RE:Japan

破滅派19号「サミット」応募作品

諏訪真

小説

11,871文字

滅びて始まる生がある。
国に於いても同様に。

竹之内光はごく普通の公務員の家の生まれである。東京都内の新宿から電車で二十分ほどの所に住んでいる。一風変わったところがあるとすれば、大層人気のある動画配信者であるということである。手がけた動画は流行どころのゲーム実況やアニメ同時視聴などもあるが、竹之内を大人気の配信者たらしめているのは、その異常なまでの行動力である。

転機となったのが、半グレ共による振り込め詐欺の追求である。竹之内は見事犯行を突き止めるも半グレの逆襲により炎上に巻き込まれ、高校を退学する羽目になった。しかし寧ろそれで吹っ切れたのか、社会系配信者として名を知らしめることに成功した。

竹之内が配信生活を始めて数年が経つと、彼を取り巻く世界的な状況も変化を余儀なくされた。最初に起こったことがエネルギー危機、つまり石油の枯渇である。この全世界的な脅威に対し、各国も様々な対策を講じた。一つは再生可能エネルギーだったが、これは気象や土地の条件に激しく左右されるため、全世界的に化石燃料を置き換えるにはまだ課題が多く残されていた。

続いてバイオ燃料のさらなる改善、そしてもう一つは次世代の核融合エネルギーである。これに関して日本の研究成果が実用可能な領域へと推し進めたことにより、全世界的にこのエネルギーを推進する方向で合意を得た。

アメリカと中国の二つの超大国が先ずバイオ燃料の量産に着手した。広大な農地を持つ両国が石油で賄っていた量の十分の一ほどをバイオ燃料で置き換えることに成功した。そして次世代のエネルギーの中心となる核融合に必要なヘリウム3採掘のための軌道エレベータをアフリカ、およびメキシコに建造した。続けて宇宙ステーションが軌道エレベータ上に建造され、アメリカにとってアポロ計画以来となる月面着陸のプロジェクトが始まった。

 

ここまでは順調に進んでおり、人類にとって明るいニュースでもあったが、次に竹之内に待ち受ける運命は、日本にとって開闢以来の非常事態だった。それは皇統断絶である。

その瞬間は、歴史に記すには余りも呆気なかった。どこにでもありふれている交通事故という形で皇太子の命は絶たれた。既に今上は病に伏せており、実質公務は摂政である皇太子が行っていた。そう遠くないであろう崩御の後に、皇太子はそのまま天皇に即位そして改元という流れを多くの国民は想像していたに違いないが、実際に起こったのは皇太子の事故死と、後を追うような今上の病死だった。

竹之内にとって天皇の死について印象に残っているのは、遙か昔に見た先々代の天皇の崩御の際の連日のニュース映像くらいだった。確かその時は雨が降っていて、陰鬱な空気だった事を覚えている。幼少期だったので、見たい番組が見られなくなった事への不満の方が大きかった。

 

今回の場合は、その時のような陰鬱なものでもなく、あらかじめ用意していた弔辞を読むような厳かさもなく、ただあっけなさだけがあった。大多数の日本人にとって、天皇の消失により何がどう変わるのか、具体的に想像できる人間は非常に少なかった。

ただぼんやりと確信を得ない不安さが渦巻いていた。実質の国家元首ではあるが、法律上の立ち位置としての象徴というものが具体的に日本をどう動かしていたのか、それを国民が理解するには更なる時間が必要だった。大衆にとっては石油に変わるエネルギーの方が遙かに関心が高かったからだ。

空位となった国家元首について、興味深いのは誰一人「我こそは」と名乗り上げる者がいないのに、担ぎ上げる人間は雨後の筍のごとく湧いてきたことだ。専門家ではない竹之内にとって、その誰もが何かしらの正当性を、一欠片は持っているように思われた。

 

天皇がいなくなるとどうなるのか。確実に起きることは、御名御璽を押す人間がいなくなる、即ち法案の承認が通らなくなるのだ。仮にも法治国家である以上法律を中心に進めている手前、法案が通らなくなるとは重要な政策は全て見送られるということだった。

ここに来てようやく混乱が波及してきた。国が滅びるという体験は、少なくとも一般的な日本人には縁がない。第二次大戦の末期では滅亡の瀬戸際という危機感が骨身に染みている人はいたそうだが、そこから一世紀近くも経つと、肌感覚で理解している人はもういない。あるいは既に崩御した天皇は、先代や先先代から伝えられていたのかもしれないが、国民には預かり知らぬ話である。

この大変革は日本人の意識の変化を待つまでもなく、国を分割していった。中国を後ろ盾に持ち、下関を首都とする西日本と、アメリカを後ろ盾に持つ仙台を首都とする東日本とに分かれた。

それぞれ下関と仙台とに建設された核融合炉の発電所を中心として人が集まり、その後に首都に発展したというのが経緯である。核融合発電の主な基礎技術は日本製だが、それを実現する資金や人員について、もはや日本一国ではほとんど賄えない状況であり、発電所の完成後の運転開始から送電まで、ほぼ米中の企業が中心となって担っていた。

一方、旧首都圏だけはかろうじて独立自治権を認められ、関東特区として存続することが出来た。これは日本国というより、東京都知事の権限の延長に位置するという方が正しい。寧ろ日本崩壊後に東京埼玉神奈川が合わさることにより、世界でもかなりの規模の独立自治区が誕生した。ただし特区の世論も、やがて日本復興を求める声が、徐々にではあるが広がっていった。

 

そんな大混乱の最中を、竹之内はどう過ごしていたかというと、この大変動の時流に乗るべく、時事解説系の動画をせっせと拵えて再生数を稼いでいたが、彼にとっても転機となり、そして人類史上に残る大事件が起こった。

それは宇宙人の来訪だった。この時代を後世になって回顧するとき、その時居合わせた人にとって最も強烈な印象を残した事件であった。SF映画でしか見たことのないような空飛ぶ円盤(それを宇宙船と意識出来たのはフィクションで描かれたとおりだったからだ)が東京の上空に現れた時、何割かの日本人はこの日本の混乱と何かしらの関係を無意識に予感したかもしれない。未確認飛行物体から地球全土に送られたメッセージは、非常に短くシンプルなものだった。「ワレラキカンセリ」と。飛行船団の中から最も巨大な船が皇居の上空に接近した。

 

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2023年4月16日公開

© 2023 諏訪真

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