刑事たちは私の電話番号を聞いて帰って行った。
リビングに戻ると、テーブルの上にティーカップが三つ、置かれたままになっていた。私のティーカップは、未だ口をつけていなかった。あんな事を言っておきながら一口たりとも飲まなかったと云うのは、あの二人にはどう映っただろうか。……
私は其れらを盆に載せて台所に運んだ。
そうして台所の蛍光灯を点けると、私が飲む筈だった昆布茶が、幾分澱んだ色をしている事に気付いた。白髪の方は空になっていたため、元入っていた昆布茶の色は判らなかったが、眼鏡のティーカップに注がれた昆布茶の色が鮮やかな黄緑をしているのに対し、私の方は明かに黒ずんでいるのである。
私はその匂いを嗅いだ。かぐわしい。次に眼鏡のものを嗅いだ。これもかぐわしい。その違いは判らなかった。
次に、自分のティーカップに人差し指を差し込んでみた。指先に付いた水滴は、ガーネットに似た色をしていた。けれども私には其れを舐めてみるだけの勇気は無かった。水を出し、念入りに指を洗った。
しかる後、指をタオルで拭き、もう一度指を見た。洗いすぎてふやけていた。
眼鏡のティーカップに入っている昆布茶を流した。そして、自分のティーカップに入った昆布茶も流してしまった。
するとひどい疲れが来た。一瞬ではあったが、其れは風邪を引く前兆に似ていた。
私は、一寸ふらつく身体を引きずり、二階の自室に向かった。部屋に戻って、椅子に座ると、ふとある疑問が浮かんだ。
――果たしてあの二人の刑事は、本当に刑事だったのだろうか。
私は、机の上に置かれた件の新人作家の長編小説のゲラを横に退かし、引出から原稿用紙を出して、そこに広げた。そして裏面に、ボールペンを走らせた。
川崎
川田
川本
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