錯覚が枯渇し真実に沈溺するのを渇愛できるほど僕はウエットじゃない。一生脱げないスケート靴を履かされているからといって一生氷上で生活するなんてまっぴらだし、それに人間には「煩悩の数を増やす」っていう厳しい試練が与えられてて忙しいわけだしさ(煩悩のギネス記録っていくつだっけ?)。なんにせよ合理は不合理のペットだからプラマイゼロになるかな楽観的に考えても悲観的に考えても加速度的に考えなくても。ジャンル外というジャンルっていうか、ええと、つまり何が言いたいのかというとね、ワタキミちゃんの発言を受けて僕はパニックを起こしてたってこと。
まあそれはともかくとして、これからタイプするセリフはワタキミちゃんとアレンさんのやりとりだよ。
「君は以前こんなことを言ったねワタキミちゃん。『床に置いたカレイドスコープを覗き込みながら私のほうが回転しているのはカレイドスコープに私の瞳の輝きを楽しんでもらいたいから』って。はっきり言うがね、カレイドスコープはそんな君を見てあきれてると思うよ。カレイドスコープの目を回すようなことはやめな。文字どおり君は空回りしてる」
「そういうあなたは以前こんなことを言ったわねアレンさん。『僕はどうしてそれが〈是〉なのかってことよりどうしてそれが〈非〉なのかってフィールドに手が伸びるんだ』って。はっきり言うけど、あなたの手が伸びた〈非〉は迷惑してるわよ。〈非〉に対して非礼なことしないで。〈非〉が非同期症候群になっちゃう。〈非〉が押した非常ベルをとめないで。〈非〉の非常口を閉ざさないで。〈非〉の非ゼロ和ゲームを邪魔しないで——ああ、もう〈非〉が非可算無限に出てくるわ」
「ワタキミちゃん、ハサミで切れない生地を開発したらその生地を切るハサミも開発しなきゃあいけない。そこまでがセットなんだよ。僕の言いたいこと分かるかい?」
「『問題がないのに答えはあるという問題』を問題にしてよアレンさん。折り目正しく裏返すってアプローチははなはだ幼稚だわ。朝と夜を反転させても朝と夜という概念に変わりはない」
「メゾ領域にいればミクロ/マクロ領域に手がとどくが、ミクロ領域にいたらマクロ領域に手がとどかず、ひるがえってマクロ領域にいたらミクロ領域に手がとどかない。ミクロ/マクロ領域双方を手中にしたかったら結局のところメゾ領域にいるしかないんだよワタキミちゃん」
「ミクロ領域からマクロ領域へ、さもなくばマクロ領域からミクロ領域へ手を伸ばして掴んだ答えこそ真の答え。答えの質量は手の伸び率に比例する。それにメゾ領域に身を置いていたのでは真のメゾ領域も楽しめないし、しかもミクロ/マクロ領域のどちらか——いや両方に身を置いていれば〈是〉や〈非〉のほうからこちらに手を差し伸べてくれるわ。私は数多のありふれた答えの下敷きになって死にたくない。だからメゾ領域に身を置かないって決めたの。なんにせよアレンさん、どうして私に手がふたつ付いてるか分かる?」
「左手で鼻をほじりながら右手でテレビのチャンネルを変えるためかい?」
ワタキミちゃんはゆっくり首を横にふった。「左手でミドルフィンガー、右手でサムズダウンを同時におこなうためよ。愛してるわアレンさん」と彼女はそう言ってアレンさんにそのハンドサインを送った。
アレンさんは肩をすくめた。「パッケージに毒入りと書かれてあるアイスバーはぜんぶ当たり。はずれなしってわけかい。うん、それじゃあ喜んで鏡になってあげよう。愛してるよワタキミちゃん」と彼はそう言ってワタキミちゃんに目下のハンドサインを送り返した。
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