選挙野郎0.1

消雲堂

小説

1,495文字

4時にセットしておいた目覚まし時計が鳴る。布団から手を伸ばしてもなかなか時計を掴めない。それだけ覚醒しているのだろう。稲生清弘は、ようやく時計を探し当ててアラームを停めると、妻の翔子を起こさないようにゆっくりと布団から抜け出た。

清弘は4年前に会社を辞めて独立したが、商才がないために仕事がなく、せっかく買ったマンションも手放すことになっていた。いつ引越ししても良いようにとベッドは廃棄できるように分解してある。清弘夫婦は、床にスノコを敷いた上にベッドに乗っていたマットレスを置いて寝ている。部屋の中は荷詰めしたダンボール箱の山だ。

寝ぼけながら立ち上がった清弘は、アクビを連発しながら窓の外を見る。外は真っ暗で鋭く尖った三日月が銀色に輝いており、とても早朝とは思えない。しかも異常なほどに寒い。冷気が清弘の身体を包み込んで体温を奪っていく。

「ううう・・・」両手を胸で交差させて前かがみになりながらできるだけ体温が奪われないように歩く。居間のテーブル型コタツのスイッチを入れてから、洗面所に置いてある電気ストーブのスイッチを入れて、居間に戻る。居間にあるエアコンは翔子が3時半にスイッチが入るようにセットしておいてくれているので寝室ほどに寒くはない。

テレビのスイッチを入れて、朝のニュース番組を眺めながら身支度を整える。パジャマを脱いで皮膚の水蒸気を蓄積して発熱させる構造の下着を着けてから薄手のセーターを着る。外に出るときにはこの上に厚手のウールジャケットを着てコートを着る。下は常にジーンズかコーデュロイを穿く。

洗面所で顔を洗って歯磨きを終えてから居間に戻ると寝ぼけて「むむむ」と唸りながら翔子が起きてくる。

「お前は7時に起きればいいんだから、まだ寝てろよ」と言うと「むむむ」と唸ってヨロヨロと寝室に戻っていく。

今日のボランティア活動は、北総線の印西牧の原駅頭での翁候補者のチラシ配りから始まる。駅頭で翁が演説している傍らで出勤する有権者たちに民青党の公約を配るのだ。

印西牧の原駅に6時30分前に到着するためには、地元の鎌ケ谷駅5時48分発の電車に乗らなければ間に合わない。やや神経質な清弘は身支度に1時間以上かかるので4時に起きているが、普通の人間ならば5時に起きても充分間に合う。

清弘が早朝の4時に起きるのは、10年以上前に釣りに熱中していた頃以来のことだ。

あっという間に5時半になったので清弘はコートをはおり長めのマフラーをぐるぐる巻きにして玄関に向かう。翔子に「行ってくるから鍵かけてくれ」と声をかける。「むむむ」と唸りながら翔子がフラフラと立ち上がってあとをついてくる。「目覚ましは7時にセットし直してあるから、鍵を閉めたらそのままねるんだぞ」と言って玄関の外に出る。

氷を細かく砕いたような外の冷気が顔にぶつかってくる。

「じゃあね」と言って手を振りながらエレベーターに向かう。翔子は「気をつけて」と言ってエレベーターに乗り込む清弘をじっと見ている。清弘は「早くドアを閉めて中に入れ」とジェスチャーで促すと翔子はこくりと頷いてドアの中に消えた。

エレベーターに乗り込んで1階に降りて外に出ると、マンションの前の道を大型トラックが激しく往来している。街は動き出しているのだ。空を見上げると先ほど見た鋭い三日月の輝きが鈍くなっているように思える。三日月の下の空は紅く染まりだした。夜明けも近いのだ。清弘はその間を縫うように道を渡って駅に向かう。

駅が近づくにつれて駅に向かう人の数も多くなってきた。早起きの寂しさが解消された気がして思わず清弘の頬が緩んでいた。

2012年12月19日公開

© 2012 消雲堂

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