今一亭 壱の巻

消雲堂

小説

1,309文字

以前から気になっていたんだ。鎌ケ谷のはずれにある「今一亭」という変な名前の店。看板には”割烹”なる文字があり、店の外にはランチメニューとかなんとか定食といった看板が出ていないので、果たして割烹であるから夫婦で食したら1万以上にもなるだろうなと不安な思いが先立ち、店内に入って「なんぼかかりますか?」なんて聞くことすらままならなかったのだ。

んで、決心したんだ。湖の決心だ。全裸で湖に飛び込んで水泳に興じて恥部を披露するほどに恥を忍んでかみさんと3000円持って店内に飛び込んだのだった。

店内に入るといきなりカウンターがある。「うわ!」ってなぐらいに、いきなりカウンターであるからこそカウンターパンチを食らっちゃったようなショックが、私の純朴な全身を走り回ちゃったのだった。中には気難しそうなおっさんが1人、哲学者の私を凝視している。( ゚д゚)ウム

右手を見るとテーブル席がある。そこには若いヤングなお客の兄ちゃん2人座ってこちらを見て笑う。見れば腰パンの貧乏そうな学生風である。わしら夫婦はいくらなんでもこいつらよりは金を所有しておるだろうと確証なき安堵をしたのだった。

カウンター内のおっさんがいつまでも(といっても瞬間的に数秒であろう)私を見つめているので「は、は、はじめまして」と挨拶してしまったのだった。

「お、いらっしゃい!」け、気さくなおっさん野郎だぜ。美男美女なわしら夫婦は若者ヤングのテーブルの隣のテーブルに鎮座したのである。

ほんで、メニューを見て驚いた。2人で3000円で立派に食える額じゃんか?今時まずい宅配ピザ注文したら3000円以上はかかっちまうんだぜ。それに比べりゃ、多分、オイスイ料理をいただいて、ほっぺた落っことしちまう楽しみを満喫できるとすれば、すんばらしい価格帯ではないの?あれ、こういうのリーズナブルっつの?

料理は目の前のカウンターで作っちょるのが間近に見える(・□・;)マジ? いいねぇ。「あ、これ、料理にはしばらく時間がかかりますので、これを食べててください。冬瓜です」と大きな蓋付椀をテーブルの上に置く。

蓋を取ると大きな冬瓜にとろりとした餡がかかっていて豚肉と何だか知らない大きな葉っぱが乗っているw冷めてるんだけど、うまいんだこれが。

これはどうやらサービスのようだ。いいじゃないか!

10分ほどでわしの「ヒレカツ松」が出てきた。ヒレカツ3枚にエビフライ2本が乗っている。

それから5分ほど間を置いてかみさんの「天ぷら定食松」が出てきた。茄子、さつまいも、穴子、海老、烏賊、椎茸の天ぷらである。

味は「カリカリパリンコジュンジュワーーーっ」で、オイチイの一言である。

精算する際にカウンターの上の大きな皿に乗せられている「いなりずし」に目が止まった「あの、これ1個いくらですか?」とかみさんが店主に聞いているのを横目で見ながら外に出て真っ暗な道を眺めていると、かみさんが店から出てきて「これさ、いなりの袋が破れてるからって1個くれたんだよ。いっぱい作ったけど、売れ残ったので買ってくれてありがたいってお礼も言われたよ」「へぇ…ありがたいことだね」と言って今一度、闇夜に光る今一亭の看板を見た。

2013年11月5日公開

© 2013 消雲堂

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