声の聞こえないパーティー

春風亭どれみ

小説

30,660文字

もうすぐオリンピックですね。楽しみなのは皮肉ではなくホントのところなのですが、オリンピックまでに無くなってしまいそうなものがあるようなないような……やっぱり気のせいのような気がしてなりません。

 
 一

 市民センターで事務仕事をしている早川仁美の仕事は、殆ど毎日定時で終わる。息を切らしながらブリーフケースを片手に飛び込んでくるリクルートスーツ姿のメダカ顔に印刷した住民票の写しとレシートを渡したり、軽自動車税の納付方法にクレームをつけるスウェット姿のカップルの罵詈雑言を右から左に流したりしながら、時計の針が十七時半を指し示すのを待つ。直近で大きく定時を超え、残業をしたのは、昨年、マイナンバーの交付が総務省から各自治体へボンと丸投げされた時くらいである。
 公務員は、日本人は、否、平々凡々たる市井の人間は、前例のない仕事を任された際、得てして作業能率が著しく落ちるものである。このときばかりは、早川も残業代を荒稼ぎしようと割り切って、日付をまたぐまで、パソコンの前で市内に何十人といる「鈴木功」さんたちに割り振られた番号を何度も見合わせたり、郵便局から還付されてきた無数の封筒をもう一度、番号順に組み立て直したりした。
 早川はそうして、センター内の一部の公務員たちと同じように首から名札を下げて三年間仕事を続けてきた「臨時」の職員である。彼女は幸いにして三年間続く、「臨時」にあやかって、ダブルワーカーを続ける社会人であるといえる。ダブルというのだから、当然であるが、早川にはもう一つ、生活費を稼ぐ為に従事している仕事が存在する。稼げる賃金はこのもう一つの仕事の方が遥かに高くはあるのだが、早川は身体が資本であり、いつまで続けられるか、分からないこの仕事に比重を置くことを躊躇っていた。
 早川が更衣室で、レディーススーツのスラックスから薔薇の刺繍をあしらったチュールのパニエに履き替えて、デスクワークで凝った肩を気にしながら汗ばんだブラジャーの中に溶けかけた葛餅のように広がった乳房を押し込んでいると、彼女の電話が鳴った。液晶に表示された十一桁の電話番号が一瞬にして、「岬店長」と電話帳に登録された名前に変わるのを確認すると、早川は、緑の受話器マークをタップし、電話に応じた。
「ねえ、まりん。今日の予約は八時からだったんだけど、六時に来られない?」
「ちょっと店長、まだ私、昼の職場にいるんですけど……」
 早川は素早く、2WAYのセーラーブラウスを着こむと、こそこそとロッカーの影に隠れて、頬を膨らませて、岬店長に不平を漏らした。今年の八月に二十七歳の誕生日を迎える女性にしてはいささか若作りに思える服装も、人によってはブリッコだと腐すであろう彼女のいちいち大仰な仕草も、一種の職業病といえる。早川の見え透いたほどの媚態は、時に笑われることこそはあっても、彼女を指名した「客」を不快にさせることはない。むしろ、大抵の場合、太鼓腹を揺らしながら気を良くしてくれる。相手が気前の良い客ならば、それだけでドンペリニヨンにありつけることもある。
 彼女が二十六歳の事務員、早川仁美である時には、失笑を禁じ得ない嬌態も、彼女が二十一歳のコンパニオン、「まりん」である時には、その全てが理にかなったプロの接遇に化けるのだった。
「悪い、悪い。けど、新規のお客さんから連絡があってね。ホームページを見て、まりんのことを即指名。これは、緊急性がある電話だろう。で、どうよ?」
「行きます、すぐ行きます!」
 早川はウィスパーボイスながら、はっきりとした二つ返事で答えた。電話を切ると、彼女は昼の仕事に使う書類と夜の職場で使う化粧品が仕切られることなく混在したバッグを肩にかけ、放置自転車に躓きそうになりながらも小走りで、税金の香りが漂うクリーム色の職場から飛び出す。そしてそのまま、職場から徒歩〇分の最寄り駅に繋がるエスカレーターへ、まるでコンベアで運ばれるかのように吸い込まれ、同僚たちの視線から消えて行った。
 幸いなことに早川仁美としての職場も、まりんとしての職場も、ドア・ツー・ドアと呼べるほどに駅から近い。おまけに二つの職場は一つのモノレールで繋がれており、タイミングよく乗車すれば、移動時間はたったの七分、岬店長が待つ店舗が入居している雑居ビル特有の急勾配の階段でもたついても十分かかるかかからないかといった恵まれた兼業環境があってこそ、早川はこのハードなスケジュールを三年間も続けられたといえる。
 尤も、この通勤事情ゆえに、何かにつけて岬店長から電話がかかって来るというデメリットもあるが、殆ど同世代で同性。同じバンドを追っかけているという共通点の多さから、雇い主である店長とは友達のような仲で、会話を交わすのも、他のコンパニオンと違って、気兼ねも少なかった。そもそも、在籍わずか三年にして、早川は店一番の古株となっていた。
 それだけ、この業界は人間の入れ替わりが激しいのだ。特に早川の在籍する店は、地域一番の若さとフレッシュさとやらをウリにしている店で、コンパニオンのことは「在籍生徒」と紹介している。高校を卒業したばかりの家出少女やスカスカの大学カリキュラムの穴埋めにお小遣いを稼ぎに来る女子大生が夜の早川の同僚となっている。ホームページのデザインも競合他店との差別化を図って、水色や黄色をぼかしたパステルカラーをふんだんに使い、小窓にはスタッフのSNSページやコンパニオンのブログ、イメージビデオなどがひしめき合うように張り付けられていた。今年二十回目の誕生日を迎える十八歳の「れもん」嬢などは、プロフィール欄を更新するにあたり、店舗のトップページをたまたま目の当たりにするなり、
「アハハ、なんだか、私の部屋みたいですね」
 と、突然、ケタケタと笑い出して、居合わせた岬店長と早川を狼狽させたほどだった。一か月ほど前の話である。
 ちなみに早川は彼女を含めて、れもんと名付けられたコンパニオンを既に三人知っていた。一人目は身長が百五十センチメートルにも満たない小柄な女性で、制服を模したブレザーやセーラー服に身を包むと、一見すれば、本当にローティーンの少女のような人だったが、脱ぐと、ワインレッドのレースに大胆な蝶のモチーフを配した大胆なタンガに括れた腰回りと二つの穴が開いた臍を露わにし、いかに彼女が夜の繁華街を派手に遊びまわっているのかを窺い知ることができた。早川が、退職前にさりげなく、彼女の年齢を聞くと、早川より二つ齢が上なことが分かった。
 昨年の夏に在籍した二人目のれもん嬢は、正真正銘の十八歳で、メイクを施さずとも主張する長い睫と大きな瞳が目に入る美女であったが、くたびれたにおいを放つうなじやいささかシャープに削げすぎた顎周りが早川には何とも不気味に映った。早川は身体測定を終えた彼女と岬店長が話し合うのをカーテンの仕切り越しに聞いたことがある。
「れもんは十八歳というにしては、大人びすぎているからなあ。二十二くらいの方がいいんじゃないか?」
「……はあ」
 岬店長の提案に、れもんは生気のない溜め息を漏らした。実際のところ、自分自身のプロフィールが何歳であっても構わなかったのであろう。所詮、名前から、出身地から、虚構で固めた数十バイト分の文字のゴミである。
しかし、早川は岬店長の口から発せられた虚偽のプロフィールから、彼女は長くこの店に在籍できないであろうことを読み取った。プロフィール上の若さと、コンパニオンの幼い仕草をウリにするこの店で、逆に鯖を読んだ情報を掲載するということは、籍だけを置かせてもらった戦力外メンバーであることの証明であった。少なくとも、数年間を見越しての契約は結ばれていないことになる。彼女が仮に三年間、店に在籍すれば、プロフィール上の年齢は二十五歳になるが、この店のコンパニオンでプロフィールに二十四歳以上の年齢が表示されたことは未だかつてない。皆が皆、横並びで十八歳からスタートするのは不自然なので、中には十九歳や二十歳と入店時にプロフィールに登録されるコンパニオンもいたが、それでも皆、登録された年齢は実年齢と同じか、それ以下だった。
 その後も、シフトの相談や、給与体系の説明と、二人の会話は続いたが、早川にはカーテン越しのれもんのふくらはぎとくるぶしの土気色が、いつの日か霊安室で見た、祖母のそれとあまりにもそっくりで、会話の中身など頭に入って来なかった。
 早川にとって、二代目れもんについて思い浮かべることができるイメージはその時の映像くらいである。
 彼女には間もなくして、盗癖があることが分かった。
 発端はコンパニオンの一人が「リップがない」と喚き散らすという日常に毛が生えた程度の小さな事件が起きたことだった。その際は、早川も「リップくらいいいじゃない、ほら私が買ってあげるよ」と、被害者を宥めすかせ、当のれもん嬢も心配そうなそぶりでロッカーの裏や、シャワー室を覗きこんでは行ったり来たりしていたはずだったが、元々影の薄い女性で、何人かのうちの一人に紛れてしまうと、途端にその時の彼女をはっきりとは思い出せなくなった。
 そして、彼女とはそれっきり、出勤日が重なることはなかった。
 れもんはその三日後、指名の入った客がシティホテルの湯船にお湯を張りにいった隙に、財布から現金三万円とクレジットカードを抜き取ったのを当の客に見つかり、窃盗の罪で現行犯逮捕され、県警に身柄を確保された。そのせいで、暫く店舗の下の路地には、数日間、パトカーが居座り、岬店長は繰り返される事情徴収と、遠のく客足と一桁少ない数字を表示する帳簿に頭を抱えては溜め息をついて、すっかり疲弊していたのを思い出す。
 早川は、その時の岬店長があまりにも気の毒に思えたので、極力、二代目のれもんのことは思い出さないようにしていた。
「……なあ、まりん。れもんのアレ、どう思う?」
 その為、岬店長の口かられもんという名前が呟かれた時には、早川はドキッとした。
「そのアレって……?」
「この前のだよ。見ただろ、あの娘、突然、壊れたように笑いだすから、怖いんだよ。まあ、ねじが一本緩んでいるようなのは、慣れっこだよ。けどなあ、それが自然に緩んだものじゃなくて、クスリの力でってことになったら……考えただけで、私は恐ろしいんだよ」
 岬店長は、二代目れもんの一件以来、新人の挙動に対してすっかり臆病になっていた。年齢が三十の大台に乗ったことからか、十代のコンパニオンとのジェネレーションギャップというのもしきりに口にするようにもなっていた。
「考え過ぎですよ、ほら、あの年頃の娘は箸が転がっても面白い年頃だって言うじゃないですかあ」
 岬店長の杞憂をほぐそうと、客の前で見せるような嬌態を気持ち大目に醸し出しながら、早川は三代目のれもんをフォローした。尤も、話す時に顔の前で両手をふにゃふにゃと振るのは、早川の元々のクセでもある。
「あれだな、まりんと話すと、高校の時にいたぶりっこの先輩を思い出して、ホッとするよ。昭和チックな奴。だいたい、箸が転がってもって、私のお婆ちゃんがよく言っていた文句だぞ。ひょっとして、まだ鯖よんでいるんじゃないか?」
「昭和だなんて、私は平成生まれです!」
 早川が口を尖らると、岬店長は膝を叩いて、カラカラと笑った。必要以上に、年齢というものに鮮度を意識する業界では、とうに「平成生まれ」の新鮮味も十年一昔の話となっていた。十年前は、毎日紺のスーツに身を包み、髪を掻き上げながら、吸うよりも長い時間、グリグリと灰皿にロングのメビウスを押し付けている岬店長自身が売れっ子のコンパニオンをしていた時代である。早川自身も最近、めっきりと、職場の上司やお局さんに「まあ、平成生まれ」と驚かれる機会も少なくなっていた。早川が急ごしらえでメイクを整えているうちに到着した斜陽が似合ううらぶれた最寄り駅も平成の竣工である。壁も看板もワックスをかけたように艶やかで真新しかった時代も知っている分、タイルにこびり付いたヤニと青いペンキの塗装がはがれて剥き出しになった鉄筋の錆が目に入り、自分自身が浦島太郎になった気がして、早川はあまりこの無人駅のことが好きではなかった。
「うわあ、ガム踏んだ。サイアクッ!」
 駅を降りるなり、肩甲骨のあたりまでまっすぐに伸びた茶髪を振り乱しながら、あまり柄のよろしくない声とホットパンツの若い娘が叫んでいた。
「れもんちゃん?」
「あ、まりんさんだー。チース」
 早川が尋ねると、声の主はやはり三代目のれもん嬢であった。肩が見えるまでカットされたTシャツに、さして武器にもならないヒップラインが見えるくらいに股上の浅い豹柄のホットパンツ。ワンレングスの茶髪に脂を塗りたくったようなリップとムカデのようなつけまつげ、そして、コンパニオンとしての初任給でこさえたであろう涙袋。彼女の出で立ちは早川が苦手だと思う駅舎にビックリするくらいマッチしていた。物心ついた時から、ケータイとウォシュレットのトイレが生活に根付いていたであろうギャルのファッションは意外と保守的だった。案外、ファッションというものは、親からの遺伝性も強い変化の緩やかな世界なのだ。
「れもんちゃんはアガリ?」
「そうなんスよー。でも、ちょっと忘れ物しちゃって。お店に戻らなきゃなんです。まりんさんはこれからですよね……と、油断させたところにドーン!」
 早川が歩み寄るなり、れもん嬢は悪戯っぽい笑みを浮かべ、早川のパニエスカートをまるで、神輿でも担ぎあげるように勢いよくまくり上げた。薄手のパニエはひらひらと捲りあがって、汗ばんだ早川の太腿と通販で購入したパステルピンクの下着が、れもん嬢の眼前で露わになった。慌てて早川はパニエを押さえつけた。二十六になっても、仕事としてこのショーツの中まで見せる仕事に就いていても、「不測」はまだまだ自分自身を赤面させるものなのだと早川は熱くなった耳たぶを触りながら、悟った。
「れもんちゃん、中学生みたいなことしないでよ!」
「まりんさん、乙女! カワイイー。いいじゃないですかあ、今は私たちだけしかいませんって」
 れもん嬢は早川が怒りだすと、かえって笑いが止まらなくなり、しまいには腹を抱え込んで哄笑した。それでも、「カワイイ」と言われてしまうと、まんざらでもなく、怒るに怒れない己に早川は、嘆息を漏らした。
「……そういう問題じゃないの、それに私、半からのお客さんを待たせているんだからね」
「でも、お店にお客さんなんていませんでしたよ」
 言葉を交わしながら二人が同じタイミングで、定期券をかざし、改札を抜けてスロープに出ると、後方から、
「そこのお嬢さんたち」
 と、野太い男声が早川の鼓膜に飛び込んできた。スーツでいる時とは違い、ひらひらした生地とパステルカラーに身を包んでいると、見覚えのない男からいきなり声をかけられることはさして珍しくはなかった。それは他愛のないナンパであることもあったが、影の薄い常連客であることもあったので、毎度、無視するわけにもいかなかった。
 早川が振り返ると、中年の男がスロープの手すりに腰を掛けて、右手を挙げて手招きをしていた。中肉中背の薄い顔立ちながら、色素の濃い白髪染めとポマードで固めた中分けの髪、美声ではないが妙に通る声、無地のYシャツから覗く、ブレゲの時計。記憶を辿っても、早川の贔屓客にはいないタイプの男だった。
 しかし、彼の顔はどこかで見たことがあるはずの顔だった。
 記憶の糸を辿らんとして、思案気に顎に手をやる早川とは対照的に、れもん嬢は彼の顔には完全に心当たりはないらしく、
「ナンパなら、おっさんみたいな人はマジでないんですけど」
 と、辛辣に切り返した。
 早川は世間への恐怖感にも乏しく、年上へのとりあえずの恭順の姿勢も見せる素振りのない時のれもん嬢を見ると、いつも彼女の一糸まとわぬ裸の勤務態度を心配せずにはいられなかったが、三代目のれもん嬢は店舗でも毎月、三位か四位くらいには指名ランキングに躍り出る人気のコンパニオンであったので、ランキングに名前が載ることなど岬店長に下駄を履かせてもらった時くらいの早川がすべき心配でもなかった。
「うちの客にはな、一定数、そういう世間擦れしてない若者らしい態度をオプションにしたがるのがいるんだよ。それこそ、若い肉体にふさわしいって。だから、まりんの心配はいらぬ老婆心ってやつだ。とはいえ、こんなところに来るような客は大抵、若さのアイコンと奥ゆかしさなんて名前の従順性みたいなアンバランスなものを求めにやってくるからなあ、そういうところ、酸いも甘いも知り尽くしたまりんがいると助かるってのもあるんだけど。……ねえ」
 いつぞや、岬店長がそう言って、煙草を咥えたままニヤニヤと笑ったことを思い出した早川は、れもん嬢に「私のお客さんかも」と耳打ちし、男のもとへ寄っていった。
「まりんちゃんだよね?」
「えっと……いつもご贔屓ありがとうございます」
 早川が寄って来るなり、男は身を乗り出して、尋ねてきた。
躊躇なく、早川の手を取り、甲を擦っている姿を見ると、やはり、彼は自分自身が覚えていないだけで、馴染みの客なのだろうと、早川が考えるのも無理はなかった。
「いや、僕はこれから贔屓にしようと思っているんだけどね。写真よりも美人だから、あっているかどうか自信がなかったよ。店長には先に会って、もう話はつけてある」
 それだけに、男の発言は早川を先ほど以上に赤面させるには十分すぎるものだった。れもん嬢は口に手を当ててクスクスと笑い、男は歳のわりに不自然に白いセラミックの歯を見せながら、表情を崩さない。早川が店長に恨み言の一つでも言おうと、電話を取り出すと、画面には岬店長からのメッセージが表示されていた。
「贔屓筋になりそうな客だし、ノコノコ店までいけない事情もあるみたいだから、さっき下で会計も済ませて来たんだ。けど、オプションなしの三六〇分コースだぞ」
 メッセージのすぐ下には、岬店長にはあまり似合わない可愛らしいキャラクターのスタンプが貼られていた。そのキャラクター自体は、早川の好みそうなふんわりとした絵柄のものだったが、「今月の家賃だ、喜べ」というセリフがおちょくられているような気がして、早川は岬店長に憎まれ口代わりに遺憾の意を表明するスタンプを何個もしつこく送り返した。れもん嬢は早川と男のやり取りを見るなり、目配せし、バッグを抱えて去っていった。早川が彼女の背中を見送っているうちに、電話にはれもん嬢からの「お先です」というアイコン付のメッセージが表示された。
(……れもんちゃん、デキた後輩じゃないか)
 早川はれもん嬢に簡単な返事を送り、ふうとため息をついてから、男の方へと視線を合わせた。すると男は、作り込まれた微笑を早川に返し、それが許可を得た合図だと言わんばかりに腕を絡め出す。早川の二の腕に男のYシャツ越しの汗の感触がひんやりと伝わって来た。早川が二つの職場への出退勤に必ず利用するモノレールの駅は、どこをとっても画一的で、モノレールが空中にぶら下がって進む以上、アップダウンのきつい駅舎になることは免れないのは仕方ないにしても、どういう訳か、改札口から地上に降りるまでのペデストリアンデッキの距離が意外と長かった。途中に喫茶店やスープの専門店でもあれば、気持ちも違うだろうに、ただ無機質に青く眩しい一本道を歩くとなると、「この空中回廊がなければ、もっとすぐに着くのに」と、早川も贅沢な愚痴を溢さずにはいられなかった。少々、意地悪く、早川がハイヒールの踵を気にする仕草を見せると、男はハンカチで額の汗を拭いながら、きまりの悪そうな顔をした。
「第三セクターはね、どうしても船頭が多いから融通が利かないんだよ」
 単眼的な未来都市である為に、細部の折り目が甘く、古びた時には同時進行で錆びていくのは、多かれ少なかれニュータウンの常である。しかし、この都市はそれに加えて、お役所的にイメージカラーを統一しすぎていた。
市の西側に位置する湾岸の新都心エリアは市の目が行き届いている分、まだ清潔で華やかではあるのだが、早川の夜の職場である当該エリアは、行政からも企業からも地上げ屋からすらも見捨てられた街の錆そのものだった。
「第三セクターでも、国道渡った空港途中の方のニュータウンはもっとお洒落だったりバリアフリーだったりするじゃないですか。まあ、都市計画なんて後出しじゃんけんなんでしょうけど。あそこは道も広いし、鉄道が半地下な分、移動も楽ですし」
 早川はそう言って、アウトレットモールで購入したネックレスを男に悪戯っぽく紹介すると、男は、
「……まさか、あの万年赤字路線を持つ片田舎と比較されて、しかも、羨ましがられるとはなあ。ちょっと責任を感じるよ」
 と、苦笑すると、ハンカチで額の汗をぬぐった。ハンカチは紺に水色のドットをあしらった柄をしていて、早川は「こういう柄のネクタイも持っているんだろうなあ」と思った。
「けど、やっぱり愛着もあるんですよ。こういう景色に」
 取り繕うようなフォローになってしまったが、その言葉もまた早川の本心でもあった。視界に飛び込むペンキ一色の群青にYシャツの袖を捲る男の腕、空気に塩を運ぶ海風、そして、長いチューブ状の階段の向こうから差す日の光。この条件がそろった光景で真っ先に思い出すのは、小学生のときに目にしたスタジアムの光景だった。早川の記憶がどこかで書き換えられていなければ、それは、団地の夏祭りのビンゴ大会で当てた外野指定席のチケットで入場したプロ野球の公式戦だったはずだ。
 まるで関係者入口のような出で立ちで客人を迎え入れる装いをしていないライトスタンドのゲートをなかなか見つけられず、始球式とプレイボールには間に合わずに二回の表から観戦した。応援団やコアなファンが集う外野席といっても、ポストシーズンのようなイベントごととは基本的に無縁に生きてきたチームのファンの姿は今ほどに応援に熱気があったわけでもなく、ファンという共通項で括った赤の他人たちの視線の先には、スレンダーなたたずまいに顎ひげを蓄え、既にこの国のプロ野球文化では収まりきらなくなっていたスターの姿があった。
 その試合で、必死の投球をしていたのは、チームのエースであったにもかかわらずだ。男前ながらもどこか垢ぬけない田舎然とした風貌の青年エースは唸るような豪速球があるわけでもなく、舌を巻くような変化球があるわけでもなく、ともすれば前時代的とも取れる殆ど気迫だけが武器のピッチングでチームの薄い台所事情を支え、孤軍奮闘していた。ちょうどスポーツのあるべき姿が耐える訓練から楽しむべき挑戦に変わる頃であり、オリンピックで金メダルをとったランナーがその象徴とも言うべき存在であった時代だ。その五輪の野球競技で彼はエースを務めていたが、大きな話題にはならなかった。彼について回るイメージは常に連敗するチームを救えず蹲る姿。皮肉にも彼のエース像を象徴する瞬間であり、イベントごとに乏しい弱小チームにとって最大のイベントでもあったからだった。
アイドルグループが流行りだしたら、下火になりだしたバンドを追いかけはじめるような性格だった早川は、その当時から自チームのエースの投球に誰も見向きもしないのを歯がゆく見ていたことを思い出した。もう十五年ほど前の話になる。時の流れに溜め息をつきながらも、目の前の男が、かつてのエースの現在の姿にそっくりなことに気が付くなり、早川は「そう思えば、少しは気も許せるかも」とふうとため息をついた。
 早川は男の手を引き、階段を降りて、横断歩道を斜めに渡り、そのままコインパーキングを横切る。ばったり昼の人間関係に遭遇することは殆どありえないと分かっていても、そのまま街の行政区や国道に直結するモノレールの駅前を見ず知らずの男の腕に抱かれてふらふらと彷徨うことに後ろめたさを感じる為、早川はいつもこの数十メートルは足早だった。
 コインパーキングの電信柱から覗きこんだかつての艶街は黄緑がかった蔦とくすんだグレーの排気口と割れた漆喰から覗く黒と、不自然なまでにショッキングなピンクの看板が溶け合うことなく散らばっている。バラック小屋の向こうには、天守閣を模したシティホテルが聳え立ち、路肩にはフォーシルバーリングスのエンブレムがギラギラと主張する銀の車が横付けされ、その隣で二羽の烏が紙コップに頭を突っ込んでおり、路地には客引きなど人っ子一人いなかった。この区画は完全に都市再生のアップデートを前世紀から受けていない死んだ角質のような地帯だった。早川はこの地に降り立つと、日没前であっても昼と隔絶され、安心してコンパニオンとして仕事に臨める活力が湧く。
「そういえば、もうすぐオリンピックですね」
 沈黙は人並みに苦にしてしまう早川は、男に話しかけた。早川がスポーツに接した経験は、中学時代に卓球部であったことと、高校時代に弱小野球部のマネージャーをしていたことくらいであるが、スポーツを見ることは全般的に好きであった。オリンピックやワールドカップのような国際試合は詳しくない競技であっても、テレビのチャンネルを合わせるし、休日には地元の野球チームとサッカーチームの観戦に出かけることもある。横綱の連勝記録がかかっているだとか、久しぶりの国産力士の優勝だとか煽られると、あまり普段関心のない相撲であっても見ることもあるし、この前は近所で開催されるというので、友人と一緒に、存在も知らなかったプロペラ機が拮抗する空のレースの応援に熱狂するような人間である。コンパニオンである時には、この手の話題が豊富なことは大きな武器になる。慰安を求めて、マイナーなスポーツ業を生業にしている肩幅の広い男が早川の店に電話をかけることも珍しくないし、ベッドに腰掛けて寡黙を続ける男がそういった話題で、急に瞳を輝かせて、熱っぽく語り始めることも多い。すぐ隣で腕を組みながら、早川に目もあわせない男も同じように、沈黙を破ってくれるかもという淡い期待もあった。
「オリンピックか……そういえば、今年なのか。報道も四年後のことばかり気にかけているからなあ」
 男の反応はあまり手ごたえのないものだった。
「けど、始まれば、見ちゃうものじゃありません? それに選手は、一大会ごとに必死みたいですよお。一戦必勝!」
 早川は、アニメのキャラクターのように、両脇を締め、拳を首の前あたりでキュッと握り、わざとらしいガッツポーズを取りながら、一人の贔屓客を思い出した。自分からは殆ど何も話さずないどころかシャワーを浴びたら、早川を後ろから抱きながら、ただひたすらに眠り続け、三万五千円を落す優良客であり、固太りに一見思える体型ながら、筋が美しく差した腹斜筋から、強靭な体幹の強さを漂わせる男。彼はだいたい月に一度くらいのペースで金曜日の夜七時から百二十分、早川との時間を購入するべく予約を店に入れてくる人物で、早川がその金曜日にシフトを入れていない時や既に他の誰かが彼女との時間に先約を入れている場合は、次の月に早川の出番をおとなしく待つ象のように穏やかな人でもある。この商売の顧客は人の時間を占有する快楽を満たしにやって来る者が多いので、その時間にかえって振り回されることに目くじらを立てる人間が非常に多い。雑居ビルの一室を借りた小規模な店の主でしかない岬店長はいつも電話番を兼任していて、受話器越しまで聞こえてくる金切り声に平身低頭しながら、事務所に出勤しても、ネイルを塗り直すことと三か月前の古雑誌を何度も読み返すことくらいしかすることのないコンパニオンを代理として何とかねじ込もうと苦心している姿を早川はよく見かける。
「おはようございます。大空さんですか、その声。かれんちゃんは今日、休みになるってホームページには三日前から書いてあったんですけどね。また、『君たちもこんな仕事をしていても一端の社会人だろ』って、お説教ですか?」
「あの人、システム屋っぽいからなあ。いつも、よほど無謀な発注と納期に振り回されているんだろうな」
 岬店長は回転椅子の上に胡坐を掻きながら、受話器を置いた。倒産した倉庫会社から安値で引き取って来た色気の欠片もないスチールデスクには手書きの予定メモがマグネット貼りされている。岬店長の字体は全体的に線がか細いのに、漢字のはらいが大仰で「木」とか「金」とか、そういった字が他の字に比べて随分と幅を利かせている。
「私らの仕事は身体を売っていると思われがちだけどさ、まあ、それも売ってはいるんだろうけど、もうそれだけで採算が成り立つような拝まれる代物じゃないってことさ。グラスノスチの弊害だな、うん。そのせいで一部の高級品以外は価格破壊が進んでなあ……眼鏡なんかと一緒」
 岬店長はそう言って、自分の股を頓狂に叩いて笑った。
その後、岬店長が「じゃあ、何を売るかって」という言葉にかぶせ、早川はおどけて、「夢ですかね」と応じたら、「アホか」と笑いながら、岬店長に頬を抓られた。早川と岬店長はいつも出勤直後にこういった他愛のないやりとりをする。早川が、
「いくらストレスが溜まっているからって、『大空』って偽名はどうかと思いますよね」
と、言うと、岬店長は膝を叩いて哄笑した。彼女も相当にストレスは溜まっているようだった。
「時間を奪われた者たちが人の時間を買いに来ているんだよ。しかも、今はどうしたって不景気だから、賃金以上に時間の奪われ方に格差をつけないと、納得されないだろう。よほど有能でバンバン、新しい価値を創造できない人じゃない限りさ。だから、どんどん時間を奪われるにしても、歪んだ形で奪われるから、傷つく。その上、自分の時間は結局、どうしたって買えないからな。コンパニオンの時間を仮初めに手に入れるんだよ。それに安息を求めたり、刺激を求めたりをするのは人それぞれだけど、刺激の方が多いだろうな。欲望をモノ化する人たちの性質上」
 そう呟く岬店長の横顔は、いつもより干支二回り分くらい老けて見えた。時折、彼女は魔法がかかったように年を取る。
そういう時は、いつも時計や警察からおりた営業の許可書を眺めているふりをして、何も瞳の先には映っていない。普段の彼女は、店のコンパニオンと比べても、勝るとも劣らないほどの若々しさがあり、時折、彼女の口から発せられる乳液や石鹸のブランドを逐一メモしている早川は、そういった時の岬店長の横顔を直視できなかった。
「ところで、最近、妙に羽振りがいいけど、臨時収入が入ったとか思っていないよな?」
「ふぇ?」
 突然、振り向いた岬店長からの言葉に早川は思わず間の抜けた声を漏らした。岬店長の視線の先には新調したピアスとネックレスがあったことに早川は気付いたが、これは三か月間、昼の職場の賃金をコツコツと溜めて、購入した自らへのご褒美なので、そんなことを言われる所以がないことを説明すると、岬店長は、スポーツ新聞を捲って小さな記事を見せた。小さな白黒写真に映るタンクトップの男は紛れもなく、早川の贔屓客の男だった。五輪出場の最後の枠を得たと紹介される男は、電話越しに名乗る名前とはやはり違ったし、当の競技は国民的なスターがいる為に、彼の名前はニュースのテロップや小さな記事に載っても人々の脳には刷り込まれてはいなかった。
「……そうなんだ、メダル取れるといいですねえ」
 早川がそう言って、頬を綻ばせると、岬店長は、「まりんの思考回路はこの業界だと逆に異常だよ」と吐き捨てたが、その表情にはどこか安堵感というものは滲んでいるようだった。
「じゃあ、もし、記事に載っているのが、大空さんだったら?」
「メダル取れるといいですねえ。……私も金が欲しいので」
 岬店長が意地悪な笑みを浮かべて、質問をぶつけて来た時、彼女の言葉の真意を早川はやっと読みとることができたので、岬店長に対抗するように意地悪くニヤケ顔を浮かべ、ネックレスをメダルに模して小芝居を打った。岬店長が再び哄笑するのを確認した早川は彼女の機嫌が直ったことにホッとしながら、スポーツ新聞の記事を眺めた。
「次の五輪のことまでは考えていません。歳も歳なので、最初で最後の大舞台だと思って、今はこの大会に全てをぶつけてきます」
 早川と会う時、言葉を忘れてきたような男がインタビューに応じて、言葉を紡ぎだし、それが文字に書き起こされていた。括弧の中の二十九という漢数字を見て、スポーツ業界とはどうこじつけても結びつかないであろうと思っていたまりんとしての仕事が急に近いものに感じた。早川が時計を眺めると、これから与えるべき、お互い名前も門地も全て虚構で塗りたくった仮初めの時間も同じように一秒を刻んでいた。
「ドライバーもう下に止めているから、仕度しろよー」
「ラジャーですー」
 早川が岬店長に敬礼すると、岬店長は、「やっぱりもっとサバ読んでいるだろ、嘘つきめ」と苦笑した。店を出て、ライトバンの中で数分揺られていると、岬店長からメッセージの着信があった。メッセージには帰りに青いラベルの缶ビールを二本買ってきてほしいと記されていた。
「チーかまもいります?」
 早川が素早く返信すると、五秒と経たないうちにビールジョッキの絵文字だけの返信が帰って来た。ビールジョッキがぶつかり合う絵文字は、早川や岬店長が慣れ親しんだドットの絵文字よりも遥かに解像度が高く、早川の記憶が正しければ、「乾杯」と打てば、推測変換で候補に挙がる絵文字のはずだった。早川は岬店長の返信に、彼女には決して届かないクスリとした笑みで応じた。
 
 二

 早川が相手をする客は、全てが虚飾の時間を求めてやって来る。それが通例であり、当然の道理であると信じ切っていただけに、ホテルの一室に到着するなり、男から名刺を差し出された時には面食らった。プラスチック製の名刺を渡されただけでも衝撃を受けていた早川をさらに驚かせたのは、彼の名前の表記であった。自身の苗字だけをひらがなで記している。そんなことをするのは、まだ自分の名前を漢字で書くことのできない小学生か少しでもインパクトで名を売りたい芸能人か、そして、どれだけ効果があるのか分からないが、どんな無学な者にも自分の名前を書いてもらいたいポリティシャンかである。
「えー、議員さんなんですかあ!? そんな、偉い人と一緒なんて緊張しちゃいますー」
「まだ、市議だけどね」
 極力、語尾をのばして機嫌を伺う早川を見て、男は照れ臭そうに手を振った。「まだ」ということは、その後、県政、そしてゆくゆくは国政に進出する気が満々ということだろう。その市政の実務を司る役所の末端の末端で、独楽鼠のように働く早川は、
(ステップアップするなら、山積みの市の問題を一つでも片付けてからにしてほしいなあ)
 などと、内心毒づきたくなった。
「ざいぜん和彦さん……ざいぜんって、どう書くんですか?」
 早川が知る限り、この国でざいぜんという苗字を名乗っている人が持つ漢字は一通りしか知らなかったが、ここまでいやに寡黙な議員先生の方からペラペラと何でもよいので話してもらいたかったので、とりあえずの質問を彼にぶつけた。
「ああ、財産の『財』に前職の『前』だよ。そう言って、分かるかな?」
 本名も職業も曝け出すのに、表情筋はこわばらせ続け、まるで薄い仮面をかぶっているようだった財前の目尻、口元が融解する。そして、浮かび上がったのは、目の前の早川のことを木で鼻をくくったような態度で薄ら笑うおどろおどろしい怪物の横顔だった。早川は、財前の姿を見て、ショックは受けなかった。むしろ、今までブラックボックスの中に包まれていた彼の客としてのカテゴリーが判明したことに、かえって仕事がやりやすくなったと安堵した。
早川は店にホテルの部屋番号を伝えると、財前に告げ、岬店長に連絡を入れる前に、そっと彼の名を手持ちの電話で検索エンジンにかけた。
「何、しているの?」
「あ、お店に電話を入れるんです。そこから、三六〇分のコースが始まるんです。けど、ビックリしましたよ。ウチと提携している近場のホテルじゃなくて、いきなり、こんな高そうなホテルのスウィートルームを取ってもらえるなんて。出張料金、一〇〇〇円かかっちゃうんですけど、よろしかったですか?」
「うん」
 財前はそう言うと、透明な灰皿を手にしバルコニーへ出ていった。彼は湾に臨む黄昏と言うには赤が消え、夜景と呼ぶにはまだ群青色の明度が目につく中途半端な景色を二十三階から一望し、室内の早川には背を向けて、煙草をふかし続けた。
(所属常任委員は都市建設……それと、特別委員は新庁舎の計画か。それっぽい身なりをしているしなあ。まあ、私と関係ない感じでよかったわ)
 財前の身分をチェックし終わると、早川は電話の液晶に表示された時刻をぼんやりと眺めた。時刻は十九時を回ったばかりであった。今から、ちょうど六時間となると深夜の一時過ぎになる。しかし、財前は早川が案内する近場のシティホテルを退け、タクシーを止めるなり、湾岸の国道を十分間飛ばして、高級ホテルのスウィートルームの宿泊料金をきっかり二人分払った。
「店長、そういうわけでたぶん、お客様、延長なさると思うんですよ。あ、出張料金はもう貰っています」
「……なかなか勝手なことをするお客さまだな。で、どうだ?」
 岬店長の短い言葉の中には、いろいろな質問が詰まっていた。コンパニオンの仕事は、サービス業の中でも一番、値段相場が不透明な人格を売る仕事でもある。その不透明なサービスに対する需要は実にまちまちである。とにかく異性の身体だけを求めて、貪るように撫でまわしてくる者にはさほどサービス精神というものは必要ないし、都合の良いコミュニケーションを求めてくる者には、ずさんなシチュエーション設定は許されない。そもそも顧客はどのような性格なのか。温厚なのか、神経質なのか、卑屈なのか、高圧的なのかによって、岬店長があてがうコンパニオンも変わって来る。
「んー。割と威張るタイプ……って言っても、武勇伝を語るような人じゃなくて、なんというか、マウントを取るのが酷くうまいクラスの一軍女子って感じです」
 早川はバルコニーの財前を尻目にして、ひそひそと岬店長に告げた。
「まりんがそういうんだから、相当ねっとりしてそうな人だなあ。私は長くこの世界にいるけど、どうもそういう勘が鈍くてなあ。見た目は脇汗でYシャツ濡らしながら、外回りしているのが似合いそうな人だったから、もっと豪快な人かと思ったけど、よかったよ。それじゃあ、新人の子は回せないなあ。まあ、クラブのようなSM行為みたいなのは禁止していますって、最初に言っているし、うちで用意しているオプションだってたかがしれているから、あんまり無茶なことはさせられないと思うけど、何かあったら連絡して」
 早川よりも学年で数えるならば、三つ上の岬店長は元々、夜の蝶とも呼ぶべき売れっ子のコンパニオンであったが、そのジャンルは「ジェイル」という店名からも察せられるようなハードな環境であったと、以前、早川は岬店長から聞いたことがあった。
「よく『女王様だったんでしょ?』なんて、聞かれるけど、私はあんなにお客様の要求を敏感に察せられるような奉仕精神あふれる人間じゃなかったからなあ。私の仕事はそれに比べたら、楽なモノだったよ」
 過去を聞かれた時に、煙草をふかしながらカラカラと岬店長は笑っていたが、早川はその時、いつも上も下もレディーススーツに身を包んだ彼女から昔話を聞くのが、怖くなったことを思い出した。早川が所在なさそうに目を伏せると、その時、岬店長は、
「おいおい、うちじゃそんなことはさせないから、安心しろ」
 と、言ったが、同時に、
「とはいっても、何を痛いと感じるかなんて、人それぞれだからなあ……」
 とも呟いていた。岬店長は、言葉こそぶっきらぼうであったが、コンパニオンに対してはかなり甘いといってもいいくらいに、お客さまよりもまず自らの従業員を優先するオーナーだった。早川は、この業界の他店舗で勤務したことはないので、比較することはできないが、まず、「面倒なお客様にあたったら、表情だけとりあえずスマイルな。腹の中で舌を出していてもいいからさ。それでもダメなら、それ以降のそのお客様が来た時はこっちで調整するからさ」などと、積極的に声をかける店長はなかなか存在しないのではないかと思っている。
 ちなみに早川が岬店長にNGと告げているのは、見た目だけで体脂肪率が三十パーセントは超えていそうな肥満体型のお客様である。昼はクレーム処理のような仕事をしているおかげで、心に蓋をする方法を知っている為に、極端なことを言えば、直接、危害を加えるような暴力性でなければ、どんな厭味な性格であろうと問題なかったが、肥満体型の男性と身体を密着させると、早川はどうしても鳥肌が立ってしまうのを隠せなかったので、それだけは無理だと岬店長に白状した。財前のような、捨てたら困るものがある人間を数十年務め上げた人種には衝動的な暴力性も備わっているとは思えず、容姿だけは、引退したスポーツ選手に似ていると思わせるほどに、引き締まった顔つきをしている今回のお客様は少なくとも、早川の禁忌に触れる物は何もなかった。
 店への連絡を済ませると、早川はあたりをキョロキョロと所在無く、部屋に配置されたテーブルやソファー、洗面台を見渡して、ため息をついた。どこもかしこもよく手入れが施されていて、湖面のようにキラキラと輝いている。言われるがまま成り行きでやってきたこのホテルの一室が早川にとって人生で初めてのスウィートルームの宿泊体験となる。早川の外泊は、小学生の時分の家族旅行や、淡い恋心とときめきを携えた修学旅行、大学の悪友と遊び歩いた海外旅行に到るまでエコノミークラスと古旅館とともにあった。
「あんまり綺麗だとかえって落ち着きませんね」
 早川はバルコニーから戻った財前に照れくさそうに告げると、財前は、仕事中によくするであろう、まるで政敵の質疑応答を退屈そうに聞き流しているような、憮然とした顔をした。
「そんな野暮ったいことを言うものじゃないさ、コールガールなら奢られ慣れも一種の方便なんじゃないかな。まあ、いいや。風に当たったら、シャワーを浴びたくなった」
 財前のねっとりとした嘲りには不思議と面食らわなかった。あまりに芝居がかった台詞回しに早川は思わず噴出してしまいそうになったほどだった。そして、彼の汗腺からにじみ出る脂汗が南から吹き付ける潮風にコーティングされ、異様にテカテカとした膜を作っていることに目を背けられず、彼の申し出には頷かざるをえなかった。
 早川は昼夜の職場で兼用しているバッグから取り出した髪留めを咥えて、洗面台の鏡を横目で流し見た。業者への注文シートや、ミーティングに使うレジュメに隠れた早川のバッグの底には髪留めの他にうがい薬や手鏡、小さなマッサージ器具が沈んでいる。また、コンパニオンとして必要ではあるけれど、うっかり、昼の同僚に見られた際、取り繕うことが厳しいレベルのいかがわしい造形の物は、必要に応じて、岬店長に持ってきてもらうことにしていた。
 髪をアップに結い終えると、早川はワンピースの背中のファスナーをもぞもぞとしながら下げる。その間に財前は、すっかりボクサーパンツ一丁になっていた。そして、何を勘違いしているのか、「もったいぶるな」と言わんばかりに早川のことを嘗め回すように眺めている。早川は身支度もさることながら、脱衣も男性は随分、無頓着なのだなと感じずにはいられなかった。早川よりも遥かに年収を稼いでいるであろう財前も下着にかける値段は一枚千円行くか行かないかという程度だろう。
 早川は財前の視線を避けるようにして、背を向けると、もったいぶることなど何もないとばかりに造作もなく、ホックを外した。押し込められたり、解き放たれたり、忙しない乳房がくんと重力に従ってお辞儀した。
 財前の視線は、早川自身よりも、早川の指の先からエスニックな様相を醸し出している竹編み籠の中にハラリと落とされた歳不相応な下着の方に移動していった。まるで、早川自身の身体には、ランジェリーもなければ、ラグジュアリーも存在しないと言わんばかりであった。
そして、早川が一糸纏わぬ姿で足を踏み入れるバスルームも、彼女が終電を降りて、シャッターと電信柱と力なく明滅する赤提灯を横切るうちに到着するマンスリーマンションの一室よりも遥かに大きい。ガラス越しのシャワー室は大理石の壁があたたかな光の色にうっすらと染まっており、浴槽は早川と財前二人が足を伸ばしてもまだゆとりのある空間を保っていられそうだった。早川がボタンを押すだけで、触れると気持ち良い温水がとめどなく浴槽に注ぎ込まれた。そこには四苦八苦の調節の末に適温になる赤と紺の印のカランもなかった。
(こうも便利だと、お風呂での話題もなくなっちゃうなあ……)
 常々、「お湯が出ない」とか、「狭いからくっ付いちゃいましょう」などという名目で、物理的な距離を縮めていく早川なので、いつもとは勝手の違う時間の経過に戸惑いを抱かずにはいられなかった。
 財前は早川の、プレイメイトや高値の売買されるフィギュアのビビッドなラインとは違う多くの緩和曲線で構成されたシルエットをなぞるように追うと、ふうとため息をついて、何も言わずにシャワー室に行ってしまった。ガラス越しに、財前の世代にしては十分に堅強な肩幅と副背筋だけが、シャワーのはじける水滴とともに、早川の目に映る。その後ろ姿のプロフィールは、他の客よりも僅かな時間で子細に知ることができたはずなのに、用心深く醜悪な横顔を小出しに見せる男は、誰よりもプライバシー概念に五月蠅い男であるように思えた。早川は選挙期間中にわざとらしくビールケースの上に立って笑顔を振りまく、彼ら彼女らの笑顔に言い知れない恐怖感を覚えるのはこのせいかとすっかり手持無沙汰になった両手を茂みの上において、独善的な納得もした。
「あのー、お身体洗いましょうか?」
 早川は、恐る恐るシャワー室の湯気の中に足を踏み入れ、財前に尋ねると、彼は振り返りもせずに、
「いいよ、もう終わるから。そっちも身体を洗うんだよね、今、代わるよ」
 と、壁に向かって呟いた。財前は男性用にわざわざ、通常のシャンプーとはわざわざ別に用意されてあるトニックシャンプーと、早川が持ち帰りたいと思ってしまうような高級な香りを漂わせるセラムトリートメントを、保養所のリンスインシャンプーのように適当にかき混ぜて、頭皮の上で泡立てている。豪快といえば、豪快だが、むしろ、早川には財前のトカゲのような無神経さを表すような行動に映った。
「すべて済みましたら、これでうがいだけしちゃってください」
 綺麗な直方体の形をしたシャンプーの容器の横に、店の経費で落とした百円ショップの紙コップに注いだ市販のうがい薬を添えて、早川はまた浴槽の方に立ち去ろうとすると、財前は早川の肩を掴み、彼女を制止させた。財前は紙コップを取ると、せわしなく口を漱ぎ、早川の足元に海老茶色の液をビタビタと溢した。
「これでいいんだよね。僕は風呂に入っているから、君はここで身体を洗っていてよ」
「ハイ、そうします。このシャンプーも普通に買ったら、一万円くらいしちゃう奴ですよ。もう満喫して、身体も洗っちゃいます」
 早川が締まりのない笑みを浮かべて、口元を掻くと、財前は微々ながら上がった口角を隠すように、早川を真似て、口元をポリポリと掻いた。
「まりん……だっけ? 君、うなじの所にホクロがあるんだね。案外、浴衣とか、着物の方が似合うんじゃないかい」
 そして財前は、早川の肩をポンポンと叩くと、浴槽の縁に足を投げ出し、お湯の上に身体を預けて、うめき声とともに、化学反応のように筋肉を弛緩させた。
 普段ならば、一、二時間の後に、ホテルを後にし、別の現場へ向かい違う顔の前で奉仕するので、潔白を表す為に身体は洗っても、髪も顔も洗わない。まして、キチンとメイクをして仕上げた顔は、普段晒すことのない乳房や局部と同等かそれ以上の商売道具である。
 しかし、早川は滅多にお目にかかることのできないであろう、空間の誘惑に負けて、
「……すみません、普通にシャワー浴びちゃっていいですか?」
 と、申し訳なさそうに、濡れてところどころ泡が残った身体のまま、財前の許可を取りに行った。
 早川は、居丈高になった財前の前で、シチュエーションコントのごとく土下座をして乞うくらいのことはしてもかまわないと思っていたが、早川のおねだりは、むしろ、財前にとって、好都合なようだった。
「むしろ、そうしてほしいくらいさ。何せ、時間は長いからね。ゆっくり湯船に浸かった後、化粧直しをしてもらってもかまわないから。そうでないと、逆に不潔でしょう」
 そう言われると、早川は、顔や髪だけでなくもう一度、身体の方も気になりだして、腕をあげて脇に泡を擦りつけた。その姿を見た財前は、「わざとらしいな」と言って、初めて哄笑する姿を見せた。
「今から、顔も洗いますから、あっち向いていてください!」
 気恥ずかしくなった早川は赤面しながら、叫んだ。そして、「あっちを向いていろ」と、言いながら、自分の方から、ガラス越しの財前から背を向けた。高級な石鹸で角質と日々のストレスを洗い流しながらも、やはり、無防備な部分に視線が注がれている気がして、尻がこそばゆかった。
 助兵衛な表情で、自分自身の身体を眺めていたら、照れながら、叱るふりでもしてやろうと思い、顔の半分をタオルで覆いながら、再び浴槽の方を振り返ると、水滴が煌めきながらも曇り一つみせないガラスの向こうには、財前の姿はなかった。バスルームの扉の向こうから、ドライヤーを髪にあてる音が聞こえ、ガウンに包まれた男の身体のシルエットが見えた。
「もうちょっと、お風呂浸かっていますから」
 拍子抜けと、恥ずかしさで肩の力が抜けた早川は、キャラクターと声色を作ることも忘れ、昼の職場の声色のまま、宣言してしまった。
「そうしてくれよ」
 財前の声はにべにもなかった。早川はふうとため息をつくと、忘れかけていたうがい薬のことを思いだし、入念に二回、ガラガラと喉を蛙のように震わせてから、先ほどまで財前が浸かっていた風呂のお湯の中でそっと膝を伸ばした。財前が浸かった後のお湯は先ほど、指を入れて、温度を確かめた時よりも、少しばかり温いような気がした。

 三

「例えばプロレスでも、六〇分一本勝負なら、最初の五分くらいはチョップの張り合いから始まって、組みあって力比べからロープに振ってからのボディスラム、場外に出たり、コーナーポストに昇って体操選手ばりの華麗なムーンサルトを見舞ったり、派手な攻防を繰り広げるようになるのは身体も、呼吸も、お互いにマッチしてきた中盤戦になってからだろう。そして、定跡のような試合運びから各々の得意な形に持ち込むのはクライマックスに差し掛かってからだ……」
 早川たちの店の待合室はパイプ椅子とテーブル、麦茶の紙魚がついたコンビニ版のコミックスくらいしか備わっていない簡素なつくりとなっているので、指名を待っている時間はどうしても長く感じるものである。特に実態もよく分からず、森に迷い込んだようにこの店に辿り着いてしまった新人にとってはあまりにも無機質で心細い空間である。
 そんな時、早川たちは、暇を持て余した同僚同士、流行りのアイドルグループの話や、嫌な客のエピソード交換などをしながら、当の嫌な客が最寄りの駅にたどり着くまでを待ったりするものだが、新人にはそれをするだけの経験値も乏しい。そして、彼女たちはたいてい、最初に目に飛び込んだ相手を親と認識して後ろを付いて回るひな鳥のように、面接の対応をしてくれた岬店長に、何かにつけてアドバイスを貰おうとする。
 岬店長は、いくらホームページに体験中のアイコンがついているうちに退店してしまいそうな新人であろうとも、適切にあしらうなどという芸当が出来るほど器用な性格ではないので、律儀に研修で教えたマニュアル以後の事の運び方をきまってプロレスに例えて彼女たちに指南する。
 早川は一度、「なんでわざわざプロレスに例えるんですか?」と、尋ねたことがあるが、岬店長の言い分には、「まだおぼこいところが残る新人ちゃんに、いきなりセクシュアルな言葉を羅列したら、ひいちゃうかなあと思ってなあ。まあ、そういう娘はそもそも、こういうところにいない方が幸せなんだがな」とのことである。
「プロレス技で本質を隠す言い方をする方が何だかいやらしいですよ。全く隠せていませんし」
 憎まれ口を叩いたら、岬店長に「うるさい」と笑いながら、頬を抓られたことをたった今、早川は思い出していた。
(六〇分一本勝負でなくて、三六〇分ハンディキャップマッチだったら、何て言うのだろうなあ……)
 早川は今、財前と対座してガラス製のポーンを考えなしに動かしては、「だから、そのポーンはもう一マスしか動けないんだって」と、財前に咎められている。チェスボードの横に置かれたデジタル時計はもう23の数字を示している。デジタル時計はこの数字以上の時間単位を表示することはなく、実年齢を23からも毎年、刻み続けている早川はどうも最近、デジタル時計を眺めると気後れするのだった。
 財前は水の中に沈めたルビーの色をしたシャトーワインを啜っては、わざとらしくピチャピチャと音を立ててはクイーンを動かして、造作もなく早川の兵を嬲り殺していく。
「最も女性的といわれるこのワインでも、君の誕生年のはそれほど高値は付かないし、ちょうど今が飲み頃で、リーズナブルだ。どこまでも君は安上がりだね」
 強いアルコールが財前の血管を巡り始めると、輪をかけて彼は早川に対して無神経になった。早川は苦笑いを浮かべながら、小さく会釈をして、シャトーワインを頂いたが、虚偽の誕生年のワインからは、酸いも甘いも、何も感じ取ることは出来なかった。
 チェスは将棋と違って、一度取った駒はもう使うことが出来ない。早川がチェスについて知っているルールと言えば、それくらいの知識しか持ち合わせていなかった。裏を返せば、将棋ならば、とりあえずは駒の動かし方は一通り知っていたが、洋風のインテリアに囲まれたスウィートルームではチェスの方が似合うと財前は断じ切って、早川の提案を却下した。今はまたホテルのガウンに身を包んだ瞳だけがギラギラと艶っぽいこの中年男性は、出会った時から一貫して、雰囲気というものを重んじるタイプのようだった。彼の辞書の中には、「粋」の字もなければ、「キッチュ」という外来語も存在せず、彼のチェスの筋もまた実に定跡通りであったが、それは早川の知る由もなかった。
「だったら、駒を取られる度に服をお互い一枚ずつ脱いでいくなんて……きゃー、恥ずかしい」
 風呂から上がっても、ベッドで大の字にもならず、ガウンの帯に手を掛けても、そっとその指を払われて、財前の身体に触れることさえ許してもらえず、一切の仕事が奪われていた早川は、勝負の前にそう提案したが、
「そう仕事を急ぐものじゃないさ。ワインも注文したから、それを飲みながら、普通に遊ぼう」
 財前はどこかの映画で見たようなシチュエーションをこさえる以外に興味はないようで、早川のサービスの提案を一切受け付けなかった。
 しかし、映画と違うところは、財前は早川のことをコールガールとしてしかみなしておらず、仕事を干しているものの、早川にはあらゆる装飾品を纏うことも許さず、彼女はショーツすら履くことも出来ずに、血行が良くなり、より鮮明なピンクの円を持った乳房を動物のように投げ出さざるを得なかったというところだろうか。
 臆病で即物的な財前は、雇用関係という強力な駒を捨てることは決してしなかったし、しようとも思っていなかったようだった。
「やっぱり、実力差がありすぎますよー、その、チェスには角落ちみたいなのとかってないんですか?」
「聞いたことがないなあ……あ、テレビを付けてもらってもいいかな、チェックしたいことがあるんだ、チェック」
 財前は早川の言葉にはロクに耳も貸さずに詰まらない冗談を二度も繰り返した。テレビのリモコンは早川の位置からよりもむしろ、財前の腕の可動範囲の円の中にあったが、早川が腰をあげ、彼の方に尻を向けながら、テレビの画面に電波を受信させるまで、手に取ったビショップをボードのマスの中に収めようともしなかった。早川はこの男の辞書の中には妻も愛人も秘書も部下もマネージャーも、紐付けされ、同じページの中に存在しているのだろうなと感じた。
 駒と早川が己の思う通りに動いたことを確認すると、ワインを一口、口に含み、ほくそ笑んだ。テレビはどの局も、夜のニュースを流す時間帯で、財前ははじめに映し出された局の番組を見て、「それでいい」と呟いて、やっとワイングラスを置いた。グラスにつぎ足されていく赤黒い液に比例して、早川の黒き軍勢は蹂躙されつくされていくので、早川は財前が人の生き血を啜る吸血鬼のように見えてきて、ふっと笑ってしまった。
「プロ野球の結果、気になっていたんですか?」
 早川はそう言いながら、数少なくなった配下をキングの周りに固めて、場を凌いだ。チェスボードの上とは違い、今日は黒の軍団は、敵地に乗り込んで、球界のキングともいうべき存在を討伐することに成功したようであった。その為か、番組がチームに割く時間もいつもよりも心なしか長く感じた。今日の勝利は、早川と生年月日が一緒の主将の殊勲打と、逆境にも表情一つ崩さずに淡々と球を放り続ける現在のチームのエースによってもたらされたようであった。早川はグラスを傾けて、一人、勝利の美酒に酔った。とろとろとまろみをもって、口内を染め上げる早川よりも六歳若年の液体は、確実に発酵し、熟成されていた。喉を通り越していくのにも、時間が流れているのを感じた。かつてのエースが背負った背番号は、今は、母国からダブルワークを奨励された勤勉な異国の公務員に渡されている。早川は、改めてこの空間に居るただ一人の男をまじまじと眺めた。ほろ酔いの脳が描いた財前の輪郭は、かつてのエースの横顔とは似ても似つかなかった。
「野球じゃないさ、この後にやる選挙の特集を……」
 早川の高い酒に毒されたようなとろんとした視線にまごついたのか、財前は語尾を濁した。
「そうですよね、本職に関することですものね」
 テレビからは、スポーツコーナーが終わり、早川が物心ついた時からまるで内容が変わっていない骨董のようなコマーシャルが流れていた。それが終わると、携帯アプリのリズムゲームのコマーシャルが流れて、精巧なポリゴンのアイドルが早川に向かって微笑みかける。いずれも早川の眼前を明滅しながら、流れて行くだけで、何かを考えさせる間すら与えなかった。コマーシャルは一瞬のうちに終わり、番組は国政選挙に名簿を提出した各政党の党首たちが、横並びになって討論し合うコーナーの準備を進めていた。気の早い少数野党のタレント党首などは既にスタジオに到着し、ネクタイを番組スタッフに締め直させている姿をカメラマンにバンされていた。普段は派手な言動で耳目を集めるこの男も、今日は緊張して表情を強張らせているように早川は思えた。
 主義主張に共通項の少ない無所属議員たちをとりあえず五人揃えた交付金目当ての駆け込み新党であっても、公の良識によって、最大与党の総理大臣と並び座って討論することが許されているし、奨励されている。むしろ、少数野党こそ、言論をもってして、揺るがない権力者にどうしてもはらんでくる矛盾を指摘し、是正していかなければならないはずだが、それを彼に任せるのは酷な話であった。
「この人のSNS、いつも何様って感じで炎上しているんですよ」
「アイツはチンドン屋だからな」
 財前は彼の面構えには全く興味を抱かないようで、視線を再びチェスボードに下し、吐き捨てた。財前の目には、放言と暴言と妄言を振りまくこの男は、サバイバルナイフやスタンガンを手にした通り魔でなく、チンドン太鼓やクラリネットを鳴らし、喧伝する陽気なパフォーマーに映っているのだなと早川は思った。
 顎に手をやり思案気にしている野党第一党党首に、明るい色のレディーススーツでめかし込んだ見慣れない女性の新党首は銀行のATMに映し出された窓口嬢のイラストのような記号化されたスマイルを絶やさない。コントユニットのようにあちゃらかな党名をした党のトップは党のイメージとは裏腹に目の下に深いクマを携えて、丸めたレジュメを広げては目元を指で抑え、ため息をついていた。
 キャスターが「忙しい選挙戦の最中、ありがとうございます」と定型文の謝辞を述べると、単刀直入に今回の国政選挙の争点を書いてほしいと各党首にフリップとマーカーを渡した。各政党の党首は、フリップに「憲法改正」、「原発問題」、「経済格差」、「少子化対策」など各々別の熟語を書き出して、カメラとその向こう側の視聴者に向けて、その文字を掲げた。最後に無言にして、既に空回りの相を呈しているタレント党首が一人だけ「scandal~政治腐敗に喝」と英字まじりのフリップを提示すると、堰を切ったかのように喧々囂々の噛みあわない議論が始まった。
 各々が言いたいことをひたすらに主張し続けている。はじめから、発言者の声色に染め上げられた数字と、キャッチコピーが電波に乗って全国津々浦々のテレビの中を飛び交った。そして、タレント党首が、政権に蔓延る欺瞞として、数多くの一年生議員を擁する最大与党の教育不足を指摘して、若手議員たちの醜聞を論うと、今度は大学で習う政治学や、経済の指標が示す曲線グラフからはほど遠い、繁華街での舌禍や、金銭への意地汚さ、果ては下劣な下半身事情にまつわる中傷合戦が起こり、ハンカチで汗を拭いながら、キャスターが制止しても、一度噴き出してしまったそれらの声は収まることはなかった。財前はテレビ越しにそれを歯牙にもかけないといった表情で眺めていたが、槍玉にあげられた一人の若手議員の乱痴気騒ぎと議員宿舎の窓ガラス破壊事件に話題が移ると罰が悪くなった風になり、顔を隠すようにして、グラスの底を覗き込む素振りを見せた。
 その若手議員と財前は県連の同門であり、同じ政治研究会に所属する代議士と政令市の市議という間柄であったことに早川が気付いたのは、テロップ欄に見慣れた選挙区が表示された為であった。
 若手議員への中傷に飽いて来ると、テレビ討論の面々は、公務で参加が遅れている最大与党の長である総理大臣がまだスタジオに到着していないことも相俟って、専ら総理大臣への悪口へと変わっていった。
「いない人の悪口で盛り上がるのは、どこも同じなんですね。それが偉い人だと尚更……」
 早川は生産性のない、明日には消費されつくされ干からびた滓になっているであろう情報ばかりが飛び交う討論番組にため息をついた。これならば、贔屓選手のホームラン数が一本増えて、打率が三厘上がったというデータの方が余程、精神の滋養になると感じた。愛しているバンドが演奏する四分五十五秒ならば尚のことである。
「市議会とかでもそうなんですか、市長がいない時とか。市長、若くてイケメンだから、いろいろ言われていそう」
「馬鹿なことを言うもんじゃないさ」
 早川が身の丈を忘れ、図に乗った茶化しを行ったことに、財前は少々拗ねたようだった。彼はそう吐き捨てると、チェスボードの縁にしどけなく乗る早川は乳房を一瞥して、鼻で笑った。未だに竹籠の中に放置されている裏返しになったショーツの端っこと、早川のデルタを覆う茂みを見比べては、彼女が知らないであろう政治用語をしきりに口走った。
 そうしていると、テレビの画面が急に一人の人物をアップにして映した。
 遅れてきた総理大臣がスタジオに到着したのだ。広く巷間に顔が売れている彼の表情は誰が見ても含み笑いと形容するであろうそれであった。これから、論争の場に向かう男の顔ではない。時折、外遊の場で彼が、海外のトップと握手を交わす際に見せる顔と酷似していた。
「もういい、テレビを消してくれ。チェックメイトだ」
 財前はポーンを一マス前進させてから、早川の手元にあったリモコンを取り、テレビの電源を消した。丸裸にされた早川のキングの周りには、ありとあらゆる顔ぶれの駒ががん首を揃えて、投降するのを待っている。
「いつの間に……」
 早川が苦笑すると、ラグジュアリーな一室には、似つかわしい簡素な電子音がピピピとこだました。音の主は卵の形をしたキッチンタイマーであった。これは早川がホテルに持ち込んだものであるが、彼女の私物ではなく、店の備品である。
(結局、このまま時間を迎えちゃったのか……)
 早川は上目遣いをして、財前にこの時間を延長させるのか否かを尋ねた。財前は、
「ちょっとこっちへ来てくれないか」
 と、言って、まだ裸のままの早川をバルコニーへと誘った。外の空気は、揺らぐほどに蒸し暑く、早川の脇の下や肩甲骨の窪みは五秒と経たないうちにじんわりと汗がにじんだ。
「ここからでも海の音が聞こえるんだよ」
 財前はライターをせわしなく擦り、煙草の先に火を灯した。新都心と銘打たれるこの街が眠りにつくのは意外に早く、高層ビルや空中回廊からはすっかり人の往来が消え、法定速度をきっちりと守った軽トラックが時折、片側三車線の道の左端を通り過ぎるくらいで、バルコニーから見下ろす、折り目正しいオフィス街は、虫の鳴く声すらない無機質すぎる群青の静寂に支配されていた。
「あっちの高層ビルももう消灯しているんですね」
「最近は、労基もうるさいからね。不夜城というわけにはいかないんだろう」
 財前のガウンの袖が早川の太腿に触れると、早川は彼の袖の先に、何か長方形の紙切れのようなものが包まれている感触を覚えた。
 早川がそっと紙切れの端を摘まみ、部屋の灯りに照らし紙切れの正体を眺めると、それは延長代相応の紙幣でなく、コットンペーパーの封筒に包まれたパーティーの招待状であった。はんなりとした明朝体で記されたパーティーの開催日時と会場を目で追うと早川は、夜の猫のように瞳を真ん丸にして、財前を見上げた。
「今日はもうあがってくれないかな。服も部屋を出てから、廊下で着替えてほしい。この時間でこの階数なら、人通りは無いに等しいはずだから、平気さ。これは迷惑料か何かかと思って受け取ってくれないか。受け取った後、どうしたってかまわないけれどね。僕の仕事はそれを売ることだと言えば、少しは価値が分かってくれるかな?」
 財前はバルコニーの鉄柵にもたれ掛り、夜闇に向かって、白い煙をふうと吐き出した。財前はもう何を言っても早川の方を振り返るようには思えなかった。早川は、バルコニーの扉を閉め、財前が振り向かないことを確認すると、荷物を纏めて、ショーツに脚を通し、ブラジャーのホックを止めて、部屋を去った。流石に裸のまま、部屋を出る勇気は早川には無かった。

 四

 アールデコなイメージで整っている広さ五百平米の空間に、シャンパングラスで乾杯したり、ザッハトルテにフォークを沈めたりしているナイトドレスと燕尾服の集団は、早川がざっと見渡す限りでも百人超は存在しているように見えた。
 早川と財前が、ホテルの上階でずぶずぶと沈み込んでいる間中、このパーティーはずっと二階の大広間で行われているようだった。
 早川は、時計の針も12をまわった今、てっきりこの煌びやかな空間で、寡黙なハウスキーパーが汚れた皿を重ねているような現実的な光景を見させられるものだと思っていたので、パーティーが終わることなく、続いているのは。心底意外であった。
 とはいっても、予定されたプログラム自体は既に終わっていたようで、会場は移動のない二次会の様相を呈していた。すっかりすることの無くなっていた二人の受付嬢が、若手議員の付けていた指輪がルビーであったか、サファイアであったかを話しあっている中、早川はこっそりと記帳を済ませた。
 首都の比例区で返り咲きをした派閥の大番頭や聞いたことのないケーブルテレビの会社名の下に飾るもののない「早川仁美」というシンプルな自身の名前を記している時に、彼女はぼんやり、「臨時職員でも、政治的中立性という原則を守らなければならないのだろうか」などとも考えたが、たとえそうであったとしても、年度末に更新されるかも怪しくなってきている昼の職場のことを今、この場で考える気にはなれなかった。
 リーガルな政治資金集めが目的のこの類のパーティーは、単価換算すれば、たいした贅沢は出来ない仕様になっているはずなのに、この「励ます会」のビュッフェ料理は、タッパーに詰めて持ち帰りたくなるほど美味しかったし、本来、このような会場に皺の目立ったパニエ姿で交じることは、裸でいるよりも恥ずかしいと感じるはずなのに、早川は微熱の身体でスポーツドリンクを飲んだ時のような心地よさすら抱き始めていた。
(やっぱりさっきまでの時間で麻痺しているのかな、それともワインのアルコールが頭までまわって来たのかのかも……)
 早川は向こうの丸テーブルにピッチャーを見つけると、ふらふらと冷水を求めて近づいた。早川が取っ手を掴もうとピッチャーに手を伸ばすと、ちょうど同じことを考えていた男の手の甲とぶつかってしまった。
「あ、ごめんなさい」
「こちらこそ……どうぞ」
 早川が軽く謝ると、男はピッチャーを譲るどころか、ウェイターのように早川のコップに冷水を注いだ。よく見ると、その男はこのパーティーの主賓にして、つい今しがた、電波を介在した井戸端会議で、乱痴気騒ぎを取沙汰されていた当事者の代議士であった。
 男の姿と路肩に立てかけられたポスターの写真が頭の中で一致した時、早川はクラッと来て、代議士の肩によろめいてしまった。そんなつもりは一切なく、完全なる事故であったので、早川は慌てふためきながら、
「何度も、ごめんなさい……酔ってしまっているみたいで」
 と、両手を振って、訂正と謝罪を繰り返したが、言葉を重ねれば重ねるだけ、怪しく思えるのは自分自身でも分かっていたので、ブルーな気分になった。
「いえいえ、気にしないでください。それと、本日はお越しいただいてありがとうございます。彼女のような若い華のある方がいると、こちらとしても嬉しいですよね」
「ええ、まったく」
 代議士は、白髪交じりのポマード頭をしたダブルスーツの男と談笑をしている最中であったらしかった。早川はこの男もどこかで見た記憶があると感じていたが、答えは男の方から出してきてくれた。ポマード頭の男は、名刺を差し出して、自身が新進気鋭の建設会社の代表であることを早川に明かした。この手の男が好みそうなカタカナを並べた会社名は、早川の昼の職場の掲示板にもよく登場する企業名でもあった。彼の会社は並み居る上場企業を抑えて、新庁舎の発注を落札した企業であった。彼の握手を交わす反対側の手には、「オリンピックに向けた未来都市を創る為に」と書かれたレジュメがあった。彼の構想では、新庁舎の建設はこの未来都市の創造の第一弾に過ぎず、壊死した旧い繁華街を刷新し、新都心を拡張することが明記されていた。レジュメには未来の年号が並び、岬店長が小さな事務所を構える雑居ビルから閉鎖が決定された百貨店までを含む一帯は、仮名称すら決まっていない複合商業施設のイメージ図に塗りつぶされていた。
 建設会社の代表が名刺を渡すと、代議士の方も名刺を取り出す仕草を始めたので、早川は、「夜風にあたってきます」と、言って、そそくさと会場外のバルコニーに出た。乱痴気騒ぎを起こしたという代議士は、ずっと変わらずに紳士然とした微笑を続けており、早川は彼に何とも形容しがたい不気味な印象を抱いた。
 直前の六時間、仮初めの時間を共にした男の習性が早くも自身の身体に反映されていることには、早川も失笑を禁じ得なかった。しかし、財前とともにバルコニーに出た時と比べて、屋外は鳴り響くサイレンの音がどうにも煩くてかなわなかった。夜空を見上げると、星の見えない曇り空の中を月だけが満ち満ちていた。
 早川がふと電話を眺めると、岬店長から一件、不在着信が残されていることに気付いた。人のいない化粧室脇の公衆電話コーナーまで行って、電話を岬店長にかけ直した。
「もしもし、まりんです」
「おー、悪い。直帰の予定だから、もう家に着いたのか?」
 岬店長の声はいつもより、やさしい声色をしていた。早川が「何ですか、気持ち悪い」とからかうと、「やかましい」といつものガサツなトーンに戻った。
「まだ、ちょっとふらふらしていますよ」
「何だ、終電を逃したのか、なら私のところに来いよ、ビールにチーかまもあるぞ。あの後、まりんが三六〇分コースだってこと思い出してなあ。自分で結局、買って来た。まあ、そっちも忘れていたみたいだから、あいこだよな」
 電話越しに岬店長が声を立てずに笑い、籠った息が掠れる音が早川の耳に届く。
「なら、行きます。店長、私の声を聞きたかったみたいですから」
「……かもな。今日は朝まで飲もう。積もる話もあるんだよ。今後のこととかさ。れもんの奴も、今日あがった後、産婦人科に行ったら、おめでただってよ。あの子がお母さんになるんだぜ、シングルマザーなんてただでさえ大変なのにさ」
「え、れもんちゃん、妊娠したんですか!? おめでたい話ですけど、お店は辞めちゃうんですかね」
 早川は、岬店長と矢継ぎ早に会話のやり取りをしていたら、無意識のうちにいつの間にかホテルの外に出て、モノレールもすっかり止まった高架の下を岬店長のもとに向かって歩き出していることに暫くしてから気付き、びっくりした。
 れもん嬢は、出産までの間、産休という形でコンパニオンの仕事を一旦、休むのだという。
「むしろ、次の仕事が見つかるまで、私たちもフォローしてあげなきゃいけないからな、リミットはその子が物を覚え出す時間までだがなあ……」
 岬店長はそう言って、早川に人生最初の記憶は何だったかという話を電話越しに振った。
「そうですねえ、イチゴ狩りに行って、その場でイチゴに齧り付いたら、中から芋虫が出てきたって、トラウマみたいな記憶は二歳でもしっかり残っているんですけど……」
 早川がそう呟くと、今度は声に立てて、岬店長が哄笑した。タクシーで十分ほどかかる道のりも談笑のおかげか、それとも単に酔っているだけか、不思議と時間の経過は感じなかった。
「私にも、暮れと盆くらいにしか会わない甥っ子が一応、いるんだがなあ。これがまた酷いきかん坊で、お姉ちゃん、よくやっているなと思うんだよ。この前も幼稚園で女の子たちがお人形遊びをしている中に無理やり怪獣フィギュアで突っ込んだりしてな。それでお人形を壊して収拾がつかないくらい大泣きしちゃったらしいんだよ。女の子たちがじゃないぞ、甥っ子がだぞ。何を考えているんだかなあ」
「まるで私たちのお客様みたいですね」
「お、今日は随分、悪酔いしているなあ。あのお客様から安いお酒の杯でも強要されたか?」
 岬店長の口ぶりは、早く今日のレポートを肴に乾杯したがっているようだった。あいにく、岬店長の想像とは違い、早川の飲んだアルコールは丹念に醸造され、熟成された代物であったが、岬店長に話せば、むくれてしまうので、早川は秘密にしておくことにした。思えば、ワインのラベルには目もくれなかった。名前だけでもしっかり確認して、ドンペリニヨンとどちらが高級なお酒なのか確認くらいしてもよかったと、早川はほんの少しだけ後悔した。
「こうして、れもんちゃんも交えてくだらない話をしあうのが、私に出来ることですかねえ。何だか、声を聞きたくなっちゃいました……もっと、いろいろ」
 早川はそう言って、電話を切った。後は細くて急な階段をえっちらおっちら昇るだけである。

2017年3月2日公開

© 2017 春風亭どれみ

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