そこに救いがある

応募作品

曾根崎十三

小説

4,123文字

9月合評会お題「ホロコースト」応募作品。
救いのある話です。家電量販店ってブラックって言いますよね。一応体験談とか調べました。
写真は素材サイトPAKUTASOから。

この時間が早く終わることを待っている。言っていることが至極真っ当であることも分かっている。ええ、ええ、もうぐうの音も出ないほどに理解していますよ。俺の給料は皆が稼いだ利益から出ています。その通りでございます。あなた様の懇切丁寧なご説明でよく分かりました。

「お前らは恥ずかしいと思わないのか」

社員様による恒例の「叱咤激励タイム」だ。対象者にならなかった者たちはそそくさと目をそらして開店準備をしている。俺のような成績が安定しないポンコツ派遣販売員は大体月に一回「給料泥棒」と罵られる。隣で後輩の女の子、いやもう、年齢的にはババアがグスグスと泣いている。こいつは数少ない俺よりも成績がクソな面々の一人で、毎週呼び出されている。もうそろそろ飛ぶだろうと社内でも噂になってから早一年。意外と耐えているので、立派なお荷物だ。何で辞めないのだろう。別に可哀相とも思わない。むしろどうしようもないことに泣くなんて謎だ。何が目的だ? 色仕掛けで許してもらおうとでも思ってるんだろうか。そんな顔でもない癖に良い年の大人が図々しい。お前が悪いんだろうが。仕方のないことなのに忌々しい奴だ。俺は俺が悪いことをよーく理解している。「会社はお前を養う場所じゃないんだぞ」社員様の言葉がじりじりと鼓膜を焼き付ける。仰る通りでございます。ババアがまた鼻をすすりながら蚊の鳴くような濁音で「申し訳ございません」と唱える。こんなにずっと売れてないのに続けられる根性には舌を巻く。その根性をもっと別のことに生かせたらもっと利益を出せるだろうに。知らんけど。

今、怒鳴られていない人たちも何かの拍子に売り上げが落ちればこうなることは皆痛いほど分かっている。人間を突き動かすのに最も効率的な感情は恐怖だ。皆、現場の社員様が恐ろしくてがむしゃらに利益追求している。無知な奴はカモだ。争奪戦になる。とにかく売れ! 売りまくれ!

皆の心が死んできたタイミングを見計らってか、不定期に、現場の社員様の上司様というさらなるおっかないモンスターが暴れ回る。社員様の上司様というだけあって、心が死んでいる販売員ですら目が覚めて唇を噛み締めるほどの破壊力を持っておられる。刺激には事欠かないにぎやかな職場だ。刺激的すぎて毎月人が辞めていく。

俺が家電量販店に勤めたのは暇そうだしストレスなく安穏に働けそうで良いなと思ったからだ。なんか店も広いし。しかし現実は想定と何もかも違った。あまりにも世間知らずだった。いや、店の面積が広いことには間違いなかったが。

「今日は休憩抜きだ!」

ババアが余計なことを言ってさらに怒鳴られたせいか、俺とババアは靴の裏に接着剤を塗られ、持ち場を離れられないことになった。謎の連帯責任だ。担当も違うのに。トイレにも行けない。というかこれじゃあ客をキャッチできない。何を考えて、いや、社員様にはさぞ高尚なお考えがあるのだろう。俺のような下々の者が意見なんぞ差し出がましい。まぁ、この場でじたばた商談するしかないだろう。っていうか、帰る時どうすんだろうこれ。まぁ今日売れなかったら自爆するだけだ。また家に要らないテレビが増える。置くところもないけど。また買取サイトで売るか。

案の定、雨の日の平日なんて誰も来やしない。こんな都会とはとても言えない街中の量販店に何が悲しくてやってくるのか。やばいくらい誰も来ない。この店を残して地球が滅んだんじゃないかと思う。たまに「雨だから空いてると思って来ました」という客もいる。残念! いつも空いてます! そしてそんな奴はカモにはならない。テレビなんぞ買わない。そういう客はもっと小さな買い物をする。

「なんで生きてるんですか?」

不意に耳元で声をかけられて振り向くと靴下姿の泣き虫ババアがいた。彼女が本来いるべき場所に目をやると、靴は持ち場で仲良く床とくっついていた。離れるなと言われているのに離れるとは度胸がある。見つかればただでは済まない。バックヤードに連れていかれてファイルやらゴミ箱やらが飛んでくるだろう。そういう現場を見たことがある。それなのにババアは驚くほど無表情だった。俺の幻覚じゃないかと疑ったが、気持ち悪いリアルな息遣いを首筋に感じたから、たぶん現実だ。うーんやっぱり幻覚かなぁ。心が死んでいるのだろうか。早めに上司様のさえ渡る罵声で目を覚ましてもらった方が良い。

「生きてちゃ悪い?」

答えながら彼女を見ると、すでに彼女は自分の持ち場に戻っていた。こんな速度で元の位置に戻れるだろうか。やっぱりこれは幻覚かもしれない。とうとう俺の気が狂ったのだろうか。いや、気が狂う要因がこの生活のどこにあるのだろう。職場はにぎやかだが、家に帰れば静かに過ごせる。一人暮らしの特権だ。ちょうど良いくらいに両極端なのでバランスがとれている。これがずっと続くなんてぞっとする。なんてね。いやいや、ほっとするの間違いですよ。

展示品のテレビを見るとラーメンズの小林賢太郎がオリンピック大会組織委員会を解任されたというニュースが流れている。へぇ。10年以上前のジョークが取り沙汰されるなんて有名人は大変だ。でも有名人だから仕方ない。有名なんだから。有名税有名税。俺もいつか有名になった時のためにボロがないか確認しといた方が良い。何をしようか。バンドでもする? 楽器弾けないけど。有名になる前に叩かれるべき過去を思い出した方が手っ取り早い。そうだな。俺も小林賢太郎みたいなもんだ。覚えたての言葉を使いたくて、小学生の頃「ホロコーストごっこ」がクラスの一部で流行っていたから、それに便乗していた。そうだ。そんなこともあったな。社会だか道徳だかの授業でホロコーストが出てきた後の休み時間に、谷村だか谷林だかが「なんか『ホロコースト』って響き、かっこよくね?」と言い出したのがきっかけだった。「ホロコーストごっこ」と言っても単純なもので、「警察と泥棒」の名前を変えただけの遊びだ。皆でナチスとユダヤ人に分かれてナチスはユダヤ人を「強制収容所」と書かれた輪の中に捕らえる。先生にバレた時は烈火の如く怒られたが、当時はただの冗談に何をムキになっているのだと思った。とはいえ、オリンピックでの有様を見ていると今になってあれはセンシティブな遊びだったのだとようやく実感したが、たかが子供の言うことにムキになりすぎだったのではないかと思う。あの先生ときたら、職員室までクラスの皆で謝りに来るまで絶対に折れなかった。いや、でもここまで言われているのを見るとやっぱり悪いことだったのかもしれない。

ワイドショーが「ここでホロコーストについて振り返ってみましょう」なんてホロコーストを解説している。いやいや、知らない奴いないでしょ。だからここまで話題になったんだろうに。昼間からそんなセンシティブな話題扱って大丈夫? それともあれか。ホロコーストに疎い人も詳しくなることで大手を振って小林賢太郎を批判することができるようにするためか? 俺も大したことは知らない。でも、ホロコーストを学べばあなたもインスタント正義になって小林賢太郎に石を投げる権利を得ることができます! そう、成績が悪くて人権のないあなたでも! 権利は義務を全うしないと得られません。でもここに簡単にクリアできる義務があります。やったーおめでとう!

テレビがチカチカと迫害されるユダヤ人を映し出す。教科書で見たっけ。見てない気もする。瘦せこけた死体が薪のように積みあがっている。死体が積みあがった山の前で今まさに撃たれようとしている人がいる。可哀相だなぁ。その点、俺ってすげぇよな。退勤しても命があるもん。正社員様はどんなに俺の成績が悪くても俺を撃ち殺したりしない。

惨たらしく殺されているユダヤ人の白黒写真が次々と目の前で切り替わる。昼間からこんなえげつない内容流すわけない。テレビしか楽しみのないような人たちはびっくりして心臓が止まっちゃう。働けBPO。いや、戦争を経験しているジジババは免疫があるかもしれない。知らんけど。なんだろう。

吊り下げられた人たちは首が変な方向に曲がっている。顔がパンパンに腫れた死体。四肢をひきずって捨てられるガリガリの死体。元はどんな顔だったのだろう。昔の胡散臭いテレビで紹介されてた宇宙人みたいだ。骨の浮き出た体と目も口も分からないようなパンパンの顔。あー。俺現代に生まれててよかった。だってこんな風にならなくて済むもの。よかったー。俺の成績がどんなに悪くても俺は首を吊らされることも顔が変形するまで殴られることもない。この人たちは可哀相だ。これ以上酷い有様なんてない。ああ、なんて、なんて可哀相なんだろう。人種だけでここまでされるなんてすごい。抵抗も批判もしなくてもここまでされる。これ以上ひどいことなんてないだろう。最低で最悪の地獄。

クリックする手が早まる。俺はどこにいるんだっけ。そうか。もう帰宅したんだった。落ち着いた静かな我が家で夜な夜な虐殺の写真を見ている。そうだ。いつからだろう。毎日してる。どれくらい前からだろう。もうずっと。ホロコーストは潤沢に画像が出てくる。ホロコースト? 知ってるに決まっている。ハードディスクにたくさん保存しているよ。助かってます。ありがとう。小学生の頃の俺はこんな画像を知らずに遊んでいた。無知は恐ろしい。

俺がもし殺人事件でも起こしたらこのパソコンのことを言われるのだろう。ホロコーストを熱心に調べる男だったと。で? 何か文句ある? 俺は毎晩こうして同情して反省しているだけだ。決してグロ画像をオカズにシコる変質者ではない。あー、あー、なんて可哀相なんだろう。まだ子供もいる。なんて惨たらしい。これが世界の最悪だ。ああ、小学生の頃はホロコーストごっこなんかして本当に申し訳ない。小林賢太郎並みに叩かれても仕方ないと思う。ただ、今はその悪さが分かる。こんなに悲惨な出来事を遊びに使ってはいけない。白黒写真に記録された可哀相な人たちに思いを馳せる。涙が出そうだ。

頬の筋肉が弛緩する。

顔に手を当ててみる。

俺は自分が笑顔になっていることに気づいた。

明日も元気に一日がんばりましょう。

2021年9月19日公開

© 2021 曾根崎十三

これはの応募作品です。
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実験的 散文詩 純文学

"そこに救いがある"へのコメント 15

  • 投稿者 | 2021-09-20 05:31

    この店を残して地球が滅んだんじゃないかと思う。
    っていうの面白かったですww。破滅派に来てからというもの、こういう物言い、言い方の面白みというのか。そう言うのを強く感じております。他方ではこういうのって皮肉な感じがあって、好まれないような印象があるんですよね。でも破滅派でいいもの。いいんだもん。そういうの。そこにシビれる!あこがれるゥ!

  • 投稿者 | 2021-09-20 06:55

    ホロコーストって、アディクションになるんですよね。私もいっときハマって、毎日調べてたことがあります。結構詳しくなったのですが、あれってなんででしょうね。人間の極限状態に惹かれるのでしょうか。それとも殺され願望? 虐められたい願望? この作品はホロコーストと現代のブラック企業が並べられていて、そのへんのアイディアが、ありそうでなかった。コメディー調で面白かったです。

  • 投稿者 | 2021-09-23 01:07

    いっこうに同情を催させない、ひたすら嫌悪を感じさせる人物像をモノローグで描き出す力量に感服いたしました。
    スケールの違いこそあれ、人間としての尊厳を奪われてこき使われるという点でブラック企業も強制収容所みたいなものかもしれませんが、正直この主人公が過労死したとしてもあまり同情を買いそうになく、その点より悲惨かもしれません。なんかそういう荒涼とした現代の心象風景が見えるような気がしました。

  • 投稿者 | 2021-09-23 06:24

    ブラック職場労働者の悲哀とホロコーストの悲惨さがうまく融合した習作だと思います。「刺激には欠かさない」→「刺激には事欠かない」など、表現を見直した方がいい箇所がいくつか見受けられますが、「ホロコーストを学べばあなたもインスタント正義になって……」のくだりなんかは最高だと思います。

    • 投稿者 | 2021-09-23 07:01

      習作→秀作 でした。失礼しました。

    • 投稿者 | 2021-09-23 08:18

      「事欠かない」訂正しました。ご指摘ありがとうございます。

      著者
  • 投稿者 | 2021-09-24 11:16

    被害側の受ける理不尽さを説きながら、ずるずると加害側の持つ心理にスライドさせる巧みさに唸りました。パワハラは自分の首を締めるということをもっと世の管理職は知るべきですね。

  • 投稿者 | 2021-09-25 22:49

    ブラック企業の虐待に苦しみながら、「オレより低い者」「オレよりバカ」を見下して心のバランスを取って、実は救いでもなんでもないことが心の奥では分かっている、壊れかかった心がよく描けています。
    しまいにはホロコーストの残虐画像に走って、そこに快感と救いを見出す、あーあ、人の心のグロさよ、救われないな、知らんけど。

  • 投稿者 | 2021-09-25 23:32

    ヤバいっす。一人称厭世系内的独白ではもはや右に出る人はいないのでは。
    「ホロコーストごっこ」を含めていやというほど社会のヒエラルキー的構造を見せながらも、知ることに救いがあると謳う(タイトルからそう読みました)展開にはシビレました。まさに救いは日々働いている職場で売られているテレビ画面にあった。救いは目の前にあった。
    なんとも鮮やかでした。

  • 投稿者 | 2021-09-26 00:46

    自分よりもかわいそうな人たちを見て現実に耐える主人公。こういう人たちが今の社会を維持しているのだと思った。いつもながらの倒錯ぶりがよろしい。

  • 投稿者 | 2021-09-26 13:23

    リードに「救いのある話」と書かれていたので、この胸糞物語の最後にどんな救いが待っているのかと思っていたらそう胸糞のまま抄われました。苦しい境遇にいると(いなくても)○○よりはましだと考えてしまいがちです。しかし、この心情語りをずっと読んでいたいなあ。

    • 投稿者 | 2021-09-26 13:24

      この胸糞物語の最後にどんな救いが待っているのかと思っていたらそう胸糞のまま抄われました。

      この胸糞物語の最後にどんな救いが待っているのかと思っていたら胸糞のまま抄われました。

  • 投稿者 | 2021-09-26 13:31

    靴底を接着剤で固定させて休憩なしの描写に驚きました。そんなヤバいことやるんですか……。語り手の一人ツッコミが自然で上手いなと思いました。クライマックスで自分が悲惨な史実を知るほどに、幸福であるはずと思い込んで心が死んでいくところが秀逸でした。

  • 編集者 | 2021-09-27 16:07

    俺は確かに、この様な光景を見た事がある。多分俺も加担することがあったかも知れない。そして同時に、俺はそう見られていた対象でもある…と作品を読みながら考えていた。ナチスや「悪いもの」が滅んでも、人間は依然薄く広く荒廃させられ続けている。凄まじい作品だった。

  • 投稿者 | 2021-09-27 18:38

    靴底接着剤のあたりでユーモアで巧みな比喩表現だと思い読んでいたら、ほんとに貼り付けられてるようで大変ビビりました。なかなかに危険な小説に思いましたが、語りの力で胸糞感を落とすことなく上げていって描き切った筆力が素晴らしいです。

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