その本格推理は名乗ってはいけない

名探偵破滅派『その謎を解いてはいけない』応募作品

乙野二郎

エセー

2,721文字

名探偵破滅派課題図書『その謎を解いてはいけない』の推理。

本書は、「“異常”本格推理!」「異能の著者が贈る新感覚本格ミステリ開幕!」と謳い文句にある。

まあ、なんというか、いわゆる本格ではないな。「純文学」と安易に評してはいけないように(知らんけど)、軽々しく本格推理を名乗ってはいけない。本作を分類するならば、変格ミステリーだろう。そして今の時代、変格ミステリーは普通にミステリの範疇にある。変化球を重ねて発展してきたジャンルといってもいい。

ただ、本作は「普通のミステリ」とも違う。「挑戦状」まで読んでも、謎を解こうという気にならない。これは本書がウリにしている黒歴史を暴きたくないとかそういう話ではなく、本作品はミステリ的な要素に向って収束していく感じがしないのだ。普通のミステリは冗長な作品であっても、最後は謎解きに向けて収束していくイメージなのだが、本作は他のことをチョロチョロよそ見している。よそ見というか、むしろそっちに視点がずっとある感じである。よくミステリ的な要素を拾っているのだけど、作者はミステリが嫌いか、すくなくとも好きではないように思える。小説愛が強すぎる。通常のアンチミステリーがミステリに対する愛憎から来ているのに対して本作は愛憎を通り越した無関心なのである。「究極のアンチミステリー」と評したい。

 

さて、挑戦状のある5話は4話から続く連続見立て殺人となっている。

見立て殺人については、拙作『ミステリ展開・構成分類集』にも簡単にまとめているところ、たまたま直近に読了した古野まほろ『ぐるりよざ殺人事件 セーラー服と黙示録』にも詳しい考察がされている。

両者をふまえて、見立て殺人についてまとめると、

①見立て殺人は単独でも成立するが、連続殺人として行われることが多く、その要素も考慮すべき

②その目的の一つに、演出のため(恐怖をあおるため)がある。これは作中の関係者に対してのものもあれば、読者に対するメタ的なものもある

③他の目的として、トリックのためのものがある

④それ以外の目的 見立て殺人をすること自体が目的となっているなど
ということになる。

③の例としては、犯人をごまかす(同一犯とみせかけて複数人が競合した)、順番をごまかす(見立ての順番と実際の事件の順番が違う、それでアリバイ工作などをする)、トリックに使った痕跡や物品を隠蔽する(持ち帰れない場合に見立てに必要だったと思わせる)といった具合である。

 

これらの観点から本件を考察するに、以下の点が怪しい。

・殺人事件は最後の一件だけである。猫二件(殺されてはいるが殺人ではない)と、暗黒院は襲撃され、充分殺せる状況だったが、なぜか殺されていない。

・画鋲の装飾 意味不明 特に長野の身体に刺さっていない(暗黒院のときも?) プールに落ちた画鋲も意味不明だ

・水の装飾 この意味も不明

・「春夏秋冬」があまり見立てにつながっていない

以上からして、演出としてはあまり功を奏しておらず、そもそもテーマが曖昧である。これらは「トリックのための見立て」なのだろう。

殺人事件が一件だけであることからすると、そのときのトリックに必要だから他の事件にそうした装飾をしておいて誤魔化したパターンと思われる。具体的には「水」と「画鋲」を使ったトリックということになる。水といえば、死因が詳しく書かれていなかったと思うのだが、気絶している被害者をプールに沈めて溺死させたでいいんだよな? 直接な怪我を負わせていないわけで、時限爆弾的な殺害が可能に思える。つまり一定時間が経過後にプールに落ちるようにしておくわけだ。気絶させるのに使ったであろう薬品は暗黒院に使ったものと同じと思われ、その描写からすると強力なものなようである。時限装置が働くまで被害者が気を失ったままであるのは充分可能だろう。

他方、関係者のほとんどに18時~24時までのアリバイがある。

この手のものはたいていアリバイがある奴が犯人である。つまり犯行時刻の偽装だ。会ってから4時間経過後の殺害は22時以降と推測されており作中でも謎だと言われているが、前述のように仕掛けによる機械的殺人であれば殺害時にその場にいなくてよい。仕掛けを作ったのも18時よりも前だった可能性がある。さらに推し進めると、暗黒院襲撃よりも前でもいい。「春夏秋冬」ではなく、「春夏冬秋」の順序だった。それを誤認させるための装飾だったわけである。まあ、これはタイムスケジュール的に厳しいので違うかもしれない。

犯人は長野を薬物で気絶させ、プールに浮かべる。このとき浮力を与えつつ、後で無くなるか小さくなるものが必要である。浮き輪などでは画鋲程度では簡単に萎まないので、風船を何個も集めてシート状にする。そこまで大きなものでなく、とにかく顔を水面上に出てればいいだろう(暗黒院もシャワーで水を浴びながらも意識を取り戻していない)。丈夫な釣り糸でつないでおいて、時限式の装置で画鋲を打ち出して萎ませる。破裂して残骸がプールに残らないように丈夫な素材の風船である必要がある。釣り糸は窓の隙間から外に出しておき、24時以降に引っ張って風船と装置を回収する。タイマーで画鋲を打ち出す装置はそんなに大きくないものが作れると思われる。複数の風船を対象に打ち出すのが難しいかもしれない。あるいは、水に徐々に溶ける素材のシートで舟状のものを作る。シートの貼り合わせ箇所に画鋲を使った。時間経過後、シートが溶け沈む。画鋲だけが底に残るというわけだ。梁となる素材もいるかもしれないが、それは釣り糸でつないで窓の外から回収でいいだろう。そもそも画鋲に絡めなければもっと楽にできそうなので、画鋲はダミーの装飾なのかもしれない。犯人はこうした準備をした後に、暗黒院襲撃の騒動が一段落した深夜に後始末をして、翌朝に遺体が発見されるのを待った。

で、犯人は天野川。「告白」騒動で長野とも因縁があるし、暗黒院襲撃の発見に関しても「悪い予感がする」といって騒いで(怪しい)主導して発見したのもコイツである。もっといえば、本作がシリーズ化されたときにいなくなっても支障がなさそうなキャラである。他のキャラが犯人と判っても内々に処理して続投させるという方法もなくもないが、モヤッとした感じになるので、コイツが犯人なのが無難なのである。

 

最後に、本件は「密室殺人」ともなっているが、厳密に密室といえるのか怪しい。鍵についての検討が甘いからだ。鍵が2本だけでなく3本目があっても不思議ではない。部室と兼用の鍵であり、誰かが合鍵くらい作っていてもおかしくない感じがする。まあ、作中でも「軽い密室」と評されているので、密室の完成度はあまり重要でないのだろう。

2023年8月4日公開

© 2023 乙野二郎

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