空から降る一億の雨

合評会2017年10月応募作品

斧田小夜

小説

4,429文字

直球のバカバカしいSFが書きたくなって書きました。若干文字数オーバーですみません。合評会参加作品。

P氏は環境調査員である。とある星で彼は珍しい知的生命体と出会った。高い社会性を持ち、豊かな言語をあやつるにくいやつだ。彼を眺め回したり匂いを嗅いでみたりと、探究心もあるらしかった。

四度ばかりの潜入調査の末、ある一体の知的生命体と懇ろになったP氏は、彼から言語を学んだ。複雑な言語であるが語彙そのものは多くなく、習得は難しくない。四度目の来訪時にはかれが全身で喜びを表してくれたので、P氏は思わず感涙した。入植候補地を探して宇宙をさまようP氏が、こうして歓迎してくれる知的生命体に出会うのはまれだったためである。

知的生命体は彼を家に招き、つもる話をした。

黒目の大きな瞳を開き、かれはしばしばP氏をじっと見つめた。そうやって見つめることも彼らにとっては言語であるらしかったが残念ながらP氏は機微を理解できない。この星の大気に含まれる成分が毒性を含んでいて防護服を脱ぐことができないので、友の顔もぼんやりと霞んでいたのである。

とはいえ友は細かいことを気にするたちではないらしかった。磊落であるのはよいが、時折話をしている最中にもかかわらずくうくうと眠りこけてしまったりする。かと思えば突如走りだし、大声をあげることもあった。聞けば敵が来襲したのだという。敵ときいてP氏はぞっとしたが、友によれば休戦協定を結ぶこともあるとのこと、敵もある程度の知性をもっているらしかった。

「けども、アレはいけんナ。あっとろしいもんだで」

「あれ?」

「あんたはしらんでええ」

そこまでいって友は大きな口を開け、一つあくびをした。

「でもぉこの辺〈嗅いで〉回らんと……」

あくびのあとにふにゃふにゃと呟いたかれに、P氏はおそるおそるストロークした。頼りになる友であるが、P氏の調査の目的はどうにも理解していないフシがあり、なにごとにたいしても危険だ、危険だと言うばかりなのが、P氏の数少ない不満であった。

P氏は環境調査員である。確かに大気の状態は最善ではないが、コロニーを作りその中を清浄とすれば、入植は可能だ。この星と似たような環境に入植した経験はあるのだから、別段おそれるものではない。しかし強大な外敵があるのなら、話は別だ。

と、ここでふとP氏はもしやこの友は自分を我が陣営にとりこもうという企みをもっているのではないかと訝った。かれには明らかなる敵がおり、しかもしばしば衝突が起こるらしい。P氏を陣営にとりこむことで最新鋭の技術を吸収し、一気呵成に敵の殲滅をもくろんでいるのではあるまいか?

「教えてなれ。出て歩いた時にみつかったらえらいんか」

「んん」

「どこぞかに連れてかれるんか」

「ああ、なあでも珍しいもんは持ってってしまいよるけぇ、あんたも危ないな」

「どこ連れていかれるだか?」

「どこかは知らん――」

ふ、と友は顔をあげ、目もぱちりと開いた。P氏が察知するより早く、友はわからない言葉をつぶやき、P氏を壁の方へと押しやった。

「隠れときんさい。話が通じるかわからんけど、ちょいと頼んでみる」

「ええ?」

「でてきたらいけんで。あれは話が通じん。だけぇ、つかまったらえらいナ」

地面が揺れている、とP氏は気づいた。遠くから地響きが聞こえている。今まで聞いたことのない断続的な振動音だ。彼はうっすらと恐ろしさを覚え、友の声に頷いた。この地響きが足音なのだとすれば、かなり巨大な生物であることは間違いない。乱暴な生き物でなければよいがと彼は思った。もし社会性のある生き物なら、言語が存在する可能性があるから交渉をする余地があるかもしれない。しかしもしそうでなかったとしたら――

「! ! !」

体を貫いた衝撃に思わずうめき声を漏らして彼は耳を押さえた。頭の中がぐらんぐらんとする。さっと身をひるがえして家から飛び出した友は、なにかを出迎えているようだ。

「ああ、ばんなりましてぇ、まぁまぁそう大きい声出さんでもええでしょうに、え? なんです? あぁ、座ります、座りますから大きな声出さんといてくださいよ。まったくもう……はいはい、座りましたよ、え? なんです? えぇ、ですです。今日も白とブチがきぃよって、白はまぁええんですけどね、ブチはねぇ、門のところにうんこ――え? なんです? え、待っとりますがな、そないに疑わんでも……ええ、手ぇ? はぁ、手ぇですか。まいんち飽きもせんで……」

彼は耳をおさえたまま、そっと外をうかがった。ぶつぶつと時折友は彼の知らない言葉をつぶやいているが、至極落ち着いておりボロを出しそうにはなかった。落ち着き払った友の上には黒い影が落ちている。

衝撃は断続的にやってくる。どうやらこの衝撃波は音のようだと理解したP氏は防護服のイヤホンの音量を下げ、一息をついた。あれだけの足音を立てる生き物だから、声が大きいのは当然だ。一体どれほどの大きさなのか、みかけはどんなふうなのか、少しでも情報を手に入れ、彼は報告をせねばならなかった。それが彼の任務だった。

「そろそろええですかいねぇ……まだ? え? うし? 牛がどがしましたんか? まぁた忘れよったんですかい、よしですがな、よし……ほんにしょうないですなぁ」

友の前に白い扁平の生き物がいる。なにやら複雑な形をしているが、口や目がありそうにはなく、彼は訝った。それにその生き物は友よりずっと小さく、恐ろしそうにはみえない。

「…………?」

白いものはしっぽが天の向かって立ち上がっているらしいと気づいて、彼はそろそろと視線を上げた。黒いしっぽは太く、生き物の体よりもながいらしい。一体どこまで続くのか――いや、と彼はそこで自分の考えを打ち消した。本体よりも太く長い尻尾があるわけがない。本体は黒いしっぽのほうで、白いものは手か足だ。しかしそれにしてもこの本体はどこまで続くのか、果てが見えない――

 

 

尚くんが宇宙人を見つけた。

中学二年生にもなってまだ成長期が訪れない尚くんは、私服では必ず小学生に間違えられる。そんな尚くんだから、宇宙人を見つけたと騒いでいてもみんな本気にしなかった。僕だってそうだ。宇宙人だなんてバカみたいだと思う。

そんな僕の気持ちをつゆともしらず、宇宙人は納屋にある犬小屋の中に潜伏している、と尚くんは声をひそめて僕につげた。

「そんなあるかいな。いくらアカでも家取られたら怒るがな」

アカというのは尚くんの家の犬だ。赤毛のおとなしい雑種で、毛色にちなんでアカと名付けられた。一応番犬ということになっているらしいが、毎日猫を追いかけるのと、その辺の日陰で寝るのに忙しいようで、番をしているのは見たことがない。そんな犬だ。

「ほんとにおったんてぇ、見てけろ。なぁ、俺怖い」

「どうせネズミだらぁ」

「宇宙人だで、八つもあったもん。七つだったかも知らん」

「なにがぁ、カラスの子かぁ」

「宇宙人の目ぇだがな。いっぱいあった」

「ほんかいな……」

「ほんとだって。なあ、たっちゃん頼りになるなぁ、な」

尚くんの調子がいいのは今に始まったことではない。普段からふんとかすんとかいう腑抜けた返事しかしないくせにピンチになると――夏休みが終わるのに宿題が一個もおわってないとか、水泳カードに判子を押してくるのを忘れたとかそんな他愛のないピンチがほとんどだが――こうやって僕をおだてるのだ。

僕は呆れて納屋をのぞいた。

泥臭い。これはたぶん昨日の田植えのせいだ。塩ビトタンの壁から光が侵入し、ちょうど僕たちの前を明るく染めている。

果たしてアカは小屋から半分だけ顔を出してこちらを伺っていた。僕達に気づかれたことを悟ったのか、ぴすぴすと鼻を鳴らしてアカはなにやら弁明した。

「こらぁ、アカ! なぁにやっとるだか。隠し事はいけんで。どんどろけさんにヘソ取られるけ」

ぴゅうとアカは鳴いた。反抗的な態度である。しかも反論しただけでなくひゅっと小屋に頭をひっこめ、ごそごそとしている。まったくもってあやしいやつである。

僕は身をかがめてシャッターをくぐり抜け、ぼんやりと明るくなった地面を飛び越えた。着地と同時にアカの鎖を掴み、ぐい、と手元に引き寄せる。

「尚くん、押さえとくから中見て」

「えー」

大した態度である。

きゅうきゅうとアカは鳴いている。しかし僕は構わず小屋の中に手を突っ込んでアカの首輪を掴んだ。

「こぉら! 出てきなさい!」

ウォン! と唐突にアカは吠えた。しかしすぐにまたすぴすぴと鼻を鳴らし、ごまかそうとする。

「ごまかしよってぇ」

「あーなんかあるぅ」

「なにがぁ。押さえとくから取って」

「なんかぁ、灰色しとる。ぬいぐるみ……?」

「取ってってぇ」

「でもぉ、宇宙人かもしらんっちゃ、ぴゅーって手ぇ焼かれたらえらい」

「怒るで」

と、その時するりと首輪からアカの頭が抜けた。悲鳴をあげて尻もちをついたアカだがすぐにガタゴトと小屋を揺らしながら方向転換し、尻を僕たちの方へと向ける。僕はつい、ムキになってアカの首根っこを掴んだ。

「なぁもぉ、隠し事して悪い犬だが! 見せなさい。見せなさい言うとるだら!」

ぴいぴいとアカはまだ抵抗をしている。口になにかくわえているので吠えられないようだ。灰色の小さななにか、ネズミの死骸にも見えるが足を動かしているようにも思われる。僕はアカの首の肉を引っ張りつつ、左手でそれを掴んだ。

いや、正確には掴もうとしたのだ。しかし指が一瞬、そのゴワゴワとした意外と肌触りの悪い物体に触れた瞬間、バツン! と音を立てて火花が飛び散ったのである。

 

 

P氏の死亡が伝えられるや、彼らは報復をせんと立ち上がった。調査員の死亡はふつうならありえないことだ。数十年前に同様の事件が起こった時、彼らは世論を気にして十分な報復することができなかった。その結果、彼らの版図は狭まり、入植にあたって交渉を失敗することが増えたのだった。同じ間違いをおかしてはならない――すぐさま宣戦布告が行われ、彼らは作戦を開始した。

P氏の最後の報告では、彼は敵の吐き出した毒液によって防護服もろとも半身を溶かされたとあった。防護服を失った彼は空気中に含まれる毒素にじわじわと呼吸器を蝕まれ、なすすべもなく死ぬほかなかった。半身を失う怪我にも関わらずP氏は落ち着いた声で報告をしたが、その背後には敵の騒ぐ声が入り込んでいた。

彼らはP氏が友の声に涙ぐんでいたことを知らない。その声がP氏を思うものだったことを知らない。もう戻ってきたらいけんで、あれに見つかったらおしまいだで、二度とここに来たらいけん、ほんにぃかんにんなぁ、かんにんなぁ――――!

攻撃は557回にわたって行われた。星の周辺には偵察機が周回して妨害攻撃をするし、星を覆う巨大ドームを突破するのも困難だったが、彼らは決して諦めなかった。およそ八年――これは人間の単位ではおよそ十二時間ほどである――後、彼らはついに敵地に一億もの化学爆弾を送り込むことに成功した。地上は歓声にわき、あらためてP氏の追悼が行われたという。

 

2017年10月16日公開

© 2017 斧田小夜

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"空から降る一億の雨"へのコメント 5

  • 投稿者 | 2017-10-19 19:00

    ただ、なにも考えずに読めて面白かった。
    だけど少しわかりにくくて何度か読み返したりしてしまいました。こういったタイプの掌編って一気に読みたいので、私はちょっと残念だと思ってしまいました。

    しかし、この方言は他の人はどう感じるのか、他の地方の方の感想が楽しみです。

  • 投稿者 | 2017-10-20 21:38

    P氏の友人のキャラが、方言も可愛くて愛着が湧きました。加えて、彼とP氏の友情も知ってるだけに、最後のオチは哀しかったです。
    面白かったのですが、途中にあった話が分からなかったです……すみません。それでも面白かったので、凄い技量だと思いました!

    • 投稿者 | 2017-10-20 23:49

      真ん中がわからなかったということはほとんど設定が理解されなかったということでは…うーむ。これは完全に構成トチりましたね。やっちまったなあ…

      著者
  • 投稿者 | 2017-10-21 16:35

    星新一のショートショートのような雰囲気で楽しく読める。ただ、種明かしをするのはP氏が殺されて報復が行われた後の方がよかったのではないか? タイトルが言及する雨が致命的な有毒物質を含んだ死の雨であり小さな行き違いから地球が滅亡したのか、それとも酸性雨程度の影響しかもたらさなかったのか、私には最後まで分からなかった。「化学爆弾」に対する少年たちの反応は、はっきり書いた方がいいと思う。

    あと、種明かしの部分で、もっとスッキリした気分になりたい。「白い扁平な生き物」は白い運動靴なのかなと推測したが、結局答えは示されない。「空を覆う巨大ドーム」はオゾン層か、それとも雲か? 宇宙人側の視点で書かれるパートにおいて提示される謎のすべてに答えが与えられるわけではないので、フラストレーションが強く残った。また、犬の言語は「見つめること」など発話以外のジェスチャーを含むとのことので、方言を用いて擬人化するよりも一貫して間接話法を使った方が世界観に忠実であるだろう。

  • 編集長 | 2017-10-25 20:22

    SFとしてちゃんとしていたが、星新一っぽいなと思いました。個人的に星新一が好きではないのですが、完成度が高かったので、星四つ。

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