立山

小林TKG

小説

2,350文字

水墨画みたいなのが描けたら、描いてたけど。

子供の頃、家で、立ったままご飯を食べていたり、座らずにいたりすると、母親に、

「立山からきたみでに立ってねで座れで」

「立山からきたんでねんだから」

と言われた。私は落ち着きのない子供だったのでそういう事をよく、何度も言われた。あるいはそんなには言われて無いかもしれない。何度もは、言われれて無いのかもしれない。でも覚えている。そういう印象がある。よく言われたなあ。って。そういう印象。

そういう印象の理由はおそらく、立山、というその、謎の言葉によるもの、効果だと思う。私にはそれが、母親から、立山から来たんじゃねんたから。この立山という言葉が印象に残っているのだろう。母の立山という言葉、あれが何処から誕生したのか私は知らない。方言的なものだったのかもしれない。ただ、母親以外から立山という言葉を聞いた覚えはない。全くない。一度もない。父は言わなかったし。祖母も言わなかった。母の実家の、母の母も、そんな事を言ったことなかった。友達も言わなかったし。友達の親とかも言わなかった。自身の属する家庭以外で、立山から来たみたいな状態になる事は無かったからかもしれないけど。ちなみに立山という文字、漢字も、私の勝手な想像によるもの。

「たちやまからきたみでに立ってねで座れ」

「たちやまからきたんでねんたから」

だから立山かなと思っている。立山と言えば黒部立山というのがあるが、たてやまではない。たちやまだ。母はそう言っていた。

「たちやまからきたみでに立ってねで座れ」

「たちやまからきたんでねんたから」

言う事が特別な感じという風でもなく、自然と口から出てくるみたいに。滑らかに。母は、立ったまま座らない私に対して言った。子供の頃は、それが普通だったというか、特に疑問も感じなかった。桃太郎を聞いて鬼ヶ島を想像するような感じだったと思う。

父の終焉期、終末病院に入って多分もう死ぬという頃、私と姉に母親から連絡が来た。

「終末病院の副院長先生がもうそろそろだと思うって言うの。今のうちに会わせたい人がいるなら会わせてあげてくださいって」

その様な連絡を受けて、私と姉は父を見舞うために実家に帰省した。父の終焉期はコロナ禍の終焉期でもあった。母はそんな中、二日連続で父の見舞いに行くと言った。私と姉は、母のその決定に怯えた。ビビった。

「病院のスタッフの皆様とか大丈夫なの」

「看護師の人達がキレてるみたい」

私と姉は帰省の新幹線の中で、そういう会話をした。ブチキレてるみたい。そらそうだよなあ。そういう会話。今となってはもはや記憶も朧気だけど、あの頃は本当に誰も彼もがピリピリしていた。東京とかから田舎に行くと地域の人間が監視しているというような話もあった。老人がカラオケに行ってクラスターを発生させたとか、マスクを買う行列が出来て、その中の一人が自分はコロナだと言ってパニックを発生させたり、電車の中に咳が止まらない人がいて、それで非常停止ボタンが押されたとか、そういう事が日常的にあった。病院でクラスターを発生させたら大変な事になる。大量殺人鬼だ。という考えもあった。だから病院は全て面会謝絶。人を入れない。誰も入れないことが一番安全だった。人によってはそれで最後のお別れが出来なかったという人もいたのではなかったか。

しかし私達は終末病院の副院長先生の判断によって父との面会が許された。許されただけならまだしも、母親はその好意に甘えるように二日連続での見舞いを行うのだと決定した。看護師の方々かキレないわけがない。ブチギレても仕方ない。父に対して早く死ねと思われていたとしても仕方ないと思う。

初めて行った終末病院は閑散としていた。私は父があそこに入らなかったら、また最後の見舞いの機会に恵まれなかったら、地元に終末病院があったという事も知らなかった。

父のいる階に上がってみると、この先には来るんじゃねえ。と言わんばかりに棚などによってバリケードが設置されていた。また、先が見えない様に廊下の至る所に幾重にも白いカサカサしたカーテンが吊るされていた。目隠し。屋敷林の様に。そんな中で私達家族は一人ずつ父への見舞いをしたのである。

看護師の人に、それでは一人ずつお願いします。マスクも二重にしてください。このクリーンスーツを着てください。ヘアキャップもつけてください。一人面会十分です(二日目は五分になった)。と、そう言われて。

その面会の際、一日目の帰りだったかな。至る所にカーテンがぶら下がって先の見通しが出来ない中、一度だけ、カーテンの向こうから声が聞こえてきた事があった。それは看護師の人の声だったのだと思う。それから、そこに終末病院の患者がいたみたいだった。

「○○さんどうしたんですか。こんな所に立っていて。さあ、病室に帰りましょうね」

「ねえ○○さん、ずっと立ってたら疲れるでしょう。立山から来たんじゃないんだから」

そう聞こえた。しかし、私の前には看護師の人が、案内。案内という名の監視をしている看護師の人がいた。だからそう聞こえたからと言って「今のは何ですか。立山って」と、そちらに行くことは出来なかった。クラスターが起きないかとピリピリしている終末病院の中だ。勝手な行動は出来なかった。

父が死んでから。関東に戻ってから。図書館で調べた事がある。人間の、病、症状、状態について。それで、起きたきり。という症状がある事を知った。病に伏せ寝たきりという状態になる人がある。そういう人がいる。祖母は家で死んだが、最終盤そうだった。その逆の状態を差すらしい。起きたきり。それは起きているだけなのか、立ちっぱなしなのか。そこまではわからない。でも、立山という言葉から想像するに。立っているのではないか。ずっと立っている。ずっと。ずっと。

2024年11月14日公開

© 2024 小林TKG

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