妖精ターン
妖精はTENGAの形をしている。別にわたしはTENGAという言葉を使いたかったわけではなく、本当にそういう姿だから仕方なく使っているのだ。ボーリングのピンのような赤い胴体をしている軟体動物だ。銀色の縞々があるのがオス、縞々がないのがメスだ。わたしのからだは赤一色なのでメス。
わたしは人間のためになりたいという純粋な気持ちから、原発の除染作業をしたいと思った。もちろんこのままの姿では相手にされないため、おっさんの姿に化けた。歯が何本も抜けてしまってる渋い魅力のおっさんだ。その姿で東京電力の下請けとして働くことにした。福島第一原発の除染作業だ。
ある日、わたしは自分が妖精だということがばれてしまった。便所で用を足しているとき、チンコの形がTENGAだったからだ。勤務中に何でそんなものを付けているんだという詰問する上司に、わたしは自分の真実を打ち明けた。
次の日、東京電力から圧力がかかった。わたしに若い女性の姿で除染作業をすることと、広告塔になることを強要された。拒んだ場合は原子力ムラの組織力と権力で、妖精たちを滅ぼすと暗に言われた。わたしは応じざるおえない状況になった。
妖精の安全な被曝量はいくつなのか。人間の場合は年一ミリシーベルトだが(これにはいろいろと議論があるが、国際基準でも日本の法律でも年一ミリシーベルトだ)、妖精の場合はデータがなかった。危険だという確証がないのに危険だと言っては風評被害になってしまう。だから妖精はいくら被曝しても安全ということになった。妖精に放射線でからだを壊すなんていうデータは存在しないのだから。
わたしは不安だった。妖精だって放射線で健康に影響があるのではないだろうか。でも人間たち(主に関東の人間と福島の人間)はそういうことを考えたがらないので、わたしも人間のためにと思ってそれを考えないようにした。
妖精という強いからだをもっているからと、わたしは人間が入れない放射線量の所で作業をすることになった。福島第一原発二号機の格納容器に中に入り、床にこびりついた燃料デブリを油圧式ドリルで削って、回収した。保護めがねや防護服は着用しない。妖精には必要ないし、日本国民への不安を煽るだけだからだ。OL風の、リボンのついたトップスにスカートという服装で作業をした。
その様子をテレビのCMで流した。なおわたしは原子力ムラの命令で美人な女性の姿で作業をしろと言われたので、綿矢りさの姿になっている。「原発の廃炉は順調に進んでいます。より一層の安全を求めて」清楚で健気なわたしの容姿によって、視聴者の心は安定していった。皆の心が愛でいっぱいになった。
でも、それっておかしくないか? 原発ってそんなものなのか。男の姿では駄目だったのか。CMの登場人物が『男』か『女』かで捉え方が変わるっていう東京の人間は馬鹿なのか?
人間たちは馬鹿なんだ。そう思いながら妖精のわたしは除染を続けている。
新潟の保守的オヤジターン
新潟に住む工藤はじめの父は、女性の登場する東京電力のCMを観る度に怒ってチャンネルを変える。
「ふざけんじゃねー」
父は自民党支持者で、会社経営者、電通を通して何本もCMを流しているのだから、本来は原子力ムラ側の人間のはずである。でも原発政策だけは自民党に賛同できない。関東へ電力を送る原発は関東にはあらず、新潟にある。新潟の電力は東京電力ではなく東北電力から送られてくる。このねじれを表したのがこの怒りだろう。同居する工藤はじめを殴って支配するような怒りではない。(普段父がキレるときは工藤はじめに暴力を振るってくるのだが、これにはそういう感情表現ができないらしい)ただ誰も殴る相手のいない怒りで、大きな声でふざけんじゃねーと言うのではなく、その言葉をただ静かにつぶやくだけで、チャンネルを変えるのだ。
この怒りの底には、きっと男尊女卑といったそういう父の価値観もあるのだろう。だから、美人な若い女性がCMに出ていても、その不条理をあばいてしまうのだ。わたしは父が大嫌いだし、男尊女卑といった価値観がいいとも思わない。でも、この原子力ムラを批判するときだけは、父と一緒にいれて頼もしいと思う。わたしと父の唯一の共通点はそこだ。
(了)
(空白があるので枚数は六枚)
退会したユーザー ゲスト | 2017-02-17 07:06
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藤城孝輔 投稿者 | 2017-02-19 01:52
前半の妖精の物語は風刺がきいていて面白く読める。シュールさが最高に秀逸だ。性処理に用いられるTENGAとコマーシャルに出演して性的イメージとして消費される主人公を結びつけたのは非常に優れたアイデアだと思う。
後半は展開が物足りない。前半のような風刺やギャグはなく、はじめと父の関係については十分に説明されていない印象を受けた。著者の他の私小説的作品を読んでいない読者が一編の完結した作品として楽しめるように書いてほしい。
原子力ムラによって利用される妖精と関東への電量供給のために利用されている新潟の相似関係をもっと際立たせたほうがバランスのよい構成になると思う。父のはじめに対する暴力と、家父長制社会における女性に対するまなざしの暴力もパラレルになっているのかもしれないが、掘り下げが不十分。字数がまだあるのにもったいない。
九芽 英 投稿者 | 2017-02-19 18:16
世に存在するあらゆる妖精のイメージを破壊してくれましたね。これは革命的なことだと思います。本来なら、いいぞもっとやれ、と言いたいところですが、僕は妖精の肩を持ちましょう。酷いです。妖精警察に通報します。
バカバカしい話で煙に巻きながら、アイロニーに富んでいると思いました。テーマを利用し、種差別、性差別、東電批判、東京批判、自民党批判、電通批判といった問題が読み取れる内容でした。あらゆる方向に喧嘩を売っており、僕には怖くて到底書けません。おそらく、相当の覚悟で書かれたのでしょう。
それゆえに、新潟の保守的オヤジのせいで、全体がぼやけてしまった感があります。父親を嫌いながらも最終的に一体感を得ているようでは、嫌いきれてないですよね。本当に父親が嫌いなら、父親に対してもっと批判的でないと、上記と比べた時に相対的に好きという印象で終わっています。
妖精にしても、人間を馬鹿にしながら特に不満もなく、楽しんでいるようにすら見えます。人間を馬鹿にするなら、もっと馬鹿に出来るのではないでしょうか。
Juan.B 編集者 | 2017-02-22 03:18
前回に引き続きとても笑えた。やはり人間は愚かだ。後半の親父さんも面白かったが、この描写での親父さんについては共感も理解もあんまり出来なかった(俺の個人的な思想のせいかもしれないが)。ただ地元の描写と共に親父さんを絡めさせたのは凄くトリッキーで良い。
宮園希 投稿者 | 2017-02-22 23:13
宮園希 投稿者 | 2017-02-23 15:01
うまく書き込めていなかったようなので再送です。
他の方とは一線を画すストーリー展開は、まさに工藤さんならではですね。
細かいツッコミどころはありますが、ラストのメタ要素も含め、異彩を放っていて良いのではないでしょうか。
上記のように、除染作業に従事する理由や、具体的に綿矢りさの姿を取っているあたりなどは、触れても良かったのではないでしょうか。規定まではまだ余裕があるのですから。
アサミ・ラムジフスキー 投稿者 | 2017-02-23 18:07
まず冒頭が素晴らしい。素直に続きを読みたくなる導入。そのわりに尻すぼみ感があり、その表象を生かしきれなかった気がしなくもない。「TENGAの形」というネタを新潟ターンにも巧みにフィードバックできればより完成度が上がったか。
描写については突っ込もうと思えば突っ込める箇所はいくらでもあるのだが(美人の代名詞が綿矢りさという高橋源一郎的センスはどうなの?とか)、この手の作品で重箱の隅をつつくことに意味があるとは思えないのでスルーしたい。
ただし、アマチュアとはいえ日頃から文章を書き慣れているだろう人間が「応じざるおえない」はさすがに看過できない表記(変換ミスならともかく純粋な日本語の間違い)。
また、芸風だということは重々承知だが、それにしたってもっとマシなタイトルはなかったのかと思う部分はある。
しかし総論としては、全体的に設定や展開がかぶりがちだった今回のテーマにあって、ステレオタイプからの跳躍力はベストだったように思う。