飼育

牧野大寧

小説

1,803文字

わたしがほしかったのはぎゃおっぴではない。たまごっちなのだ。今、わたしの手の中にあるのはぎゃおっぴであり、たまごっちではない。なぜたまごっちではなくぎゃおっぴがあるのか。わたしはたまごっちを買ってきてほしいと母にねだっていた。それなのに母がたまごっちとぎゃおっぴを取り違えて買ってきたのだ。ぎゃおっぴはたまごっちブームに乗って作られたたまごっちの模造品であり、育てるのはたまごっちではなく恐竜だ。母はたまごっちとぎゃおっぴの違いも分からずに買ってきたのだろうか。そうではないとわたしは考えている。大人気で手に入らなくなっているたまごっちをねだられた母は、わたしをあきらめさせるために間違ったふりをしてぎゃおっぴを買ってきたのだ。わたしはそう考えている。わたしはしかたなくぎゃおっぴで恐竜を育てているが、液晶画面に映るキャラクターを見るたびにそれがたまごっちではないことにがっかりする。

となり町のタカラポートにはたまごっちが売っている。しょうこちゃんがそう言っていた。しょうこちゃんもわたしと同じように母親からぎゃおっぴを買い与えられたぎゃおっぴ仲間である。しょうこちゃんはぎゃおっぴの恐竜に名前をつけていたけど、わたしは名前なんてつけるつもりはない。わたしがほしいのはたまごっちなのであり、ぎゃおっぴを育てているのは一時的なことなのである。しょうこちゃんの家はわたしの家のとなりのとなりの、そのまたとなりのとなりの、さらにとなりのとなりにある。近所といえば近所である。だけどわたしはしょうこちゃんの家に入ったことがない。しょうこちゃんのお母さんが友達を家に入れるなと言っているらしい。わたしはしょうこちゃんのお母さんは頭がおかしいのだと思う。だからわたしとしょうこちゃんが遊ぶときは、しょうこちゃんがわたしの家に来る。わたしはしょうこちゃんと一緒にタカラポートに行く計画を立てた。実はしょうこちゃんはもうぎゃおっぴで満足しているんじゃないかとわたしは勘づいていたけれど、どうしてもたまごっちがほしかったわたしは気付かないふりをした。しょうこちゃんもわたしに合わせて、早くたまごっちがほしいねえ、なんてことを言った。

その後のことはあまりはっきりとは覚えていないのだが、タカラポートにはたまごっちが売っていなかった。そのうえ、しょうこちゃんは実はお母さんには内緒で隣町に行ったので、家に帰ったしょうこちゃんはお母さんに怒られて、わたしと話をすることをしばらく禁止された。

たまごっちが手に入らないまま、わたしには生理がきた。赤ちゃんができる体になったのだと母から言われたが、わたしが育てたいのは赤ちゃんではなくたまごちだった。

中学生になったしょうこちゃんはシンナーを吸っている。グレたからだ。わたしはグレてない。グレるとどうしてシンナーを吸いたくなるのだろうか。わたしは毎日早く学校が終わらないかなと思っている。家に帰ってファイナルファンタジー8が遊びたいからだ。しょうこちゃんも早く学校が終わればいいと言っていたけど、それはシンナーを吸いたいからなのかもしれない。

わたしがしょうこちゃんと話す機会はどんどん減っていった。中学三年のもうすぐで卒業という時期になって、わたしはしょうこちゃんに話しかけた。それがもうしょうこちゃんとの最後の会話になるような気がしていた。わたしは自分からしょうこちゃんに話しかけたのにもかかわらず、まったくしょうこちゃんの話に興味が持てなくて、すこしむなしい気持ちになっていた。しょうこちゃんは動物が好きだから将来は動物園の飼育員になるのだと言った。りっぱな動物を育てるらしい。わたしは動物があまり好きではない。人間も動物だから人間のこともあまり好きではない。しょうこちゃんは人間のことは好きなのだろうか。そういえばバスケ部の誰かとしょうこちゃんが付き合っているという話を聞いたことがある。しょうこちゃんは動物が好きなのだから人間のことも好きなのだろう。動物が好きだから動物を育てるというのならば、人間のことも好きなのだろうから人間も育てるのだろうか。わたしは頭の中で、人間たちがたくさんいる檻の中に向かって、しょうこちゃんがバケツから餌を投げ入れている様子を想像した。ぎゃおっぴをちゃんと育てていたしょうこちゃんなら、りっぱな人間をたくさん育てられるのかもしれないとわたしは思った。

2022年9月8日公開

© 2022 牧野大寧

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