ヴァージナル・エランド

応募作品

諏訪靖彦

小説

2,472文字

2020年7月合評会参加作品。お題は「はじめてのUber Eats」

 築地新大橋通りを左折した一台の自転車が晴海通りを疾走する。三車線道路の一番左を走る自転車の運転手は、自身の姿を覆い隠すほどの大きな黒いバッグを背負い、そのバッグの中心には「UberEats」と書かれていた。
健吾けんご、ちゃんと撮れてる? ライブ配信されてるから、なるべくはっきりと配達員が映るように撮ってよね」
 自転車の後ろを、自転車の速度に合わせてゆっくりと追いかける白いハイエースの運転手が、視線を車道に向けたまま助手席に座る健吾に話しかけた。健吾は右手に持ったビデオカメラのファインダーを覗き、左手に持ったレシーバを耳にあてがいながら運転手に返事をする。
「大丈夫です、佐和子さわこさん。ばっちり撮れてます」
 佐和子はチラリと健吾を見てから直ぐに前に向き直る。
「道中、何も起きななかったとしても画さえあればなんとかなるからね。編集班がリアルタイムでそれらしいテロップを付けてくれている。健吾は『水曜スペシャル川口浩かわぐちひろし探検隊シリーズ』って知っている?」
「いえ、知りません」
「昔の流行ったドキュメンタリー番組だよ。番組の初めにTVの画面いっぱいに広がった「アマゾンの奥地に幻の怪物を見た!」なんていった大げさなテロップが入って、そこで視聴者は心を鷲掴みにされるの。番組終盤までヘビが出たとかサルが出たとか、その程度のことをテロップや効果音、さも特別なことが起こったかのようなナレーションで視聴者を煽り続ける番組よ」
「視聴者を煽って、最後はどうなるんですか?」
 佐和子は「ふふ」と笑ったあと話を続けた。
「やらせで終わる。事前にスタッフが作った怪物の足跡らしきものを見つけて終わり。当時はそれが普通だったのよ。それでも十分楽しめたの。でも健吾はこの撮影がやらせで終わらないことを知っているよね? だからそれまで、配達員が目的地に着くまで何も起こらなかったとしても、編集班がテロップとナレーションを駆使して視聴者を引き付けくれてる。煽って煽って視聴者数を稼がなければいけないからね。それにこれは配達員にとって最初の仕事だから、目的地に着くまでに思わぬハプニングがあるかもしれない。だから、しっかり撮っていてよね」
 自転車は晴海通りを南下して勝どき橋手前の交差点で止まった。赤信号だ。ハイエースも十分な車間距離を取って自転車の後ろに止まる。そのとき、それまでハイエースの後ろにいた大型バイクが車線を縫いでハイエースを横切り自転車の横に並ぶように止まった。大型バイクのライダーはヘルメットのバイザーを上げて配達員の男に何やら話しかけた。
「声は拾えている?」
「大丈夫です。受信感度もばっちりです。音量を上げますね」
 そう言って健吾はレシーバーを左耳から離してつまみを捻る。すると微かなノイズが混じる中に二人のやり取りが聞こえてきた。
――お前さ、遅すぎるんだよ。後ろがつかえてんのわかんないの?
――私が乗ってるのは自転車ですから。
――だったら車道を走るな、歩道を走れよ。お前が背負ってるバッグがでかいから後ろのハイエースがお前を抜けなくて、後続車がつかえて迷惑してんだよ。それになんだよそのバッグ、聖闘士聖衣セイントクロスでも入ってるのかよ?
――自転車は車両だから車道を走らなくてはならないんです、それに……
 配達員の言葉を遮るようにバイクの男が言葉を被せた。
――は? お前何言ってんの? だったら歩けよ。聖闘士聖衣を自転車で運ぶ聖闘士セイントなんて聞いたことねえよ。徒歩だろ、聖闘士は徒歩だろ!
 そう言うとバイクの男は配達員の大きなバッグを左手で小突いた。すると、配達員の地面を捉えていた両足がふわっと浮き、後ろへ倒れそうになる。配達員はさっと身体を回転させバッグから地面に倒れないように、横向きに倒れた。そして、配達員に覆い掛かるように自転車が倒れる。配達員の体の上で自転車のペダルがくるくると回った。
「撮れた?」
「ええ、もちろんです。音声もばっちり拾えています。不届きなバイク野郎に小突かれ自転車ごと倒された配達員が職務を遂行するためにバッグの中身を守った、これはいい画になりますよ!」
 バイクの男は信号機が青に変わると同時に、何事もなかったようにバイザーを戻して走り去っていった。配達員はゆっくりと立ち上がると膝に付いた砂を払う。そして自転車を起こしサドルにまたがった。配達員の白い半袖シャツから延びる左ひじには、転倒時に付いた擦り傷が見える。健吾は左ひじを数秒間ズームアップしてからゆっくりと全身が映るように引いていく。配達員は擦り傷を気にすることなく勝どき橋に向かって自転車をこぎだした。
 自転車は勝どき橋を抜け晴海トリトンスクエアのエントランスを少し過ぎたところで止まった。配達員は自転車を路肩脇に立てかけ晴海トリトンスクエア・オフィスタワーZ棟の警備員用通用口に向かって歩いて行く。ハイエースはゆっくりと自転車の隣まで近づいて行き、ハザードランプを点けた。
「ここまで面白い画が撮れてるんじゃないですかね?」
「そうね。でも、本当に面白くなるのはここからよ」
 佐和子はハンドルに両肘を乗せ健吾に向かってニッと笑う。健吾も佐和子に笑い返した。
 

 
――番組の途中ですが、緊急特別ニュースをお届けします。先ほど入って来た情報によりますと、東京都中央区晴海にある商業施設兼オフィスタワー「晴海トリトンスクエア」が何者かの手によって爆破された模様です。犯行グループは動画投稿サイトに「はじめてのおつかい」と題して犯行の一部始終をライブ配信し、多くの視聴者がその模様をリアルタイムで観ていたようです。実行犯は食品配送業者になりすまし、配達用バッグの中にTNT火薬を詰め込み、晴海トリトンスクエア・オフィスタワーZ棟に侵入、中層階で爆発させた模様、あ、たったいま、当該サイトで犯行グループの首謀者とみられる人物の中継が始まったようです。画面を切り替えます。
 
「……彼の無垢な魂を表す勇敢な行動に敬意を払い、われわれ自由民主戦線はこの国を漫然と覆う悪しき空気に抗うため……」
 

(了)

2020年7月19日公開

© 2020 諏訪靖彦

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サスペンス ユーモア

"ヴァージナル・エランド"へのコメント 12

  • 投稿者 | 2020-07-22 08:48

    筆者の、絶望スタンスから浴びせるユーモアは、僕には凄く面白い。

  • 投稿者 | 2020-07-23 11:04

    聖闘士星矢は詳しく知らないのですが、コロナの聖衣というのがあるらしいですね。

    過激なユーチューバーにイデオロギー教育を施せば、そのうち似たようなことが起こりそうな気がします。

  • 投稿者 | 2020-07-24 15:24

    健吾と佐和子は何かの番組スタッフと思っていましたが、犯行グループの一員だったんだなあと意外に思いました。また、二人のやっている行為は愉快犯のようなのに、首謀者の言葉は政治犯のようで、その部分も意外に思いました。

  • 投稿者 | 2020-07-26 12:25

    首謀犯と現場の態度、熱量の乖離は当初の理念を超えて単なる暴徒化するBLMを皮肉っているようで、そういう点でも凄くタイムリーな小説に感じました。聖闘士の件は世代じゃないため全く分かりませんでしたが(汗)

  • 投稿者 | 2020-07-26 13:11

    配達員の受難を描くものと思っていたら最後はJuan.B氏のようにドカンと決めましたね。痛快です。
    どうせなら晴海のタワマンじゃなくて東京都庁とか防衛省とか虎ノ門ヒルズの五輪委員会がよかったのではと思います。表門からは厳しいけど裏門は結構警備が薄かったり、地下通路から割と簡単に入れたりします(ウソです)
    唐突な「川口浩探検隊」がよかったです。あれはやらせだけどこっちは本物だぞ、とさりげない伏線だったと後から気が付きました。

  • 投稿者 | 2020-07-26 15:21

    健吾という登場人物のネーミングに深い意味があるのか、またしても聞かなくてはいけませんね(笑)。配達員をドキュメントで追うという設定はとても面白いと思いますし、聖闘士星矢にあのバッグを見立てるのも面白かったです。それだけに最後の終わり方が唐突すぎた気がします。もう少し突っ込むところまで追って欲しかったのが個人的な感想です。

  • 投稿者 | 2020-07-26 18:43

    喜んでいいことなのかどうかはわからないが、諏訪さんがだんだんJuan.Bの作風に染まりつつある! テロが起こりそうな社会の状況や犯行の動機になりそうなものが話の途中で示されたらよかったのにと思った。

  • 投稿者 | 2020-07-26 22:10

    2時間映画の導入7分としてはだいぶ良いのではないか。ぜひ騒動の全容を書いて映画化してほしい。川口浩探検隊をここまで説明するなら、聖闘士星矢ももっとガッツリ説明してほしかったと思うが、俺自身はコンテクストが十分にあるので大丈夫だった。

  • 投稿者 | 2020-07-27 00:49

    どんでん返しにまんまと騙されました。
    他の方のコメントとも重なりますが、もっと深堀りできそうで、長編の一部のように思えました。

  • 投稿者 | 2020-07-27 08:16

    『水曜スペシャル川口浩かわぐちひろし探検隊シリーズ』(予定調和)を伏線としておいて、ショートの結論を実在のテロリズムに結び付けている点が面白い。
    それにしてもキーワードの取り上げ方からして作者の年代が自分(団塊ジュニア)にかぶる点が興味深い。この作品は作者の醸し出すアンチテーゼ風のノスタルジーかと思われる。

  • 編集者 | 2020-07-27 16:55

    最近、ワイドショーに噛り付いて年中自分より目下に怒ってるような暇人の目線がUberEatsに向いてるらしく、配達員の待遇を心配するより以前に、学歴差別やら更には「あの鞄で何を運んでるのか分からない」「あんなザル仕事でテロでも起こされたらどうする」だの言う奴もいる。そう言われると、なるほどそういう使い方もあるな、うーん良い想像力だな、という閃きがある。是非そういう使い方をする人も出てきてほしいなあと思う。
    それにしても俺の名前を連想する奴が何人もいるのを見る。他人を指摘するだけではダメだ。実践だ、次は君がJuan.Bになる番だ。

  • 投稿者 | 2020-07-27 22:06

    健吾と佐和子は自爆する配達員よりもずっと安全な場所から爆発を眺めているので、前半の悠長さとラストのズレが効果的に現れているなと思いました。自爆する配達員の気持ちが知りたい。。。

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