伊豆の踊り行

無職紀行(第10話)

消雲堂

小説

6,530文字

1.

 

2007年の4月2日と3日の土日に伊豆の堂ヶ島まで旅行した。義母の7回忌を兼ねて家族旅行したのだ。兼ねて旅行ちゅうのも変だが、ナマコの家族が言うのだからしかたがない。弔い旅行のつもりなのだろうか? 理解できないが、そういうところが義理家族の文化の違いなのだと諦めて同行した。

 

ところが当日早くに義妹から「父が行方不明だ」という電話があった。

そこで義父の携帯電話を呼び出したが応答がない。しかしおいらがなんども電話するうちに「なんだ?」っていうとぼけた感じで義父が電話に出た。「今どこにいるの?」って言うと「わからん」と言う。こりゃ困った、おおぼけだ。そのうち「西葛西●丁目の公園にいる」って言ったので、義妹に連絡。義妹は急いで現場に駆けつけるのかと思いきや、起きたばっかでノロノロ・・・。こっちは千葉なのですぐに行けない。そうこうしてるうちに・・・義妹がやっと準備を整えて出発・・・しばらくして義妹から連絡あり。マンション入り口にて義父発見とのこと・・・疲れるな・・・。

 

ひと段落してこちらも東京駅に向けて出発。義父&義妹とは12時過ぎに東京駅で待ち合わせた。しかし・・・またまたなかなか来ない.発車ぎりぎりに義父&義妹到着。行方不明事件のことで義妹は義父をののしり・・・喧嘩してなかなか出かけられなかったと言うのだった。

 

さて、伊豆である。おらとナマコの新婚旅行の地・・・。うーん思い出すなあ・・・若いヤンギーな頃の僕。若いけどブスだったナマコ・・・おほほほほ。ふたりとも健康ヘルシーだったなあ。ま、おれが辛い目にあわせたばっかりにナマコは不幸に・・・。ううううう。なーんてね。

 

さて、東京を出発した185系踊り子号はぷいーんと伊豆に向かって東海道を走る。うーん・・・やっぱ、普通の早さだネエ。新幹線とちゃうね。横須賀線より遅い感じ。それにしてもこの列車はガラーンとしてる。乗客がいないの。前の席に外人さんが座ってるぐらいだ。とか何とか言ってると義父が「弁当買わないのか?」なんて言いやがる。おめえたちが遅れたからだろうが!って言えないから電車の中を歩き回って売り子さんを探す。と・・・乗務員が来たので「売り子さんは?」って聞くと「この列車には乗ってません。熱海駅で切り離す前の下田行きに乗っています。切り離す車輛に行くには連絡通路がないので駅で降りて前の車輛に乗りこまなくては買えませんよ」なーんて言うのよ。

 

ナマコと二人で湯河原駅にて前の車両に乗り移って弁当を買うべく売り子さんを探した。「いやーーー!こっちの車輛には悪そうな乗客がいっぱい乗ってるネエ、ナマコちゃん」「うん、それになんか臭い」やっとのことで売り子さんを見つけて「弁当ちょうだい」って言うと「鯵の押し寿司しかありませんよ」って冷たい返事。「ほんじゃ押し寿司3つにサンドイッチひとつちょうだい」って言うとどかどかっと弁当をビニール袋に放り込んだ。口の利き方も態度も大きいと言うか乱暴なやつだなあ・・・って思いながら「あ、お茶もちょうだい」って言うと「お茶もですか」ってめんどくさそうに言うんだ。このブス。でもなかなか横柄な態度が俺の胸を打ったから感動して許してやる。さあ、ナマコと熱海駅で後部の踊り子号に乗り換えるのだ・・・。

 

2.

 

ナマコと熱海駅で修善寺行き踊り子号に乗り換え、後方の踊り子号で待つ義父&義妹に弁当を渡した。義妹は好き嫌いが激しいのでサンドイッチを与え、義父には鯵寿司を渡した。「これしかなかった」と言うと義父は「旅行が下手だ」と言う。くぉのやろーーーおめえがボケて遅刻したから弁当買えなかったんだろう・・・ぶつぶつと独り言を言う。義妹も「こんだけぇ?」とかわがままを言うのであった。怒りチンポコに達したけど我慢我慢・・・。先が思いやられる・・・と思ったらそれは的中した。

 

 さあて・・・伊豆である。目的地は堂ヶ島・・・である。しかしナマコが修善寺の桜が名物だというので修善寺まで行って、あとはバスなりタクシーなりで堂ヶ島に向かうことになった。
ナマコもそう考えて4人分の切符を購入したのである。行きだけね。行きだけ・・・帰りは下田の隣の蓮台寺駅から乗ることになっている。

 

 ナマコに切符購入係を任せたのだ。ところが修善寺に到着してびっくり。修善寺の名物は梅であって桜ではなかったのだ。しかも修善寺からバスなりタクシーなりでの堂ヶ島までは交通費はもの凄く高いし、時間もかかってしまうことが判明したのだ。ナマコに一任したおいらが悪かった。


さすがナマコは勝手に解釈する慌てモノだけある。

 

 馬鹿な4人で修善寺駅前で迷っていると・・・目の前にレンタカー屋さんを発見。受付のお兄ちゃんに聞くと・・・「車空いてない」って言うのでがっかり。


肩を落として駅前を見ると、トヨタレンタカーの店。コレだと思って「車空いてますか?」って言うと「ヴィッツ1台空いてますよ」と言うし、乗り捨て可能と言うのでそれに決めた。


しかし清算はカードでと言う。困った・・・おいらカードを持ってこなかったのだ。ナマコのカードでと言うと、「免許持ってる方のカードじゃないとだめだ」と言う。ナマコは免許持っていないのだ。

 

 仕方がないから免許持っている義妹のカードで清算し、おいらが運転と言うことで落ち着いた。面倒だなあ・・・。

 修善寺から堂ヶ島までレンタカーに乗って、ホテルに一泊し、明日は、蓮台寺ではなく下田駅に行ってレンタカーを乗り捨て、下田駅から帰りの踊り子号に乗車することにした。


「かすり傷でも2万円ご負担いただく」とのレンタカー屋さんの言葉にびびりながら出発。久しぶり運転でなかなか落ち着かないが、信号で2~3回止まったり動いたりしていたらすぐに勘を取り戻した。
ヴィッツは燃費がよく静かな車で、なかなか快適である・・・。

 

 ヴィッツを伊豆の海側を目指して、まずは戸田(へだ)に向かう。戸田はナマコとの新婚旅行思い出の地である。というか伊豆は俺たちの新婚旅行の思い出の地なのである。伊豆は暖かいので桜は散った後で花見には遅いのでは・・・と思っていたら、そうでもなくて、やっと散り始めたころで、まだまだ花見ができる状態であった。いたるところに桜が咲き乱れ、感動してしまったのだ。

 

 戸田に向かう峠道の下り・・・後続の車が「ピッピ!」ってやたらクラクションを鳴らすので、しばらく行ってその車の運転手に文句を言おうとすると・・・運転手は「さっきのきついカーブ道でタイヤのキャップが外れて側溝に落ちたよ」って言う。“擦り傷2万円負担”って言葉を思い出し・・・「げ、大変だ。キャップなくしたら2万円以上払わなくちゃならないのか?」って一瞬思ったけど「キャップが外れるのは整備ミスになるだろう」と考えて気を落ち着かせ、そのきついカーブまで戻ってみた。しかし山道ゆえきついカーブはいくつもあるのだ。果たしてキャップが落ちた側溝を特定できるのか?と不安になった。もしかしたら側溝には水が流れていて流されてしまったのでは?とかよからぬことばかり想像してしまう。

 

 それでもここかな?と思ってあるカーブで車を止めて側溝を覗いてみると・・・あった!一発でキャップを発見できた。しかもキャップには傷がついていない・・・。よかった!とここで記念写真。

 

 その後、戸田から海側を堂ヶ島に向かって南下する。しかし・・・遠い。伊豆は房総半島と同じくらい広い(実際には房総半島が広い)というイメージだ。


ナマコと新婚旅行中、松崎で長八の鏝絵を見たのが懐かしい。長八はつげ義春の紀行漫画「長八の宿」で有名だ。途中、景色のきれいなところで何度か降車して写真を撮ったり、薬局で食い物を購入したりした。が、道中は長い。

 

 とかなんとか言ってるうちに松崎近くに差し掛かった。「あ、ここだ!」って義妹の叫び声。
「え、何がよ?」「堂ヶ島の宿だよ車止めて!」ええ、堂ヶ島って松崎の先じゃね?右を見ると、宿泊する予定のホテルが見える。


「げげ・・・ええいままよ!」って急ハンドルを切って車をホテルの駐車場に挿入・・・ききききーーー!って感じで無事に挿入すると・・・目の前には数人の出迎えホテルマンがずらりと頭を下げている。
ええ、ここ?こんなに豪華でいいの?慌てていると「オーラァァイ!オーラァイ!!!」ってひとりのホテルマンに従って駐車。


「え・・・ここでいいのかなあ・・・」って考えながら目の前のホテルを見上げた。

 

3.

 

堂ヶ島のホテル「ニュー銀本」に到着。

 

「荷物をお持ちします」なんて数人に取り囲まれる。まるで何かの犯人のようじゃないか?

 

「え、こんなボロイ荷物自分で運びますよお・・・」とかグズグズ言ってるうちにボーイだかホテルマンの方々がおいらの汚い荷物を勝手に持っていっちゃった。恥ずかしいなあ・・・。ひとり、義妹だけが「ほいほい」と平気で対応している。

 

「本当にこのホテルでいいのか?」ってどきどきしながら義妹に聞く。

 

「いいんだよおお」って能天気な返事。

 

今回の宿泊計画は義妹に一任である。俺はなにやってんだ?

 

その昔、義妹の友達がこのホテルの系列ホテル(稲取 銀水)に勤め、で、そこのホテルマンと結婚したことで、義妹はしょっちゅう伊豆旅行をして、このホテルに宿泊するようになった。ところが7年前に義母が乳がんで亡くなると、その友達づきあいも縁遠くなった。今回はまさに7回忌にちなんで7年ぶりということだ。

あらためてホテル「ニュー銀本」を観察すると、ボーイだかホテルマンの身のこなしやホテルのぴかぴかでやけに巨大な作りは、やけに立派であり・・・なんだか不安になってきた。おいら、貧乏なくせに金遣いの荒い両親に育てられたので、こんな温泉ホテルなんか何度も泊まったことがあるから平気なはずなのだが・・・8年前に破産してからめっきりと気が弱くなってしまった。精神的にも本物の貧乏人に成り下がってしまったのだ。

 

あとで知ったことだが、日本の宿泊費用はどこもかしこも高いのである。ここも例外じゃないのだ。一発じゃなかった一泊ひとり3万円近いのである。

 

「お前、今までこんな高いホテルに何度も泊まれたもんだな?」って言うと「え、普通ジャン」って能天気な返事。義妹は、いつでも能天気なのである。

 

こう言っちゃあなんだが、ナマコの家族はお金に対してはシマリ屋でどっちかというとケチな方である。

 

家族旅行もめったにしたことがないのに、この義妹だけは妙なつきあいで金を使うのだ。

 

今は困ったことに年下の若い男に狂っていて、そいつのためならなんでもする、いくらでも金を使うといった具合だ。

 

その若い男がイケメンならば、問題ないのだが、それがブサイクめがねデブと・・・こっぴどく不細工ときたもんだから始末が悪い。

 

なんでも北海道の牧場のひとり息子で、東京にワンルームマンションを買ってもらったぐらいの裕福野郎なのだがおいらが言うのもなんだが金遣いが荒くて、デジタリーなものオタクであり、当然Mac馬鹿でもあるのだ。義妹は、そいつの影響を受けるもんだからデジタリーなものをよく買ってくる。というか不細工なカレのお下がり品を買ってやるのだ。「これもう使わないから買ってよ」「いいよ」ってな感じである。

 

おっと・・・伊豆である。

部屋に通されると、荷物を運んでくれたボーイだかホテルマンだかがなぜかニコニコしている。義父がおいらを手招きして「ヒソヒソ・・・かっちゃん、ああいう人にはチップってのを渡すんじゃないの?ぐすぐす」すぐ目の前に義父の顔がある。義父を見ると真っ赤に腫れた鼻から透明で粘液質の鼻水をびろーーーんと垂らしている。義父と義妹は毎年花粉症の季節には鼻炎がひどくて、しょっちゅう鼻をかんでいる。

 

「そうだよねヒソヒソ・・・」「いくらぐらいかねヒソヒソ・・・ぐすぐす」昔昔・・・おいらの家族が旅行した折に、父親がよく3千円をちり紙に包んで渡していたのを思い出し、今のチップ相場なんか関係なく「3千円くらいかな?」って3千円をティッシュに包んだ。「あ、これ、少ないですが・・・」ってボーイだかホテルマンだかに渡そうとすると「あ、これから部屋の担当者が参りますから・・・」って立ち去る。

 

「なんだ、女中さんが来るんだってよ」「ほえーーーーそうなのか?ぐすぐす」「チーン!!」義父と義妹がそろって鼻をかみ始めた。

 

「女中さんが来たら、そんとき渡すよ」「ほえ・・・ふぁ、ふぁ、ふぁい・・・ふぁっくっしょん!」今度はくしゃみである。

 

年寄りは限度を知らないからくしゃみもでかい。ついでに唾液や鼻水も飛び散る。「きったねえなあ・・・」義父にもこの口のききようである。世話になった義理の家族も大事にしないのがおいらの偉いところだ。

 

しばらくすると「失礼いたぁしますぅ・・・」って甲高い声をはりあげながら石井苗子ばりにきつい顔をした女中がお茶道具を持ってやってきた。「あ、あの・・・」いきなり隙を見てチップを渡そうとするのだが、うまくタイミングが合わない。石井苗子女中は「へ?」ってな顔をして気持ち悪そうにおいらを見る。

 

義父が鼻水をたらしながら「かっちゃん、お茶の用意をしてもらってからでいいじゃないか・・・ぐしゅん」「あ、そうかあ・・・」石井苗子女中の動きを見ながらティッシュを渡すタイミングを測る。

 

「お風呂に行かれるならこの廊下の突き当たりにあるエレベーターで4階に下りていただいて、右にまっすぐ行っていただくと大浴場です。7時まではタオルサービスがありますが・・・」ああめんどくさいから話を全部聞かずに浴場に赴くのである。複雑なホテル内を動き回ってようやく大浴場である。

 

「いらっしゃいませ。バスタオルをどうぞ」なんてサンスケさんのようなイカツイふたり組が浴場からあがってきた全裸の客にタオルを渡している。なんだかホモっぽい光景だ。

 

「かっちゃん・・・ぐすぐす・・・」「Oh!びっくりするじゃないか!とうちゃん!いつ来たの?」「いまだよぐすぐす・・・」って義父は、もうチンポ出してるし・・・。それに俺よりでかい・・・本当に・・・無駄にでかい。80近いくせに・・・んなろう・・・。

「背中流してあげるよ」「おう・・・」ゴシゴシ・・・って擦ってやる。って先に風呂に入る。大浴場は広く、なかなか良い。比較するのはおかしいが、群馬県の河原湯温泉の大浴場よりよろしい。アソコってもうすぐダム底に沈むくせに金儲けに傾いている。ダメダメである。しかし・・・関東近辺の温泉ってみな湯温が低い・・・ぬるいのである。

 

大浴場の窓を見ると外に露天風呂がある。外に出て露天に入る。海が見えて凄くいい。しかし外は肌寒い。中の浴場に引き返す・・・ふと気がつくと義父の背中を洗ったはいいけど流すのを忘れていた。「ごめんごめん・・・」ざーーって流して再び風呂へ。しばらく浸かって、今度はスチームサウナに入る。充分汗が出たところで浴場を出ようと義父を探す・・・と、まだ身体を洗っている。このじじい・・・汚いくせに(笑)長風呂なのである。

 

「先に出っかんね」「おう」って風呂を出ると、先ほどのサンスケさんたちがいない。7時を過ぎたからだ。勝手にバスタオルを取って「ふーーー」って浴場の立派な椅子に座る。しばらく休んで大浴場を出る。部屋に戻るとさっきの石井苗子が食事の支度をしている。「お帰りなさい」「ふぁい・・・」って二人きりなので恥ずかしいから椅子に座って本を読んだフリをする。

 

 

2013年10月31日公開

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© 2013 消雲堂

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