でぶでよろよろの太陽 (5章 の1)

でぶでよろよろの太陽(第13話)

勒野宇流

小説

2,240文字

   (5章の1)
 
 
 わたしのすい臓はがんで、さらにはステージⅣだった。これはもう、治療のしようがないくらいに進行しているという状態だ。
 
 ある日担当医は、点滴で元気になったわたしを呼び出した。深刻な顔で、その白一色の部屋に、わたしを呼び出した。そう、実に深刻な顔で。そこで、余命が半年だということを伝えられたのだった。
 
 医者がその言葉を口にするまで、もちろんなにかしらの前振りはあったはずだ。「どうぞおかけください。ところであなたの余命なのですが、半年なのです」などとストレートに言おうはずもない。体の調子を聞かれただろうし、もっと漠然とした、天候の話などもしたかもしれない。しかしその前振りの部分が、わたしはまったく思い出せなかった。覚えているのは、半年の余命ということだけ。いや、半年だと断定するわけもない。もっと言葉は濁らせていたはずだ。しかしわたしは、その他の会話を忘れてしまうくらい、そして医者の濁した言い回しを忘れてしまうくらい、動転したのだ。
 
 もっとも、なんの覚悟もできていないときに余命など伝えられれば、冷静を保つ方が無理な話だ。わたしの動揺ははげしかった。態度に出なかったのは硬直していたからだ。心の中はぐらぐらと、眩暈のように揺れていた。わたしはようやくそこで、すい臓という臓器の重要なことを知り、その部位のがんが絶望的なものだということを知ることになった。
 
 まず、手術はできないということだった。もう、手術ができる状態を越しているというのだ。「あなた、実はピンチです」、そう伝えられ、口の渇く間もなく、「で、打つ手がありません」と続けられた。わたしの表情は極度に強張っていたことだろう。元々表情の薄い男の、強張った表情というものはどんなものだろうか。医者は心の中で吹き出していなかっただろうか。「いやぁ長年見ているけど、今日の患者ときたらさぁ」と、院内で話題に挙げていないだろうか。
 
 わたしは生まれて40と数年、ここで最も、「希望」や「可能性」という言葉から遠く離れたことを自覚した。「希望」も「可能性」も、戦後、経済発展して以降の日本で産まれた人間であれば、何度も言われ続ける言葉だ。親から、親戚から、先生から、友人から、先輩から、監督から、上司から。なにか行動を起こすたびに言われ、当たり前すぎていつも身近にある言葉だと思っていた。しかし突然、わたしのそばから離れていってしまった。
 
 離れられれば追うのが世の常で、わたしはそれをまず、目の前の医者に求めた。そこで医者は放射線治療という「希望」、そして「可能性」を提示してくれた。しかし医者から受ける気配は、どう見たって苦しまぎれというものだった。「希望」や「可能性」というものがほとんど伝わってこなかった。かつて監督から聞いた「甲子園」という言葉や、塾の先生から聞いた「東大」という言葉の方が、まだしもという感じだった。
 
 しかも甲子園や東大は、無理だろうと背を向けることができる。しかしがんには背を向けられない。背けても、違う道がないのだ。
 
 だから医者の気配は充分に察していながらも、「希望」に賭けることにした。しかし早くも3回目の放射線治療で断念することと相成った。医者から、まったく効果があがっていないと伝えられたからだ。これでは体に負担をかけるだけだという。放射線治療の副作用で苦しんでいたわたしは、その医者の言葉を受け入れた。抗がん剤も服用していたが、放射線治療が効かない以上は気休め程度だろうと、見当がついた。実際その後、効き目が認められないということでやめさせられた。抗がん剤というのは毒薬なので、効果がないのに飲み続ければ、単に体を通り過ぎるだけでは済まず、むしろ痛めつけてしまう。
 
 藁をも掴む思いで、代替療法を試そうといろいろ調べてみた。しかし完治したという例は、一件も見つけられなかった。
 
 代替療法は西洋医学から見れば、非理論的で異端のなにものでもない。それはそうだろう。代替療法の方が優れているのなら、こちらが世の中の主流になっているというものだ。
 
 広い世の中、助かった者だって中にはいるかもしれない。しかし情報溢れるネット社会だというのに、わたしはそのような幸運児を見つけられなかった。
 
 ひと昔前なら一人助かっただけで、もしくは助かった者がいなかろうが、これで助かりますよと代替療法を行っている医者は誇大広告で客を募った。しかし規制のうるさい世の中、そんなことをすれば、即お咎めを受ける。だから今は謳えないのだ。
 
 正直な記載というのは、一般社会にはいいことだ。正しい表示なのだから。しかし一般からはみ出ている人間にとっては、どれひとつとして希望がないという現実を突きつけられることになってしまう。騙されることによっていっときの安定を得ることすらできないのだ。
 
 少しでも希望を探すため、すい臓がんの患者が書いているブログを探しては見ていった。しかしこれは恐怖を助長させるだけのものだった。どれも同じパターンを辿っている。ブログの日付に沿って弱っていき、自分で書けなくなると口述筆記を行い、そしてしばらく間が空いたと思うと、親族、あるいは友人が、永眠しましたと伝える。それがブログの辿る進行だった。もしわたしが書いたとしても、同一の進行となる。単に普遍的な例が一件増えるというだけだ。
 
 

2017年12月9日公開

作品集『でぶでよろよろの太陽』第13話 (全30話)

© 2017 勒野宇流

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