でぶでよろよろの太陽 (5章 の3)

でぶでよろよろの太陽(第15話)

勒野宇流

小説

1,519文字

   (5章の3)
 
 
 点滴で意識が戻り、医者は、血糖値が急激に落ちたので意識を失ったと伝えた。もうわたしのすい臓はほとんど機能していないということだった。
 
 それ以降は入院生活となる。幸い金に余裕はあったので、雇った雑役婦に身の回りの諸々は任せられた。
 
 小康状態が数日間。そして再び血糖値の異常で寝たきりとなった。今度は一週間丸々だった。それからは食事もとれず、点滴が手放せない状態となる。栄養と痛み止めが欠かせなくなったのだ。
 
 そのとき親戚のおじさんが見舞いに来て、わたしのこけた頬に絶句してしまった。
 
「悲しいでしょ」
 
 わたしはなんの表情も浮かべず、ポツリと一言、おじさんの目を見て言った。
 
「うん? うん。まぁ……」
 
 おじさんは受け応えを探している。本当ならいかに白々しく聞こえようとも、まだまだ元気だというようなことを口にしなければならないはずなのに、真正直なおじさんは適当なお愛想が出てこない。むかしから朴訥な人なのだ。
 
 わたしの発した言葉がおじさんにとって意外なものだったのかもしれないが、それでも容態はあらかじめ聞かされて来ているはずだ。なんとも煮え切らない返答になってしまったのは、実におじさんらしかった。
 
 わたしの方だって笑いながら言ってあげればよかったのかもしれない。しかしひねくれた性格のところに持ってきて、この現況だ。とても笑い飛ばせない。そこへもってきて、どうにもだるくて表情を作ることすら難しかった。もしかしたらおじさんは、言葉そのものより、動かない表情の方に気圧されたのかもしれない。
 
 会社の知人が見舞いに来たときには、わたしはなにも感情の露出した言葉を吐かなかった。単に儀礼的な言葉を並べただけ。わざわざおいでくださって、というような。しかし今のわたしにとって最も血の近いこのおじさんには、ほんの一言だが思いのこもる言葉をぶつけたのだ。そうしたら、相手は心底困ってしまったというわけだ。
 
 その後ほとんど言葉を交わさないまま、おじさんは帰っていった。ちょうど夕暮れ時で、おじさんは赤黒く照らされていた。その熱気と気まずさから、きっと脇の下にびっしょり汗をかいているに違いない。わたしはおじさんの顔ではなく、胴の部分にじっと視線を向けていた。
 
 おじさんはもう二度と来ないだろう。わたしは別段不貞腐れて黙ったわけではない。病気のだるさから口が開かなかっただけだ。不貞腐れて意図的に押し黙るなんて、健康な者のすることだ。熱や薬から来る強烈な倦怠感で、布団と大きな枕に沈み込んでいたにすぎない。本来ならおじさんが盛り上げ役を買って出ないといけないところだろうが、彼にそれを求めるには荷が重すぎる。
 
 母もなく、父もなく、妻もなく、だからもちろん子もない。そんな40すぎの男が、親戚のおじさんと短く最後の時間をすごし、後ろ姿を、黄疸の出ているとろんとした目で見送った。わたしが次におじさんの顔を見るのは棺の中からだろう。そのときパッと目を開いて驚かせてやりたいが、まぁそれは無理というものだ。
 
 それからは、お見舞いに来る者はなかった。だからわたしは、ちょくちょくおじさんの顔を思い浮かべた。インターネットの前画面みたいなものだ。更新がないのだからいつまでも直近がおじさんのままで変わらない。
 
 このあとは、誰も見舞いになど来ないだろう。わたしはそう推測していた。血縁は薄く、友人と言える人間もいない。死期の迫った人間のそばには、強い関係でもなければ寄りたくないものだ。その強い関係がないのだから、誰も来るはずはなかった。
 
 

2017年12月10日公開

作品集『でぶでよろよろの太陽』第15話 (全30話)

© 2017 勒野宇流

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