失われた間接キスを求めて

応募作品

工藤 はじめ

小説

8,322文字

新型コロナの自然免疫の獲得に失敗した近未来。
法律により、「キス」と「間接キス」が禁止された。
東京都知事の小池百合子によって提唱された『新しい○○様式』。伏字の『○○』は一体何なのか?
そんな世界で女の子と「間接キス」をすることができるのか? 主人公の挑戦の物語!!          

日本の人口は三百万人になり、世界の人口は一億人になった。泥人形が土に返るみたいに、人間は崩れて溶けていった。食物連鎖の頂点であるはずの人間は、か弱い存在でしかなかったのだ。人間たちは絶望していた。自分たちの種の行く末に。

十年前に比べ、日本の人口は四十分の一に、世界の人口は七十七分の一になった。特に東京の人口が減少し、もぬけの殻となった。東京の人口は八千人ほどで、日本の全都道府県の中で唯一、一万人を割っている。

東京という土地では経営が成り立たないので、電車は全て廃業。長距離移動は自家用車が必須となった。運転免許を持たない人が他の県へ移動したことも、東京における極端な人口減少の一因となった。人口が少なければ客いれのイベントは成り立たないので、芸能関係の仕事の人のほとんどが他県に移動。CMなどで芸能事務所と取引をしている大企業もそれにつられて他県に移動してしまったので、東京は完全に場末となった。東京は現在住みたくない都道府県ランキングだんとつ一位になっている。現在、首都は岩手県に移転している。岩手県が中心となり、芸能人や大企業が集まり、日本の経済を回すのだ。岩手県が現在の住みたい都道府県一位。二位鳥取、三位青森、四位秋田、五位山形となっている。一方で、ワースト二位大阪、ワースト三位神奈川、ワースト四位福岡、ワースト五位愛知となっている。

なぜ人口が一気に減少したのかというと、十年前に発生した新型コロナウイルスのせいだ。ワクチンの開発に成功したものの、新型コロナウイルスは変異を繰り返し、多種多様な型が誕生した。季節性インフルエンザでA型のワクチンを打ってもB型の感染予防には全く効果がないのと同様に、新型コロナウイルスのワクチンも型が異なれば効果は皆無だった。そればかりか、新型コロナは型が非常に多く、完全に感染しないためには数百種類のワクチンを打つ必要があり、物理的にも無理だった。

人類にとって最も頭を抱える出来事は、新型コロナに強毒化した型が多数生まれてしまったことだ。この型は致死率が五十パーセント。発症した人はほぼ死んだ。ただの風邪では全くなくなってしまった。無症状の人と発症前の人が、ウイルスを撒き散らした。東京や大阪などの都市部を中心に広がり、死と移住により人口は減っていった。まさに人口という小麦粉でドーナツが作られたのだ。

経済優先の各国は、感染を抑えられなかった。北朝鮮などの経済優先でない国も、隠蔽に走り感染を封じ込められなかった。

当初日本では、文化やエンタメが消滅してしまうと、観客をいれてライブコンサートや演劇を開催した。クラスターがどんどん起き、死の連鎖という最悪の事態になった。

このままでは人類が消滅してしまう。各国が導入した制度が、キスの禁止だった。キスをした者は、六月以上十年以下の懲役に処される。痴漢や「女子中学生に自転車で近づき胸を触る行為」といった強制わいせつと同等の罪になった。新型コロナウイルスは唾液中にも存在し、キスによって感染が広がってしまうということがサイエンスで立証されたからだ。

人間は慣れる生き物で、マスクをする習慣のない人がマスクをするのが普通になったのと同様に、キスをしてばかりの人までもキスをしないようになった。「キス? ナニそれ? おいしいの?」という風に、単に唾液の味しかしないキスの存在意義がなくなっていった。レモンの味がするなんていうキスの幻想は消滅したのだ。

キスの禁止と同時に間接キスも法律で禁止された。何かを禁止すれば必ず何かの抜け道を探し実行する人がいるものだか、それはうちはばかれたのだ。間接キスをした者は、馬に引きずられて町を一周の刑に処されることになった。

感染拡大防止の最大の目玉となった法律改正は、セックスの禁止である。セックスをすれば肌をふれるわけで、通常は十五分以上かかるので、濃厚接触者の定義に確実にひっかかるからだ。早漏の人、もしくは早漏の人とセックスした人は十五分以内で終わり、濃厚接触者とならない可能性があったが、早漏の人だけ優位に扱うのは憲法で禁止する差別に該当するということで、一律にセックスが禁止されることになった。セックスをした者は、死刑に処されることになった。

当然、人類は子どもを作る必要があるわけだが、それは体外受精でのみ許された。女性から取り出された卵子と、男性が自分で抜いた精子を材料にして、医師がそれを合わせ、お腹の中に戻すのだ。

しかし、体外受精をしたところで性欲を満たすことも男女の愛を確認することもできないので、東京都知事の小池百合子が『新しい性交様式』を提唱した。それは、ズームなどのオンラインツールを使い、恋人同士は会わない形、自分の家から出ない形で、パソコンのカメラに向けってオナニー。お互い相手のオナニーをするのを見てオナニーという新しい生活スタイルだ。

最初は、「小池さんオナニーとか公衆の面前で言ってナニ言ってるの?」という感じだったが、女性たちは男性に直接挿入されることがなく、こっちの方が楽なんじゃないかと、満員電車はおっくうだと同じ理屈で、女性が主体となって『新しい性交様式』を受け入れていった。

「ちょっと聞くのも恥ずかしいんだけどさ、『キス』って何だ? 刑法の条文に出てきたんだが、意味がわからなくて困ってるんだ」

喫茶店で客がこなくて暇な俺は、一緒にアルバイトしている友人の明智に尋ねた。俺は偏差値二十五の東京大学で法律を学んでいる成績最下位の学生。しかも陰キャ、つまりネクラでイケてない人間なのだ。かつては東京大学は偏差値が日本一高かったかもしれないが、住みたい人が減り、現在は偏差値が日本一低い。頭の悪い俺は迷わず名前が書ければ誰でも合格できると噂されるこの大学に進学したのだ。

「キス? ふはははは」

友人の明智は新型コロナ対策のマスク越しに笑い声をあげた。口元を隠していても笑顔なのがわかるくらいオーバーリアクションを体全体でしていた。明智は東京大学一の陽キャ、つまり明るくて陽気で、高校の成績も普通くらいなのに、住んでいるところが近いからという理由で東京大学に進学した。そういえば明智はどんな顔なのだろう。マスクをしている姿しか見たことがないからわからない。

「やっぱ俺が馬鹿過ぎるのかな。キスが何たるかわからないなんて」

「キスって十年前には普通に存在してたよ。忘れちゃったの?」

「十年前って、十歳の頃だろ。俺恋愛経験なかったから、そういうの疎かったんだよな。明智くんは、十歳でキスしてたの?」

「もちろん」

「いいなあ」

俺がぼんやりと窓の外の雲を見ると、半分くらいが黒い雨雲で、それが濃いめに作ったカレーのルーみたいに青い空にかかっていた。東京は不景気で、この喫茶店もいつつぶれるかわからないし、この町の人間もいつ消えるかわからない、自分の将来も、希望もわかないまま。そのことから気をそらしたかったのだろうか、こんなことを考えた。

「あー、キスしてえな」

「キスかあ、あの頃がなつかしいなあ」

「キスってどんな感じなの?」

「やわらかくて、二人が急接近する感じかな」

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2020年9月13日公開

© 2020 工藤 はじめ

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