僕は泥棒だ。「怪盗ブレイカー」という名で呼ばれている。日本の大富豪たちが持っている宝石や絵画を神出鬼没な方法で盗み続けている。でも警察に捕まることは決してないのだ。  昨日は結婚式ビジネスをしている女社長の屋敷に忍び込んだ。レンガの建物で、中には赤い絨毯が敷かれていた。入り口には会社の創立者の骸骨が飾られていて、部屋は50室あり、使用人が5人いて、猫が3匹いた。どんな猫を飼っているのかリサーチして、僕は飼い猫に化けて屋敷に侵入した。僕は変装が得意なのだ。本物のその猫は物置部屋で殺しておいた。お腹を噛み切ったら出血多量で死んだ。内臓がはみ出ることはなかったのでよかったと僕は思った。  夜になった。クイーンサイズのベッドで、バスローブ姿で女社長と猫3匹は寝た。僕のからだの中では、心地よい水が体液として流れているみたいだった。深夜3時になり、僕は猫の姿のまま起き上がり、引き出しの中のタンザナイトという宝石を口に含み、屋敷を出た。その途中でワインボトルの中身を入り口の骸骨のところにぶちまけておいた。朝それを見た使用人はきっと血だと勘違いするに違いない。でもワインなのだ。それで安心させておいて、実は宝石が盗まれているというシナリオだ。そして宝石を家中捜して、物置に猫が殺されているのを発見し、震えあがるのだ。  次の日のニュースで、前髪にパーマをかけて眉毛の垂れ下がった女社長がニュースのインタビューに答えていた。唇がひんまがって、不快そうな顔をしていた。  なぜ僕は怪盗なんてことをやっているのだろう。きっと僕は目立ちたいんだと思う。それと人間社会で活躍したいのだ。僕は怪盗になる前はプロ野球選手だった。巨人の投手だった。高卒でドラフト1位で巨人に入団し、1軍で3勝をあげた。高校時代から痛めていた肩の関係で2軍暮らしが続いた。このままではいけないと球団の許可を得て手術をしたが、その年をオフ、戦力外通告をされた。22歳だった。裏切られた気分だった。僕は第2の人生として怪盗をしている。今25歳だ。  今日はピカソの絵を盗もうかなと考えていたある日、同時に4人の恩師が僕の家に押しかけてきた。俺と一緒にもう1回プロを目指そう、いや俺一緒に目指そうと、4人の恩師は僕の取り合いを始めた。僕は4人に分身して、それぞれがその恩師について行った。

合評会2016年12月応募作品

工藤 はじめ

小説

3,626文字

タイトルから読むと読みやすいかも。

恩師1 巨人の元コーチKさん

Kさんは知る人ぞ知る名コーチだった。今年で80歳になり、球界のコーチで最年長だ。小太りで、顔がしみだらけだが、心は違った。指導スタイルは「どうやればプロ野球選手として生き残っていけるかを一緒に考える」というものだった。押し付けることは絶対にしない。心が選手と近い場所にあった。Kコーチは新入団選手に対して、最初の3ヶ月は一切指導をしないのをポリシーにしている。選手の性格やからだの強さ、目指すべき選手像をつかめないままでは、間違った指導をしてしまうからだ。練習開始前の宿舎のロビーに、Kコーチは誰よりも早く来て、新聞を読みながらコーヒーを飲むのを習慣にしている。私物のコーヒーカップに、荒い無数の粒のインスタントコーヒーと、自分の部屋のポットのお湯を入れて持ってきているらしい。僕もその当時は、Kコーチはおじいちゃんだから早起きで、新聞を読むのが日課で、コーヒーが好きなんだろう、くらいにしか思っていなかったが、実はこのときKコーチは選手を観察していたのだ。コーヒーも好きなわけではなくただのフェイクだったらしい。

Kコーチは選手との気持ちを重視する一方、理論派でもあった。投球の指導は物理学の勉強をあまりしないプロ野球選手にもイメージしやすいように教えていた。ピッチングは回転と「テコの原理」で投げるんだと僕は教わった。僕は右ピッチャーだが、セットポジションで横を向いたとき、右の爪、へそ、右肩の端っこが、一直線になるように軸を作るんだ。その直線が、丈夫で、長くなればなるほど、「テコの原理」で大きな力をボールに加えることができる。投げるとき正面を向きながら、最後までその軸は維持したまま、ボールを放すときに肩から一気に力を加える。僕はこの方法で球速が、140キロから147キロまで上がった。

そのKコーチは2年前、投手陣の成績低迷で球団代表から新入団選手を厳しく指導しろという命令されたとき、「代表、それは違いますよ。じっくり育てることが球団のためにもなるんです」と歯向かったため、シーズンオフに球団を首になった。去年は解説者を1年やって、今年からロッテでコーチとして復帰するという。

「どうして僕に戻って来いなんて言うんですか?」

「なんと言うかな。君は馬が蹄で芝道を蹴るみたいに、ボールを指で回転させられるんだ。10年に一度の選手だと僕は思っている」

「でも、僕、Kさんにだけ言いますけど、泥棒なんです」

「予想はついていたよ。怪盗ブレイカーだろ。でも私はそれを分かった上で君とともにやりたいと思ったんだ。君がグレたのは、1番のプロ野球選手になりたいという気持ちの裏返しだよ」

そう告げたKコーチの瞳孔は開き、眼球は青く輝いていた。

僕とKコーチの練習が始まった。Kコーチはチームの全体練習の後、ほとんど僕にマンツーマンで指導してくれた。僕とKコーチはグラウンドに土を巻き上げながらかけっこをして、それから回転と「テコの原理」の指導を受けた。

Kコーチとの練習が始まってからも、僕は怪盗ブレイカーとして泥棒を続けた。僕の心は安定していた。世の中的に僕のやっていることが正しいと思われるかは分からないけど、僕は気性を荒げることもなく、ゆったりとしていた。殺人を起こす心情とは逆のものた。将来の夢もあって充実していた。

 

 

恩師2 高校時代の熱血監督

熱血監督に呼ばれ僕は母校の野球部に再び入部することとなった。いちおう強豪校だが、いまだに監督をやってたんだなあと思った。僕は若かった頃の自分の姿に変身して、野球部の練習に参加した。

熱血監督はヤンキーのようなリーゼントで、胸板が厚く、腕の筋肉も脚の筋肉も丸々と太っていた。熱血監督は顎をひきあげて、口ははっきり台形になるくらい大きく開けて、力を込めて言った。

「今日の、お前らの様子をじっくりと観察させてもらいました。全然覇気がない! 日頃の汚れや垢がからだに染み付いている証拠だと思います。声を出せ!」

部の規律を熱血教師が叫び、それを部員全員で大声を出し繰り返した。1つ。部の明確な目標を共有しろ。2つ。個人でも明確な目標を持ち、それを全員に伝えろ。3つ。情報は共有しろ。4つ。怠慢や規律違反は厳しく叱りあえ。5つ。小さな成功であっても褒め合え。6つ。挫折したら励まし、助けあえ。7つ。目標を成功させろ。

それを唱えたあと、僕らの練習が始まった。永遠と続く持久走、短距離ダッシュ、素振り、1000本ノック……日が暮れる。熱血教師は気が抜けた態度は激しく叱ったが、少しでもうまいプレーをするとすぐに褒めてくれた。

1ヵ月後ミーティングの時間に全員が告白することになった。僕は告白した。全員が円を描くように集合する中、僕は熱血監督の前まで走り、精一杯の大きさで、声がかれて聞き取れるか寸前くらいまで頑張って、声を出した。

「私は今まで自分の目標を見失っていました。これでいいのか、これでいいのかと、考えないようにしてたけど、でも心の中ではずっと悩んでいました。ただだらだらと寝て、食べて、トイレをしているだけでした。明確な目標なんてありませんでした。怪盗なんでことをやってました。でも、これからは違います。僕が日本一のプロ野球選手になってやります。一番お金を稼いでやります。絶対にやります。死ぬ気で、人生をかけて、命を懸けて実現します。やりまーす!」

「やっとわかってくれたか」

熱血教師が僕を抱きしめた。顔は笑っても泣いてもいなかったけど、偉いはずの監督が僕を抱きしめてくれることに感極まった。熱血教師の身長は僕と同じくらいで、胸の温かみが伝わった。僕みたいな人間にどうしてこんなことをしてくれるんだろう。僕は泥棒なんてやめようと思った。でも僕の心は根本的に改善されたわけではなく、泥棒が、激情的な野球へと入れ替わったに過ぎない気がした。僕の心はきっともとのままだ。

 

 

恩師3 星一徹

星一徹や巨人軍の選手だった。幻の名三塁手と言われている。1軍で活躍する前に、戦争に招集され、肩を怪我して野球生命が絶たれたのだ。プロの野球選手として生きていけなくなった星一徹は酒に溺れた。日雇いの肉体労働しか仕事がなかった。でも巨人への愛は消えなかった。住んでいる長屋の壁には根性と書かれた紙が貼ってあった。

実は僕は星一徹の息子だったのだ。高校にいくまでは父に野球を教えられたので、恩師ということになる。今の僕があるのは星一徹のおかげだし、その星一徹が、一緒にもう1回プロを目指さないかと言っているのだ。怪盗をしていた僕は引き寄せられるように星一徹の誘いに乗ってしまった。

僕は父とキャッチボールをした後、空を見上げた。見たことのない星座の真ん中で、ひとつだけ赤い星があった。

「見ろ。あの星座が、プロ野球の名門、巨人軍。わしも嘗てはあの星座の一員だった。でももうその願いは届かない。だからお前はあの星座に駆け上がれ。巨人軍というでっかい星座のど真ん中で、ひときわ輝く明星になれ。栄光の星を目指すのだ」

もう1回プロを目指そう、僕はそう思った。僕の心は危険とも安全とも言えないところにいる気がする。

 

恩師4 昔巨人軍の選手ではなかった星一徹

星一徹が巨人軍の選手だったなんてこと、現代人のほとんどは知らない。『巨人の星』の漫画本なんて古本屋にも漫画喫茶にも滅多に置いていないし、アマゾンで売ってはいるがわざわざ高いお金を払ってこの漫画本を買う人は少ないからだ。そんな現代の状況を表象したのが、昔巨人軍の選手でなかった星一徹である。つまりは、ただの巨人好きのおっさんである。

練習前に星一徹と空を見上げた。

「見ろ。あの星座が、プロ野球の名門、巨人軍。お前はあの星座に駆け上がれ。巨人軍というでっかい星座のど真ん中で、ひときわ輝く明星になれ。栄光の星を目指すのだ」

キャッチボールをする前からふざけるなという気持ちになった。なぜ星一徹のために巨人に入らないといけないんだ。星一徹をぶん殴った。そうしたら殴り返された。親子喧嘩が始まった。死んでくれと思って殴り続けた。僕はこのとき、泥棒という犯罪をするときよりも危ない感情を持っている気がした。星一徹もきっと言うことをきかない息子など不要物なのだろう。僕は怪盗なんてやめてしまおうと思った。星一徹に命をかけて嫌がらせをしてやろうと思った。これで泥棒が一人減って世の中の人は満足ってやつか、と興奮して笑いが止まらなかった。星一徹が元巨人軍の選手かそうでないかということでこんなに現実が変わるとは思わなかった。権威は僕は嫌いだが、それは僕の心に棲みついているのかもしれない。

 

 

作者として言えることは、僕には恩師1が合っているということだ。でも恩師1と再会しても怪盗ブレイカーは止まらない。怪盗ブレイカーは暗喩だ。

(了)

 

2016年12月16日公開

© 2016 工藤 はじめ

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" 僕は泥棒だ。「怪盗ブレイカー」という名で呼ばれている。日本の大富豪たちが持っている宝石や絵画を神出鬼没な方法で盗み続けている。でも警察に捕まることは決してないのだ。  昨日は結婚式ビジネスをしている女社長の屋敷に忍び込んだ。レンガの建物で、中には赤い絨毯が敷かれていた。入り口には会社の創立者の骸骨が飾られていて、部屋は50室あり、使用人が5人いて、猫が3匹いた。どんな猫を飼っているのかリサーチして、僕は飼い猫に化けて屋敷に侵入した。僕は変装が得意なのだ。本物のその猫は物置部屋で殺しておいた。お腹を噛み切ったら出血多量で死んだ。内臓がはみ出ることはなかったのでよかったと僕は思った。  夜になった。クイーンサイズのベッドで、バスローブ姿で女社長と猫3匹は寝た。僕のからだの中では、心地よい水が体液として流れているみたいだった。深夜3時になり、僕は猫の姿のまま起き上がり、引き出しの中のタンザナイトという宝石を口に含み、屋敷を出た。その途中でワインボトルの中身を入り口の骸骨のところにぶちまけておいた。朝それを見た使用人はきっと血だと勘違いするに違いない。でもワインなのだ。それで安心させておいて、実は宝石が盗まれているというシナリオだ。そして宝石を家中捜して、物置に猫が殺されているのを発見し、震えあがるのだ。  次の日のニュースで、前髪にパーマをかけて眉毛の垂れ下がった女社長がニュースのインタビューに答えていた。唇がひんまがって、不快そうな顔をしていた。  なぜ僕は怪盗なんてことをやっているのだろう。きっと僕は目立ちたいんだと思う。それと人間社会で活躍したいのだ。僕は怪盗になる前はプロ野球選手だった。巨人の投手だった。高卒でドラフト1位で巨人に入団し、1軍で3勝をあげた。高校時代から痛めていた肩の関係で2軍暮らしが続いた。このままではいけないと球団の許可を得て手術をしたが、その年をオフ、戦力外通告をされた。22歳だった。裏切られた気分だった。僕は第2の人生として怪盗をしている。今25歳だ。  今日はピカソの絵を盗もうかなと考えていたある日、同時に4人の恩師が僕の家に押しかけてきた。俺と一緒にもう1回プロを目指そう、いや俺一緒に目指そうと、4人の恩師は僕の取り合いを始めた。僕は4人に分身して、それぞれがその恩師について行った。"へのコメント 4

  • ゲスト | 2016-12-16 01:41

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  • 投稿者 | 2016-12-17 11:45

    偏見を告白しますが、長いタイトルはそれだけで読む気が失せます。

    作品は明らかにリアリズムという前提を保留して読むことを要求しています。その一方、過剰な細部に一貫した象徴的意味の体系を見出すことも困難です。読み手はゲームの規則がよく分からないまま、退屈な夢を見ているような心持ちで読み進めるほかありません。このような読解の不自由さも、読み進める意欲を削いでしまう一因だと思います。読み手である私にとって、制度的な読解を放棄することは大きな負担を要します。あなたはどのような読み手を念頭にこの作品を書いているのですか?

    それぞれ少しずつ違った人物設定の「僕」が四人の恩師と再会する展開はロールプレイング・ゲームのようなものを模しているのでしょうか? ゲームだとすれば、怪盗ブレイカーの犯行シーンにおけるチープな舞台装置やトリックもある程度納得できます。しかし「僕のからだの中では、心地よい水が体液として流れているみたいだった」や「怪盗ブレイカーは暗喩だ」といったいかにも思わせぶりなフレーズは、物語の遊戯性を減殺してしまっている文学気取りな表現だと思います。

    あと、誤字脱字の多さや漢字の表記ゆれが気になりました(内容がすんなり頭に入らないぶん、文章に目がいってしまうのです)。書き終えた後に作品を読み返してみてください。

  • 編集者 | 2016-12-21 04:01

    長い題名には色々意見がありそうだが(一番深刻なのはスマホで破滅派を見た時の問題だが)、俺は題名を見た時笑ってしまった。訳の分からないエネルギーだけは感じる。奥崎謙三の文章みたいだ。題名が長いだけでクツクツ笑ってしまうのは変か。
    そんで、(題名と文を厳密に分けないで)内容を見ると、こちらは大して面白味を感じられない。星一徹が二人いて片方のどうしようもなさへの怒りにまた少し笑った。
    話に意味や願いがあると言うより、もっと根源的(注目を浴びるとか欲望を晒したい )な物があるのかも知れない。それも破滅的で良い。

  • 編集長 | 2016-12-22 17:43

    まず、タイトルだけで終わらせる潔さがあればよかったが、インターフェース上の工夫が作品と特に絡み合っていない。
    分身、星一徹など、設定を盛りすぎなので、もう少しコンパクトにまとめて欲しかった。

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