなかった。

含み笑いを隠しきれない司会者は「ざまあみろ」といった表情を隠しきれずにいて、その表情は一瞬のうちにして、

「めちゃくちゃ嬉しそうにしている」、「やっぱり性格が悪いな」という視聴者たちの声とともに広く拡散されていたが、今まさに生放送の番組を進行している司会者はそのようなことなど知る由もなかった。司会者は忠実に職務をこなし、番組をスタジオから一度、件のVTRに切り替える為のキューをだした。

映し出された映像は汚泥と瓦礫とモザイクにまみれていた。

その中で、一人の男が吐き出しそうな勢いで咽び泣いていた。身に着けていたTシャツはズタズタになっており、破れ目から痛々しい生傷と貧相なあばら骨が見え隠れしていた。

その男は特徴のない顔をしていた。

細目がちな奥二重に、年相応に刻まれた皺、短く切りそろえた髪はどこの市井にも溶け込める風貌だった。同じように特徴のない人と結婚をして、普遍的な可愛さを持った小さな子どもを一人くらい育てていてもおかしくないようにもみえる。

ただ一つ違うことといえば、その映し出された市井というものが、良心を持つ物ならば、目を覆いたくなるほどに凄絶な顔をしていたことだった。まだ記憶として消化するにはあまりにも葛藤を呼び起こすような光景の中で、彼は通りかかった不自然に身なりのいい男の足もとにすがりついていた。その姿はいつも飄々としたZONYとは正反対なほどに追い詰められていて、そして、物乞いのように敗れた者、惨めな者に映った。

「アンタ、議員だろ。何とかしてくれよ! 何でもするから、助けてくれ……今からでも、助けてくれ……」

議員と呼ばれた男も、何か声をかけるか、それが出来ずとも心痛な面持ちを持って、彼の叫びに向かい合えばよかったのだろうが、彼もまた、その見てくれとは裏腹に、心に余裕をなくしているようだった。

「勘弁してくれ、急いでいるんだ」

そういって、縋る男を振り払って、画面から消えて行った。男は言葉にならない叫びをあげて、今度は瓦礫にひれ伏すようにして、泣き叫びだした。

その横をテレビの中継車とロケバスが通った。中継車の側面に書かれた企業名にはぼかしが入っていた。中継車は道なき道を進み、後ろのロケバスの窓はカーテンで仕切られたが、チラリと賞レースを制したばかりの人気お笑い芸人と、火が付き始めていた子役アイドルが談笑している横顔が垣間見えた。中で行われている会話は勿論、聞こえてこない。何を思い、どのような感情が沸き起こったのかは、想像もつかないが、心を抉られた男にはその笑みだけでも、とてもしみて、辛いものであったようだった。

「……うう、ちくしょう、笑ったな。笑いやがったな!」

男の怒号が響き渡ると一度、VTRはそのシーンで止められ、番組はスタジオのもとに帰って来た。司会者がパネラーの一人である声紋鑑定の専門家に話題を振った。

「この泣き叫んでいる人、一見してはZONYには似ても似つきませんが」

「しかし、声紋から判別するに、彼はZONYで間違いないでしょう。よく見つけ出しましたね。どこから、あがってきた映像なのでしょうか」

メディアの長となったテレビ局は、同時に様々な方面に配慮する必要性も生じるようになり、このような残酷さを切り取った映像を流すことは、通常、番組の制作段階でセーブがかかるものであったが、この時ばかりは、生放送という緊急性と、ZONYに対してマウントポジションを取りたいという業界の人間の焦りからか、ディレクターも企画を強引に通し、上役もそれを見て見ぬふりをしていた。

彼らが最も神経質になっている世論という秋の空のように変わりやすい代物も今は、かつてほどZONY擁護一辺倒になっていないことも彼らを後押しした一因になっていた。

彼の認知度が彼のファンである若者の間で留まっている時よりも、一般大衆に広く名が浸透した今は、彼のことをけしからんと思う勢力も同じくらい大きくなっていたのだ。

そして、ZONYはルサンチマンの受け皿であるには、もう当人自身のブランドが大きくなりすぎていた。彼の成り上がりぶりに嫉妬していた者、カルト的な人気を博していた頃から彼の笑いを良く思わなかった者は、彼への風向きが変わったと察するや否や、彼を追い落とす風潮に加担したのだった。

しかし、実のところ、「敵の敵は味方」などと、簡単には世論は転んでおらず、

「さっきの議員って、この前の泥酔大臣だよな、ZONYが散々弄り倒した。あのお笑い芸人も浮気問題で、あの子役アイドルも大きくなって、ZONYの洗礼を受けている。アイドルもイメージの悪化から数年やっていたアイスクリームのCMを降ろされるって噂だぜ」

「中継車もぼかしが入っていたけれど、この番組の局のだ。ぼかしぐらい今は素人でも消せるのをアイツらは気付かないのかね」

「じゃあ、ZONYにやられた奴らの復讐番組みたいなものなのか。そのアイスのCMの企業までスポンサーに入っているときた。これは、面白くなってきたな、どっちもとことんやりあって、共倒れしないかな」

番組の感想を共有する場では、嘲笑と、冷笑と、世迷いごとが錯綜し続けていた。

その風が当たらないスタジオの中にいる浮足立った司会者は、上擦った声で叫んだ。

「ことの真相を確かめる為に、何と我々取材班は、これからZONYに直撃インタビューを試みます! 現在、雲隠れしていると噂されていた彼ですが、番組独自のルートで彼の居場所を突き止めました。リポーターさん、聞こえますか!?」

SE音と、「いよいよ決定的瞬間、90秒後」というテロップが流れると、テレビ画面は旅行予約の運営会社のCMに切り替わった。久々に全国のあらゆる世帯がテレビを食い入るように見つめている瞬間がおとずれていた。

 

ところで、渦中のZONYが現在の姿で人々の前に姿を現したのは五年ほど前のことだった。

当時、特別な免許や技能を持たざる者でも、気軽に動画を撮影し、己自身が発信者となることが可能になってきはじめた頃だったので、雨後の筍のように動画クリエイターを名乗り、作品を公開する者が現れ始めていた。勿論、彼らの多くは、それだけによって生計を立てられるほど洗練されてはいなかったし、中には、分別を理解しない子どものように迷惑な行為によって耳目を集めようとする者までいた。

ZONYは、そのような迷惑者に一泡吹かせるような悪戯を仕掛ける動画を作成したことによって、何か新しい刺激を求めて彷徨っているような若者たちから支持を獲得した男だった。他の露悪的な投稿者グループと同じような悪ふざけを行いながらも、上記の理由で彼はいわば、義賊的な人気を集めていた。

例えば、小学校に面した通学路となっている桜並木で、仮装姿でバカ騒ぎをする動画があげられると、間もなくしてZONYは現場に向かい、酒盛りに潜入した。一団の中では、違和感なく溶け込めたZONYは彼らに酌をして回り、しれっと酒瓶の一つをワインビネガーの瓶にすり替えて場を去るという悪戯の敢行を、仕込んだ小さなカメラとマイクで実況中継した。

「コイツら、ばっかじゃなかろうか。この瓶を……ちょちょいのちょい。ふふふ、すっぱいずらよー」

その下衆じみた悪ふざけは見事に成功し、落ち武者のカツラとふんどし姿でバカ騒ぎしていた臍ピアスの男は、ワインビネガーを口に含むと象のような雄叫びをあげて、ブルーシートの上をのた打ち回った。動画の再生数を示すグラフは急勾配の曲線を描いて、青天井の彼方まで跳ね上がっていき、むっつり何を考えているかわからないと言われていた若者たちの反射的にして剥き出しな感情が、文字や絵文字となって、彼の動画のもとに集まった。

その姿を尻目に花見の一団から距離を取りつつ死角に避難したZONYは動画の最後に叫んだ。

「It’s a ZONY!」

若者たちは面白がって、彼の言葉に呼応するかのようにコメントを送った。

この現象を既存のメディア媒体たちは全く察知していない訳でもなかったが、いつの時代の若者層にも見受けられる幼稚なメディアごっこ遊びの変種に過ぎないものだと軽く見ていた。

一過性のもので、時期が来れば、彼らは満足しなくなり、成熟した既存のメディアのもとに帰ってくると無邪気に信じ切っていた。会議室に閉じこもり、すっかり出不精になった者が放つ加齢臭に彼らが辟易していることに、気付こうともしていなかった。

そうなると、風通しの良い方に、つまりZONYの方に彼らの精神が惹きつけられていくのは、もう時間はかからなかった。

F1、M1層と呼ばれる視聴層の数字は、どこの局も満遍なく削られていき、テレビ局が二周遅れの若者文化を紹介する番組を打ち出しているその瞬間にも、ZONYの特徴的な言葉遣いは、学校や繁華街の間に浸透していった。

メディアが危機感をようやく覚え始めたのは、ZONYの食指が公人、芸能人にまで及ぶようになった頃だった。

特にテレビ局のワイドショーなどは彼らを名声と肩書によって、善玉、悪玉と振り分けて行うミュージカルであった為に、ZONYのような門外漢が勝手に決められた役のキャラクター設定を弄り出すことなど迷惑以外の何物でもなかったし、彼らを上回る脚本を書き上げて、人気を博すなどということがあってはメディアの雄として沽券に係わる問題だった。

「例えばだよ、客を気持ちよくできない口下手なホステスのもとで、ボトルをあけたいと思うかい。会議に出てきた全国町村会の人間にはそこのところを反省してほしいものだ。君、今のはオフレコだからね」

宿舎の前で待ち構える記者たちに囲まれた大臣が突然、喚き立てた時、新聞、週刊誌、テレビ局の各メディアは「よし、スキャンダルだ」と彼のニュースを報じる準備に意気揚々と取り掛かった。

翌日には、お茶の間の代弁者であることを自負していたワイドショーの司会者が市街地で無差別のテロが起きてしまったかのような深刻な顔をして、「あってはならないことです」と、大臣の失態を責め立てた。

その司会者がいつも夜の街を派手に遊び歩いていることは視聴者たちの間では周知の事実であったので、彼の姿は溜飲の下がらないちぐはぐなものにしか見えなかった。

どのテレビ局にチャンネルを合わせても、どの週刊誌の中吊りを眺めても同じような言葉で彼を糾弾する言葉しか踊っていなかった。まるでマスゲームのように、足並みが揃っていた。

その日のZONYは、レンタルで借りて来たのだろうか、薄桃色の着物に身を包んで画面の中で相槌をうっていた。

「例えばだよ」

「ハイハイ」

「客を気持ちよくできない口下手なホステスのもとで、ボトルを開けたいと思うかい」

「そんな回りくどい言い方しなさんな、大臣さん。欲しがりさんは、わっちもコ・マ・ル・ずらッ」

などと、ホステスの真似事をしながら、中継に映された大臣と即興の会話劇をし始めて、しまいには大臣の槍玉にあげられた地方自治体の名産である桃を用いたカクテルのレシピを「It’s a ZONY cocktail!」と称して紹介。ZONYは、大臣を風刺すると同時に、町興しに苦心する自治体にヒントを提供してみせていた。

翌日、司会者が苦虫を噛み潰したような表情でZONYのカクテルを飲み干すのをワイドショーは放映する破目なった。

同じように、人気お笑いタレントの浮気報道に関しても、彼らは一本取られていた。

そのお笑いタレントは自撮りした写真を世間に公開することを日々の日課としていたが、後輩の芸人とともに、おどけた顔で撮影されたものもあれば、喫茶店で一番人気のフラペチーノと、誰かはわからないピースサインをする左手だけが写った写真もあった。

既存メディアが浮気をリークしたとされる元演歌歌手と自称する愛人から発せられる言葉ばかりを追っかけている間に、ZONYは、お笑いタレントと愛人のデートコースをなぞるツアーを企画して、タレントよりも小洒落た写真をあげるレースを若者たちとともに楽しんでいた。

「These are a ZONY!」

浮気現場のホテルの前で、ZONY一座が集合写真を撮るまでの一連の動画は、「くだらない」、「文法的におかしいだろう」という嘲笑いのコメントまで含めて、大きな反響を呼んでいた。新しいことに意欲的な企業などは、彼の影響力を高く評価し、広告のオファーをするようにまでなっていた。

ポツポツと得体の知れない方法で金を稼ぐ彼をバッシングする記事も三面の片隅に昇るようになっていたが、その効果は、超高層ビルの屋上から落とされる目薬に等しかった。

趨勢が変わり始めたのは、ZONYが動画の中で、人気アイドルのことをとりあげるようになった頃だった。彼女は子役アイドルの頃から、事務所に手厚く守られ、大手配給会社の威信をかけた映画のヒロインを務めることまで決まっているアンタッチャブルな存在だった。聞き分けのあるメディアは皆、許可を得て、彼女のゴシップを報じていた。

尤も、彼女は共演者だけでなく、裏方スタッフにも品行方正、握手会での対応もファンから尊敬を集めているなど非の打ちどころのない人間と周囲から思われていたので、ゴシップとは名ばかりの可愛らしいエピソードでしか、彼女の名前が週刊誌を賑わせることはなかった。

そんな彼女に対して、ZONYは「スーパーアイドルを讃える唄」と称した歌詞が完全に意味不明の歌を、鋏でトランプを切り刻みながら歌うという奇行によって料理した。

「♪どこへいったか、ダイヤの5ならソーズの代わりでそれ、チョイチョイナ、役満、天国のドアずら」

そうして、ばらまかれたカードのダイヤの図柄には、節の付いた竹の形のような切込みが入れられているのが、二、三枚だけながら確認できた。

「It’s a ZON……」

動画は不自然に途切れ、古いブラウン管のテレビが故障したような懐かしい砂の嵐の映像に切り替わり、そして、数秒後に終わった。

全てが不可解にして、意味深に思わせる素振りに長けた動画は、ZONYの望む形かそうではないか。瞬く間に物議を醸し、動画の検証に取り掛かる書き込みであふれかえった。

ああでもないこうでもない。さまざまな説が泡のように沸き立っては消えて行く中で、IDが意図せず英語の放送禁止用語になっていた男が一つの珍説をでっち上げた。

「ZONYは、このアイドルが枕営業のしすぎで外性器の形にコンプレックスを抱いていることを揶揄しているんだよ」

彼の説は、寄せては流れて行く明朝体の波の中で、最も下劣な文字の並びであったが、それだけに人々の目に留まってしまった。その根拠がこじ付けであればあるほど、眩しく映る彼女に裏があってほしいと思う人たちや、単に人の不幸に目がない人たちの間で面白がられ、一人の男の妄言に過ぎない中傷記事は拡散していった。

そして、呪詛の言葉にも似た、ZONYの歌は当人の耳にも届くようになってしまった。悪意の尻馬に乗った何人かの人間が、街中で彼女を見かけると、彼女にこの曲を歌いかけるようになったのだ。

自らの持ち歌にも存在しない謎の歌を何度か耳にするようになった彼女は、問題の歌を検索にかけてしまった。芋づる式に、彼女は目を疑うような薄汚い言葉のヘドロを頭から浴びてしまうことになる。

心身が衰弱したまま迎えた翌日のライブで彼女はファンの人の群れを見るなり、震えが止まらなくなり、ついにはステージの上で泣き崩れてしまった。

その衝撃的な事件によって、今まで動画クリエイター、アイドルの握手会。そのような文化とは無縁に生きてきた全国津々浦々の老若男女にも、事件とともにZONYの名を知られることとなる。事件により、件の動画の再生数は過去最高のカウントを記録し、皮肉にも、広告の契約を結んだZONYのもとには、子育て世代のまるまる平均年収分の円が舞い込むことになることも、同時に知られることになった。

事件を重く見た警察当局は、卑劣な説を提唱したIDの身元を割り出し、書き込みを行ったとされる十八歳の高専生を名誉棄損と威力業務妨害の罪で逮捕するに至った。

ZONY自身は、あくまでも意味のわからない歌詞を並べた歌を動画として公開しただけに過ぎず、警察が関知するまでのことにはならなかった。だが、事件の遠因になったことや、ZONYの今までのグレーな挙動、そして胡散臭く、後ろめたいように感じられる方法で、巨額の富を得ていることが判明した彼はもはや、ルサンチマンの受け皿であるどころかその的であると看做されるようになっていた。

テレビの街角インタビューで、老婆が「世間様に顔向けできるのかね、ああいうけしからん手合いは」と、ぼやく姿が放映された三分後のパソコンの液晶の画面には、「今度のZONYの。あれはちょっといけないと思ったね」という言葉がアップされていた。

「そもそもZONYは、下火になってきていたよ。もう終わったコンテンツってやつだ」

「俺は最初から嫌いだったね。動画クリエイターの代表みたいに扱われているのは癪だった」

「ZONYも逮捕されたら、面白かったのにな」

この中で、誰が初めからアンチZONYだったのか、先の事件の動画が公開された時に同調して楽しんでいながらも卑怯に掌を返したのか、それを知る術はない。

再生回数の欄に刻まれた9ケタの数字と、コメント数のタグの横に並んだ6ケタの数字の見てくれは大仰にもかかわらず、ZONYの敵と味方がどの程度の割合でいるのか、彼の行為は認められるべきなのか否か、そして、そのうちの何人が法律では裁かれない罪を背負ったのか、何のヒントも提示してはくれなかった。

この動画の騒動以降、ZONYの更新はぱったりと途絶えた。若者たちの間であれほど身近な存在となりつつあった彼の動向を知る伝はもう何も無くなってしまっていた。

 

ZONYが忽然と姿を消してから、二か月。突然、新聞のラテ欄に彼の名前が大々的に打たれた緊急特番が組まれた。世間の関心はまた新しいゴシップに移りつつあったが、彼にプライドをへし折られたメディアたちは、このまま彼が風化されることを許してはいなかった。

視聴率よりも、殆ど復讐に近い執念によって編成された番組であったが、半ば強引にZONY断ちを余儀なくされていたかつての動画の視聴者たちは、彼の名前に飛びついた。なんだかんだ言っても、ZONYのことが気になって仕方なかったのである。

「いったいZONYの口から、先の事件をはじめ、彼によって迷惑を蒙ったあまたのタレント、そして国民に対して、謝罪の言葉が発せられることはあるのでしょうか、いや、発せられなければなりません。……どうやら、彼はここに潜伏していたようです」

リポーターたちは、カラスによって荒らされた半透明のビニール袋が散乱するけもの道を進み、ペンキの塗装が殆ど赤錆によって剥がされたあばら家に辿り着いた。テレビの番組に便乗して、雑誌記者やフリーのカメラマン、そして、ZONYよろしく場所を特定して動画を配信しようと画策する野次馬たちまで現れ、人気のないあばら家の周りには不自然なまでの団体がいつの間にか形成されていた。

あばら家にはインターホンなどという立派なものなどなく「♪」のマークが書かれた簡素な呼び鈴が腐ったベニヤ板の壁にかかっているだけだった。押すと間の抜けた音がなった。役場の人間によれば、ここはもう何年も前に空き家になっている家のはずだという。

そうなると、ZONYは不法にこの場所に居を構えていることになる。立派な犯罪だ。決定的な瞬間を捉えられる。

集団の空気に異を唱える者は誰もいなかった。男たちの中の誰かによって、ドアは乱暴に蹴り破られた。

「足の踏み場もねえな、いつかを思い出すよ……」

フリーのカメラマンが鼻を摘まみながら、ぼやいた。酸っぱい臭いが室内には立ちこめ、涙腺と鼻孔を襲った。一人の野次馬がえずきだして、ピンク色の吐瀉物をまき散らしてダウンした。

「畳が腐っているぞ、足をとられるな」

記者が瓦礫を退かしながら進む、剥がれ落ちた屋根の一部から、斜光線が差し込んでいた。その光が差す方で、微かな音と人影が見えた。

ZONYに違いない。

誰もがそう思い、我を忘れて、人影のもとに駆け寄った。フラッシュが焚かれ、マイクを向ける準備がされる。集団だけではない。生放送を食い入るように見つめる数多の視聴者たち、動画の実況中継にどんな皮肉なコメントをぶつけてやろうかとワナワナしている者たち、皆が彼に「It’s a ZONY!」と叫んでやろうと思っていた。

「It’s a……アアアアアア!!??」

次の瞬間、集団の誰もが、転んで骨折をした幼子のように狂乱し、絶叫した。テレビ局とBPOに抗議の電話が殺到した。画面越しの刺激臭にやられたかのように、めまいを訴え、救急車に緊急搬送される視聴者まで続出した。

人影の周りには蛆蠅が集り、畳にはタールがぶちまけられたようなどす黒い液が滲んでいた。人間の顔の部分であったと思しき肉は殆ど溶けかけていた。その中に眼帯が埋まっている、おそらくコンタクトレンズもその中にあるに違いない。事件の動画で使われたと思われる切り刻まれたトランプが肉片の片隅に刺さっている。そして、不自然なまでに並びの良い歯が残っていることで決定的になった。これは性質の悪い悪夢などではないということが。

「It’s a ZONY……It’s a ZONY……It’s a……」

部屋の中で微かに聞こえる声に取り乱したリポーターが、「祟らないでください!」と念仏を唱え出すが、歴戦のカメラマンがその音声が、時代物のカセットデッキから流れ出ていることに気付いた。

「おちつけ、なんてことはないぞ、リポーターさん!」

しかし、そのカメラマンの眼をしても、ZONYの屍骸の奥にタイヤ跡のついたぬいぐるみが横たわっているのまでは気付くことは無かった。

2018年2月23日公開

© 2018 春風亭どれみ

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