その1
よき謡 酒の友にと 今宵酔い 夜毎に元の 今朝いた浮世
よきうたいさけのともにとこよいよいよことにもとのけさいたうきよ
【鑑賞の手引】
良き謡を友として今夜は大いに飲もう。
しかし今夜が過ぎれば今朝と同じ浮世がまたやってくる…
その2
君と待つ 清の若草 仮の世の 梨花咲く川の 佳き妻と見き
きみとまつ きよのわかくさ かりのよの りかさくかわの よきつまとみき
【鑑賞の手引】
あなたと共に、清い若草が萌え出ずるのを待つ。
この世の中は仮の世、儚いものではあるが、梨の花が咲くこの川辺にやがて萌え出ずるであろう春の若草のように、
あなたは私のよき妻になってくれると思う。
その3
世の中は 波ふと遠のき 淡き際 秋の音問ふ 皆儚なの世
よのなかはなみふととおのきあはききはあきのおととふみなはかなのよ
【鑑賞の手引き】
この世というのは、寄せる波がふと遠ざかり、見る見るうちに波際が淡く見えなくなってしまうようなもの。
消えゆく波は秋の音を問うているようだ。何もかも儚い世の中だ。
その4
馬の理知 人馬美し 中果てて 儚し苦痛 万事塵の舞う
うまのりちじんばうつくしなかはててはかなしくつうばんじちりのまう
【鑑賞の手引】
今日も目当ての馬の理知を信じて賭ける。美しい人馬よ。我に勝利を。
それなのに馬はレース半ば、第三コーナー前で果ててしまった。
なんというはかなさ。苦痛と共に破り捨てる馬券。
この世は馬券のごとく、すべてが宙に舞う塵だったか。
競馬を通して人生の無常を痛切に謳い上げた渾身の絶唱である。
その5
恋しさや 殊に携帯黙る夜 まだいたいけに 床優しい子
こいしさやことにけいたいだまるよるまだいたいけにとこやさしいこ
【鑑賞の手引】
切ない恋の歌であろうか。
押し黙って鳴らぬ携帯。そんな夜は特に恋しいその人は、まだいたいけさを残しながらも床の中ではあくまでも優しい。
夜の孤独と肌の奥に疼く官能が身を切るような切実さで迫ってくる。
「いたいけ」という語句に若干ロリコンの匂いがするものの、「けいたい」を活かすため
致し方なく配置したと善意に解釈しておこう。
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