「綱淵謙錠さんのこと」

歴史奇譚(第3話)

消雲堂

小説

1,041文字

吉村昭先生のほかにも尊敬する時代小説作家がいます。綱淵謙錠さんです。といっても読んだことがあるのは、会津藩の最後を描いた「戊辰落日」と「幕末風塵録」ぐらいです。綱淵さんの本はあまり書籍市場にないのです。アマゾンでは古本を高価で販売されてるいようですが、そんなもの買う金はございません。

さて、綱淵さんは好んで幕末ものだけを書いたようですが、その理由を「幕末風塵録」のあとがきで以下のように語っています。

「わたくしが<幕末>にこだわるのは、主として戊辰戦争の敗者ー大きくはその戊辰戦争を導き出した西欧文明によるカルチャー・ショックの波瀾の中に呑み込まれ行った人々の慰霊鎮魂なしには、明治以後の歴史は語りえない。と考えるからである。敗者の声を無視した勝者の歴史の永続きしないことは、これまた歴史の教えるところである。

もう二年後には、慶応四年(明治元年)から二度目の<戊辰>がやって来る。そのとき、勝者も敗者もともに百年の怨念から解放されて、<歴史>という客観的な時間の中にそれぞれ正当な評価を得て、静かに永遠の眠りに就くことができるようになっていることを期待したい。幕末史がわれわれの未来を映し出す鑑となるのは、そのときである。昭和六十一年二月中浣」

最近では幕末を私的感情のみで創作された漫画のように読みやすい司馬史観だけを読み、幕末を曲解してとらえ、この国を誤った方向に導いていこうとする輩がたくさんいます。その多くは政治家と呼ばれる職業の人々ですが、この人たちだけでなく、この人たちに騙され導かれる人々には何を言っても理解できないようなので、もう「なるようになれ」と諦めて生きるしかないのです。

それを黙ってみているしかない僕も同罪なのですがね。

しかし、戊辰戦争だけでなく、その後のいくつかの戦争のこともそうなんですが、すべての蟠りを捨てて未来を担う人々につながなきゃならないのに、過ぎたことに拘っていつまでも文句言ったり金払えって言ったりする国があります。わからないでもないけれど、互いに戦争の不幸を競い合っても仕方がない。戦争だから何があっても仕方がないと言っているのではないですよ、誤解のないように。

過ぎたことは仕方がない。未来につなぐ前向きな思考に戻し、宗教なんかも捨てて地球人すべては一丸となるしかないのです。

おっと、綱淵さんが二年後に戊辰といったのは昭和六十三年のこと。綱淵さんの願いは届いたのでしょうかね?次の戊辰は二千四十八年(平成六十年)だそうです。

2013年1月24日公開

作品集『歴史奇譚』第3話 (全14話)

© 2013 消雲堂

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