Adan #67

Adan(第67話)

e.s.

小説

2,568文字

ワタキミ的アイスバーグ作戦〈15〉

「例のブツ持ってきた?」と唐突にワタキミちゃんが僕にそう訊いた。なんか鼻をつままれた気分だったなあ。

 

僕はうなずいてジャケットの内ポケットからヴィヴィアン・ウエストウッドのシガレットケースをとりそれを彼女にわたした。ケースの中身は大麻煙草(ちなみにケースはプレゼントさ)。その大麻煙草はワタキミちゃんが指示したバーでバラク・オバマから知的さをしぼりとった感じの顔をした黒人から買い受けたもので、じつを言うとね、彼女の言いつけでその黒人から大麻煙草を買うのは二回目だった(余談なんだけどさ、僕はその黒人からはじめて大麻煙草を買ったとき警察に捕まっちゃったんだ。でも捕まったことを電話でママに話したらその日のうちに釈放された。逮捕歴も抹消してもらったよ。僕のママはなんていうか、うん、交友関係が広いんだ)。

 

「ヴィヴィアンは嫌いだけどもらっとく」とワタキミちゃんはケースをあけ大麻煙草をとりそれに火を点けて言った。「ついでに言うとわたし夜香木も嫌い。夜香木よりこの葉っぱのほうが私に理解を示してくれる」

 

僕はうなずいた。「僕も夜香木のこと嫌いだよ。いい香りだから嫉妬しちゃうんだ。あとおまけに言うといま君のくちびるを奪ってるそいつにも嫉妬してる」

 

僕はそう言ってワタキミちゃんが吸引してるそいつを指差した。このとき鼻腔をくすぐったそいつの香りも僕は生涯忘れないだろう、いや変な意味じゃなくてね(じつのところ僕は彼女が吸ってる大麻煙草のその灰にも嫉妬していた。彼女とキスできるなら僕はハイになりそのままおかしくなってもかまわないと思ったね)。

 

「わたし」とつぶやいてワタキミちゃんは正面にあるバスケットゴールのほうを見た。彼女の放ったその視線はゴールに向かって放物線を描くというより“直線的!”って感じだったよ。「一坪反戦地主会に入会しようと思ってる。米軍用地を買う」

 

彼女のその思いがけない発言内容に僕はしばらく黙ってしまった。

 

一坪反戦地主会について簡単にのべる。一坪反戦地主会というのは米軍用地を共同で購入し、その購入した土地の軍用地契約を拒否することで基地反対を訴えている団体のこと。つまりその団体の会員は日本政府から米軍用地料を一円ももらってないのさ。

 

「うん、分かったよ」と僕は言った。それからワタキミちゃんにこう尋ねたんだ。「何坪買うのかな? いくら用意すればいい?」

 

うかつだった。僕のその発言に対しワタキミちゃんは舌打ちして首を横に振り、自分で買う、と強い口調で言った。

 

僕はワタキミちゃんに心から詫びた。するとブツのおかげなのか彼女は寛容な態度で僕のそれを受け入れてくれた。でそれからワタキミちゃんはスニーカーのアウトソールでブツをもみ消してこう言ったのさ。

 

「伝説は始まっている。私の伝説は始まってるの。これから女の時代が到来したとしてもすべての女に時代が味方するわけじゃないのは百も承知。男の時代だからといってすべての男に時代が味方したかと言えばぜんぜんそうじゃなかったわけだし。でも私は私を信じてる――というより私は私を楽しんでる。私の正義が世界に通用するのかどうか、それを考えると楽しくてしかたないの。敗北した自分の姿を想像するとおかしくて笑っちゃうのよね。なにがおもしろいって、真の愛が負けるから、真の正義が負けるからおもしろいんだもん、この世界は」

 

僕はワタキミちゃんのその発言を受けて彼女のマネジメントをしている自分を誇らしく思った。だから僕は自分の気持ちを率直に次のように表出できたのさ。

 

「君に一生ついていくよ。君の出演するライブ会場へも、レコーディングスタジオへも、そしてそのスタジオのオーナーと喧嘩して公園へ行くのにも僕はどこまでもついていく。もし君が誰かから理不尽なバッシングを受けたらそのときは僕が君のエアバッグになるよ、君の頬がふくらむ前に」

 

僕はそう言って自慢の大きな腹をポンとたたいた。するとワタキミちゃんは僕に顔を向けて鬼歯やえばを見せ血も涙もあるおなじみの殺意を僕に感じさせてくれた。とそのときさ。彼女が――ワタキミちゃんが僕の肩に頭をあずけてきたのは!

 

しあわせな時間だったなあ。彼女の髪の毛の香りが夜香木の花の香りと野球帽にさえぎられていたことと、かつその野球帽の中心についてる突起物が僕の頬に攻撃的だったというマイナス面をさしひいてもしあわせな時間だった。僕は彼女のその頭のなかにある思想もあずけてほしいと心からそう思ったね。

 

「全世界に平和がおとずれるまで」とワタキミちゃんは僕の肩に頭をあずけながら言ったんだ。「私は拡声器ラウドスピーカーを持って叫びつづける。だからMGエムジーその日がくるまでずっと肩をかしてほしいの」

 

「もちろん」と僕は言った。「もしも僕の両肩がなんらかの事故でなくなってしまっても義手ならぬ義肩をつけて君に肩をかしつづけるよ」

 

ワタキミちゃんは僕の肩に頭をあずけながら声に出して笑ってくれた。そして言った。「私は音楽シーンも変えたいの。口パクリップシンクしてるアイドルの口を見るとパブロフの犬的に私の口から反吐が出る」

 

「音楽シーンだって早く君に変えてもらいたいと思ってるはずさ。だからそのために君が今日すべきことは新曲をいったん保留にすることだね。アレンさんには僕から話しておくから今日はもう帰って休んだほうがいい。明日は大きなライブがひかえてる。最近いろんなことが起こってるし明日は熱いライブになるんじゃないかな」

 

僕がそう言うとワタキミちゃんは頭を起こした。残念だったと言いたいとこだけど、彼女が頭を起こしてくれて僕は正直ほっとした。というのもね、彼女の野球帽の中心についてる突起物が僕の右頬に穴をあける寸前だったんだ。

 

ワタキミちゃんは頭を起こしたあと僕に両手を差しだしたから僕はいつものハンドシェイクを彼女と交わした。でね、僕は右頬を押さえながらこう言ったのさ。

 

「僕の肩は24/7トゥエンティーフォーセブンかしだしてるけど今度もたれるときはMGの頬にやさしくするよう言っといて、その野球帽に」

2021年3月9日公開

作品集『Adan』第67話 (全75話)

© 2021 e.s.

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