高校一年生の世界史の授業で、数学の問題が出されたことがある。ひどく抽象的で難しい問題だった。20分ほどの時間を与えられ、40名いたクラスの誰も解けなかった。皆、答えを知りたいというよりも、「なぜ世界史の授業で数学の問題を解かなければいけなかったのか」を知りたいといった顔をしていた。意地悪いメガネをかけた教師はその問題がなんであったかを説明した。この問いはサービト・イブン・クッラが1000年以上前に解いたユークリッド幾何学である。教師のメッセージは明白だった。おまえらは県下一の進学校に入って天狗になっているかもしれないが、1000年以上前に成し遂げたられたこともできないんだぞ、と。
この教師はムスリムだったから、西洋に重きを置きすぎる現代日本社会への批判として無垢な高校生をオルグしたと言ってしまえばそれまでだが、なにごとにも一抹の真実はあるものだ。千葉県一の進学校の生徒40人は1000年前の一人のアラブ人に勝てない。そして、機械はそうではない。
新しいことは良いこと、それも圧倒的に
あるソフトウェアやハードウェアを利用して「まだまだだな」と思うことはよくある。新しいスマートフォンの使い勝手が悪い、リリースしたばかりのWebサイトがひどい、などなど。しかし、この「まだまだ」は、40代の管理職が新卒社員の電話対応を見て「まだまだだな」と思うのとは訳が違う。後者は1000年経ってもそのままだが、前者はそうではない。
コンピューター業界にはムーアの法則と呼ばれる経験則がある。Intelの社長が論文の中で何気なしに書いた一節が一人歩きしたものだが、概ね真実らしいと受け止められている。コンピューターの性能は3年で倍になるという主張は、先進的な製造業の世界で一つのクリシェとなっている。そう、機械は新しい方がいいのだ。それも圧倒的に。
実際のところ、ムーアの法則が3年で倍だろうが10年で1.5倍だろうが、どちらでもいいことだ。問題は、1000年前の人間と今日の人間が大して変わらないどころか劣っていることさえ多いというのに、機械の方がそうではないということだ。
あなたの能力で陳腐化するだろうもの
安藤秋路 投稿者 | 2012-05-23 17:43
今日も一日肉体労働して、どうにかビールを飲むことが出来ました。マジで旨い、風呂上りの一杯って、本当に酔っ払っちゃう。
この文章を読んで、10年後も同じ様に、旨いって言えるのかなって思いました。
肉体労働って本当にキツイ、体ヤバイ、毎日バラバラになりそう、心もすさんじゃう。チョットした事で、イラっとくるし、この歳でまさかみたいな事も…しそうになる。
10年後には、肉体労働は出来ないと思う。これは完全に衰えだ。今まで、出来た事が出来なくなるときっと凹むんだろうな。この文章を読んで、10年後に凹む自分を想像して、少し凹む。
ビールの10年後、ビールはきっとそんなに変わらないだろうな。
pcとかの10年後、マジで便利。ポケット叩くと目の前にブラウザ立ち上がるし、
イヤホン無いのに音楽聴けちゃう…マジで便利。
自分の10年後、ハゲてんじゃん、それ前髪?真ん中の方からきてない?汗とかべっとりしてそう
ビールは…やっぱ旨いって。
でも、その旨いは…何か違う気がする。
グッド・ルーザー、どんなに頑張っても機械の進歩に、自分の進歩にが追い付く気はしないな。
今の俺に出来る準備って言ったら、腕立て伏せくらいかな…もう三年くらい続けたから、とにかく10年やってみようかな。
もしかして、チョットだけグッド・ウィナーになってたりして…シェイクスピアが36歳の時より、俺が36歳の方が、腕周りだけ勝ってたりして、部分的に勝ってたりして。
そんな風に思うと、腕立てが続いて、少しだけグッド・ルーザーに近づけたりして。
10年後も酔っ払ってんのかな、そんなわけないか笑。