きせいちゅう!

合評会2022年03月応募作品

曾根崎十三

小説

4,000文字

神と誇りの和え物です。
ラジオ英会話あんま知らなかったんでとりあえず聞いてみたんですけど、幼少期にNHKの英会話番組を母とテキスト見ながら見てた思い出しか出てこなかったため、ラジオアプリもいくつか入れてみました。最近のはすごいですね。それではご覧ください。曾根崎十三で「きせいちゅう!」。

死にそうな奴は大体友達だ。

私はどうも死にそうな奴と仲良くなる傾向があるようで、中学の時の友達も小学生の友達も死にそうな奴だった。決して不治の病に侵されているわけではない。余命宣告されていているわけでも、臓物が元気にお外へ飛び出してしまっているわけでもない。言ってみれば、太宰治の著者写真のごとく物憂げな子なのだ。私はいつもそういう子を「大丈夫だよ」と励ます役どころだった。

彼女もまさにそういう子だった。クラスの中でダントツに異色を放っている。何が気に入らないのか、授業中もお昼休みも一人で机に突っ伏している。朝は遅刻しないギリギリの一番遅くにやってきて、放課後は一番早く帰って行く。常に寝癖がついている。笑顔を見たことがない。人間を警戒している野生動物みたいな。授業で当てられて「分かりません」と答えた時に初めてこんな声をしているんだと知った。結構ハスキーな声だった。席替えで近くになった時にお腹が鳴る音がしたので、お腹空かせてるんだなぁと分かった。机に突っ伏しているモサモサ頭の中からイヤホンが覗いたので、この子は寝たふりをしながら何か聞いてるんだなと知った。どんな音楽を聴くんだろう。やっぱロックとか?

「何聴いてんの」

休み時間に勇気を出して聞いてみたけど、ガン無視された。野生動物に心を開いてもらうにはそう簡単にはいくまい。でも、きっかけは思いの外早くやってきた。昼休みにトイレの個室に入っていたら、彼女がやってきた。隙間から覗き見てすぐに分かった。広瀬さんだ。幸い、他の女子はいない。隙間から見える動きだけで分かった。間違いない。大慌てで荷物をまとめた。

「ねぇ、いつも何聴いてんの」

勢いよく個室から飛び出した私に彼女はギョッとした顔をした。

「あんた何」

ドン引きしている。警戒心MAX。

「ご飯食べようよ、一緒に。ほら、お腹空いてるでしょ」

私はお弁当箱を彼女に差し出した。まだ卵焼き一切れしか食べていないので十分食べられる。

「トイレ以外がいいな」

しばらく黙ってから、彼女は言った。背に腹は代えられなかったのだろう。不健康に痩せた広瀬さんはものほしそうにお弁当箱を見つめていた。こうして見てみると結構整った顔をしているのに、教室では「ナイ女」として度々話題になっているのが耳に入ってきた。皆見る目ないな。私はにやけそうになるのを抑えながら彼女を誘導しての空き教室で一緒にご飯を食べた。数学と英語の習熟別クラスで使うくらいなのであまり出番がない場所だ。

「明日もあげるよ」

ごちそうさまの代わりに私は広瀬さんに伝えた。逡巡する彼女を何とか説得すると、控えめに頷いてくれた。こうして私たちは毎日関わるようになった。だから私はコンビニで彼女の分のご飯も用意して、少しずつおかずを交換しながら食べるようにした。私が毎日「明日もあげるよ」と言ったから、翌日も彼女は来てくれた。そしていつの間にか言わなくても自然と落ち合うようになっていった。

最初は教えてくれなかったが、何を聞いているのか毎日十回以上訊き続けたら仕方なく教えてくれた。広瀬さんはニューヨークに行きたいらしい。自由の女神があるからだと言う。なんだそれ。そのためにNHKで無料公開されているラジオ英会話を隠し持ったスマホで聞いている。本当はテキストが欲しいけど、買うお金がないんだとか。私を煙に巻くための冗談かと思ったけれど、どうも違うらしく、彼女のスマホのホーム画面にNHKゴガクのアプリがあるのを見て、ようやく信じる気になれた。英語の授業中も聞いていた。いや、そこは授業聞けよ。英語の習熟別クラスも彼女は最下層のDクラスだった。かくいう私もBクラスだったから大して頭は良くないのだけど。本気でニューヨークに行きたいのかは疑わしかった。たかが15分くらいしかない番組を聞いてるのもヤバい。ほぼ無音じゃん、ってことを突っ込んだら別のアプリで録音してリピートしてるらしい。そんなに聞いて理解できないんだったら相当の馬鹿だし、何なら別の方法で英語学習を努力するべきだし、そもそもそういうポーズしてるだけなんじゃないかと思っていたら、事件が起こった。

彼女、広瀬うみが欠席した。しかも一週間も連続して。理由は公開されなかった。だからこそ憶測が憶測を呼んでクラスメイトたちはニヤニヤと不登校だの自殺未遂だの虐待だの整形だの中絶だのと噂していた。いつもHRで担任が「誰々さんは体調不良でお休みです」とか言うくせに、今回ばかりはずっと何も理由に触れなかったからだ。不安が染み出てくる。ヘドロのような気持に足を取られて転んでしまう。立ち上がろうとしても澱のようにたまってきて私は身動きが取れなくなる。LINEをしても既読にすらならない。今まであんなにやる気がなさそうでも欠席したことなんてなかったのに。いつ来るかわからない広瀬さん、いや、うみちゃんを待って、どんなに食べ物を多めに用意しても、結局全然来なくて、私は心細くていきぐるしかった。「苗字にさん付けってよそよそしくない?」と言われて、うみちゃんと呼ぶと約束した矢先だった。嫌だったのだろうか。いや、私のせいじゃない。あの子が言ったんだから。それに、私のせいになるほどの大それた存在じゃない。

「ニューヨークに行ってた」

久しぶりに登校したうみちゃんは私があげた「丸かじりコーンパン」を頬張りながら不愛想に言い放った。でも全然ニューヨークに行ってきた顔をしていなかった。心配で心配で一人ではお昼ごはんが食べられなかったけど、彼女が来たら来たで、もうお腹の中がぐちゃぐちゃでやっぱり食べられなかった。一目で分かるくらいに彼女は憔悴していた。他人を思いやる暇もなさそうだった。私がお昼ごはんを用意することに対していくら断られても「二人前お弁当用意するから、広瀬さんが食べなかったらゴミ箱行きだからね。あーもったいない。私のお小遣いももったいないし、食べ物を捨てるなんてもったいない。こうしている今も発展途上国の子供は命を落としてるんだよそれなのに広瀬さんはご飯を粗末にするんだね」と懸命に懇願したら来てくれた優しい彼女がいつにも間にして覇気を失っていた。あたしが脅迫まがいの説得をしたって聞いてくれない気がした。何がうみちゃんをこんな顔にさせたのか。クラスメイトたちのヒソヒソ話が頭をよぎる。自殺未遂。虐待。中絶。私は学校の外の彼女を、広瀬うみを知らないし彼女から話すこともなかったから、何が本当で何が嘘なのか分からない。本当の友達だったら陰口を叩くクラスメイトにグーパンを食らわせて「あいつの悪口を言うな」とか吠えてるんだろうか。少年漫画みたいに。でも私はそうしなかった。ただただ押し黙って、喉の奥に漬物石でも突っ込まれたみたいに息が苦しくて頭がくらくらした。本当の友達って何だろう。私の気持ちなんてその程度だったのか。

「どっかに行かないよね」

「さぁね」

久しぶりに登校した彼女は耳にイヤホンなんかつけていなくて、ただただぼんやりとしていた。お昼休みに声をかけたら、生返事のような相槌を打ちながらもついてきてくれた。心ここにあらず。相変わらずLINEは未読のまま。でもそれを言ったら何だかウザい奴みたいな気がして言うのをやめた。もそもそと食べていたパンを半分くらい残して彼女はまたぼんやりとし始めた。このまま消えてしまう気がした。風船だ。手を放すと途方もない所へ行ってしまって、見えないところでパンと破裂して終わる。

何か言わなければと思うけれど口の中がカラカラに乾いて言葉が出ない。そんなんじゃ駄目だ。唾を出してそれを呑みこむ。何度も唾液で喉を鳴らす。終わりたくない。こうしている間にも彼女は遠くへ行っている気がする。

「聞いてよ、ラジオ英会話」

風船が飛んでいく。手の伸ばし方が分からない。震える手で隠し持っていたスマホでラジオ英会話を検索をする。全然思うように打てない。めちゃくちゃな文字の羅列がGoogle検索にぶっこまれた。震える手の中でスマホが踊って、床に飛び出していった。昼休みによく抜き打ちで先生がスマホ使ってないかチェックしにくるよな。とられちゃうかも。この教室はさすがに大丈夫か。それより過呼吸じみた呼吸がキモい。呼吸がうるさい。心臓の音もうるさい。

「私が毎月、高校生ラジオ英会話のテキストあげるから。何でもするから」

彼女は縋る私をじっと見た。彼女の、うみちゃんの表情が変わった。目に光が差した、ように見えた。ただの反射かもしれないけど。ああ、良かった。届いた。私でもうみちゃんの希望になれた、ような、気がした。私は親の言う高校に行けなかった馬鹿だけど、この高校に入ってうみちゃんに出会えたから、こうなるのが必然だったんだと思う。

「そう。じゃあ」

彼女は食べさしのパンを床に落として、踏みつけた。マヨネーズであえられたコーンが床の埃と髪の毛とさらに和えられた。かみとほこりとマヨコーンの和え物だ。

「これ食べてよ、悠」

こんな時なのに、こんな時だから、うみちゃんが私の名前を呼んだ。初めて呼ばれた気がした。嬉しかった。彼女を崇拝したくなった。いや、もうしている。私は誰かに大丈夫だよと言うことで大丈夫になりたいだけのつまらない奴だ。でも、うみちゃんは今までの子たちとは違う気がした。私の関係のないところで勝手に大丈夫になって、疎遠になってしまった女の子たちとは違う。私は膝をつき、床に頬ずりをして、汚れたパンに口づけた。そのまま顎に力を込めて齧る。頭上から今になってラジオ英会話が流れた。ふざけたみたいに平和なオープニング音楽が流れる。私の頭の中だけだろうか。違う、うみちゃんが流している。

頬が引きつる。胸の奥がぞわぞわとくすぐったい。見上げると、這いつくばる私を見てうみちゃんが笑っていた。私たちは笑顔になった。

2022年3月7日公開

© 2022 曾根崎十三

これはの応募作品です。
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"きせいちゅう!"へのコメント 15

  • 投稿者 | 2022-03-22 22:07

     主人公の「私」の視点で描かれており、無駄な登場人物もおらず、時間枠も掌編小説の許容範囲であり基本ができている。軽妙な味わいもセンスを感じる。ただし場面数を減らした方が掌編小説としての完成度は上がるはず。/早い段階で主人公の性別やキャラを伝える工夫を。私は主人公は男子だろうと見当をつけて読んでいたが、トイレのくだりで女子高校生だと判って頭の中で修正することになった。/うみちゃんが超貧乏なのにスマホを持っているのは不自然ではないか? リサイクルショップで買った携帯ラジオなら判るが。/うみちゃんがしばらく不登校になった真相が明かされないままなのでもやもや感が残る。できれば意外な理由を提示して読者をあっと言わせたい(ちなみに私ならこのくだりは全カットして終盤の読みどころをもっと膨らませます)。/伏線らしきものがないので結末が唐突な印象になってしまっている。主人公が実はドMでうみちゃんがドSだったというオチなら、そういう資質を持っていることをほのめかす伏線を前半部分に紛れ込ませておけば、読者は「なるほどそういうことだったか」とそこそこのカタルシスを覚えてくれるはず。寄生虫はうみちゃんではなく私の方だった、という意味ではタイトルがミスリードの伏線になっているのだろうが、それだけでは弱い。

    • 投稿者 | 2022-03-28 13:06

      今回はミスリードさせる気はなくバリバリ女の子として書いてたのでそれは申し訳なかったです。
      確かにママのお下がりのスマホでも良かったんですがそれだとWi-Fi環境がないと繋がらないので、スマホをもたせときました。貧乏ではないけど粗雑な扱いをされているだけかもしれません。それにしてもスマホ持ってるのは謎ですね……。
      寄生虫の解釈はそういう意味もこめて書きました! 確かにもう少し掛けたかったですね……。
      変態は急に目覚めるものだと思ってまして、悠はうみちゃんに依存しているのでそれなら応えますし、振り回していた子に命令されて「求めていたのはこれだったんだ!」となるのはありがちかなと個人的に思ってます。

      著者
  • 投稿者 | 2022-03-23 01:43

    百合の波動を感じる……
    いなくなって気持ちが沈んでしまう、帰ってきてくれて笑顔になるのとかもう恋ですよ恋。崇拝しろ、もっとしろ。ああ、尊みで砂になるゥ……

    • 投稿者 | 2022-03-28 13:10

      砂になってください! そう感じていただけたならとてもありがたいです! ありがとうございます!
      そういう思春期の女の子の友情以上の不思議な関係が好きなので「この気持ちはなんだろう」という仄かなやつが良いです。

      著者
  • 投稿者 | 2022-03-23 23:31

    うみちゃんもシリーズ化されるとは……彼女がこんな子だったとは衝撃でした。個人的には悠の健気さの方に涙を誘われます。彼女がこの後の夏休みに泣いて駆け出していくのだと思うと胸がしくしくします。

    • 投稿者 | 2022-03-28 13:14

      ありがとうございます。
      何とも名状し難いクソデカ感情をほんのりと書くのが好きです。
      悠がうみちゃんをあんなんにした要因のひとつでもあるんやで、という匂わせになるかなと思ってます。
      胸がしくしく! そう感じていただけてありがたいです。

      著者
  • 投稿者 | 2022-03-25 22:16

    あー食べた。食べたよ。食べちゃった。食べちゃったよ。って思いました。
    あーもったいない。私のお小遣いももったいないし、食べ物を捨てるなんてもったいない。なんて調子よく言ってたのに。食べちゃったよって思いました。

    • 投稿者 | 2022-03-28 13:16

      ありがとうございます。
      もったいないお化けが出そうですね。もったいないので食べちゃいました。
      人間関係というのはどんなに対等な関係でも少しだけ上下があると思っていて、それが逆転する瞬間だと思って書きました。

      著者
  • 投稿者 | 2022-03-26 13:54

    「きせいちゅう!」のタイトルの意味を想像しながら読みました。広瀬さんからうみちゃんへ、悠が彼女なしでは生きられなくなって行く過程がすごく繊細に書かれていて、胸にぐっとくるものがありました。うみちゃんのすべてを崇拝し跪き、それが悠にとっての「神と誇りの和え物」となる変態的純粋無垢な世界。堪能しました。

  • 投稿者 | 2022-03-26 18:34

    以前の「ウォーターワールド」の前日譚かな、と思いました。
    以前より海ちゃんの人物像があらわになっていると思います。群れないもの同士の関係でもそうなっちゃうんですね。
    悠が、うみちゃんを救うことで自分を救おうとしているのに逆に突き落とされるというダブルミーニングな感じがうまいです。
    うみちゃんがニューヨークに行くくだりに何か背景があるのか気になりました。

  • 編集者 | 2022-03-27 13:47

    うみちゃん、酷い! と思いましたが、徹底して彼女の背景は描かれていないので、ここまで歪める何かがあると語り手やクラスメイトの憶測だけが広まるところにも説得力があります。共依存でお互いに破滅していく、P.トーマス・アンダーソンの映画を思い出しました。

  • 投稿者 | 2022-03-27 20:34

    実際のところはよくわからないが、広瀬は一週間「帰省中」だったと推測した。後味の悪さはいつもどおり。個人的には読んでいて「ヤメテ!」と思うが、その悪趣味路線で行けるところまで行くと良いと思う。

  • 投稿者 | 2022-03-28 12:30

    うみちゃんも私も結局何がしたかったのかわかりませんでした。どちらも変な性癖を持っていて、それが露出しただけ、というのならそれで納得ですが。そのような性癖をもつに至った理由みたいなものが明らかになればもっと納得できると思います。

  • 投稿者 | 2022-03-28 18:02

    最近Twitter漫画にめっちゃ尊いのが多くて、俺はもう解脱するので来世ってものはないのだけど(人並み外れた仏像顔だから皆さんおわかりかと思いますが)、もしも生まれ変わるとしたら偏差値50ぐらいのJKがいいなと思っています。嘘です。素晴らしく尊かったので、コミカライズを希望します。

  • 編集者 | 2022-03-28 18:22

    衛生的には問題があっても、それを踏み越えなければならぬ場面も確かに人生に幾度か無くは無いだろう(駆け込んだトイレでペーパー切れてたとか)。それを糧に今後の青春を歩んで欲しい。エッヘン。

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