余は如何にして破滅派同人となりし乎

応募作品

諏訪真

エセー

2,949文字

とりあえず、内村鑑三先生には先に謝っておきます。
破滅派合評会2021年5月(テーマ「ワクチン」)応募作。

ちょうどこの時期で引っ越して一年が経つ。引っ越しをしようと思ったきっかけは、コロナというよりただ単に近隣の騒音トラブルだった。両隣のどちらかの部屋から大騒ぎがしてくるというもので、気にしない人には気にならないが、私にとってはもう平和の喪失だった。

始まった頃は月に一度あるかどうかだったが、一年以上が経つとほぼ隔週、ひどいときは隔日でこちらの平穏を妨害してくる。仲介会社経由でクレームを付けるたびに、騒音の頻度が増えてくるほどだったから、もう話し合いとかは無理だろうと諦めの境地に至った。この期間について、正直コロナにかかっているのとどっちが辛いだろうかと聞かれたら悩むほどには辛い。前職在職中のほぼ全てがそのトラブルの期間に含まれるほどだから、寧ろ決断が遅すぎたという気がする。

引越し先は渋谷にほど近いところにしようと決めていた。場所的に神奈川の引越し元に比べると家賃は割高になるが、だいたいこの業界はオフィスがあの辺りに集中しているので通いやすくなる。また当時勤めていたところは渋谷に近いと家賃補助が出たので、当時に限ればプラスマイナスでいうと家賃負担が減るというのもあった。

不動産屋に行って色々と物件を見ていると、あるマンションが条件に当てはまった。内見が出来ない物件だったが、鉄筋コンクリートであること、角部屋であることなどを加味して、今いるところよりは確実にマシになるだろうという当たりをつけ即決した。

実に数年ぶりの引っ越しだったが、マイペースに引っ越しの段取りを進めていった。引っ越し代を減らすため、自転車は自分で移動して持っていくつもりだった。

適当なタイミングの土曜日に自転車だけを運ぶため、神奈川の引っ越し元から引越し先まで自転車で移動した。地図上でルートと距離を確認したところ、ちょっと遠いというくらいの距離で、ものの数時間でつくだろうという見込みだった。

ちょうどコロナが流行り始めた頃だった。まだ緊急事態宣言も出ていなかったが、試験的にリモートワークが導入されていた。この頃ぐらいから、外に出る人がやや減り始めたと記憶している。外を出るのにマスクが必ず必要になり始めていた。マスクをしないで外を歩いていると、ひどく非難めいた目で見られたのを覚えている。

綱島街道沿いに北上し、武蔵小杉、新丸子を経て丸子橋を渡る。このあたりはロードワークでもよく来る場所だった。田園調布から洗足池を越え、更に坂を三つほど超えて五反田を目指した。ようやく目黒川に出るとそのまま左折して渋谷を目指した。この辺りから出勤で何度も通った場所だった。いつもよりも目に見えて人が少ない。たまにマスクをした人とすれ違うたび、無意識に恐怖感を覚えた。コロナウイルスそのものの、具体的な恐ろしさは理解していたとは言い難いにもかかわらず。

どうにか引越し先へたどり着き、駐輪場に自転車を置くと、そのついでに内見も初めて行った。引越し前よりはやや狭い。だがさすが鉄筋コンクリートなだけあって壁の造りはしっかりしている。少々叩いたくらいでは全く音が響かないのでやっぱりここにしてよかったと思った。

カーテンのサイズを知るため、窓枠だけ測ってから電車で帰宅した。電車の中は換気をいつもよりよくしているとはいえ、周りの人に対しては不安を覚えたままだった。

 

引っ越しと諸々の手続きが滞りなく終わったのが五月の連休に始まる前だった。要らなくなった電子機器を処分するため、渋谷駅前に何度か行ったが、実際の光景は想像を上回っていた。何の先入観もなしにその光景を見たら、きっと今が戦時中だと言われたらそのまま信じていただろう。

渋谷がゴーストタウンと化していた。店の空き状況もまばらで、幾つかの店はシャッターが降りていた。人通りも驚くほどに少ない。特に駅前の状況は目を疑うほどだった。漠然というレベルを大幅に超えた何かしらの危機を示していた。既に見えない何かとの戦いは始まっていたのだ。私はここで初めて引っ越す先を間違えたのではないかと思った。何を勘違いしたか、疎開が始まっているときに都市部に転居するような、間抜けさを感じた。

それから家で過ごす時間が大幅に増えた。外に出てもすることがないというより、あの光景を見るのが嫌なのだ。家で本を読む時間が増えた。実のところ、紙の書籍は引っ越しの際に読まなさそうなものは処分していた。そのことを今更になって後悔した。

大型連休に入った頃からやや体調がおかしくなった。連休中ずっと微熱が続き、体温が高いときは37度を少し超えた。もし仮にコロナウイルスに感染してのものだとしたら、引っ越しの最中ということになる。心当たりがあるとすれば、自転車で新居まで移動したときだ。素人判断でもしょうがないのでとりあえず内科に行くことにした。37度5分を超える熱は出ていないので、保健所事案ではない。それでも内科からは異様に警戒されたが。結果としてコロナウイルスによるものではなかった。後で分かったが花粉症だった。ちょうどその時期だったということを失念していた。

 

ところで私は同人ゲームを作っていた。ボリュームの割には大変な時間をかけたものがどうにかリリースし終えて、その後のことについて模索していたところだった。テキスト主体のゲームだったので、その方向性を継続するなら、きっと次は文章創作になるであろうことは予測していた。その頃から文学同人に入りたいと思うようになっていて、引越し前からぼんやりと考えていた。

文学横浜の会という同人があるのを知っていたが、引っ越しを機に横浜から離れてしまうので諦めるしかないと思っていた。改めて東京近郊か、あるいはネットでも参加できるところを探してみた。すると見つかった。「破滅派」という同人らしい。無頼派の後継かと思った。実際、太宰や織田作之助の信奉者ぽい人がいる。とりあえず登録だけしてみた。合評会なる企画もあり、テーマを見てみたその当時は確か「Uber Eats」だった気がする。利用したことがなかったので書けずじまいだったがいつか挑戦しようとその時思っていた。

最初のテーマの「幻の魚」のときにようやく提出が出来た。もっとも提出までにボツ案が二本くらい出来たが。その頃になると、実に二十年ぶりに文学沼に浸かっていた。感覚としては学生時代よりはやはり衰えている気がする。あの頃ほど尖ってもいないが、文学への必然性自体は、当時よりよほど感じていた。それは、就職と当時にあっさり文学から離れたことからも明らかだった。モラトリアム的なものがきっかけだったのだろうと今思い出せばそんな気がする。コロナとは違い季節性の病みたいなものでしかなかった。

 

今思っていることがある。コロナがきっかけで再び文学に戻ってきたとするなら、コロナのワクチンが普及し、この危機も去った後でなお文学に残り続けていると言えるのだろうかと。

きっとその時はその時の何かしらの危難が身近にまで影響を及ぼしていて、それが鎹になっているという予測もあれば、また以前のように熱が冷めたようにあっさりと離れるかもしれないという予測もぼんやりとある。結局はその時になってみないと分からないが。

 

2021年5月24日公開

© 2021 諏訪真

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"余は如何にして破滅派同人となりし乎"へのコメント 11

  • 投稿者 | 2021-05-25 06:01

    自分も初めての破滅派合評会はまぼろしの魚だったので懐かしかったです。当時の事を思い出しました。私はある他人様の話に感銘を受けてそれにポイントを付与したら、なんか読み専で合評会の表の下の方に入ってしまって、やべやべやべってなって慌てて話を書きました。しょうもない思い出です。こんなエピソードはゼロです。うらやましい。

  • 投稿者 | 2021-05-25 06:03

    私は参加してすぐに「Uber Eats」に応募したのでほぼ同期だったんですね。
    改めて、コロナはいろんな人の人生を変えちゃったんだなあと痛感します。

  • 投稿者 | 2021-05-25 08:21

    私は合評会、初めてなので、点数の付け方、ほんとに合評会が行われるのか、行われないのかさえ知りません。破滅派の投稿者の方々の文章の力に感動しています。今までいた所はぬるい、めそめそした女性が多かったので。他のサイトの悪口を言うのはよくないですね。すみません。綱島は祖母の実家がある所で、私は五反田から電車に乗って二十分くらいの所に長く住んでいました。また行ってみたいのですが、このご時世では……

  • 編集者 | 2021-05-25 20:08

    諏訪真氏始め、色々な人に会えて楽しい。破滅派と言う名前は、明らかに何かを引き寄せる力がある。俺は2015年秋に規制騒動により破滅派に漂着したが……まだ「なろう」にいたら、あるいは「ハーメルン」に留まっていたら、どうなっていただろうか……。

  • 投稿者 | 2021-05-28 09:33

    私も鈴木さん同様「はじめてのUber EATS」で初めて合評に出しました。コメント欄を見てると思いの外破滅派同期が多く驚きました。
    私も諏訪さん同様コロナがきっかけで始めたのですが、皆さんそうなんでしょうか?
    ただ、「ワクチン」というより「コロナ」にフォーカスされた作品のように見えたのが気になりました。

  • 投稿者 | 2021-05-29 06:46

    コロナのおかげで小説を読むようになった人も多いのではないかと思いますが、たしかにコロナ禍が終わったらまた読む人が減るのかもしれません。
     チルアウトなビートが最近は流行っているので、小説もコロナ禍に限らず、多忙な日々からチルアウトできる楽しみだと広まってほしいと個人的には思います。
    「あっという間に読めました」
    というのが、売れ線小説のキャッチコピーとなっていますが、本当に面白い小説はそんなに早く読めないことを認識する人が多くならないといけない気がします。

  • 投稿者 | 2021-05-30 12:34

    コロナ禍の中の東京を描写した貴重な記録。ワクチンの存在が薄いのは、今の時点でまだ作者の世代にワクチンが行き届いていないから仕方がない。「はじめてのUberEats」というお題で数々の才ある書き手の関心をひきつけたJuan.Bに快挙を贈りたい。せっかく読みやすい几帳面な散文が書けるのだから、このまま書き続けてほしいものである。

  • 投稿者 | 2021-05-30 15:10

    コロナは単にきっかけだと思います。書きたいことがある人は、いずれは書き始めるようになるものです。
    諏訪真さんの作品は内面を深堀した自省的なものが多く、このような振り返りの記録モノに相性がよさそうです。ゲームプログラミングや格闘技、スポーツ、文学、映画、lそれから競馬等、各方面の知識も豊富そうです。何かのテーマに特化した作品を読んでみたいと思いました。
    それにしても若者から私のような年寄まで創作の場を提供してくれる破滅派は本当に偉大です。

  • 投稿者 | 2021-05-30 22:10

    そういった経緯があって破滅派に入られたのですね。真さんと知り合えて、一緒にホアンさんのイベントに行ったり、飲みながらくだらない話で盛り上がったり、楽しませてもらっているのでコロナが終わってもよろしくお願いします。それと「疎開が始まっているときに都市部に転居するような、間抜けさを感じた。」この例えは秀逸ですね。

  • 投稿者 | 2021-05-30 23:41

    エセーということですが、東京の地理に疎く、コロナ前後もあまり風景の変わらない地方にいる者にとっては、ストレートな心情が反映された小説のように読めました。
    内的感情を吐き出す文章を私も書きたいです。

  • 投稿者 | 2021-05-31 17:52

    真さんはもっと書ける人だと思っているのですが、前半ちょっと不調な感じが言葉遣いに見え隠れしていますね。後半は上がり調子なので、あと1000文字あったらいいところまでいったかもしれない。

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