未掲載。

巣居けけ

小説

4,533文字

不要な会話が非常に多いため、必要事項のみを書き出した後に削除された文書です。

なあ、中学時代の、教室の前の廊下での出来事だ。ほら、覚えているだろう? 他人である私が覚えているのだから、君も覚えているはずさ……。

例の数学教師から言われた一言だ。覚えているだろう?

君は今の自分のことを客観的に見て、どう思う? 成長しているのかな? それとも、成長なんて、していないのかな?

おっと、待ってくれよ。席を立とうとしないでくれ。

いや待ってくれ。誤解しないでほしい。別に、過去の話やトラウマについて議論するために君をこの部屋に呼びつけたわけじゃないんだ。仕事のミスやありもしない汚職について問いただすために呼んだわけでもないんだ。

とにかく座ってほしい。ここは白くて神聖だ。良いだろう?

冷静に話を聞いてほしんだ。耳を傾けるだけで良い。私の話を聞けば、君も自然と喋りたくなるはずさ。

ありがとう。

それで今日、話したいのは、君が駆除を担当していたあの蟲どもと、あの蟲によって発生した事案についてだ。まだ冷静さを欠いているようだから繰り返すが、君と雑談をしたいわけじゃないんだ。君のトラウマを楽しくえぐりたいわけじゃないんだ。

だからほら、もう一度、しっかりとそこに座りたまえ。新入の大学生のように行儀良くしてほしい。その椅子は良い物だ。神聖なこの会議室に似合う、最高級だ。

ああ、そうだね、珈琲を淹れようか。

新しい豆がね、手に入ったんだ。

 

どうかな? 旨いだろう。前回の物とはまた違う豆なんだ。前回は豆と一緒に山羊の糞を使っていたが、今回使っている糞は馬の物だ。苦味のほかに酸味も感じるだろう? それが馬糞の力ってやつなんだ。人間には無い力さ。

さて、本題に入ろうか。君は今月の二日、いつものようにあの蟲どもの駆除係をやっていたんだろう? 率直に訊くが、どうだった? 過酷な現場だったことは知っている。私は駆除後の始末を担当する科学者チームだからね。一部の蟲の死骸から発するあの黄色い粘液の悪臭もしっかり記録している。ちなみに私が思うに、あの粘液は連中にとっての精液のような役割を果たしているんじゃないかと思っているんだ。だからこそ全ての蟲からあれが出るんじゃなくて、一部、つまり雄個体の死骸にのみ確認ができるんだと思う。なあ、君はあの蟲の交尾を見たことがあるかい? 私は研究の一環として見たことがあるんだが、殆ど人間のそれと大差ないんだ。雌個体が股を開いて雄を誘惑し、性器に膨張した陰部が差し込まれる。ほら、人間の性行為と同じだろう? ただ唯一違うのは、挿入後にそれらしい動きが一切無いという点だ。挿入された性器が中で独自に動いているんだろうというのが私の意見なんだが、ここがどうにも難しくてね。蟲の性器を解剖してみても、内部に神経が確認できないんだ。強固な筋肉はしっかりと確認できるんだが、それを動かすのに必要な神経か、あるいはそれらしいものがどこにもなかった。つまり私の仮説は成り立たない。なにかほかの要因で性器を動かしているのか、それともそもそも性器が動くという考え自体が間違っているのか、わからないことだらけで頭がパンクしてしまいそうなんだ。

おっと、すまない。蟲の死骸から出る粘液の話だったね。まあ、それについては簡単なことさ。交尾を終えた雄が雌の性器から陰茎を抜くと、その陰茎には黄色い粘液が付着しているんだ。ここで確認できる粘液は、色から臭いに粘度まで、死骸からにじみ出るものと全く同じだった。よく、人間の男は死にかけると射精すると聞くけれど、蟲たちにも同じことがいえるのかもしれない。君はどう思う? 嫌になるほど嗅いできたんだろう? あの蟲の精液。

何? 珈琲のおかわり? もちろん良いとも。いくらでも飲むと良い。ここは珈琲屋とは違って、たくさんの豆が置いてあるわけじゃないが、珈琲屋とは違って、何杯飲んでもタダだからね。

一息ついたかい? それじゃあ話の続きをしようか。ええと、君は駆除係の中でも分析に長けていたんだよね? 前に出て蟲どもと対峙して、火薬臭い弾幕を張るより、一歩下がって状況を観る方に向いていた。そうだよね? ああ、よかった。ここで食い違いがあれば、また手続きが面倒なことになりかねない。とにかく、君は係の中で分析職員を担っていた。だから例の例の事案が発生した時も、現場に居た誰よりも状況を観ていた。そうだね? おっと、どうしたのかな? 珈琲が苦すぎたかな? いいや違うようだ。とりあえず吐くならそこのゴミ箱にすると良い。それには消臭剤が仕込まれているからね。私は酸っぱい香りが漂う部屋で君と対話するつもりはないからね。

ああ、良い吐きっぷりだ。音も下品だし、吐き終えた後の嗚咽も素晴らしい……。少し飛び散ってしまっているのはしょうがないか。録音でもしておけば、それなりの売り物になったんじゃないか?

え、いやいや、そんな目で見上げないでくれよ。……すまない。仕事柄吐瀉物にはどうしても反応してしまうんだ、脳がね……。勘弁してくれよ。

さて、落ち着いたかな。嘔吐をするほどの拒否反応があるってことは、やっぱりあの事案では相当な惨劇があったと思う。君に無理に聞き出すのは手間がかかりそうだ。おまけに倫理的に、まずいだろう。全く……。さきほど君のトラウマをえぐることはしないと約束したばかりだというのに、結局トラウマに触れることになってしまった。しかし安心したまえ。私は精神科医としての免許も持っているんだ。偽物ではないよ。私は渡り歩きが嫌いなんだ。これは正真正銘の免許だ。

ゆっくりと、トラウマの溶解から始めようか。さあ、とりあえずもう一杯の珈琲を飲もう。今からこの対話はただのインタビューではなく、カウンセリングを兼ねている対話になったのだからね……。

君はあの時の乱射について、どう思った? 錯乱した彼はとにかく目の前の異常を排除しようと考えた。だから銃を乱射した。後ろから見ていた君もそう思うのかい? そうかい。でも我々は違うと見ているんだ。私も、摩擦委員会の面々もそう見てる。委員長ですらそう言ってる。あれはただの錯乱ではない。目の前の異常が行った精神攻撃による結果。つまりは蟲どもの影響だと言っている。根拠は簡単なところにある。彼が真っ先に殺した蟲の死骸さ。あれを解剖した時は驚いた。骨格や筋肉が他の個体とは明らかに違っていたからね。つまり、彼が最初に弾丸を放った個体は変異種の個体だといえるんだ。

何か、変わったことはなかったかい? 彼が乱射をする少し前、例えば変異種の触覚などが活発に動いたとか、鳴き声とは確実に違う声を発したとか。微細な事で良いんだ。彼は確実に精神汚染によって乱射をしているんだ。そして影響は目の前にしかない。精神攻撃とは身体の一部を使って行うものだ。だから目の前の変異種個体にも、必ず異変があったはずだ。思い出してみてほしい。

おっと。さすがに二度目の嘔吐は完璧にゴミ箱に落としたね。流石だ。正確なのは射撃だけではなく吐瀉物の落下地点もだったようだね。

おや、私が今君の射撃の腕前について言及したことに眉をひそめたね。確かに君は駆除係では後方部隊だ。でもそれは駆除係に配属された後に定着した君の新しい顔だ。君はあの係に行く前は、前方で拳銃を握りしめていたはずだ。それも駆除対象は蟲なんかじゃない。もちろん規格外の異常存在でもない。それらと比べると真っ当に見える人間。しかしその人間は、いずれも真っ当なテロリストどもだ。

君は以前、テロ対策のチームに居たんだろう? そこで情報分析の能力を評価されて、おっと、違うな。昔話をする時間は無いんだ。話を戻そう。ほら、まずは珈琲を飲もう。

そろそろ尿意が芽生える頃合いかね。もしそうなったら遠慮なく漏らしてくれて構わない。代わりのスーツはいくらかあるし、私は男性が漏らす姿も見慣れているからね。いや、大丈夫? そうかい、ならそろそろ思い出したかな。あの事案の日、乱射の彼に何があったのか。厳密には、彼は変異種からどのような精神攻撃を受けていたのか。

ほう。なるほど、光か。それが蟲の身体に? なるほど、赤と青の……。まるで信号機みたいだねえ。それが点滅を? 三秒間隔か……。なるほど、なるほど……。

よし、よくわかったよ。どうやら変異種には強烈は発光能力が芽生えるらしい。そしてその光こそが、人間の精神に直接影響を与えている。一介の研究員の戯言でしかないが、おそらくそんなところだろう。これをもとに解剖作業を進めれば、もっと詳しいことがわかるはずさ。

よし、この件については今しがた解決した。あとは専門のチームに任せるとしよう。さて……。残った問題は君の今後についてだ。例の乱射によって駆除係は君以外が全員死んだ。君は後方だからこそ逃げることができた。でもなかなか滑稽というか、無様な逃げ足だったよね。負傷した野生動物かと思ったよ。か細い声を上げながら、捻挫した両足を引きずって非常出入り口までよくたどり着いたものだね。……いや失礼。指令室で君の様子を視ていたんだが、あまりにも可笑しかったものでね。思い出してしまったよ。でもね、君は私に感謝すべきなんだ。なぜか? それは明快。あの時君が縋りついた非常出入り口、あれを開いたのは誰でも無い私自身の判断だからね。

当時の指令室にはね、君らのことを見殺しにするべきだって叫んでた職員も数名居た。でも私は違った。優秀な駒を簡単に見殺しにするべきではない。それは組織として当たり前のことだ。だから君に逃げ道を与えたんだ。わかるだろう? 君が今ここで、こうして珈琲片手に私と対話できているのはね、私のおかげなんだ。そこで本題に戻ろうと思う。そう、駆除係という所属を失った君の今後だ。ほら見たまえ。ここにある一枚。なんて書いてあるかは、わかるだろう? そうさ。これからの君の面倒は、我々摩擦委員会が見る。これは決定事項だ。ははっ、まさか自分が倫理委員会に行けるとでも思ったかい? 残念だったね。君の分析は完全な文系だ。数学的で客観的な頭が必要な倫理委員会では役立たずになるだろう。でも摩擦委員会なら問題ない。ねっとりと、じっとりとした、遅くて、しかし確実な思考回路はこちらで役に立てよう。安心したまえ。君の席はすでに用意してある。今の階級から二つほど上がるが、問題はないだろう? 出世の道もこちらの方が明るい。……危険も伴うがね。

君は今後、突発的な銃撃戦や、理不尽な上司からの無茶ぶりに怯える必要がなくなった、というわけだ。代わりに高級デスクに向かって細かい文書とにらめっこをして判子を押したり、ゆったりとした暗い話し合いを一日中やったりするんだ。でも退屈はしない。文書は常に刺激的だし、話し合いだって慣れれば息抜きになるはずさ。大丈夫。

おい、立ち上がるな。ほら、ここにサインをするんだ。

問題ないさ。摩擦委員会は君を歓迎しているからね。

 

なあ、ここに君が入ってきた時、椅子にすら座ってない時に、私が君に話した昔話を覚えているかい? ああ、珈琲を飲みながらで良いから聞いてくれて構わない。

それで、私が思うに。君は十分に成長しているよ……。少なくとも私にはそう見える。

だからこそ、摩擦委員会の手が伸びたのさ。

2022年6月10日公開

© 2022 巣居けけ

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