「提出用の」プロットを2人分書き上げて、さっさと提出。
当然すでに工程は先へと進んでいるが、それは関係ない。
こちらの手の内を明らかにする必要はないし、そもそも他チームの状況を確認しているような余裕はない。
駅伝で、後ろを見ながら走る選手はいないのと同じことだ。
澤俊之の原稿は順調だ。
現時点で、ということで途中経過を見せてもらったが、直すべきところはほとんどない。
基本的に文章が上手く、安定している。変なクセもない。プレーンな文体なので、すっとストーリーに入っていける。
順調そのものであるし、まだ全容はわからないが、文章量的にはこのペース的で問題ない。
たまにギターを弾いて気分転換をしているようだが、自分のルーティーンを持っているのはいいことだと思う。
米田淳一の方は別室で一時間ほどひざを突き合わせて打ち合わせてから、どうにかペースが掴めてきた。
脚注のウンチクもどんどん書き進められている。すでに二〇件を超えていた。
こういうときは筆の速さが物を言う。得意技があると強いのだ。
ということで、彼らが執筆している間に、ぼくはぼくの仕事をしなければならない。
デザインチームのボス、松野さんからは「イラストは描くけど、あんたは自分でデザイン作りなー」って言われていたのだけど(人手不足なので)、
打ち合わせのスケジュールを見たらまだ誰も予約を入れていなかった。
それならと、先に打ち合わせさせてもらうことにした。
澤作品の方は、とにかく、沖縄感とギター。それだけだ。あとは何もいらない。沖縄感のあるギターのイラストがあればいい。
タイトルはまだ決まっていなかったが、ぼくがデザインするまでに決めればいいことだ。
ということで、沖縄感のあるギターを使ったなんかのイラストをお願いした。ぶっちゃけ丸投げですわ。
米田作品は、やはり物産陳列館だ。ネットで画像を検索すると、使えそうなものが出てきた。
当初はその写真で表紙を作ろうと思っていた。思ってはいたのだが、写真を見ていると欲が出る。
やっぱーここはーイラストの方がーいいよなー。
いいよなーよなーよなーよなーよなー。
ということでイラストをお願いしましたとさ。
ぼくがイラストチームとの打ち合わせを終えた頃から、他のチームも三々五々相談の予約を入れ始めた、
どこもプランがまとまってきたらしい。
米田作品の校正を進めていると、デザインチームから声がかかった。
澤作品のタイトルは決まっているか、という。その時点ではまだ決まっていなかった。
どうやらイラストを担当してくださった亀山鶴子さんが、タイトルも含めて書影全部をやってくれることになったようだ。
それはありがたい。デザイナーとしてのこだわりに火が点いたのだろうか。
「機」が変わらないうちに、すぐにタイトルを決めよう。
澤俊之に相談すると、すでに草案があるという。
周りに聞こえないように、メモに「PAUSA」と書いて寄こした。
パーウザと読む。イタリア語だということだが、英語ならPause。休符を意味する。
音楽用語でもあり、男の一人旅のささやかな休暇を言い表すのに、ベストチョイスだ。
ぼくは黙ってサムアップで同意を示し、さっそくデザインチームに提出した。
仕上がりが楽しみだ。
澤作品のタイトルが決まったので、米田作品のタイトルも決めてしまうことにした。
タイトルは非常に重要であり、ぴったり来ないといつまでも決まらない。
ここで手を抜くか、センスがないともうどうにもならない。
編集担当で最も重要な仕事である。
澤作品は幸いピタッと決まったが、米田作品は前述の通り仮タイトルが使用できないので、新たに僕の方で代案を用意しなければならない。
さて、ここで米田作品の原型を見返してみると、冒頭、いきなり「スパーン」という擬音で始まる。
ビンタの音だ。
ぼくは校正の過程で、可能な限り擬音語を本文から弾き飛ばしていた。セリフのワチャワチャした感じもどんどん削ぎ落として、大正時代の空気感を出す方向で調整していたのだ。
だから「本文」から外したビンタ音をタイトルにすることにした。
つまり、タイトルから物語が始まるということだ。
「スパーン」だとあまりにそのままなので、ちょっとレトロ感も意識して「スパアン」とした。
なので、このタイトルはそのまま擬音なのだが、ちょっと仕掛けを盛り込んでダブルミーニングとした。
スパなんとか、アンなんとかの略ということにしたのだ。
英語は得意ではないので、相談コーナーの仲俣さんに相談した。無料で仲俣さんに相談ができるとは、なんと贅沢なことだろう。ありがとうノベルジャム。
物産陳列館には中央に螺旋階段がある。劇中にも登場するものだ。それが「スパイラル」である。
しかしそれをぼくらは知らない。すでに失われているからだ。知られざる螺旋階段。
ぼくは「スパイラル、アンノウン」をフルサイズのタイトルとした。
米田淳一に提示したところ、すぐに気に入ってくれたようだ。
これで表紙の目処は立った。
あとはとにかく中身を書き上げてもらえば、どうにかゴールにはたどり着けるだろう。
いつの間にか夜が更けてきていた。
疲労感はない。
他チームも高いテンションを保ちながらそれぞれのペースで作業を進めているようだ。
というより、他のチームに関する記憶がほとんどない。
それだけぼくにも余裕はなかったのだろう。
澤俊之が喫煙にいくというので、ぼくもつきあった。
館内は完全禁煙であるので、駅前の公園の喫煙所まで行かなければならない。
かつて市ヶ谷に勤めていたこともあるから、見慣れた風景のはずなのだが、気分が違うとこうも違って見えるものか。
トイレの裏にある喫煙所からは、対岸のビルの明かりがよく見える。
あの山の上には数年前に缶詰にあったこともある大印刷会社がある。
喫煙所には古田靖と坂東太郎がいた。同じチームの二人だ。
古田靖のチームは一人欠席が出ていたため、この二人だけになっていた。
このアニキとマンツーマンとはなんと幸運な作家なのか。
古田靖は、編集ライターの世界で成功している数少ない超事例の生けるレジェンドである。
ぼくの中では有効候補の一角だ。卓越した手練手管が、迷える作家を的確にゴールへと導くだろう。
欠席が出たことで古田靖がペースを乱してくれればなどと邪なことを考えていたが、どうもそれは期待できないようだ。
すでに切り替えて、彼一人に集中しているようだ。うーむ。気になる。
他に気になるのは高橋文樹のチームだ。
彼は自らの作家活動の傍ら、破滅派の主宰としても、セルパブ猛者を率いて長年同人誌などの活動をしている。
プロデュース感覚は非常に高いだろう。
ところがお身内の不幸があったようで、全面的に参加できてはいないようだ。
会場を離れ、遠隔でチームとコミュニケーションを取っているようだ。
普通に考えればそれでもうリタイヤ状態となるところだろうが、器用な彼のことだ。
的確なクサビを打ち込んでいる可能性は高い。
気にし始めると、どのチームも気になる。
とくに僕の席から遠いA〜Dチームは、まったく様子がわからない。
知ってる顔もいないので(有名人はいるけども)、探りを入れるのも難しい。
若手の多いチームも、わいわいと盛り上がっている。
どんな仕上がりになるのか、まったく想像がつかない。
とんでもない化学反応が起これば、流れは大きく変わるだろう。
夜の帳に包まれた外堀の闇を見て、澤俊之や古田靖と世間話をしながら、頭のなかでは会場の戦力図を思い描いていた。
日が暮れるとだいぶ寒い。
我々はニコチンの補給を終え、戦場へと戻ることにした。
そろそろ長いようで短かったノベルジャム初日が終わろうとしていた。
つづく
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