踊ってばかりの国

踊ってばかりの国(第1話)

応募作品

諏訪靖彦

小説

21,691文字

日本列島を襲った未曽有の大災害と前後して、出自によってヒエラルキーがつくられた。皇統と同じY染色体ハプログループを持つものは「皇別」、皇統と祖を同じくするハプログループを持つものは「神別」、それ以外は「諸蕃」とされ、諸蕃は差別と偏見の中で生きることを強いられた。分断された近未来の日本で、諸蕃で構成されたパルチザン「トライ戦線」が分断前の世界を取り戻すため、皇統を断絶すべく皇嗣暗殺を目論む。

 

天皇が危篤となり日本国民が令和時代の終わりを肌で感じ始めたころ、皇室典範改正の機運が高まった。旧宮家の皇族復帰である。常陸宮ひたちのみや正仁まさひと親王、秋篠宮あきしののみや文仁ふみひと親王は既に逝去、秋篠宮悠仁ひさひと親王も成人を迎える前に早逝していた。天皇以外の皇族に男子が一人もいなくなったのである。令和天皇は女性宮家の創設、女性天皇の即位及び女系天皇制の確立を強く望んでいたとされるが、当時の内閣は天皇の気持ちを国民に伝えることなく、事実上無視した形で、令和天皇が崩御する前に敬宮としのみや愛子あいこ内親王を一代限りの天皇として即位させ、在位中に臣籍降下した旧宮家から適当であると判断された者を皇族に復帰させる皇室典範の改正に踏み切った。

女性天皇は認めるが女系天皇は認めないとする皇室典範の改正は一部から猛烈な反対の声が上がったが、当時の日本を覆っていた空気は、霞のような保守主義であり、その正体は、たとえ形だけであっても二千年間受け継がれてきた伝統を捨てれば、国家のアイデンティティが失われてしまうのではないかという漠然とした危機感であった。日本人の拠り所としての男系継承存続を声高々に訴える者もいたが、多くの国民はなんとなく、漠然と、積極的ではないにせよ旧宮家の皇族復帰に賛成した。そんな靄のような、霧のような、霞のような空気に希釈され、女系天皇を認めるべきだとの声は次第に影をひそめていった。

旧宮家を皇族復帰させるにあたり、宮内庁が調べたのは天皇の「Y染色体ハプログループ」である。Y染色体パプログループとはY染色体系統樹に沿った分岐の分類マーカーであり、変異が生じなければ父親から息子にそのままの形で引き継がれる。よって皇室に復帰し宮家を創設する男子のY染色体ハプログループは天皇と同じものでなければならない。しかし、戦後臣籍降下した旧宮家出身の男子であったとしても、天皇と同じY染色体ハプログループをもっていると断定することは出来なかった。それは、表向き男系で繋がっているとされていても、妻による不貞が無かったとはいえないからである。

宮内庁は天皇のY染色体ハプログループをもとに、旧宮家男子のY染色体ハプログループの照合を行った。合わせてミトコンドリアゲノムのハプログループも調査されたが、万世一系の男系であるとされる皇室にとって、女系継承されるミトコンドリアゲノムのハプログループに意味があるとはいえず、上皇后、皇后などの外から入った女性皇族の出自に興味を持った一部の研究員の好奇によって調査された。

天皇と旧宮家男子のY染色体ハプログループの照合は宮内庁により極秘裏に行われたが、調査を進める中で思わぬ出来事が起こった。のちに「列島分断の始まり」と語り継がれる事件である。天皇のY染色体ハプログループが外部に漏れた。天皇のものとされるY染色体ハプログループは変異間隔から分岐時期を調べる、いわゆる分子時計によって導き出された約一五〇〇年前に一人の男子から拡散したとされるもので、それは日本人男性の二〇パーセント程度に見られるものであり、それが政治利用されることになった。天皇と同じY染色体ハプログループでなくとも、縄文時代から日本にいる天皇と同じ枝から派生したY染色体ハプログループであれば日本人であり、大陸から数千年前に渡来したとされるY染色体ハプログループは日本人にあらずと言った言説が公然と交わされるようになる。天皇と同じY染色体ハプログループを持つものは「皇別こうべつ」、皇室と祖を同じくする枝から派生したY染色体ハプログループを持つものは「神別しんべつ」、それは以外のY染色体ハプログループを持つものは「諸蕃しょばん」とされた。そして諸蕃は「ばん」と揶揄されることになる。

Y染色体ハプログループはただのマーカーである。Y染色体の中に形質や知能、運動能力を司る遺伝子は見つかっていない。生殖の為だけに存在すると考えられているY染色体の一部マーカーを使って日本列島でヒエラルキーが作られたのである。女系継承されるミトコンドリアゲノムにはそれらの遺伝子が含まれていたが、Y染色体のような区別は行われなかった。朝鮮半島、中国北東部とさして変わらないミトコンドリアゲノムハプログループ分布が、Y染色体原理主義を牽引していた民族主義者たちにとって都合が悪かったからである。また、性染色体に比べ遥かに多くの遺伝子を持ち、ヒトの形質、知能を司る常染色体も一切考慮されなかった。民族間の遺伝距離を測るのに適したSNPsを使った主成分分析では、国内の地域差よりも韓国との遺伝距離の方が近い場合が多々見受けられたからである。

当然、一つの性で起こった分断はもう一つの性に波及する。諸蕃を夫に持つもの、子供が諸蕃のものも同様に諸蕃として扱われた。それは離婚して夫の配偶者から外れても、諸蕃の子供の親権を元夫や他人に委譲しても続いた。男子を産んだことのある女性は胎児の細胞が自身の身体に移動、出産後も自己免疫によって排除されずに残ることがある。マイクロキメリズムと呼ばれるこの現象によって、一度でも諸蕃の男児を産んだものは諸蕃のY染色体を体内に有している可能性が有り諸蕃として扱われた。また、一度でも体内に精子を取り込んだことのある女性の中でもY染色体が残る事例が幾つか見つかり、男性によるY染色体差別を冷ややかに見ていた未婚女性たちも、しだいに性交相手や結婚相手を皇別や神別から選ぶようになっていった。

 薄汚れたバラック小屋の、錆によって茶色く変色したトタン扉の隙間からテレビの音声が漏れ聞こえる。「列島分断」が起こってから三〇年後、諸蕃は列島各地で三〇〇を超えるコミュニティを作っていた。いや、作らざるを得なかった。諸蕃がまっとうな職に就けることはなくなり、都心に住む諸蕃の人間は諸蕃部落近くに作られたゴミ処理施から金目のものを拾い集めたり、時折現れる日雇い斡旋による肉体労働で小銭を稼いだ。違法薬物の売買で生計を立てるものもいた。ここ埼玉県川口市西川口駅西口周辺もそんな諸蕃部落の一つだった。

分断当初、皇別、神別のY染色体ハプログループを持った日本人男性は四割弱であったが、裕福な諸蕃の多くが差別されるのを嫌い海外移住したことにより諸蕃の人数が減少、さらに敬宮愛子内親王が天皇に即位した翌年、日本列島を巨大地震が襲った。神奈川県沖を震源とする地震を起点に、駿河トラフ、南海トラフ、日本海溝プレートが相次いで連鎖、太平洋沿いの地震観測地点すべてで震度計の許容量を超える激しい揺れを計測した。震度七にも耐えうるとされていた首都圏の高層ビルは想定していた規模をはるかに超える揺れに耐えきれず軒並み倒壊、沿岸部の都市は津波に呑まれ消え去った。内陸部では富士山をはじめとするフォッサマグナ沿いの活火山が一斉に噴火、溶岩流、火砕流、土石流に多くの都市が飲み込まれた。未曽有の大災害は列島に大きな傷跡を残し、誰しもが一〇年や二〇年では震災前の状態に戻ることは出来ないと考えていた。そこで政府が推し進めたのが選別的震災復興である。

政府は諸蕃に対して十分な手を差し伸べず、皇別、神別に手厚い保護を行う震災復興を行った。結果、皇別、神別が日本男性の九割を超えるほどになり、僅か数パーセントにまで落ち込んだ諸蕃は日本社会の外に追いやられた。震災前から諸蕃の占める割合が大きかった川口市は震災によって壊滅的な被害を受けたが、満足な復興支援を受けることができず、市内にいた皇別や神別は他の地域に移住した。他の諸蕃部落の成り立ちもおおよそ似たようなものである。

――……午後二時一五分ごろ、社会福祉法人「ひかりの葉」主催「全国緑化大祭」式典に出席されていた治仁はるひと皇太子殿下が、記念植樹中に狙撃されました。宮内省より正式な発表はまだないものの、複数の情報筋によると何者かが放った弾丸が皇太子殿下の頭部を打ち抜き、皇太子殿下は薨御されたとのことです。犯行声明は確認できておりませんが、二月十一日、宮内省病院より皇太子妃綾子あやこ殿下に抱えられ、初めてお姿を見せられたご夫妻の第一子、芳仁よしひと親王殿下を射殺した反政府組織「トライ戦線」によるものと思われます。トライ戦線は次々と皇族を……

――バラックの中にいる男女数名が歓喜の声を上げた。その中の一人、赤嶺あかみね恵文けいぶんは肩から下げた自動小銃をテレビ画面のワイプで切り取られた治仁皇太子に向けると、「タタタタ」と声に出して発射音を真似て見せた。そして自動小銃から右手を離し、口を大きく開け舌を出すと、自分で彫った線状の入れ墨が入った中指をワイプの中の治仁皇太子に向けて前後に動かす。すると、その様子を見て恵文の周りにいる人間が笑い声を上げた。
「今ごろコウシン皇別・神別のやつら泡食ってるよ。なあ、靖子やすこ

恵文は隣に座るはた靖子に目を向ける。靖子の栗色の髪の毛は、前髪を眉上数センチで切りそろえ、サイドは耳に掛かるか掛からない程度、後ろ髪はうなじに沿って短く刈り上げられている。パルチザンに長い髪の毛は必要ない。靖子は恵文に笑いかけたあと口を開いた。
「うん、これで皇族の男子は竹田宮たけだのみやの一人だけになったね。流石に皇別であっても系図にない一般市民を宮家に向かえることはないだろうから、私たちが竹田宮、いや 皇太子が死んで東宮に向かい入れられる恒成つねなりを殺せば皇統の男系男子は途絶えることになる。そうすればこの狂った社会制度を変えることができる。そもそも、皇統なんてものは日本に中央政権が誕生してから何度も入れ替わっているのよ。弥生時代後期から古墳時代中期まで、近畿地方の幾つかの豪族が持ち回りで大王を立ててヤマト政権を動かしていた。その時代は諸蕃が大王だったかもしれない。縄文人の形質を受け継いでいるアイヌが話す言語が日本語と遠く離れていたり、朝鮮語と日本語の近似性から朝鮮半島からやって来た渡来人によって日本語祖語がもたらされたのは確実だから、どこかの時点で縄文語から日本語祖語への置換が起こっている。日本列島各地に王権が興ったころは渡来人が優勢だったのは間違いないし、中央政権が興るまでに諸蕃とコウシンは混血しまくってるのよ」
「縄文人のY染色体を受け継ぐ二七〇〇年続く万世一系なんてちゃんちゃらおかしいんだよ。継体天皇になるまでも何度皇統が変わったのか、そりゃもう断絶と擁立の繰り返しだろ。継体天皇以後も現在に至るまでに皇統が変わっている可能性だってある。あいつらの歴史書なんて嘘と虚飾にまみれているからな。たまたま一五〇〇年前の絶倫男がコウシンのY染色体を持っていただけだ。しかしコウシンのやつらははそんなことも知らずに、知っているやつらでさえも知らないふりをして、皇統を万世一系だと崇め有難がっている。全く馬鹿な連中だよ」

そう言って恵文はテレビ画面に向かってもう一度中指を立てた。
「コウシンのやつらは天皇が大好きだからね。あいつらは安心が欲しいんだよ。形質を決定しないY染色体なんてものに縋ってでも、自分は天皇と繋がっていると思って安心したいんだ」

靖子と恵文の会話を聞いていた若い女が話に割って入って来た。大きな腹を片手で支え両足をゆっくりと動かして二人の前に来る。名前は切目きりめ京子きょうこ、靖子の二つ下の二七歳で靖子や恵文と同じく川口部落で生まれ育った。靖子と恵文は京子を妹のようにかわいがり、二人がパルチザンに加わると同時に京子も加入した。靖子より短い髪の毛は真っ赤に染められ、同じく赤く染められた眉毛の下の細く切れ長の目が靖子を見つめた。靖子は京子が皇別や神別を相手に身体を売っているといった話を聞いたことがあるが、真偽のほどはわからない。それが本当であったとしても、川口部落には身体を売ることで生活している女は沢山いる。それは生活するためであったり、タンクトップから延びた両腕の肘の内側にケロイド状の瘡蓋を作り出す注射器の中身を手に入れるためだったりする。京子が身体を売って問題になるとすれば、皇別、神別の男子を身ごもってしまった場合だが、そうであっても京子も生まれた子供も、ここから抜け出すこなど出来ないだろう。
「だけど、今回の件で私たちが標的にされることはないかしら? そうしそうなったら恒成を殺すことなんて、できなくなるよ」

靖子がそう言って恵文と京子に向けた視線の先で、床に腰を下ろしこちらを見つめる白髪の男が口を動かすのが見えた。しゃがれた威厳のある声が、トタンに貼られたベニヤ板の床を震わせ三人も耳に届く。川口アナキスト革命連帯代表、駒田こまだ健吾けんごである。
「大丈夫だ。トライ戦線は統一指導者を持たない超蕃派組織だ。政府はトライ戦線構成組織を完全には理解してはいない。今回、皇太子を射殺した茨城県神栖かみすセクトや母体組織である革命的新共産主義同盟に捜査が及ぶことがあったとしても、我々まで行きつくことはまずない。革命的新共産主義同盟は急進的新左派組織であり、我々の思想とは大きく異なる。政府は両組織の過去の闘争の歴史からいまだ対立組織として認識しているから、川口アナ連と結び付けることはまずないだろう。革命的新共産主義同盟や神栖セクトに捜査が及び、やつらの代表が口を割れば話は別だが、そこは彼らを信じよう。思想は違えど、我々と同じく皇統を断絶させるという共通の目的を持っている」

そこまで言って児玉は立ち上がって三人のもとに歩いて来る。そして京子の隣に腰を下ろすと、靖子に視線を合わせて口を開いた。
「治仁を殺したのは神栖セクトの朴尚中パクサンジュンだ。彼は襲撃までの半年間、神栖部落を離れ高崎部落に潜伏していた。革命的新共産主義同盟は大きな組織だ。特高警察に勘繰られないように事を起こすには神栖セクトを遠く離れ、時が来るのを待たなければならならなかった。我々は彼らよりもずっと小さな組織だが、万全を期すことには変わりがない。万が一捕まったとしても足取りから川口アナ連に繋がってしまってはまずいんだ。俺はその役目をお前と、恵文にやってもらおうと思っている」
「俺たちでいいんすか?」

恵文の言葉を聞いて児玉が恵文に視線を移す。
「そうだ。男女の方が怪しまれない。それにお前らは幼馴染で仲がいいだろ?」
「まあ、仲はいいよな」

そう言って恵文は靖子を見る。靖子は恵文に笑みを返した。
「それで、俺たちはいつここを出ればいいですか?」

児玉は「ふー」と鼻から息を吐き出す。そして恵文に言った。
「一週間ないし二週間後、準備が整い次第二人には長野県小諸こもろ部落にある切目の親戚の家に身を寄せてもらおうと考えている。切目の親戚には話をつけているが、小諸部落の人間は反政府活動をしているわけではないし、お前たちが何の目的をもって来たのかを知らない。知っているのは切目の叔父とその娘だけだ。本来であれば京子に任せたいが、見ての通り切目は身重だからな」

児玉は京子に視線を移す。京子は児玉に「すみません」と言って軽く頭を下げる。児玉は京子に返事することなく恵文に視線を戻した。
「今回の件で、しばらく皇族は公務を制限するだろうし、警備も一層厳重になるだろうから、半年程度では恒成を殺すチャンスはめぐってこないかもしれない。長い潜伏期間を覚悟してくれ」
「大丈夫です。たとえ何年かかったとしても信念をもって職務を遂行します。靖子もそうだよな?」

そう言って恵文は靖子を見やる。靖子は児玉の目をしっかりと見つめて言った。
「何があっても恒成を殺して見せます」

二人の返事を聞いて児玉は大きく頷いた。そして二人に優しく笑いかける。
「二人の言葉はしっかりと受け取った。お前たちなら必ずやり遂げると信じている」

数秒の沈黙のあと、靖子が口を開いた。
「川口部落を離れるまで私たちは何をしていればいいでしょうか?」
「そのことなんだが」

児玉は靖子から視線を外し恵文に目を向けた。
「恵文ちょっといいか」

児玉が立ち上がった。慌てて恵文も立ち上がる。その様子を見ていた靖子も腰を上げようとしたが児玉の分厚い手の平で静止させられた。
「この仕事は恵文に任せようと思っている。悪いな」

児玉は靖子にそう言うと、恵文の肩に腕を回した。靖子は児玉と共にドアに向かって歩いて行く恵文が背負う自動小銃の銃口が、左右に揺れ動くのを目で追った。

 小諸部落も震災によって大きな被害を受けた地域である。小諸市の北に位置する浅間山が大噴火を起こし、市内に火砕流が流れ込んだ。小諸市は川口市と違い特別諸蕃が多い地域ではなかったが、政府が行った選別的復興計画で小諸市の優先順位が低いと知った皇別、神別市民は小諸市を捨て被害の少なかった他地域に移住した。皇別、神別が移住してきた地域の諸蕃は諸蕃人口が少なくなるに従い、あからさまな差別を受けるようになり、居場所のなくなった諸蕃は必然的に諸蕃の多く住む地域に集まるようになった。こうして小諸市は東信地方の諸蕃受け入れ先となり小諸部落が形成された。
「こん列が終わったら上がるべえ。ご飯にすっから、ずぐだしてやれ」

元々小諸地区はやせた土地から、米の栽培が難しいといわれていたが、戦後、農地改良が進み、震災が起こるまで長野県有数の米どころといわれるまでに改良発展した。しかし浅間山の噴火によって農地の大部分が火砕流によって流され、直接的被害のなかった場所でも降り積もった火山灰によって米を作ることが出来なくなった。小諸地区に残った諸蕃や他地域から移住してきた諸蕃は行政に農地再生を訴えかけたが、諸蕃部落が国から援助を受けられるはずもなく、米を作ることを諦め、やせた土地でも栽培が容易な蕎麦を作ることにした。
「はい、わかりました」

靖子は手を止め、数歩先で鍬を持って土を掘り返している初老の男に向かって返事をする。顔を上げ男の返事を待つが、男は黙々と土を掘り返している。靖子は男が振り向かないと分かると顔を落とし、掘り返された土の上に種を蒔く作業に戻った。靖子の隣では恵文が額を伝う汗を拭いながら靖子の蒔いた種の上に土を被せていく。
「靖子の声、昭利あきとしさんに届いているよ。昭利さんは返事をしなかったらもう一度同じこと言うはずだからな」

被せた土の上を鍬で軽くなで付けながら恵文が言った。
「そうね。でも昭利さんは耳が遠いからなあ。私たちが無視していると思われたら嫌だし」
「靖子は細かいことを気にしすぎなんだよ。無視したと思われても昭利さんは気にしないし、無視したからと言って俺たちに対する態度が変わるわけじゃない。昭利さんはそんな小さい人間じゃねえよ。それより俺は晩飯が気になるな。なあ、靖子、今日の晩飯は何だと思う?」

恵文は手を止め日除け付き麦藁帽を被った靖子に目を向ける。靖子も恵文に振り向き口を動かした。
「蕎麦とお焼き、それにイナゴの佃煮じゃない? お蕎麦は大根おろしにお味噌を溶いたつけ汁で、お焼きの中身は野沢菜と切り干し大根ね」
「それって昨日と同じじゃんか」
「だって、毎日同じだもん」

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2020年10月4日公開

作品集『踊ってばかりの国』第1話 (全10話)

© 2020 諏訪靖彦

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