発電機関はデンキウナギの夢を見る

斧田小夜

小説

17,730文字

もし日本円がすべて仮想円になったとしたら…?
ポストうなぎエンタメが流行っているらしいので書きました。

バツン、バツンとたかれるフラッシュのせいで、阿藤の視力は完全に失われていた。

震える手でハンカチを引っ張りだし、彼はまた広い額を拭った。集まった報道陣はいい加減ほかの絵がとりたいという雰囲気であるが、彼はおかまいなく皮脂でべっとりと黒く汚れたハンカチを大事にたたみ、またポケットにそれを押し込んだ。

彼の目が効かないのは、今回に限って言えばむしろ好都合だったといえるだろう。盤石な地元をもつ二世議員で、応援演説にも滅多に出ない阿藤は、悪意にめっぽう弱い。その弱さをつつかれて記者を怒鳴りつけ、結果として三度も大臣の座を追われた人物である。

「あー……」

マイクに乗った雑音に阿藤は首を縮めた。

脳裏には嫌な記憶が蘇る。一度目の辞職は女性問題――セクハラ担当大臣とマスコミから嘲笑され、盤石とおもえた地元でさえ彼にそっぽを向いた。あのときは若かったのだ、と阿藤は懲りないいいわけをした。あの頃は若かった。しかし私は変わった。批判を真摯に受け止め、言葉のとおり誠心誠意民意にこたえようと――だから地元の支援者も戻ってきてくれたではないか。第一次電力危機の責任を取って辞職した時も、そのあとの政権交代直前の現政権批判の巻き添えをくらってハゲをあげつらわれ、辞職に追い込まれた時も、地元の反応は最初の辞職のときよりずっとあたたかかった。若先生、あんなのは気にしちゃいけねぇよ。若先生が中学生の頃からデコが広かったことくらいこの辺りのもんはみんな知ってんじゃねぇか。それがなんだってんだよ。別にそんなの、議員さんやるのに関係ねぇだろ。うちのカカアなんか先生のおかげで老後は安心だねってさ――

勇気を取り戻し、阿藤は手元のメモに目を落とした。文字はよく見えなかったが、彼は用意した言葉を胸にマイクへ向かった。

「本日の閣議において電力行政案件として緊急措置法を二件決定しました。まず、度重なる電力危機による物価の激しい高騰の対策としまして、国民生活安定緊急措置法に電力政策を含めることを決定いたしました。またこれに伴い、電力を需要に応じて適切に国民の皆様へ分配するため、電気需給適正化の法令を制定することとした次第でございます――」

バツン、バツン、と待ち構えていたフラッシュが光り、あたりが白く染まった。

第二次電力危機に伴う電力受給適正化法誕生の歴史的な瞬間であった。

 

 

日本にはエネルギーが不足していた。

世界情勢の問題も次々と起こるのだが、電力が逼迫している直接的な原因は石油価格の高騰でもなく、原発の全廃でもなく、米国によって海底資源の開発を制限されているからでもなく、あるいはインフラの老朽化による送電効率の低下のせいですらなく、仮想通貨のせいだった。労働人口減少による国力低下問題を解決すべく、仮想通貨立国と称して日本円をすべて仮想通貨に置き換える方針を日本政府が決定したからである。

発行されている円通貨をすべて仮想円通貨に変換するために、個人のマイニングが推奨されたあたりから狂乱は始まったと見ていいだろう。

はじめは公的機関の提供するパブリックマイニングプールからしか円を掘ることはできなかった。だが、マイニングを推進するために、掘り出した仮想円の0.1%をマイナーに付与し、その分には税金をかけないというマイニング減税が功を奏し、人々はマイニングプールに殺到した。アクセスの集中によってサーバーが機能しなくなったので、マイニングプールは民間業者に分散して委託されることとなったが、これが電力危機の第一の引金となったのであった。

日本円は日本のどこからでも掘れた。余剰円を国が買い取っても円の価値は少々下がったが、「定年後もお金を掘ればもう安心。寝たきりになっても大丈夫!」という宣伝が高齢者を中心におおいに威力を発揮し、いたるところで日本円は掘られた。

公民館や市役所では講習会が開かれ、連日のようにマイニングの方法がテレビで放送される。老人は街角のマイニング教室でクリックと右クリックの練習に明け暮れ、ネットでは新しいブロックを探しに山へ行くジョークビデオが流行った。簡単マイニング装置といって中身がからの金属筐体を売りつける詐欺がちらほらときかれ、仮想通貨を印刷すれば盗まれないという風説が流布する。銀行にマイニング装置を預けに行って断られるものや、仮想円を物理円に交換しようとして多額の税金を取られるものも多くあった。円を掘りやすい新しいマイニングプールに参加するには抽選を勝ち抜かねばならず、抽選に参加するために抽選が行われたが、参加権を得るためのエントリーに人が殺到し、サービスが落ちた。プールを狙った仮想強盗団VRのニュースや、クラウドプールサービスを装ったマイニングプールこっちの水は甘いぞ詐欺でさえ、実に真面目な顔でニュースキャスターは報道した。

なんにせよ、円はよく掘られた。

このマイニング熱の高まりに電力供給が追いつかなくなったのが第一次電力危機であった。

阿藤仮想円通貨政策担当大臣はこの時の担当大臣であり、電力問題を改善できなかった責で特任大臣を辞任している。二度目の大臣辞任であった。

彼の辞任後も電力供給不足の問題はすこしも解決せず、この問題がひきがねとなって政権は短期間で二度も交代した。いまや電力問題は政治の中心にある。電力がなければ仮想化された円通貨はびた一文たりとも使えない――日本全体がストップしてしまうからである。

ここで、まずはマイニングから国民の目をそらさせねばならないと考えたのが、経済産業技官の伊藤であった。

彼は対策として仮想日本円そのものを流通させるのではなく、無限に発行できるハーベスト方式のトークンを運用する方法を考案した。トークンは誰もが発行することができ、発行者が価値を決めるか、もしくは使用者によって価値を上下させることができるようにする。例えば飲食店はクーポンの代わりにトークンを発行する。トークンはお金のようでもあるがただのポイントのようでもある。ポイントとして考える場合、店の発行したトークンは店の定めた式に従って円に換算され、使用することが可能になる。そうでない場合――例えば他の店でも同等の通貨として使えるようにする場合はレートを各ショップが公表し、それに従って通貨に換算するのである。これらの取引には計算リソースが必要だが、計算リソースを提供し、トークンのスムーズな流通に貢献したものに対してはトークンが付与された。これは思いのほか好評だった。政府としても物価のコントロールがしやすくなったのだが、一般市民にとっての最大のメリットはどこの店でも提示を求められるポイントカードが一元化され、しかも最大限有効に使用することが可能になったことであった。

モバイル通信の帯域が余っている者は、これを他者に開放する代わりにトークンを受け取ることができる。得たトークンは通信帯域を買うのに使用することも可能だが、銀行で円に交換することも可能だ。あるいは、ある人間が独自のトークンを発行する場合もあった。限定された数だけトークンを発行し、そのトークンの売買で人間の価値を決めようというわけである。面白半分で売買するものは少なくなかったが、ブランド価値を高めた個人――芸術家やミュージシャン、クリエイター、芸能人などのトークンは数万から数十万、時には百万、二百万で取引されることもあり、過熱を極めた。

いずれにせよ伊藤の目論見通り、人々の興味は飽和状態にあったマイニングからトークンへと移った。マイニングが消費する電力量は抑えられたが、残念ながら全体的な電気消費量はむしろ増えてしまったようだ。トークンの取引や発行があるたびに、計算リソースを使用するためである。計算リソースの消費とはすなわち電力の消費である。無限に発行されるトークンの計算量は一秒あたりに百万トランザクションを越えており、世界一の処理能力を持つと言われたクレジットカードのシステムを遥かに凌駕していた。

この頃には火力発電所の増設にくわえ、スマートグリッドの整備によって都内全域憎まなく設置された太陽光発電の電力を効率よく分配することができるようになっていたが、たとえ効率が100%であったとしても、理論上トークンの取引をすべて行うことはできなかった。とにかく発電量を増やさねばならない。これが識者の一致した見解であった。

どこかに電力はないか。どこかから電力を抽出できないか。化石燃料による発電コストよりももっと低コストで、そして非中央集権化ディセントライズされた――仮想コイン革命以後に生まれた仮想化バーチャライズド世代ネイティブにとって中央集権化セントライズされたシステムは悪と同義であったのだ――発電システムを模索すべきではないか?

経産省の主導のもと、意見公募やタスクフォース、産学連携などさまざま試みが行われたが、なかなか抜本的な解決策は出てこない。幾つかの実証実験が行われたが、どれもこれといった決め手がない状況が十年ほど続いた。ほぼ毎日、電力の需要が供給を上回り、生活用の電気使用は厳しい制限がかけられていた。電気使用量も年々あがり、これでは生活ができないという不満が爆発、この時の政権交代に阿藤が巻き込まれ、頭髪偽証を理由に三度目の担当大臣の座を追われたのはまた別の話である。

さて、光明は品川に射した。

最初の実験は品川駅における振動発電であった。

送電効率を高めるために人口が都市部に集中したので、東京近郊の人口は二十一世紀初頭と比較して10%以上上昇がみられた。労働人口は減って働き方が多様化しているにもかかわらず、なお通勤時間帯の混雑率は変化していなかったのである。

人が動けば音が出る。音とは振動である。二十一世紀の初め頃から通勤時間帯の駅舎振動は問題視されていたが、これを有効活用してやろうというのが品川駅の実証実験であった。駅舎の床には磁石とコイルが埋め込まれ、ホーム及び通路すべてが電磁誘導式振動発電機と変化した。

品川駅以前にも、新宿駅をはじめ各地ですでに振動発電の実証実験は行われていたではないかと読者はお思いのことだろう。確かに実証実験は行われた。しかし発電量は十分とはいえなかった。実用化はできなくもないが、せいぜいLEDライトを点灯させる程度で、電車を動かすには程遠い――再利用など考えるべくもない微量な発電量だ。それなら太陽光発電パネルを設置したほうが何十倍も効率が良かった。

しかしこの実験では――のちに品川実験と呼ばれることとなる――では、それまでの実証実験とは一線を画す規模であったことが、第一の大きな特徴であった。品川駅の駅舎の床は通路もホームもエスカレータも階段も、とにかく隅々まで振動発電器が埋め込まれ、6月17日午前6時から、品川駅は振動発電所として稼働を始めたのである。行き交う人々による振動、品川駅の周辺を走る交通による振動、もちろん電車の発着による振動も振動発電器に伝えられ、発電量がモニタされた。発電された電気はスマートグリッド網へは放出せず、ひとまず品川駅構内に構築されたプライベートスマートグリッド網を介して駅構内の施設に分配された。

発電量はまずまずだったといえるだろう。特に朝の通勤ラッシュの時間帯は特定の時間のみほとんど隙間なく人が一方向へ流れる品川駅の特性が功を奏し、同時刻の自動改札機および構内電光掲示板の消費電力をすべて賄うことができたという。

しかし品川実験の新規性はそれだけではない。第二の大きな特徴は振動発電器の上を通貨した者に対し、発電量に応じたトークンが付与されたことであった。

品川実験の結果はキー局の夕方のニュースでも報じられ、一般市民の耳にも届いた。そのニュースをもって、ようやく自分のもとにトークンが届いていることに気づいたものもいたくらいだ。あの日、一般市民はこう、理解した。

歩くのは価値のあることだ。動いているだけで、評価される。まさに生の全肯定である。

しかも品川駅で発電された電気は素早くスマートグリッドへ放出され、品川駅はトークンを獲得した。このトークンを品川駅がイベントとして配布すると告知を行ったため、多くの乗客がわざわざ品川駅までやってきて振動発電器を自発的に踏んだ。その結果は素早くSNSで共有され、特定の振動発電器を踏むとボーナストークンが付与されるのではないかという推理が広まった。噂は広がり、品川駅へやってくる者は増え、そして発電量は増えた。噂は数日後、品川駅により肯定された。

もはや円を掘るものはいなかった。

 

 

品川実験によって新たな電力供給源確保の希望はつながれたが、依然として電力は足りなかった。この時期の過剰電力需要を指し、第二次電力危機と呼ぶのが一般的である。内閣は電力危機を脱するために、なんの因果か阿藤を電力受給政策特命担当大臣に任命し、経産省の配下にあった電力関係の組織を彼の下へと移動させた。

電力不足は、すなわち国難である――

宇藤内閣総理大臣の言葉を繰り返し、阿藤電力需給政策担当大臣は興奮した様子で繰り返し同じ話をしている。やはり今日の会見がこたえているのだろう。特に答弁に過不足はなかったが、三度も大臣の座を追われた阿藤はどうにも会見の場を苦手としているフシがあると江藤政務官は睨んでいる。

やつは政治家のくせに話すのが苦手なのかよ、政治家の役目はスポークスマンだろう、実務は副大臣と政務官以下に丸投げのくせに。時々酒の席でそんなふうに愚痴をこぼすこともあったが、しかし彼はおおむね阿藤には好意的だった。第一次電力危機以前の日本円をすべて仮想通貨に移行させるという大胆なやり方は、新人だった江藤には強烈なパンチだった。その時の印象がまだ残っているのである。

三度も大臣の座を追われても、また請われて席を用意されるのは、彼がそれだけの人物だからだ。当時だって仮想通貨に対しては大きな反発があった。あんなわけのわからないものに――特に高齢者の多い議員からは反発が強かった――国際的に信頼されている円を置き換えるなど正気の沙汰ではない。本当に安全なのか。停電になったらどうするんだ、簡単に盗まれやしないのか?

小さな会議の席における彼らの反発は、国民の反応とほぼ同じだと阿藤は言った。新しいものを受容する人間は多くない。当時仮想通貨の分野は日本が世界に先行していたが、理解しているのは一部の人間だけで、ほとんどは「わけのわからないもの」と考えていた。江藤だってその一人だったから、反対する議員や国民の気持ちのほうがよくわかった。

阿藤も、新しいものに対しての反応はそれが普通だとよく言っていたものだ。人間は新しいものが好きではない。新しいものは怖いかもしれないし、私達の生活を無茶苦茶にするかもしれない。よしんば理解して、安全だとわかったとしても、よほどの利益がない限り大抵の人間はそれに立ち向かわない。新しいものに身を委ねるより、現状の不満に目をつぶる法が楽だし、簡単だからだ。不満を口にすることで責任を誰かに転嫁することだってできる。けれども――

「本末転倒だという批判が心配ですね」

「まぁ、そうだが……ここまで来ちゃったんだからしょうがないだろう」鼻をふくらませて阿藤は強い調子で反駁した。「徐々に物理円に戻していくにしても、まずは電力問題をどうにかしないとなんにも動きゃしないからなあ」

江藤はすこし感心した。もともと円を仮想化しようと言い出したのは阿藤だったはずだが、自分の成し遂げたものが間違いであったと簡単に認め、新たな道を探ろうとする彼の姿勢に感銘をうけたのだ。道を間違わなければもっと良かったが、間違いにしがみつき、自分は正しいことをしたのだと主張するよりは、潔く道を捨てるほうが何倍もマシだ。そしてそれができる人間はそれほど多くないことくらい、江藤だって知っている。

「なにを書かれるかわかったもんじゃないが、一応日常生活の範囲内の運動だと念をおしたし、高齢者には減税でプラスマイナスゼロになるように調整すると言ったし……」

この話はもう五度目だ。よほどマスコミに批判されるのが心配らしい。

たしかに阿藤の懸念は分からないでもない。今日の閣議で決まった電力受給適正化法は、簡単に言えば政府が電力の分配について手出し口出しをするという法律である。現状は誰の目から見ても需要に対して供給が不足しているのは明らかで、供給量を増やさないことにはいくら政府が口出しをしても問題は解決しそうになかった。そこで抜本的な発電手法の進展のため、この法のもとで日本国民は発電活動に勤しむことが法令に盛り込まれた。

目玉の項目は二つだ。

一つは品川実験の拡大――全国的に道路及び床を発電機化すること。個人宅や住宅地に関しては発電機化に補助金が支給し、しかも固定資産税が減税することで、速やかな国土発電機化が行われるだろうと、党をまたいだ意見会では共通の見解が得られた。道路の工事は公共事業でもある。財源については厳しく突っ込まれたものの、実際に発電が始まって供給が需要量を上回れば、国有地や公共機関、もちろん国会でも歩くだけで電気を生み出すことができるようになる。この電気を売ることで工事費用を回収するというのが、阿藤のたてたプランであった。

そしてもう一つは、阿藤が反発を懸念している項目だ。国民一人につき国で定めた量の発電を負担することを義務とする。

これはさすがに人頭税であるとの批判は免れ得まい。もちろん、発電量は事前に慎重に議論し、体の負担のない範囲を義務としている。健康な人間であれば、一時間程度の日常生活を送れば超過する量だ。さらにいえば発電を行えばトークンが発行されるため、余剰分は当人の収入となるから、実質的には税金を還付しているといってもいいだろう。もちろん障害者や未成年、高齢者には特別措置が取るものとしている。

しかしいくら慎重な議論を重ねたところで、人が生活を便利にするためにあった電気を生み出すために、人が活動をするのは奇妙な話だ。まるで発電をするために生きているような印象を与えないか? 手段と目的が逆転している、本末転倒であるとの批判はあるのではないか?

阿藤の懸念したとおりの批判はあるにはあったが、彼が恐れていたほどは盛り上がらなかった。理由は至極単純で、一日に定められた発電量が非常に少なかったからであった。振動発電所は首都圏および政令指定都市の主要駅か役所もしくは郵便局や交番、医療機関くらいにしか設置されていなかったので、そもそも発電行為が行えないものもいるのではないかと心配されていた。しかし特定地域を除外すれば、おおよそ公算通りの結果がでていることがわかった。ここがクリアされればあとはどこでも発電できるよう、公共事業で発電器を埋め込んでいくだけだ。

これから国道および公共機関、公共施設、それから順次私有地へと振動発電器が敷設されれば、一日の活動はほとんど自身が利用するための電力か、もしくはトークンに化けるだろう。報道はほとんどが楽観的な未来予想を伝えるばかりで、法律がどうのだとか、倫理的に云々という話は一般市民からは敬遠されたのであった。日本人にとって仮想通貨やトークンはすでに日常のものとなっていたし、発電が必要であることは一般市民にも非常にわかりやすかったのが、楽観的なムードを醸成したらしかった。

 

 

発電量は徐々に増加した。当初の計画に対しては遅れが見られたが、半年後には供給量が需要を越え、不定期な停電と都内の使用規制が取り払われる程度には十分な量が発電された。

しかし問題はここからだった。電気使用規制の解除とともに流通トークン数が急増したのである。しかもトークンの総量が増えて仮想円に対し価格が下がったため、独自トークン発行規制が緩和されたのも悪い方向へ働いた。主要トークンは基本的に取引に対してトークンが発行されるハーベスト方式を取っていたので、ある程度電力需要の推察ができたが、独自トークンはマイニング方式であったため電力消費が突出して増える時間帯が存在する。一年もたたないうちに再び供給は需要を下回り、最低発電量の引き上げが行われた。この頃になってようやく野党は反発したが、歴史が示してきたように発電量負担が引き上げ続けられるのはもはや確定的な未来である。

トークンを稼ぐためというよりは電気を供給するため、人々は毎日国道を歩いた。電車のホームや車内では発電量を稼ぐために足踏みやジャンプをし続けるものがあり、発電器の故障で期待した発電量が得られないと猛烈なクレームが寄せられる。発電器が埋め込まれた公共施設にも連日人が押し寄せ、より効率的な発電が行えるように体操やエアロビクスやダンスなどの教室の要望が殺到した。比較的スムーズに発電器の導入が進んだのはやはり商業施設で、特に運動ジムは率先して発電器を導入したようだ。

予想外だったのは住宅地への導入は予想以上に遅れたことだろう。最も有望視された集合住宅への導入が遅れたのが電力不足の最大の要因だった。2037年版耐震基準を満たしていないマンションを振動発電所化すると、振動で自壊するおそれがあると発表されたことにくわえ、長期修繕計画の予定になかった発電器の導入のために新たに集金すると老後が心配であると、超高齢化のすすむマンション管理組合が消極的になったせいである。

ふたたび不定期な停電が起こるようになると、また風向きがかわった。当初阿藤が懸念していたように人間を部品のように扱っているとの不満の声が大きくなった。阿藤は再び連日晒し上げられることになり、彼への批判で報道は過熱したが、相変わらず人々は国道を歩き、駅で発電し、そして公共施設の床を踏んだ。電気のない生活はすでに不可能になっていた。

連日過熱を増す報道に、阿藤の担当大臣辞任は確定的な雰囲気だった。だが、ちょうどその頃、とある繊維メーカーが米国発の発電繊維ベンチャー企業との協業を発表しようとしていた。

 

 

繊維発電はこれまでも幾つかの手法が試みられ、炭素繊維を帯電させた状態でねじったりのばしたりなどして発電する方法や、繊維に太陽光に反応する物質を編み込む方法などが考案されていたが、どれも実用化できるほどの発電量は得られなかったり、帯電させるために一工夫が必要で実用が見送られていた。品川実験がこれらの発電手法を用いなかったのも、実用化は難しいと判断したためである。

しかし、アルファイバー社の加藤はそうは思わなかった。発電量を稼ぐために大きな発電モジュールを必要とする振動発電は、効果が発揮される場所が限られている。たしかに品川実験は社会実験としては画期的だったし、その後の政府の動きは、人が発電部品、、、、となるのに違和感をおぼえさせなかったという意味で革命的だったとさえ言えるだろう。しかし本質的なエネルギー創出の観点ではまだ変革は起こっていない。二十一世紀初頭の技術を引きずっているだけだ。まだ新しい切り口は残っているし、それによって人類は新しい未来に一歩を踏み出す――概して理系出身の研究者にありがちなロマンチックな思想を、加藤は信じて疑わなかった。

加藤らが協業を発表した米国の発電繊維ベンチャーSeedbechシードベック社は、その社名がゼーベックを文字っていることからわかるように、ゼーベック効果を利用して熱エネルギーを電力エネルギーに変換する発電方式である。火星探査機キュリオシティにも搭載されるなどの実用化実績のある技術で、太陽光発電よりも効率がよいことがわかっていた。体温を利用した発電としては心臓ペースメーカー用電源として使用されているし、電力不足が顕著となってからは排熱を利用するためにこれらの原理を応用した発電技術が実用化されていたので、さほど新規性は感じられない。しかし、この仕組みを繊維へ転換したのはSeedbechが初であった。

彼らのアイデアは実にシンプルだ。縦糸と横糸にそれぞれ異なる金属を織り込んだ繊維を使用し、衣服を成形するのである。繊維は人の体温により接合点で電位差を生じる。この電位差を蓄電する方法は企業秘密として公開されていないが、服の裾やボタンに蓄電モジュールが組み込まれており、電力供給ポッドに近づいてスマートグリッド網に発電した電力を放出することができる。もはや発電のために動き回る必要すらない。布団のシーツにこの繊維を使用すればすくなくとも3kWの発電が行える。Seedbech社の服を着るだけで1kW、さらに運動をして布を伸縮させればさらなる発電が行われる。

最大の問題はSeedbech社製の服のデザインが野暮ったいことであった。米国では特に深刻には受け止められなかった欠点だが、これがネックとなって日本のマーケットはまったく反応しなかった。たしかにファッションに頓着がない加藤でさえ、Seedbech社の服を着たいとは思えなかった。

そこで加藤はまず、椅子やシーツとしてこの製品を販売した。同時に手当たり次第に国内外のデザイナーに依頼し、さらにファストファッションで有名なアパレルメーカーとのコラボレーションを発表して普及を図ったのであった。

しかしそれでもマーケットはにぶい。洋服のデザインはマシになっても、着心地が悪い、ボタンのデザインがダサい、重い、洗濯したら破けた、思ったほど発電しないなど評判は散々だ。かろうじて病院やケアホームなどのベッドのシーツに導入されたり、家具メーカーにファブリックとして導入してもらったりするなどの事例はあったが、当初の予想に反してかなり厳しい決算を迎えることになった。ロマンチストの加藤も、首をくくるべきかと悩むほど惨憺たるありさまであった。

転機は意外なところから訪れた。第一の転機はペット服メーカーからであった。動物にきせる服であれば着心地はそれほど問題にならなかったからである。動物のほうが人間より体温が高いので発電量が多く、首輪を蓄電器とすればよかったので蓄電器が邪魔というクレームは聞かれなかった。ペット服は小規模ではあるがヒットした。芸能人に頼んで使用してもらったこともあり、いくらか跳ねた。

もう一つの転機はモバイルデバイスケースであった。

モバイルデバイスはいまや必携品である。長い電力規制時代のあいだにモバイルデバイスの電源がオフになっていてもトークンの取引はできるようになっていたが、残高を確認できないので不便だ。常に電源は入っていたほうがいい。

デバイスケースは手の体温もしくはデバイスの発熱から発電を行うものだった。ケースの終端に直接デバイスに接続できるユニバーサルコネクタがついており、常時充電ができる。その利便性はもちろんだったが、最大の要因はキャラクターコラボだった。北欧の不思議生物、米国のネズミや犬、日本のクマ――手当たり次第に発注したのが功を奏し、Seedbechの名は定着した。この成功の後、繊維の手触りを改善されていることがアーリーアダプタ層を中心にひろまり、人間用の衣服も徐々に売れ行きが上がり始めたのだった。

発電繊維の良いところは設備投資が不要なことにある。放電ポッドの設置は不可欠だが、道路を全部剥がして舗装し直すよりはコストがかからないし、人口が少なくても発電はできる。振動発電機は東京優遇だとの批判を免れなかったが、地方でも平等に発電手法が与えられたことによって繊維発電はあたたかく迎え入れられた。

供給量はじりじりと右肩上りに増えはじめた。しかしまだ、不足はいなめない。やはり、阿藤は椅子を追われる運命にあるのかもしれなかった。

 

 

フラッシュは焚かれなかった。部屋は気味が悪いほどしんとして、カリカリとペンが紙を引っ掻く音がする。電力規制の時間帯にさしかかり、備蓄電力を使用する余裕さえないのだろう。

阿藤は腹のなかで毒づいていた。

四十代で大臣に登用され、新進気鋭と呼ばれた阿藤にも老いのかげは濃い。今や彼も後期高齢者となりからだのあちこちに不具合がふえた。しかしそれでもおおきな病気をしていないのは、電力危機以降、振動発電の普及を促進するために率先して運動をしていたからであろう。実際、疲れた顔をして椅子に収まっている記者たちよりも彼はずっと軽快な足取りで足元の振動発電器を踏んでいた。足踏みは規則的で永遠に止まりそうにもない。

なにくそ、と彼はまた腹のなかで悪罵を飛ばした。今回の会見は彼の記念すべき四度目の辞任会見である。はじめて大臣に任命されたときは五十代で総理の座もといわれたのに、最後までいまいましい仮想通貨と電力の担当大臣だったうえに、不名誉にも四度目の引責辞任となれば、彼でなくても天をうらみたくもなるだろう。

なぜこんなことになったのか? どこで道を間違えたのか? ひとつ確かなのははじめのセクハラ疑惑だ、と阿藤はおもった。あれさえなければ仮想通貨にかかわることもなかったかもしれない。起死回生のために円を仮想通貨になどと進言したりもしなかったであろう。馬鹿なことをした。

しかし――阿藤は相変わらず懲りないいいわけをした――あのときはまだ、私も若かったのだ。それに途中で方向転換をせよと意見したのに、あのときの政権が私のことを二枚舌だと、自分の党が与党でないからといい加減なことを言っていると――あのときに引き返していれば輪転機の部品はまだ残っていたはずだ。技術だってぎりぎり継承できたかもしれないのに、前例にしがみつくやつらはだから――

しかしその一切の言葉を飲み込み、彼は原稿を読んだ。頭を垂れ、前は見なかった。誰のせいにしても彼の人生が終わりかけているのは明らかだった。

さて、そんな阿藤とは対照的に加藤は絶好調であった。電力規制の影響を受けないように海外に建てた工場はフル稼働で、どれだけ増設しても供給が追い付かない。莫大な設備投資と人員の増大に会社は悲鳴をあげている。しかし業績は極めて順調で年に40%も成長する化け物企業となっていた。

そんな状況であったが加藤はまだ満足していなかった。日本の電力供給はまだ解決していない。まだ、人間には可能性があるはずだ。ここまできたら人間を完全なる発電機関にしてしまうべきではないか。呼吸をするように自然に発電し、その上に人生を築くことはできるはずだ。どこかにエネルギーは眠っていないのか?

加藤が扱うのはもはや発電繊維だけではない。繊維を織り込んだ建築材、プラスチック、ガラス、金属、紙にインクとエネルギーを受けられそうなものにはなんでも手を伸ばしていた。もちろん繊維の研究開発にもかなりの投資をして、発電効率は日に日に上昇している。しかし彼にはまだ足りないように思われるのだった。

なにかを忘れている気がする。どこかに死角があるはずだ。その思いは脅迫症であるといってもよいほどであった。三ヶ月余日のうちにみるみると痩せこけた彼を救ったのは、ある若い起業家であった。

 

 

男は工藤と名乗った。まだ大学院生であるが、画期的な理論を発明したので起業をしたと彼は自信のみなぎる声で主張した。ビジネスの場にはあまりそぐわない、明るく、しかし傲慢さの含まれる声音だった。

しかし加藤はむしろそんな工藤のことを好ましく受け止めた。着慣れない黒いスーツ――おそらく就職活動用であろう。あるいは入学式に一度着たきりの一張羅か――はだぶだぶで、ネクタイの結び目はゆるく、しかもワイシャツにはアイロンがかかっていないが、そんな彼にいくぶんか昔を思い出したせいかもしれなかった。工藤のプレゼンはシンプルであり、言葉はつまりがちでわかりにくかったが、加藤はゆっくりと彼の言葉を噛み締めながら話を聞いた。

どうやら工藤は新しい発電方法を考えたようだ。全く新しい、画期的という言葉を何度も使っているが、全体像がよくつかめない。そういえばシンケイハッカという言葉も繰り返し出てくる。シンケイハッカによりジョウホウがニューロン間に伝達される、シンケイサイボウ間の電位を――

神経発火。

眼前で火花がフラッシュした錯覚をして、加藤は目をつぶった。

工藤の見せているプレゼンテーションの中で、彼にも分かる言葉は電位と電流くらいだったが、その瞬間、彼の中にもはっきりと工藤のイメージが降りてきたのだった。

彼は嘆息した。彼の求めているものはそこにあると、彼の嗅覚が察知したようだった。そうだ、と彼は自分自身に語りかけた。人間の細胞間には電位差が存在している。加藤が繊維発電をおしすすめるより前から、すでに人間は発電機関だったのだ。人間が欲しくて欲しくてたまらない電気は、体内の情報伝達のためだけに消費されている。この工藤という男は、それを人間の外側に呼び出し、利用しようともくろんでいる。そして外側に呼び出すためのインタフェイスを作るために、加藤に共闘せよと語りかけているのだった。

興奮を抑えるために彼は深呼吸をひとつし、それから目を開いた。その僅かな間に、彼の理性が倫理的な問題はないのかと尋ねた。

倫理的な問題は――あるかもしれない。人間の体内における情報交換は生きるために必要なプロセスだ。それを邪魔すれば健康を害するかもしれないし、予期しない副作用があるかもしれない。医学的あるいは生物学的に詳しい者に意見を聞かねば実証実験には入れないだろう。しかし――そこで理性は引っ込み、彼の商売人としての人格が顔を出した――倫理的に問題のない時間は存在するのではないか? たとえば、今の繊維発電では人間が眠っている間でも発電を行っている。睡眠時間は一日の三分の一をしめる、有効な発電タイムだ。しかもこの発電は人になんら作用を及ぼさない。

しかし残念ながら、この有効な発電タイムには人間の体温と、心拍をふくめた体動くらいしか振動及び繊維発電は行えない。発電機関、、、、としては大きな損失だ。

考えてみれば眠っている間だって人間は生きている。生きているということはつまり、体内に電位が存在し、神経は発火し、情報が伝達されているということだ。それをすこし借りれば、悩ましい低発電ロス時間タイムを解消することができるのではないか?

「この電位差と並列になるような人工的仕組みを作れば、神経信号伝達に影響をおよぼすことなく体内で発生する神経発火を外部に取り出すことができます。つまり――」

「発電量は?」

工藤の言葉を遮り、加藤は一足とびに結論を求めた。工藤はまゆを持ち上げて意外そうな顔をしたが、反応は明敏だった。

「ふつう、刺激があった場合の活動電位は15mV程度ですが、全身の神経細胞は脳全体で千億個程度、シナプス数は百五十兆あると言われているので、もし全てが同期して発火したとすると――」

「動物実験は?」

「線虫を使用した動物実験では理論通りに神経を発火させられることを確認しています。マウスでも発電効率二十%程度で、マウスの健康や寿命には変化がないことが確認されました」

ああ、と加藤はまたもや嘆息した。彼の求めていた答えは今、目の前に差し出されている。あとはおそれずに掴み取るかいなか、それだけだ。

 

 

阿藤が体調を崩したのは冬のはじめだった。習慣となっていた振動発電器の上での足踏み運動中に、背中がひどく痛んで動けなくなったのである。すぐに彼は病院へ搬送され、心筋梗塞の前兆がでていると診断された。

四度も大臣を辞任した阿藤の入院はニュースとなり、彼がすっかり老け込んでしまったことに時代を感じる、というコメントがいくらかみられた。しかし阿藤にはもはやその言葉は届かない。それよりも彼にとってショックだったのは、健康だけが自慢だった自分も、ついに老いに足首を掴まれてしまったということの方だった。

バイパス手術はごく短時間で終わり、体の負担も少なかったが、阿藤にはもはや振動発電器を踏む気力はなかった。運動は厳禁との注意をうけてベッドに横たわること一日、人生回顧は終わらない。

彼の人生をめちゃくちゃにした仮想通貨、そして電力問題。その象徴である振動発電器。自分が発令した法令を遵守するために体に鞭打っていままで振動発電器を踏み続けてきたが、それが本当に自分のやりたかったことだったのかと彼は天井を見上げて思った。

そうではなかったはずだ。

もっと華々しい人生を――豊かで実りの多い社会を――

そこまで考えて彼は目をつぶった。乾いた目から涙は溢れなかった。懲りない言い訳もすっかり飽きている。

彼は道を間違えたのだ。それだけは確かだった。そのせいで、国民に多大な負担を強いている。こうして病室に横たわっている彼の上にかかる掛け布団には発電繊維が織り込まれているだろう。もちろん彼の体を支えるシーツ、そしてその下のマットレスにも発電繊維や体動を拾って発電する振動発電器が組み込まれているはずだ。彼が健康であろうと、寝たきりになろうと、彼の体を使って発電は行われる。彼はただの発電機関であった。それを今、眼前に突きつけられたような思いがした。より良い世界をねがい、理想を実現しようと走った日々は幻想でしかなかった。彼は自分の名を奪い、存在をただの部品に変えてしまった。彼だけでなく国民すべてを、だ。

苦しいと胸を掴んで彼は思った。きりきりと胸が痛む。手術は失敗だったのか? 医者はもう心配いらない、あとはリハビリを頑張るだけだと言っていたが、彼の心臓はもう限界を迎えているのではないか?

手はナースコールのボタンまで届かなかった。振り回した腕の感覚はすう、と空気の中に消え、あっと叫ぶ暇もなく闇が落ちてきた。彼は不思議と安心して、体の力を抜いた。

 

 

明るい。

おかしいと阿藤は頬をつねったが、痛みは感じなかった。

これは夢の中にいるらしいと確信して彼は体を起こした。場所は病室だ。さきほど胸が痛くなる前と寸分かわらない病室があるきりだ。窓には白いカーテンがかかり、光をはらんでいる。天井はななめに光の線が入っており、昼をすこし過ぎたばかりだと伺われる。たぶん、そろそろ彼の妻と娘が見舞いにやってくるだろう。

妻と娘が見舞いに来てくれるだけありがたいものだと、改めて阿藤は感謝した。十代の頃の娘の反抗期はすさまじかった。彼女の父親は常にマスコミで批判されており、三度目の辞任の際には子供のようにみっともなく悔し涙を流したのだ。多感な時期であった娘が、父親を忌み嫌うのは仕方がない。

しかし四度目の辞任のとき、娘は疲れ切って自宅にたどり着いた阿藤を迎え、おかえりなさいと言った。お父さん、おかえりなさい。お疲れ様でした。

夢の中で、娘はなんと阿藤に声をかけるだろうか?

もう少し眠ろうと彼はベッドに体を横たえた。体は重く、意識と皮膚の境界線が一致していないような錯覚がある。彼は疲れていた。夢の中でさえ、疲れていた。

「ハツデン」

突然響き渡った声に、ぎょっと彼は目を開いた。意識と体がピタリと重なり、目の前で「発電」の文字が光ったような気がした。いや、物体が光ったのは事実だ。文字ではなかったが、いつのまにか物体が空中に現れたのだった。彼は眉根をよせ、目の前に現れた物体を凝視した。

黒く細長い体がうねうねと体をくねらせて泳いでいる。丸っこい顔に短いひれ、てらてらと不気味に光る体。

うなぎだ。

うなぎが宙を飛んでいる。

ひれを揺らし、うなぎはピカピカと額を光らせて笑った。

「被験発電機関003に対し、デンキウナギバージョン7.0.3のテストを開始します」

「デンキ、ウナギ……?」

虚をつかれ、彼はおうむがえしした。左右にふれるうなぎの尾びれは、彼の言葉に頷いているようにも見える。

「……?」

「デンキウナギバージョン7.0.3では――」頭を上下さえ、物体は声を発した。3Dアニメーションのように声と口の動きが同期している。妙な夢が現れたものだと感心して、阿藤はそれをつかもうと手を伸ばした。しかし、デンキウナギはするりと体を動かして、彼の手を擦りぬけてしまう。

「シータ波自動励起方式によるレム睡眠の制御、カッコ特許出願中カッコ閉じにより、お客様の発電パフォーマンスの向上をはかっております。その他のアップデートに関しては弊社ホームページを御覧ください」

阿藤は瞠目した。足元に忌々しい振動発電器がある。彼の目がその姿を捉えるより早く、体が雰囲気を察知した。振動発電器はただの四角いボックスに過ぎないが、暗く冷たい空気がある。彼の足に噛み付いてやろうと隙をうかがっているようにも思われる。

しかし、彼の体は彼の意志とはまったく無関係にそのボックスの上面を押した。固くなった足の裏の皮膚を通してひんやりとした筐体の冷たさが伝わる。チカチカとボックスの内部で発電が行われていることを知らせるかすかな音がする。阿藤も聞き慣れた懐かしい音だ。しかしその音がすると同時に心臓がきゅっと音を立てて鳴った。脂汗がにじみ、目の前のデンキウナギの姿が霞む。彼は叫び声をあげ、目の前で体をくねらせるウナギをつかもうと手を伸ばした。

しかしウナギはまたもや彼の手をすり抜け、満足そうに尻尾を振った。機械音に近い声はまだ口上を述べている。アルファイバー社製デンキウナギはバージョン7.0よりニューロイグニッション社と共同開発をしたシータ派自動励起方式を採用したこと。新方式は心拍や寝返りなどの大きな体動だけでなく、脳内に発生する神経信号を利用する、全く新しい発電方式をとっていること、この製品を使えば休眠時間も有効に使い発電を行えること、最新版のデンキウナギを使用しているユーザに対し招待制ベータテストを開始したこと、このテストを中断するには――

プツリと音を立てて唐突にデンキウナギは口を閉じてしまった。阿藤はやみくもに叫んだ。どうすれば中断できるんだ、こんなことは聞いていないぞ、私は病気なんだ、夢の中でまで振動発電器なんか踏んでいられるか、死んでしまうぞ! 死んだらどう責任をとってくれる!

アルファイバー社の名は阿藤も覚えていた。発電繊維のトップシェアを走る会社で、発電繊維の草わけでもある。もちろん代表の加藤とは何度も会った事があるし、彼のお陰で電力の問題がすこしずつ解決しつつあることを阿藤はよく知っていた。きらきらと輝く目をした不思議な男だった。まるで子供のように理念を語り、発電機関になることこそ人間の本質的な幸せにつながるなどというので、阿藤はこの男はなにかおかしいのではないかと思ったのだった。それで発電繊維には深入りしなかった。彼の事業がうまくいくかどうかは政治とは関係のないことだ。適切な距離をとるのがいいと彼の勘が忠告したからである。

心臓の痛みで息が詰まる。彼は力を振り絞って助けを呼んだ。胸が。胸が苦しいんだ。助けてくれ。私は、私は発電機関なんかじゃない、人間なんだ、死にそうになっているのにどうして。どうして、こんな、苦しい、助けてくれ――!

「ご不明な点やご意見などございましたら、アルファイバー社サポートセンターまでご連絡ください。お客様には特別なサポートをご用」

プツリと音を立ててウナギは静かになった。そして二度と口を開かなかった。

 

 

2018年7月18日公開

© 2018 斧田小夜

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"発電機関はデンキウナギの夢を見る"へのコメント 2

  • 投稿者 | 2018-07-20 22:31

    大笑いしつつ、ひとつひとつの発電装置のアイディアに(品川駅の実験は本当のことですよね)、メカニズムとその背景を詳細に説明せずにはいられぬ作者の科学精神と博識に感心感動しました。
    ベッドやシーツで発電のところで、セックスで発電とか、心臓が発電装置とかが出るかなと期待しましたが、電気ウナギの方が遥かに面白いです。
    難癖をつけるとしたら、オ藤さんとキ藤さんが出てこないことでしょうか。

  • 投稿者 | 2018-07-21 13:47

    ありがとうございます!セックスで発電はまあ考えないこともなかったんですけど筒井康隆御大がやりそうなのでやめました。O藤さんとキ藤、自然な感じにならなかったので退場していただきましたのです…

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