Sea

海より来たるもの

応募作品

諏訪真

エセー

2,282文字

今はオチのあるフィクションより、オチのない事実の方を書きたい。
合評会2021.07 「海」

一時期ネットの怪談サイトを巡回していたことがある。個人的に興味深いネタはいくつかあるが、海にまつわる怪談を思い出すと、ある共通点を持つ二つの話を思い出した。一つ目はこんな話だ。

ある海沿いの街には奇妙な風習が残っている。冬の暮れの日は一晩中戸も窓も閉め切り、決して外を覗いてはいけない。どこの家にも門に籠が被せられ、入り口に短冊のようなものを吊るしている。

この話は語り手とその友人は小学生である。彼らは好奇心に負けて夜中に便所の窓を開けて外をみようとする。

そこには海から丸太のような黒い何かが伸びてきて、生臭い匂いを放ちながら家々を回っているという様子だった。やがてそれがこちらに気づく。近づいてきたところで語り手は見るのをやめるが、友人が俺にも見せろと言って覗くと不幸にもその黒い何かを真正面から見てしまう。それからどう呼びかけても反応がなくなる。異変に気づいた父親が子供らを部屋に引き戻し便所の戸を閉めるが、既に友人は精神に変調を来してしまったというものだ。

もう一つの話は大学生の二人組の話だ。彼らがペットの犬を連れてドライブで訪れた海沿いの街で遭遇した怪異だ。先程と同様に家々は戸を閉ざしていて話ができる住人がいない。仕方がないので神社で一晩過ごそうとする。夜になると、先程の話と同様、海から臭気を放つ黒い丸太のようなうごめくなにかを見て一目散に車で逃げる。一緒につれていた犬が振り返りそれを見てしまい気が狂ってしまう。

いずれもどこかしらに地域では、黒く不定形で凄まじい臭気を放つ何かが海からやってくる日がある、そしてそれを直視すると精神に変調を来す、というものだ。

 

気になって調べてみるとどうやらそれらには共通の元ネタがあるらしいことが分かった。それは海難法師と呼ばれる妖怪だろう。伊豆大島の泉津地区の逸話に由来し、現地では日忌様と呼ばれている。

日忌様の逸話とはこうだ。昔、伊豆大島に悪代官がいたが、伊豆の若者二十五人が誅殺し神社の大木を切り倒して筏にして逃げた。しかし流石に代官殺しの下手人を匿ってくれるところはなく、彼らは伊豆七島を転々とした。やがて彼らは匿われることなくそのまま海で遭難して死んでしまった。

海難法師は誅殺された代官か、あるいはこの二十五人の若者が帰ってくるとも伝えられており、今でも伊豆大島の泉津地区では一月二十四日には一晩外に決して出ないという。

 

本稿を書くだけなら、別に資料の収集だけで上記および詳細は纏められるが、私はどうしてもその泉津地区の日忌様の祠がある波治加麻神社が気になったので、七月の上旬に伊豆大島に行ってみることにした。

東京は浜松の竹芝ターミナルからジェット船に乗ること二時間弱で伊豆大島に到着した。伊豆大島は北の岡田港と西の元町港と二箇所港があり、日によってどちらかが発着場になる。私が行ったときは行き帰り共に北の岡田港だった。

レンタカーを一日契約して早速泉津へと向かった。泉津は島の北西の地区である。岡田港から島の一周道路にそってそのまま西へと向かう。

途中泉津の切通が見たかったのでそちらに寄った。大岩を切り開いた石段の細道は確かに絵にはなるが、入り口だけが見どころで、奥には行っていない。

途中で現地の人にあったので日忌様の風習のことについて聞いた。今はもう泉津地区の人でも半分くらいの人しか物忌をしていないそうだ。波治加麻神社と、日忌様の祠はこの切通の少し南にある、と聞いた。一周道路にそって徒歩で南に行くと通りから少し内陸に入ったところに参道がある。神社の神域は想像していたより開けていた。杉の木々も丁寧に枝打ちされていて、見晴らしが良くなっている。

参道は普通に木々の間がうっすらと通り道になっている程度の整備だが、暗鬱さがないのはきっと木々が手入れされているからだろう。拝殿は参道の奥にあった。手水舎は野晒しのまま苔が浮いている。日忌様の祠は参道の入り口の脇の、神社に向かってやや左手から伸びた道を二百メートルほど先にある。祠への道は山道というより開けた獣道という趣だった。強い湿気と飛び交う虫が妙に不快だった。道を五分ほど進むとやや盛り上がった高台の上に祠はあった。この辺りはやや鬱蒼としていて暗鬱さが漂う。

確かに祠はあった。現地の文化保存会が建てた看板に、ヒイミサマの伝説の由来が記載してあり、その内容は既に事前に調べたものと相違はなかった。

 

この旅で得たものというと以上で全てだ。実際に泉津を見て元の話について思うところが幾つかある。どちらも島の話という感じではない。本州のどこかというイメージがする。片方の話はツーリングでたどり着いたという感じだが、ツーリングで気軽に行けるところではない(客船に車ごと乗れば行けるが)。しかし海からやって来るもののイメージの共通は何に由来するのだろう? 最初に誰かが語った話のイメージをそのまま踏襲していったのだろうか。泉津以外の地区の人に話を聞いても、この風習は泉津の人のみが行っているという。

それともう一つ。海のイメージだ。夜の伊豆の海を見ると、仮に物忌みで引きこもり明かりも殆ど漏れていないような場所で海の方を見ると、それは墨をぶちまけたような黒一色でその中から何が出てこようが見分けがつくのだろうかと。これらの話のイメージでは海のイメージが実際より遥かに明るいが故に海から来たる何かがはっきりと見えていたのだろう。実際は明かりも人気もない港町から海を見ると、何が上がってこようがきっと音と匂い以外では何も気づかないだろうと思った。

2021年7月19日公開

© 2021 諏訪真

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"海より来たるもの"へのコメント 14

  • 投稿者 | 2021-07-21 22:10

    伊豆大島での怪談調査記。特に何かが起こるわけでないものの、島のさびれた雰囲気が寂しげでちょっと怖い(たしか『リング』も伊豆大島が舞台だったはず)。実際に見聞きしたものを正確に記録しようとする姿勢に好感が持てる。切通しにあえて入っていない(そして入っていないことを正直に書いている)点や「強い湿気と飛び交う虫が妙に不快だった」などのディテールが生きている。

  • 投稿者 | 2021-07-22 00:21

    まったく、伝承というものはいい加減で、魅力的なものですね。
    まだ科学が発展すらしていなかった頃、この作品に登場する伝説のように、不可解なことはすぐに「超常現象」の類で説明されました。
    そんな話に振り回される現代と、著者。
    稚拙な感想で申し訳ないですが、著者の行動力と描写能力に最大の尊敬を送らせていただき、締めくくらせていただきます。
    素敵な作品をありがとうございました。

  • 投稿者 | 2021-07-23 20:10

    「日忌様」の描写に東日本大震災の津波を連想してしまいました。土地の言い伝えとか迷信とかは、過去の何かの(たぶん恐ろしい)記憶が元になっていると思います。
    新月で月光のない夜の高潮への警戒と、冬に入って荒波が増えることへの用心から、漁に出る人たちの慢心を戒めるためこんな習慣ができたのかなと想像しました。

    真さんのルポルタージュ能力を見た思いです。
    御作に神社が登場することが多いような気がするのですが、科学とか理性とかで割り切れないものへのこだわりなのでしょうか。描写の強さに目で見た事実を書き残そうとする心の強さを感じました。こんな作品をもっと読みたいと思いました。

  • 投稿者 | 2021-07-23 23:59

    これから楽しそうだな、というところで終わってしまいました。
    伝承を調べるというのはとても大変な作業だと思いますが、少なくとも文面を見る限りは淡々とこなされていてすごいなと思います。

  • 投稿者 | 2021-07-24 03:09

    文章に力強さを感じました。言葉の使い方が的確で全体に勢いがあります。調査をしに、本当に伊豆大島に行ってしまったのが凄いと思います。確かに、暗闇では黒い妖怪(?)は見えませんよね。

  • 投稿者 | 2021-07-24 21:48

    伊豆大島の現地の人に話を聞いたところ、ついつい現地の人の格好やら話しぶりやらを期待してしまいそうになりますが、そういう描写はきっぱし省いているところに、気概を感じました。

  • 投稿者 | 2021-07-25 10:14

    取材旅行に行かれたんですね。羨ましい笑 語り口が三津田信三っぽくて引き込まれましたが、伝承なんてものは結局そんなものなのでしょう。そこから話を膨らませられるかが伝奇小説を書く上での大きなポイントなのかなあと思いました。

  • 投稿者 | 2021-07-25 16:01

    以前も神社の話を合評会に提出されてましたよね。で、それだけで勝手な想像なんですけども、神社とか好きなのかなって思いました。いや好きだからなんだってことではないんですけども。昨今、山の話を集めた山怪とか人気らしいですから、集めたら何かになるかもしれないですよねえ。

  • 編集者 | 2021-07-26 00:36

    まず実際に現地に取材に行かれたのが素晴らしい。俺はあまり海に行かないもので、やはり海は青くて適度に綺麗な物と言う先入観があったが、伊豆大島の夜の黒い海の描写を見て考える事が色々あった。自然災害など無くとも、普段から海は適度に恐ろしいのだろう。怪談が結局何を意味するのかは分からなくとも、その手前の風景を知る事が出来て面白かった。

  • 投稿者 | 2021-07-26 00:48

    はじめまして。
    うろ覚えですが、ラヴクラフトの作品にも少し似たような話があったように思います。海から不気味なものがやってくるというというのは何か普遍的なものがあるのでしょうか。なにか悲惨な事件の記憶、それもおそらくはそのままの姿では伝承されていないそれが潜んでいるようで興味を掻き立てられます。
    ただ、これはまるで見当違いな感想かもしれませんが、最初に伊豆大島への紀行文で始まって、来た動機を明かす過程で伝承が出てくるという形でも良かったような気もします。若干竜頭蛇尾の感がありました。

  • 投稿者 | 2021-07-26 09:56

    短いながら、伝承のいい加減さと形容しがたい不気味さと、だからこその伝承モノの魅力を感じさせてくれました。

  • 投稿者 | 2021-07-26 14:05

    こうして目的を持った旅に出るの、良いですね。遠出したいです。
    昔の方が灯りが弱く、夜は暗かったので、昔の人の方が夜は目がきいたのかなと思いました。どの程度昔かにもよりますが……。
    私は鳥目なのできっと日忌様が来ていても見えないんでしょう……。匂いで感じる存在は不気味ですね。

  • 投稿者 | 2021-07-26 18:25

    私はなかなか旅行に行く機会がないので、調査旅行に行けるとは羨ましい限りです。
    風景描写が目を引きます。
    フィクションとされてはいないようですが、長編の導入部という雰囲気がしないでもないです。
    前回もそうでしたが、小説として書かれては、と思わずにはいられませんでした。

  • 投稿者 | 2021-07-26 20:49

    真さんの「素の自伝なのか創作なのかわからん!どっちだ」シリーズ。好きなんですよね、その感じ

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