影なき小説家(ペイパーバック・ライター)第13話

影なき小説家(ペイパーバック・ライター)(第13話)

勒野宇流

小説

2,539文字

   (第13話)
 
 
 3日後の夕方、内田が進捗状況を確認しに来た。
 
 すでに3分の2まで書き上げている依本は、内心の得意気を隠しながら、プリントアウトした原稿を渡した。
 
 しかし内田はパラパラとめくっただけで、特に感銘する様子もない。1週間で300枚書いた依本は、内田の淡々とした態度にがっかりした。しかしすぐに気持ちを切り替えた。なにしろ内田は大手出版社の編集者なのだ。こんな枚数、常に書いている人間だって周囲にゴロゴロしていることだろう。むしろたくさん書いたことを褒めてもらおうという気持ちが作家として甘いのだと、自分を叱咤した。
 
 いくつか細かな部分の打ち合わせをして、どちらが誘うでもなく、軽く呑もうという流れになった。
 
 大手居酒屋チェーン店の個室に入り、生ビールのジョッキをチンとぶつけ、2人ともひと息に半分ほど飲んだ。
 
 詠野Zのことについて、依本はいろいろと訊いてみたいことだらけだった。今まで何度か、それとなく尋ねてはみた。しかし内田の口は重い。実在しない作家の仕事という、秘密の事柄なだけに、安易にしゃべれないという感じだった。
 
 いったいどういう経緯で詠野Zを作り上げたのか。どういう予防線で、今まで秘密を守り通してきたのか。そんな、「影なき人気作家」に関する根本的な事柄を聞きたかった。なにしろ今現在、自身が関わっているのだ。
 
 今までに、どういった人が書いているのか。書き手の名前を明かせないと最初に内田が言っていたが、せめて作家の背景だけは知りたかった。たとえばどんな分野の作家なのか。大きな賞の受賞歴がある作家、あるいは過去にベストセラーのある作家、そんな者も書いているのだろうか。それも合わせてだが、数ある作家の中からどうして自分が選ばれたのかということも、依本は知りたかった。落ちぶれた作家など、腐るほどいるはずだ。それなのにこれまで付き合いのない自分のところに来た。たまたまなのか、それとも誰かの推しがあったのか。
 
 しかしこれまでの内田の態度から、とても根掘り葉掘り訊くわけにはいかない。気分を害されでもしたらえらいことだ。復活への道はこの依頼だけというのが現状だ。詮索がすぎてこれっきりの付き合いになってしまえば、それこそ金の卵を産む鶏の腹を裂くようなものだ。ここは一つ、内田が持ち出すまで自分からは触れないようにしようと依本は誓っていた。
 
 それでも、ただ待っているだけでは芸がない。人間酒が入れば気も口も緩くなるだろうから、内田と酒の場を持とう。そしてどんどん酒を飲ませてみようと狙っていたのだ。
依本は生ビールをおかわりしようとする内田に、ビンビールにしようと提案した。
 
「え、ビンですか。どうして……」
 
「ビンの方が実は割安なんですよ。なにしろ貧乏が身に付いてますから、そんなところばっかりに気がまわっちゃってね」
 
 生のジョッキよりビンの方が安く済むのは本当のところだが、依本の狙いは支払いを抑えることでなく、内田を酔わせることにあった。ビンビールなら、さぁさぁと酌で相手のピッチを上げられるからだ。
 
「大丈夫ですよ。会計はこちらで持ちますから」
 
 そう言って内田はジョッキをちびちびとやる。サラリーマンの内田にとっては酌の手間が発生するビンビールは煩わしいのだろう。まずビンビール作戦は失敗だ。
 
 内田は依本のこれまでの作品のことを話題に上げて褒めるが、表情の読めない男なので絶賛している感じかどうかは分からなかった。儀礼的に話題に上げているのだろうとも思えてしまう。四角い顔に眼鏡の奥の切れ長の目。まったく判別できない。
 
 ただ、知ってもらっているということだけは確かだ。ああいった作品をぜひ弊社に、といった言葉が続けば飛び上がるほどうれしいが、まぁすぐにというのは無理だろうと、これは覚悟している。現在与えられている仕事、それをきっちりこなしてチャンスを待つしかない。
 
 2杯目も空いたのでホッピーにしようと提案すると、今度は乗ってきた。しめしめと思いながら店員に頼むと、焼酎をケチっているようで、氷のたっぷり入ったいかにも薄そうな『ナカ』が運ばれてきた。個人の居酒屋は焼酎をたっぷり入れることが一つの「売り」となるので、どこでもケチらずにたっぷり入れる。中にはコップに八割ほど入っている店もあるほどだ。『ナカ』が多ければホッピーはビールよりアルコール度数が高くなるのだが、ここのは『ソト』を注いだらビール以下の度数となってしまう。これでホッピー作戦も消えた。あとはだらだらと長時間呑み続けるという力技くらいしか、方法がない。
 
 依本は「大葉」にしなかったことを後悔した。なんとなく自分だけの秘密基地を見せることにためらいを感じ、駅前のチェーン店にしてしまったのだ。もし「大葉」であれば裏でオヤジに言って、内田の『ナカ』だけを濃くするような細工もできたのだ。生二杯にホッピーの時点で内田に顔色、口調で変化は感じられず、口が軽くなりそうな兆候は微塵もない。どうも酒に強い感じだった。
 
 内田が『ナカ』のおかわりをすると、さらに焼酎が少なく、氷が上にはみ出しているグラスが来て依本はため息をついた。まったく、ホッピーの正式な呑み方は氷を入れないもんなんだぞ、と厨房に行って教えてやりたい気分だった。
 
 ただでさえ薄いところ、内田はホッピーをどぼどぼと注ぎ足してしまう。これでは酔わすことなど不可能だ。
 
 さすがに編集者で、一見無口のような内田だが、業界の話しなどで間が空かない。本や作家、出版社などを誉めそやすわけでもなく、貶すわけでもなく、淡々と話していく。出版界に通じているという嫌味など感じさせず、第一印象と違ってけっこう名編集者なのかなと、依本は感心した。
 
 もう一杯『ナカ』をおかわりしたところで、内田に電話が入った。どうも仕事がらみのようで、電話を切ると依本の方に向いて、申し訳ないがあと30分で〆ましょうと頭を下げた。これから急遽会社に戻らなくてはならないという。これで時間攻めすらも断たれてしまった。
 
 
 

2017年12月21日公開

作品集『影なき小説家(ペイパーバック・ライター)』第13話 (全19話)

© 2017 勒野宇流

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