本作はホラーとのことだが、課題部分までに怪奇の要素はない。さすがに、ここから怪奇要素は出てこないだろう。
となると、ホラーといっても人間の悪意を押し出してくるほかないと思われる。
まず怪しいのは弁護士の本郷である。やってることがチグハグなのである。しかしここで悩ましいのは、やり方がおかしいのはフィクションなせいかもしれない。おかしいといえば検察官も裁判官も裁判の進め方がおかしいので、とりあえず保留である。
弁護士といえば、「無実の被告人は恐ろしい」という言葉があるが、これは刑事弁護人の重責を言ったものなのでホラー的な怖さとは違う。
もう一つ、弁護人の悪夢として、無罪を勝ち取った被告人が実は犯人だったというパターンがある。
そして、釈放された被告人がなぜか襲撃してくるまで込みでアメリカンなリーガルサスペンスの王道である。
そこで、中盤以降、提示されている英之はやっぱり犯人だったのでは?という謙介の疑念が当たっていたという方向で考えてみよう。
リーガルサスペンス、本格ミステリ問わず、裁判では真実があきらかにならないというのも伝統的パターンである。
なので、裁判では無罪になるだろう。課題部分までにスペアキーなどの新証拠が明らかとなっている。
刑事事件をかじったもの者ならば、最初にわざと不合理な弁解に終始し、起訴後に新証拠を出せば無罪になるのでは?ということを思ったことはあるだろう。最初から出してしまうと、捜査の過程で別の可能性を立証する準備ができてしまうし、なにより検察官が起訴を見送って(不起訴)、裁判自体が開かれないので、「無罪」にはならないのである。
実際にこうした手法をやらないのは危険すぎるからだ。新証拠が必ずしも決定的とは限らないし、それまでちゃんと確保されるかも怪しいし、後から提出する証拠はどうしても信用性が落ちるからだ。(なお、小説家が、証拠の信用性という意味で「証拠能力」を使うのはなんでなんだろう? それっぽく聞こえるからか?)
本作の英之に関しては、こうした危険を冒してまで無罪をとる動機(父の冤罪を晴らす目的に向けてマスコミ等にアピールしたい)があるので、あえて不合理な弁解をしたのである。取り調べ時の描写で英之の内心と受け答えがなんかズレている感じがするのはそのせいだ。
自白については計画になく、これは本当に取り調べに耐えかねてしてしまったのかもしれない。
描写といえば、本作の主の視点は第三者的な謙介になっており、英之の視点は取り調べ時のみしかない。
このことは、英之が実は犯人ということを伏せるのと、とはいえ、取り調べの酷さを描写するのに被疑者本人視点ではないとどうにもならないという構成上の問題と思われる。
ミステリ的な面白さを入れるためのトリックとしては、排水溝を使った移動トリックがあるはずだ。大人が入ることができる排水溝というのは特異すぎて無視できない。当日、水が流れていたことが問題となっているが、潜水の道具を準備しておけばいいだろう。幼い謙介が流されて助かったというエピソードが挿入されているように、ウォータースライダー的に使うとみた。
精二郎の様子をうかがうのには盗聴器を使った。これは謙介の懸念のとおりである。
さて、殺害が英之だとしても、過去の父のえん罪の真犯人が精二郎だったのか、については微妙なところである。
送金記録で精二郎とみるのはどうだろう? 送金自体明らかになっていないが、仮にそうだとしても、犯人性に直結するだろうか?
(なお、弁護士法23条照会は、弁護士会の審査もあるし、照会先も拒絶してくることも多々あるので、こんなに簡単には使えない。だいたい今回の場合、どういう理由で請求するんだ?)
ミステリ的には、精二郎が真犯人だったと明らかになる方がきれいである。一方で、真犯人でもない者を父のえん罪を晴らすために犠牲にするというのも意外性のある動機である。本作がホラーであることからして、人の悪意が怖い後者を推したい。
最後に、千春は当然共犯として、本郷はどうだろうか? 謙介を視点人物に置いたことからしても、やはりコイツも怪しい。
裁判員裁判が予想される事件で私選なだけでなく、一人でやっている時点でおかしい。国選でも2人目が選任される。だいたい取り調べ時に存在感がなさすぎである。接見はしていたらしいが、それ以外のアクションをとっていない。フィクションの弁護士といえども酷すぎる。一枚噛んでいるとみた。やはりギルティーなのである。
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