「可能性があるのは三名ということか」
そんな風に、君は大人みたいなことを言う。
「それなら、この事件はたやすいな」
そういってペッとガムを吐き捨てる君のことが、私は少し困る。大人地味すぎていて、なんだか違う人みたいだ。なんで三人だって言うんだろう。
私たちは切り裂かれた金網の前で二人。犯人は子供ではない。少なくとも。こんな風に金網を斬り裂ける子は、この学校にはいない。
現場を離れたものかどうか、少し考えてから、私たちは戻る。教室では退屈そうに机に突っ伏したクラスメイトたちが。何人かの男子が、強がって囃し立てる。
「怪しいなぁ! 二人きりで何してたんだ!」
「おぉ?」と言う声が上がる。最近流行っている。からかうときに、友達の方を向きながら、「おぉ?」と言うのが。「おぉ?」と言われたら、「おぉ?」と返す。そんなことが運命のように決められている。
「遅かったな。卵でも踏んづけたか?」
先生は机のビニールマットをウェットティッシュで拭きながら、目も合わせないで言う。
「ちょっとトラブルがあったんです」
君はそういって、自分の席ではなく、教壇の前に立つ。手を後ろに組んで、兵隊のように誇らしく。
「さっき海ちゃんと二人で飼育小屋に行きました。金網が破れて、ウサギが全部死んでいました」
教室がさっと青ざめる。さっきまで「おぉ?」といっていた徳美くんが、泣きそうな顔になっている。
「おそらくですが、誰か大人が金網を破ったのだと思われます」
「野犬でも入ったか」
先生が言う。でも、君は先生をきっと見据えて、はっきり答える。
「犯人は大人です。金網は道具を使ってすっぱりと切られており、おそらくニッパーを使ったのだと思いますが。ウサギを殺したのは獣かもしれませんが、それにしては傷口が鋭利だったので、刃物を使ったのでしょう。獣の犯行に見せかけようという隠蔽工作です」
君はそこまで言うと、先生から目をそらして付け加える。
「そして、先生も容疑者のうちの一人です。残念なことではありますが」
教室のどよめきが沸き起こる準備を始めるより先に、先生は「おい!」と怒鳴る。どよめきの気配がさっと死ぬ。
「なんでそう思ったんだ? ひどいなぁ」
先生は恫喝のあとの優しさを見せる。すこしおどけた語尾で。
「なんで、ですか。それはですね、この地域に金網を斬り裂ける獣なんて、一匹も生息していないからです。日本で金網を斬り裂ける獣なんて、ヒグマかツキノワグマぐらいしかいません。そして、そのどちらもこの地域にはいません」
君はそこまでいうと、立ち上がる乱暴な先生から距離を置いてゆっくり歩きはじめ、水が静かに流れるように推理を披露する。
「まず、先生にはそうした無理筋の代案を出す理由がありません。そして、普段先生が僕たちに振るっている暴力を考えると、先生が僕らの飼育しているウサギを殺すことは十分にありえます」
「マキハラァ! お前、先生にそんな口を聞いていいと思っているのか!」
教室の中で肩をすくめなかったのは二人だけ。先生と、君。
「ただし、確定ではありません。先生は暴力的ですが、事なかれ主義です。そんな先生が、飼育小屋の動物が全滅したという、六年三組はじまって以来の大事件を前にして、なかったことにしたいと思うのは、いかにもありそうです」
先生は顔をまっかにして、どんと机を叩く。それから、さっきまで吹いていたビニールマットをつかんで、君に投げつけそうな気配をいったん見せて、もう一度机に置く。
「ほかに容疑者はいるのか?」
「いますよ。先生と、二組の梶原先生、そして、藤岡さんです」
唐突に出てきた「藤岡」という言葉に、みんなきょとんとする。君は「用務員のおじさんです」と付け加える。みんな、「あぁ」と声を上げる。あの人、藤岡さんっていうんだ。なんで君はそんなことをしっているんだろう。まだほんの子どもなのに。
それから、君と私のコンビは容疑者をあたっていく。
まず、梶原先生。事件があったはずの一時から四時のあいだ、先生はもちろん授業をしている。その意味で、一番怪しいのは藤岡さん。藤岡さんはその時間、すでに帰宅していた。奥さんに聞いても、家にいたという。
「そもそも、藤岡さんと僕たちのつながりは希薄だ。奥さんにアリバイを作ってもらってまで嘘をつく必要はない」
君はそういって、つばめノートに書いた藤岡さんの名前に斜線を引く。君は少し困ったような顔で、私に微笑みかける。
「ワトソンくん、何か気づいたことはあるかい?」
私はいっしょに読んだシャーロック・ホームズのセリフを思い出そうとするけれども、うまくいかない。君はふっとため息をついて言う。
「君は沈黙という素晴らしい才能を持っているね」
結局のところ、私たちは六年三組のウサギを皆殺しにした犯人を見つけられない。大人たちにはアリバイがあり、子供たちは無力だった。この事件は新米探偵だった君にとって、最後の解決できなかった事件となる。君はその悔しさをバネにして、探偵なんていう不思議な職業につき、三十八歳で亡くなるまで、事件を解決し続ける。
実のところ、私はその犯人を知っている。何日もかけて、ニッパーで少しずつ金網を切り、ひんまがった金網をもとにもどし、まるでそれが切れていないかのように見せかけ、準備ができたその日、私と君が飼育小屋に向かうわずか30分前にナイフを持って飼育小屋に押し入り、五匹のウサギを殺し、その後何食わぬ顔で君の隣に立っていた少女を。ただ、君と一緒に事件を解決したい、ただそれだけの理由で命を奪うことのできる、残酷な恋する女の子のことを、私は知っている。
藤城孝輔 投稿者 | 2017-12-16 14:43
最後に提示される動機が魅力的ですっきり読める。文が断片的なところは意図的なものか? ミステリーとしては、大人三名に容疑者が絞られる段階でもっと凝ったトリックが欲しいと思った。
斧田小夜 投稿者 | 2017-12-17 16:45
謎解きとバディの存在の必然性があったのと主人公のサイコパスっぷりが良かったです。欲を言えばうさぎをナイフで殺すと血がどっかに付着してバレそうなので撲殺にしたほうがよいかと。
九芽 英 投稿者 | 2017-12-19 04:10
三人の犯人候補に辿り着いた理由が分かりません。謎解きパートも実にあっさりと迷宮入り。「新米探偵」の振る舞いは合評会作品の中で最も本格探偵小説然としていただけに、盛り上がりに欠けた事が物足りなく感じました。
へっぽこ探偵として描く意図があったのかも知れませんが、この話の流れだと、オチは「君」か「私」の2択に絞られ、読み取れてしまいます。最後に全て暴露するよりは、手掛かりを散りばめて最後にハッとさせて欲しかったと思いました。
とはいえ、サイコラブな作品として読むならば、かなり秀逸な題材だと思います。「君」のために手を汚す「私」。「私」にとって「君」が推理を進める場面は至福のひと時だったのではないでしょうか。もっと病的に英雄視するような描写があれば、オチでもっとゾワッとしたかもしれません。
Juan.B 編集者 | 2017-12-21 01:36
はめバキューで食べたウサギは美味かったなあ。ウサギが小学校の皆に美味しく食べて貰えたことを祈る。