新世界が来るらしい

応募作品

諏訪靖彦

小説

3,938文字

合評会「善悪と金」参加作です。
私には難しすぎるテーマでした。
Wikipedia先生ありがとうございます。

「彼女は私にとって太陽のような存在でした。いえ、太陽そのものでした」
 イームズチェアに浅く座り、膝に乗せた両肘の先でせわしなく指先を動かしながら話す中年の男が顔を上げ辺りを見渡す。タイルカーペットが敷き詰められた十平方メートル程の空間には、十分なパーソナルスペースをとった椅子が円形に並べられ、二十代から六十代までの男女数人が座っている。みな熱心に男の話に耳を傾け次の言葉を待っていた。
「絶えず私にまとわりつき、じわりじわりと身体を侵食してくる黒雲は、彼女といるときだけ私の傍を離れます。その天津欄間な笑顔を見て取ると、暗雲は地平線の彼方へ消えてなくなるのです。しかし私は、その太陽を地平線の先の、湖の奥深くへ沈めてしまいました。きっかけは大したことではありません。よくある痴話げんかです。昼食を食べ終えナプキンで口元を拭いていると、対面に座る彼女が封の剥がれた一通の手紙を私に差し出しました。私は封書から便箋を取り出して内容を確認すると「これがどうした?」と言って便箋を彼女に返します。すると彼女は私の目をじっと見つめた後、便箋を縦に引き裂きました。手紙は私へのファンレターでした。それを彼女は浮気相手からのラブレターと勘違いしたようです。細めた目の奥に青い炎を滾らせる彼女に向かって「いつものファンレターだよ」と言うも、彼女は私の目を見つめたまま二つに分かれた便箋を一つに纏め、再び縦に切り裂きました。それを見て私は……」
 男はそこで言葉を切ると額に垂れた髪の毛を撫で付け、対面に座る白衣の女に目を向けた。女がゆっくりと頷く。それを見て男はまた口を開いた。
「私は彼女の頬をはたきました。手を出されたことに驚く彼女の目に向かって握りしめたこぶしを叩きつけました。顔に対して幾分大きな鼻の、慎ましく丸まった鼻先めがけて骨が砕けるほど何度もこぶしを叩きつけました。そしてチェストからピストルを取り出しテーブルに伏せる彼女の黒髪を引っ張り、口の中にピストルを突っ込んだのです」
 男の話を聞いていた幾人かが声をあげると、白衣の女が口元に人差し指を持っていき左から右へとゆっくり首を動かした。
「乾いた破裂音と共に彼女の後頭部にバラの花が咲き、椅子の隙間から飛散した花びらが扇状に壁に張り付きました。壁を伝い落ちる赤い雫をしばし眺めた後、私はピストルをテーブルの上に置き部屋を出ました」
 男は腰を上げ椅子に深く座りなおすと、足を組みひじ掛けに体重を乗せ人差し指と親指で口髭をつまむ動作を繰り返す。
「アンゲラが手紙を破り捨ててからあなたが部屋を出るまでの感情の変化を教えてください」
 白衣の女が男に向かって言った。
「困惑、緊張、そして虚無です」
「あなたは自分を覆う黒雲の正体が虚無であることを知っていたはずです。アンゲラを殺めたことにより、虚無はより深くあなたを浸食してきます。黒雲を払うはずの太陽がいなくなり、あなたはどうやって虚無と対峙したのですか?」
「理性を失わせるアルコールを断ち、攻撃性の源である肉を断ち、タバコを吸うのをやめました。ある種の禁欲的生活を自分に科すことにより、虚無の侵入を拒めると思ったのです」
「結果は?」
「皆さんの知っている通りです……」
 そう言って男は周りを見渡す。自分と目を合わせるものがいないと分かると目を閉じた。
「そうですか、ありがとうございました」
 白衣の女が椅子から立ち上がり、男に近づいて行った。男の肩に手を置き、耳元でボソボソと何かを言う。すると男はガクリと首を落としたあと、すぐに首を上げ二度三度目を瞬かせる。白衣の女は男の右隣に座る中年の女の肩に手を置き「次はあなたの番ね」と言って席に戻って行った。肩を叩かれた女は白衣の女が席に着くのを確認してから口を開いた。
「私たちが結婚したとき、彼はハイスクールを卒業したばかりでした。私より四つ年下でしたが、年齢を感じさせない落ち着いた雰囲気と誰に対しても平等に接する態度、彼の語る夢に私は惹かれました。私たちが新居に選んだ地域では黒人やインディアンに対する差別が根強く残っており、教区こそ同じであったものの白人とそのほかの人種では礼拝時間を分けていました。彼はそれに対して強い憤りを感じていたようです」
「彼はマルキストであったと聞いていますが」
 白衣の女が中年の女に質問する。
「ええ、そうです。マルキズムを信奉していました。父親への反発からマルキズムに入れ込み、大学時代に確固たる信念となったようです。当時合衆国内で共産主義を掲げて社会運動を行うことは不可能でした。そこで彼は思想信条を隠して牧師となり、内部からその歪んだキリスト教秩序を瓦解させようと試みます。しかし、その計画は数年で頓挫しました。彼が黒人やインディアンを集会に参加させているのを見た他の牧師が彼を破門にしたのです」
「それで軌道修正をした」
「はい。彼は自らが主宰する教会を立ち上げました。無神論者である彼がキリストの呪縛から逃れられなかったというわけではありません。目的のため利用できるのであれば利用しない手はないというのが彼のキリスト教へのスタンスでした。ですから、社会変革に必要な信徒数と、それを運用するための資金が集まるまでは、借り物の教義から彼の信条である平等主義に光を当て、キリスト教系教団であると偽りました。人種融和人種統合主義を掲げ、貧民区で炊き出しをおこなったり、黒人の地位向上のための集会へ積極的に参加しました。こういった行動は一定の成果を上げ、彼自身の社会的地位を押し上げました。彼が病気で入院した際は自ら進んで黒人病棟に入院し、黒人病棟の内情を広く社会へアピールしました。のちに人種により病棟を分けていた病院は人種隔離病棟を廃止しました」
「資金はどうやって集めたのですか? 貧民区の黒人信徒を集めるだけでは潤沢な教団の運用資金を得ることは出来ません。所謂富裕層、白人を取り込む必要があるはずです」
「奇跡を見せるのです。人種統合主義は多くの関心を集め、集会を開くたびにメディアが取材に来るようになりました。そこで彼は教団に対して否定的な記者を壇上に上げ、記者の居住地や家族構成、社会保障番号を言い当てました。当然それは事前に信徒を使い調べ上げていたことですが、集会参加者の注目が集まるなか壇上に上げられた記者は冷静な判断能力を失います。会場の雰囲気にのまれ、疑うことを忘れてしまうのです。また彼は集会の中で心霊治療を行いました。大勢の観衆が見守る中、医療器具を使わずに患者の体内から病原とされる物体を取り除くのです。これは私が彼と結婚するまで働いていた看護師としての経験が大いに役に立ちました。集会場の熱狂的雰囲気の中、造られた奇跡を目の当たりにした記者はこれらの出来事を記事にします。オカルトは裕福な白人社会にとって新しい娯楽でした。いつ起こってもおかしくない核戦争の恐怖に怯えていた人々にとってうってつけの娯楽だったのです。ファクトチェックされないままメディアによって垂れ流される新しく神秘的な娯楽と、当時進歩的であるとされた人種統合主義が相まって、彼の目指す社会と相反する層を取り込むことに成功しました」
「所謂インチキですよね? それらの行為に信徒からの反発はなかったのですか?」
「目的を達成するための手段だと認識していました。少なくとも私はそう思っていました。しかし、あるときを境に信徒たちの態度に変化が生じます。彼は教団の宗教的象徴になろうとしたのです。信徒に対して自分を「父」と呼ばせることを強要しました。信徒ではない家族と生活を共にすることを否定し、教団共同体での生活を推奨したのです。彼の唱える社会的福音が共産主義であることに気付いていた信徒ですらこれには反発を示しました。多くの離反者を生み教団の規模は一気に縮小していきました。数千人いた信徒が数百人まで減少し、教団と良好な関係を保っていた左派政治団体も徐々に距離を置くようになりました」
「結束力を高めるために行った行動が裏目に出てしまったのですね。彼はその状況に対して何か言っていましたか?」
「ふるいにかけたのだと。描いた絵を完成させるために必要な段階なのだと言っていました。彼はそのころから共同体主義を掲げ、共産主義思想を隠そうとしなくなりました。「今こそ二千年間有色人種と女性を虐げてきた聖書を捨てるときだ」「天国からあなたを救いに来るもの待っていても、そんなものは決して現れない。我々がこの歪んだ地上に天国を作るのだ」と言った過激な発言を繰り返しおこなうようになりました。当然、それらの発言は多方面からの反感を買い、それまで良好な関係を保っていたマスメディアによる猛烈な攻撃にさらされることになりました」
「それで教団の移住を決意した」
「そうです。共産主義コミュニティモデルとして開拓を進めていた南アメリカに教団機能を移すことにしました」
「ジョーンズタウンの運営はうまくいきましたか?」
「それは皆さんの知っている通りです……」
 白衣の女は立ち上がると、中年の女へ向けて歩いて行く。そして彼女の前まで来るとそっと肩に触れ耳元で何かを囁いた。すると中年の女は口髭の男と同じようにガクリと頭を下げた後ゆっくりと目を開ける。白衣の女は彼女に向かって微笑みかけると元いた場所へ戻って行った。
「今日はここまでにしましょう。みなさんお疲れさまでした」
 白衣の女は自身の胸の部分に描かれた金色に縁取りされた赤い幾何学模様に沿って右手を動かしてから両手を胸の上で組む。白衣の女を取り囲むように座っていた人たちが立ち上がり胸の前で手を組むと、白衣の女に向かって深々と頭を下げた。

2019年5月16日公開

© 2019 諏訪靖彦

これはの応募作品です。
他の作品ともどもレビューお願いします。

リストに追加する

リスト機能とは、気になる作品をまとめておける機能です。公開と非公開が選べますので、 短編集として公開したり、お気に入りのリストとしてこっそり楽しむこともできます。


リスト機能を利用するにはログインする必要があります。

あなたの反応

ログインすると、星の数によって冷酷な評価を突きつけることができます。

作品の知性

作品の完成度

作品の構成

作品から得た感情

作品を読んで

作者の印象


この作品にはまだレビューがありません。ぜひレビューを残してください。

破滅チャートとは

この機能は廃止予定です。

タグ

この投稿にはまだ誰もタグをつけていません。ぜひ最初のタグをつけてください!

タグをつける

タグ付け機能は会員限定です。ログインまたは新規登録をしてください。

作者がつけたタグ

ホラー ミステリー

"新世界が来るらしい"へのコメント 0

コメントがありません。 寂しいので、ぜひコメントを残してください。

コメントを残してください

コメントをするにはユーザー登録をした上で ログインする必要があります。

作品に戻る