うさぎと亀 前夜

牧野大寧

小説

1,577文字

あなたが負けず嫌いなのは今にはじまったことではないけれど、いつもそのたびはじめて知ったかのようにわたしはおどろかされ、そして今回もあなたがいつもより遅く巣穴に帰ってきたとき、あなたの態度から負けず嫌いに関わる何かよくないことがおこったのだとわたしは感じた。あなたの顔をみてもわたしは何も言わなかったけれど、ふつふつとあなたの感情が溢れ出していくのが明らかだった。わたしたちは一緒にヤブガラシの葉をたべはじめたけれど、少しもしないうちにあなたは想いを爆発させた。
「死んでしまえ! あんなやつは!」

あなたは気持ちを落ち着けることができず、巣穴の中を行ったり来たりして、むやみに地面を掘りかえした。いちど外に飛び出したあなたはやがて帰ってきて、黙っていたかと思うと口を開いた。
「動きの速さなんてぼくらの人生には関係ないと思わないか?」

それは質問だったけれど、質問ではなかった。あなたが感情をうまく表現できないとき、それをあなたが話す気分になるまでわたしは待っているのだ。今がようやくその時で、わたしはあなたに何があったのかと尋ねる。あなたは一瞬地面を見つめ、顔をこちらにあげて話をはじめる。
「茶色と黒のまだらで腹のところが白くなっている耳が立ってて見た目がわるいうさぎが突然飛び出してきて、おまえたちはいつも遅く動いているが一体何をしているのか、とぼくに向かって言ったんだ」

わたしは何も言わず、黙ってあなたの話を聴く。

「はじめは礼儀のない傲慢なやつが突然目の前にあらわれておどろいたんだ。関わらないほうがよいだろうと思って、すぐに立ち去ろうとしたんだけどそいつがつきまとってきてどんどん質問してきたんだ。動きが遅いから考えもおそいのかだの、何のために甲羅を運んでるのかだの。あいつらはぼくらよりも何倍も早く死ぬからあんなに無礼なんだ。ものごとを学ぶ時間が足りないからね。ぼくが何も言わずにどんどん歩いていたら、仲間を呼びやがってぼくをひっくりかえしたんだ」

だからあなたは帰ってくるのが遅かったのかと、わたしは思った。けがはなかったのか。かわいそうに。心配になってあなたの足や首にきずをさがす。

「足を少しすったぐらいで大丈夫。それよりもあいつらはぼくたち亀にたいしていつもそういうことをしているらしいんだ。許せない! おまえらの遊びのために亀は生きてるんじゃない! あいつらは寿命はみじかいし、甲羅もないから肉食動物に食べられるんだ。だのに何かを馬鹿にして生きることに時間を使うとはなんとおろかなのか!」
わたしはあなたの気持ちが理解できる。そのうさぎたちを許すことはできない。だけれど次の言葉を聞いたとき、あなたとわたしはまるで別の存在なのだということを思い知らされる。

「あいつらに競争を申し込む」
何を言っているのか理解できなかった。速く動けるのかどうかなんてどうでもよいとおもっているのはあなたなのに、わざわざ競争をするなんてことが理解できなかった。あなたの負けず嫌いが、またわるい方向に働くのではないかと心配になった。わたしがまだおどろいた顔をしていたからなのか、あなたはわたしの目を見つめ、ゆっくり言葉にした。
「ぼくらにとって、足が速いのかどうか、どっちが速いのかなんていうのはしんそこどうでもよいことで、だけれどぼくらの、ぼくらの主体の全てをそそぎこめば、あいつらよりも速くうごくことができるんだ。それを分からせて、亀の尊厳を守らなければいけない。ぼくのことだけではなくて、ほかの亀たちにたいするあんな扱いをやめさせなければいけない」
あなたは常に予想外で、それでいてやっぱりそれがあなたなのだと思い出す。素直に考えればあなたがうさぎと競争をしたところで勝てるはずはないのだけれど、わたしはあなたが競争に勝つだろうと、そのときこころとからだのすべてで思っていた。

2023年6月2日公開

© 2023 牧野大寧

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