まず、指定箇所までで明らかになっていることとして、ベナールが脅迫状をタイプライターで打ち、出していた、酒蔵に置いたは秘密の通路を使っていた、ということがある。
だからといって、殺人犯とするのは、探偵役が指定箇所の最後で言っているように間違いなのである。本格ミステリの基本その1、困難は分割せよなのだ。
つまり、ベナールは脅迫状のみの犯人である。実際、歴代の所有者に脅迫状を出せたのは番人であるベナールくらいであるし、その動機としても気ままに番人生活を続けたかったというのがあるのだろう。館から出て行っても次の買主に売るまでは所有者であるわけで管理しないといけないから、ベナールへのサラリーは支払わないといけない。あと、密猟という話もある。これまでにあった事件で唯一殺人であるデルーソーの射殺はベナールが猟銃で撃ったのだろう。動機に釣り合わないので、脅しのつもりで誤って当ててしまったのかもしれない。
では、今回館に侵入し、ナポレオン(ヴェルディナージュ)を殺害したのは誰か。
玄関前の石段までは客観的に描写されており、ここまでは動きは確定しているとみてよい。
謎の人物が入口から入って銃が撃たれるまでは、直接的な描写はクロドシュの供述のみであり、いささか怪しい。
音だけの偽装という線(実際に殺されたのはもっと前)も考えてみたが、ナポレオンがこのとき発言しているのは乳母であったテレーズが聞き分けており、これは真実とみていいだろう。
次に考えてみたのがジャンヌが犯人というものである。彼女は最後に皆と合流しており、2階から降りてくるまでに間がある。作中でも「上がってきた者はいないか」と聞かれている、つまり、ジャンヌが姿を現すまでに誰かが階段から上がるだけの時間的余裕はあったわけである。彼女が男の格好をし、謎の人物として入り口から入る。ナポを射殺し、すぐに二階に上がるか、一階の小部屋にでも潜んだのち隙を見て階段を上がるかして、自室に戻る。そこで外套や帽子を脱ぎ捨て、いま起きてきたかのように降りていってふるまう。
この説の難点は、地の文で謎の人物は「男」と描写されていること、ジャンヌの背格好が描写されておらず通常は体格的に男と誤認させるのはムリと考えるべきことにある。
そこで考えたのがシンプルに抜け道による解決である。酒蔵で見つかったものについては犯行時には使われていないというのはモロウの推理によって判明している。
しかし、抜け道はもう一つある。というか、最初に見つけたものは坑道跡であって厳密には抜け道でない。
そもそも、この館を作ったのは詐欺師のゴルデンベールである。なのに出入口が一つしかないというのは怪しい。債権者たちに押しかけられた場合に逃げ道がないではないか。
館を建設した際に抜け道を密かに作っていたのである。犯人をそれを知っており、そこから逃げたのである。
犯人については、色々考えられるが、ベナールを推したい。いったん探偵役が嫌疑を晴らした者がやはり犯人であったというパターンであり、本作の前に著名作で実践されている。メタ的なものを置いておいても、館に最初から関わっている人物として抜け道の存在を知っていておかしくないないからだ。
そして、本当の目的はゴルデンベールの隠した数百万フランにあるのだろう。詐欺の発覚後もその行方ははっきりしておらず、館かその付近に隠されているのである。ゴルデンベールはいずれ抜け道から侵入して回収することを企んでいたが、獄中で死んでしまう。ベナールはそれに勘づき、お宝探しをしており、館の主を追い出すのはそのためである。密猟についてはバレたときの偽装用の動機である。
探偵役であるモロウはここまでは明らかにしないのかもれない。彼自身の本当の目的がゴルデンベールの隠し財産を狙うことにあり、本件に関わるためにバリュタンたちの依頼を受けたのだ。数百万フランはかれがゲットする。
"賢いウサギは巣穴を三つ掘る"へのコメント 0件