Adan #77

Adan(第77話)

eyck

小説

729文字

ティルト・シフト・グラス〈4〉

 

いっしょに山をのぼった時間よりいっしょに山をくだった時間のほうが意義深いように思う。いや、むつきと高尾山の頂上を目指しながらそれなりにユーモラスな会話を交わしたさ。だけどね、その交わした会話はじっさいのところ登山というシチュエーションが意味を持たせたもので、言ってしまえば山をのぼりながら交わした会話について語るのはいささかチープ感がいなめない。登山というサブジェクトはとんでもない画素数と解像度でその人の人生観を形容できてしまうわけで、つまり山をのぼりながら発した言葉、その言葉の表層に深海の色をたやすく塗布できてしまうんだ。したがってむつきを語るうえでのぼりの場面に触れるのはなんていうか、妙な背徳感をおぼえちゃう。それにさ、うまく言えないけどのぼりの場面を語るよりくだりの場面を語るほうが「むつき的」なんだ、うん。伝わってるかな? そもそものぼってたときたいした出来事なんて起こんなかったんだよ。ティルト・シフト・グラスをかけたむつきの前にティルト・シフト・イヤホンをした人が現れて物語がティルト・シフトするといった展開もなかったし、ティルト・シフト・グラスをかけたむつきが語り手になってしまうとかそんな実験小説的展開も起こんなかった、ほらこのとおり。話としておもしろみがあったのは、僕はむつきに頼まれてアクションカメラでずうっと彼女を撮影してたんだけど、そのときぐうぜんそのカメラで未確認飛行物体を撮影できたことくらいさ。まあ何はともあれ、低い山でも頂上は頂上だ。僕とむつきは高尾山のいただきを制した。ところが、てっぺんに対して特別な関心がないとむつきが言い出しちゃって、そんなわけで僕らふたりはときをうつさず下山することにしたんだ血だらけで。

2021年8月21日公開

作品集『Adan』第77話 (全83話)

© 2021 eyck

読み終えたらレビューしてください

この作品のタグ

リストに追加する

リスト機能とは、気になる作品をまとめておける機能です。公開と非公開が選べますので、 短編集として公開したり、お気に入りのリストとしてこっそり楽しむこともできます。


リスト機能を利用するにはログインする必要があります。

あなたの反応

ログインすると、星の数によって冷酷な評価を突きつけることができます。

作品の知性

作品の完成度

作品の構成

作品から得た感情

作品を読んで

作者の印象


この作品にはまだレビューがありません。ぜひレビューを残してください。

破滅チャートとは

"Adan #77"へのコメント 0

コメントがありません。 寂しいので、ぜひコメントを残してください。

コメントを残してください

コメントをするにはユーザー登録をした上で ログインする必要があります。

作品に戻る