でぶでよろよろの太陽 (9章 の1)

でぶでよろよろの太陽(第26話)

勒野宇流

小説

2,219文字

   (9章の1)
 
 
 わたしは、駅に行きたくなった。鄙びた温泉街の、単線の小駅。一日にたった数本だけしかやって来ないローカル線。そんな駅を味わいたかった。
 
 乳母車を押している主婦に、遠慮がちに駅までの道を尋ねる。
 
「えーっと、歩くとちょっと遠いわね。あの先にダンプ街道があってバス停が……」
 
 説明の最中に車が通り、狭い道のことで、わたしと主婦は端っこに避けた。ドブの臭いが鼻を衝いたが、また車が来ても面倒なのでそのまま道順を訊いた。悪臭もまた懐かしさを喚起させるのであれば、さほど悪くないというものだ。
 
 わたしは丁寧に礼を言い、主婦の背中をしばらく見つめた。カーラーで巻いたパーマ頭に、母親を思い出したからだ。あの雑なセット。これが平成の世であれば、恥ずかしくて表になど出られないことだろう。
 
 自転車にリヤカーを取り付けた野菜売りが、横を通り抜けていく。鍋を片手にした割烹着姿の老婆とすれ違う。板塀の向こうでは開け放した窓から兄弟げんかが聞こえてきた。立ち聞きすると、テレビのチャンネル争いだった。兄はプロ野球、弟は特撮ものを主張する。これはこれは、とわたしは腕組みして唸る。政治や経済などよりはるかに問題だ。
 
 テレビが一般家庭に普及したのは、わたしの親が若かった頃だ。今では、ないことが考えられない生活必需品。これほどまでに人々の生活を席巻している道具というのに、まだ広がり始めて半世紀ぽっちなのだ。
 
 家庭に普及した頃のテレビは、魔法の箱と呼ばれていたらしい。離れた場所の出来事が家のなかで見られるなど、当時の人々にとっては絵空事でしかなかった。
 
 テレビを魔法だと驚く人間は、少なくとも平成の日本では皆無だろう。電波というものを使って、離れた地点の事象を伝えることができる。そんなことなど、あって当たり前なのだ。誰もが持つ機械であるにも拘らず、それを作り得る人間はいない。しかし送受信の理論を語れる者は多く、また語れない者も、それを不思議に感じることはない。遠隔地の映像が流れてるぞと驚いたら、平成の世では頭がおかしいと思われてしまう。
 
 わたしが観て、強く印象に残った、指が生えるドキュメンタリー。あの治療で使う再生細胞の粉末は、放送の中で魔法の粉と言われていた。たしかにわたしの世代にとってはそうだろう。でも、今後はテレビと同じ道を辿っていくことになるはずだ。10年20年と経てば、魔法と言われていたことを苦笑されるくらいに当たり前のこととなるだろう。
 
 わたしが今すごしている明晰夢の世界。この明晰夢も、また、そうではないか。同じ道を辿るはずだ。いや、もう既に辿りだしている。なにしろこうしてわたしが、夕暮れだけの世界を歩いているのだから。
 
 この世で最も小さい物質が測定機器の進歩とともに、細胞、分子、原子、素粒子などと定説を変えていっているように、人の意識というものも根源へ向かって解明されていくことだろう。古代など、精神は心臓に宿ると考えられていたのだ。そして今現在、意識は頭という常識から飛び出し、腸、もっと言えば腸内に棲むバクテリアが人の性格を変えうる力を持ち、行動パターンを作り出していくことまで分かり始めている。今後も、解明を追及する過程でそれまでの常識が覆されていくことだろう。
 
 そして解明されるとともに、これまで不可能と思えていた、脳や意識に関することが、人工的に操作できるようになっていくはずだ。科学者の研究の多くは解明だけに留まらず、人の手で操れるようにということを目標にしているのだから。
 
 この夢の世界が、どの分野の研究から発展したものかは分からない。しろうと考えでは、錯覚、幻視や幻覚辺りを基本にしているのではないかと推察する。脳細胞や脳波などを元に。しかしこれこそが凡庸な考え方なのかもしれない。腸内バクテリアではないが、およそ考えもしないようなアプローチからのものなのかもしれない。
 
「まぁ、考えたってしょうがないな」
 
 わたしは夕日を見ながら、これまで何度も使った言葉を呟く。最先端技術に関わっていても、わたしの立場はスプートニクに乗せられた犬のようなものなのだ。丸窓の中に押し込められた実験動物にすぎない。
 
「考えたってしょうがない、考えたってしょうがない……」
 
 わたしは節をつけて、歌うように呟く。夢の中なので音痴も恥ずかしくない。
 
 まったく、わが人生において、考えてもしょうがないという言葉はどれほど使ったことだろう。いずれ脳科学が発達し、死んだあとにその脳が発した言葉を一覧にできるかもしれない。 
 そんなもので打ち出せば、わたしの一覧は「しょうがない」の羅列となるはずだ。
 
 街道に出るとバス停が見えた。バスに乗れば五分ほどで駅に着くと、女は言っていた。わたしは財布に小銭を確認すると、バス停に向かった。この時代、バスに乗るには小銭を用意することが常識だった。降車時に札を出せば、それはもう運転手に嫌味を言われても客が悪いものと、相場が決まっていた。
 
 汗が背中を伝ってランニングシャツとワイシャツにべったりと貼り付いている。いつの間にか手の甲を蚊に刺され、痒くてしょうがない。ふと見上げると、羽虫が頭の上で群れている。開放的な夏も、けっこう煩わしいことが多い。
 
 
 

2017年12月25日公開

作品集『でぶでよろよろの太陽』第26話 (全30話)

© 2017 勒野宇流

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