僕は持て余した。小さなそれを、

踊ってばかりの国(第8話)

応募作品

諏訪靖彦

小説

12,041文字

 パラリンピック男子射精競技は二種目に分けられる。一般的に射精競技として知られる「ザーメンフライングディスタンス」は単純に精液の飛距離を競うものだが、「ラピッドファイアピーニス」は最初の五分で一回、次の三分で一回、最後は二分で一回射精し、的への命中精度を競う競技である。精密射精と持久力が試される競技であるが、競技が進むにつれ睾丸に溜まった精子と前立腺分泌液、精嚢分泌液の量が少なくなり飛距離が出なくなるため、第一射は五メートル先へ、第二射は二メートル先へ、第三射は五十センチ先にある的へ向けて射精する。

 

安芸竹城あきたけじょうはパラリンピック男子射精ラピッドファイアピーニス代表選手として味の素ナショナルトレーニングセンターで強化合宿に参加していた。竹城は生まれつき両腕のない先天性両上肢欠損である。その竹城が射精競技に出会ったのは大学の卒業旅行で行ったウクライナの首都キエフだ。ふらりと立ち寄ったキエフスポーツ宮殿の中で四肢を欠損している人たちが射精競技に取り組んでいる姿を見て、両上肢欠損を理由にスポーツは出来ないと決めつけていた自分が恥ずかしくなった。彼らは右腕が無くても左腕が無くても、四肢のすべてが無い人でさえ健常者と同じように射精し、汗を流し、笑い合っている。射精後のそのさわやかな笑顔は、健常者のそれと何ら変わりない。みな楽しんで射精しているのだ。竹城はその場で体験射精を申し出ることにした。ウクライナ語は出来なかったが、身振り手振りで射精したいことを伝えると、彼らは喜んで竹城を受け入れてくれた。スポーツは人種や言語を超える。射精は出すか出されるかしかない。

「ウクライナのラピッドファイアピーニス代表選手が発表されたよ」

エアマット上に胡坐をかき、目を瞑り、イメージトレーニングをしていた竹城の肩をコーチ兼、射精メンタルトレーナーのDaiGoダイゴが叩いた。竹城はゆっくりと目を開くと顎を上げ、DaiGoを見上げた。射精メンタルトレーナーは主に選手の性欲管理を行う。大会に向けて体内精液保留量を一定に保ち、予期せぬ放出を防ぐために精神状態の安定を図るのだ。性的興奮状態にあると判断した場合には二十四時間テレビを見せたり、母親の声を聞かせたりする。しかし、あまりに溜まりすぎた精液は夢精という形で外に放出されることもあり、大会当日に最高の精液状態に持っていくため、細心の注意をもって選手をサポートしなければならなかった。

「エメーリャエンコ・モロゾフですよね? 彼を超えるザーメンシューターがいるとは思えません。彼はザーメンフライングディスタンスとダブルエントリーですか?」

竹城はウクライナのスポーツ宮殿で射精競技に出会ったあと、西新宿の築四十年の建物の五階をバリアフリー化して「ザーメンカムショットクラブ」という名の射精競技スクールを立ち上げたが、三か月も経たぬうちにスクールを畳むことになった。当時はまだ、射精競技がオリンピックやパラリンピックの正式種目となっていなかったため、生徒がなかなか集まらなかったのもあるが、なりより階下のダンススクール「平成ダンス女学園」が、ザーメンカムショットクラブを風営法に違反したかがわしい店だとして警察に通報したのである。竹城は障害者に理解のない日本の状況に絶望し、ザーメンカムショットクラブ設立時に新宿区から借りた障害者グループホーム設立支援金を踏み倒してウクライナに向かった。日本で射精競技が野球やサッカーのように国民的スポーツになるにはどうしたらいいのか、子供が将来なりたい職業のスポーツ部門で射精競技が上位に選ばれるにはどうしたらいいのか、そのヒントを探して射精のすばらしさを教えてくれた原点に向かうことにしたのである。そこでエメーリャエンコ・モロゾフに出会った。

「いや、彼はラピッドファイアピーニスのみにエントリーしている。ザーメンフライングディスタンスは後進に道を譲るそうだ」

モロゾフの射精は圧倒的だった。大陸間弾道ミサイルの研究開発を行っていた、旧ソ連科学アカデミー研究員で構成された専属トレーナーによる計算された勃起角度からの射精は、飛距離はもちろんのこと、連続射精、精密射精においても我が国の射精とは大きな差があった。国内射精競技の第一人者を自負していた竹城ですら、手も足も出ないレベルだったのである。モロゾフの素晴らしさは射精技術だけではない。射精競技に対する姿勢も賞賛すべきものであった。健常者でも障害者でも、精通して間もない男児を東方正教会聖堂に集め、射精の喜びを起点とし、社会主義時代の経験を高らかに自慢するウクライナ社会の老害と向き合う方法を教えた。また、告解に来た男児を密閉された告解室に連れ込み、すべては射精によって許されると解いて見せた。

「それは願ったりかなったりです。射精競技がパラリンピックの正式種目に決まってからというもの、私はラピッドファイアピーニス一本に絞って練習してきました。モロゾフを目標に陰茎を、いや、陰茎の先の亀頭に内包された海綿体を毎日毎日、血が滲むほどしごいてきました。勿論、海綿体だけではありません。尿道から睾丸マッサージ、前立腺刺激においても手を抜いていません」

ザーメンフライングディスタンスは陰茎の長さが飛距離に直結する。隆起したモロゾフの陰茎は三十センチを優に超える。竹城の八センチしかない陰茎では勝負にならないのである。それは竹城がラピッドファイアピーニスを選んだ理由でもある。

「お前が頑張っているのは俺が一番よく知っているよ。しかし、それだけモロゾフは本気だ。生半可な気持ちで太刀打ちできる相手ではない。俺は最高の状態でお前を送り出さなくてはならない」

そう言ってDaiGoは竹城の両脇に手を伸ばしエアマットから立ち上がらせる。竹城はエアマットでバランスを崩したふりをしてDaiGoの胸に上気した顔を埋めた。竹城は数秒間、DaiGoの匂いとぬくもりを味わったあと、すっと顎を上げる。

「分かってます。私はDaiGoさんの言うことなら何でも聞きます。どんな要求にも耐えられます。私はDaiGoさんになら……」

竹城は芋虫のように体をくねらせDaiGoに絡みつく。右ひざがDaiGoの股間に撫でたとき、DaiGoが声を上げた。

「ちがうちがう、そうじゃない。今じゃない、今じゃないんだ竹城。ここは味の素ナショナルトレーニングセンターだ。周りを見てみろ、柔道、レスリング、ウェイトリフティングなど、沢山の選手が日の丸を背負って真剣に競技に向き合っているだろ? 俺たちが向き合うのはパラリンピックが終わってからだ。俺と竹城は手を取り合って金メダルを手に入れるんだ。表彰台の中央で日の丸をバックに金メダルに噛り付いたあと、俺の金メダルにも噛り付いてくれ。そして、ホテルのベッドに金メダルを五つ並べて、とっておきのシャンパンを開けよう」

DaiGoの言葉を聞いて竹城はコクリと頷く。そして瞳から一筋の涙が零れ落ちた。DaiGogは竹城の頬を包むように手を添え親指で涙をぬぐった。

ラピッドファイアピーニス決勝は二日間にわたって行われる。ファイナル最終日、射精競技会場である陸上自衛隊朝霧訓練場は異様な臭いに包まれていた。いや、異様な興奮と熱気に包まれていた。安芸竹城が暫定一位で最終日を迎えたからである。日本人が金メダルを取る可能性が高まったことにより、それまで射精競技に興味のなかった国民の注目が集まり、国営放送は急遽生中継を車椅子バスケットボールからラピッドファイアピーニスに切り替えた。他を寄せ付けない圧倒的成績で予選を一位通過したエメーリャエンコ・モロゾフは、前日のファイナル一日目で大きなミスを犯し暫定三位に終わった。モロゾフの放った第一射は五メートル先の的を大きく外れ観客席に飛び込んだ。射精競技の観客席は、選手の両サイドに位置しているため、射精先である的を外しても観客席に精液が飛び散ることはないが、モロゾフは射精の瞬間、前方より吹いてきた突風によって体勢を崩し、陰茎がムエタイ選手のしなる足のような軌道を描きながら観客席に向いた。もともと射速に定評のあったモロゾフの精液は、ムエタイキックの弓なり反発力と合わさり、とてつもない速度で観客席に向けて飛んで行った。観客席と競技場を仕切るスチール製の柵に当たり、一階席の広範囲にわたってモロゾフの精液が飛び散った。幸いケガ人は出なかったが、モロゾフはこの射精以降、第二射、第三射共に的の中心近くに命中させるも、第一射の無得点がひびき、暫定一位でファイナル最終日を迎えることが出来なかった。

「すごいお客さんですね」

竹城は客席を見渡しながら右から左に腰を動かし、陰茎を上下運動させて声援にこたえる。竹城の陰茎が向きを変えるたびに尿道の先に位置する観客席が湧いた。

「ああ、そうだな。日本国中が竹城の射精に注目している」

DaiGoが竹城の後ろから声を掛ける。竹城はDaiGoに振り返った。

「昨日は空席が目立っていたのに、今日は全部埋まっていますよ。それに生中継もされているそうじゃないですか?」

「緊張しているのか? 陰嚢の皮が収縮し睾丸が縮みあがると競技に影響が出るぞ」

竹城は鼻から「フッ」と息を吐いてから目じりを下げる。

「いえ、緊張はしていません。嬉しいんです。こんなにも早く日本で射精競技が注目されるとは思っていませんでした。この分だと明日から始まる女子も注目されそうですね。日本人が射精競技に興味を持ってくれて射精人口が増えれば射精競技スクールを再建できるし、なにより射精する子供たちの笑顔が見たいんです」

「そうか、それなら安心だ。金メダルは竹城の手の届くところにあるとか、金メダルの方から手ぐすねを引いて待っていると言いたいところだが、モロゾフは金メダルを諦めたわけではない。パラリンピックの正式種目となった最初の金メダルは、喉から手が出るほど欲しいだろう。竹城が圧倒的に優位な状況だが、モロゾフは手の内を隠している可能性がある。手を緩めることなく射精に臨むんだ」

DaiGoは竹城の手綱を締めるように言った。竹城は「分かっていますよ」と言いながら右足の先でDaiGoが履いている革靴の上から足の甲を踏んだ。竹城が高校時代に満員電車の中でやった痴漢の方法だ。痴漢された側は足を踏まれたと思い竹城を睨みつけるが、竹城は相手に睨まれる快感と、足の裏から伝わる靴の中に収められている足の形を想像して興奮した。DaiGoは竹城の足の動きに「あっ」と声を上げたが、直ぐに「今じゃない」と言って足をずらした。しかしその目は笑っている。

「手癖が悪くて、すみません」

「いや、いいんだ。逆に竹城がリラックスしているようで安心したよ。さあ、いよいよ最終決戦だ。思う存分射精してこい」

そう言ってDaiGoは竹城の肩を押した。竹城はサムアップしたかったが出来なかったので、軽く腕を上げて「がんばるよ」と伝えようとしたが、これも出来なかったので満面の笑みをDaiGoに向けてから射撃場へと向かって行った。

ラピッドファイアピーニスは円形の的の中心を百点として、中心から離れるほど獲得点数が低くなっていく。ダーツの的のように中心より高得点なダブルリングやトリプルリングは設定されていない。選手はあくまで的の中心を狙うのだ。それを二日かけて二セット行うため、得点の上限は六百点となる。ファイナル一日目の竹城は三回とも的を捉え二百二十点、モロゾフは第一射を外したが、第二射、第三射と中心に近いところに命中したため百八十点でファイナルを迎えた。二人の間に割って入った暫定二位のフランス代表ジャン=ピエール・ゴクミは二百点で一日目を終えた。(四位以下の選手紹介は本作品に大きく関係しないため割愛します)

大歓声に包まれる中、ファイナル最終日出場者六名が一列に射精場に並んだ。ファイナル最終日は六位の選手から順に射精していく。第一射では一人目の選手が射精してから次の選手の番となるが、第二射以降は射精順序の逆転が生ずることがある。これは、五分、三分、二分と与えられた射精時間内に射精すれば、前の選手が射精する前に射精することが出来るからだ。先に射精することにより、他の選手にプレッシャーを与えることが出来る。さらに高得点をたたき出せば、勃起不全を誘うことになる。勃起できなければ当然射精することが出来ない。持ち時間内に射精できなければ無射精となり失格となる。ラピッドファイアピーニスは駆け引きとメンタルコントロールが重要な競技なのだ。

射精場に並んだ選手が各々の方法でインストレーションを行い、陰茎を勃起させていく。すると、選手の一挙手一投足を見守っていた観客席からどよめきが起こった。竹城は何が起こったのか確認するため辺りを見渡す。そして目を奪われた。モロゾフの陰茎にである。陰毛に完全に隠れてしまう竹城の陰茎と違い、モロゾフの陰茎は胸元に張り付いていた。三十センチどころの話ではない。五十センチ以上あるように見える。射精位置規定は足元にある白線より内側で両足を固定した位置と定められている。したがって陰茎が長ければ長いほど的への距離が短くなる。昨日より明らかに大きいモロゾフの陰茎は、二日目に最高の状態となるよう調整してきたからであろう。竹城は後ろを振り返りDaiGoを見るが、DaiGoは顎を前に突き出した。「前を向け」「競技に集中しろ」という意味だ。射精場に着いてから第一射まではメンタルトレーナーやコーチと話すことは出来ない。第一射から第二射、第二射から第三射までの間に射精場外に出てアドバイスを受けることは許されているが、その間も時間は進んで行く。その場にとどまるか、いったん引き上げるかもラピッドファイアピーニスにおける駆け引きの一つである。

暫定六位の選手はモロゾフの隆起した陰茎を見て明らかに動揺していた。何とか射精することは出来たが、勃起角度を上げることが出来ず的まで精液が届かなかった。暫定五位の選手は断定六位の選手が射精したあと直ぐに射精したが、精神の乱れを表すかのように精液軌道が乱れ、同じく的を捉えることが出来なかった。暫定四位のアメリカ代表に至っては勃起すら出来なかった。自身の陰茎に向かって「ワッツハプン? ヘイ、カモーン! ユーキャンドゥイット! ユーキャンドゥイット!」などと叫んでいたが、規定時間内に陰茎を勃起させることが出来ず失格となった。

アメリカ代表が「オーマーイ! ガッデム! ガッデム!」と叫ぶ隣でモロゾフが射精準備を始めた。モロゾフは胸元まで隆起した五十センチ以上ある陰茎の角度をゆっくりと下げていき、地面に対して三十度の角度で静止した。そして「スプァシーヴァ!」と地鳴りのような声を上げたあと、「バシュッ」と大きな発射音を立てて射精した。通常、第一射は的までの距離があるため、ほとんどの選手は九十度から百二十度にかけて勃起角を設定して射精するが、モロゾフの射精はその長い陰茎と射速により、陰茎の角度を必要とせず、風の影響を最小限に抑えて的を狙うことが出来る。殆ど水平に近い勃起角度から射精されたモロゾフの精液は、直線と言っても差し支えない角度で飛んで行き、的の中心に命中した。僅かな時差を持って粘度の高い白濁液が的から地面に向かってドロリと垂れる。観客席からため息のような声が漏れた。モロゾフは的の中心を射抜いたことが当然であるかのように、ガッツポーズも取らずにコーチのもとに歩いて行った。

続いてのジャン=ピエール・ゴクミが射精体勢に入った。ゴクミはイタリア系フランス人F1ドライバーと日本人女優との間に生まれたハーフである。ラテン系の彫の深い顔の中にそこはかとなく漂う東洋人的雰囲気を纏った甘いマスクと、父ジャンが経営するブドウ農園で築いた莫大な財産のおかげで誰もがうらやむ少年期を過ごしたが、十五歳の夏、父の影響で始めたモータースポーツで大きな事故に遭い両腕を失った。一時はレーシングカーをドライブできなくなったことにより自暴自棄になり麻薬に手を染めたが、国民的女優だった母の故郷、日本を訪れた時にふらりと立ち寄ったザーメンカムショットクラブで射精競技に出会い、陰茎をドライブするザーメンシューターとして生きていくことを決めた。そう、ゴクミはザーメンカムショットクラブのおかげで更生できたのである。しかし、竹城がゴクミを指導したわけではない。竹城がザーメンカムショットクラブの経営を投げ出してウクライナに逃げたあと、ザーメンカムショットクラブは暫くの間、新宿有数のハッテン場となっていた。そこへゴクミがやって来た。ゴクミは新宿の手練れザーメンシューターの手ほどきにより射精の喜びを教わったのである。フランス国籍ではあったが、日本人とのハーフであるのと、国民的女優から受け継いだ甘いマスクのおかげで日本にも一定のファンがいる。

射精準備が整うと、イタリア人より固く日本人よりも長い陰茎を突き出し、前後に大きく腰を振りながら「フォルツァ、カッツォーネ!」と叫びゴクミが射精した。射精角度や風を計算した射精には見えない。それは多くの人を魅了した父ジャンの情熱的なドライビングそのものだった。観客席から新宿二丁目住人の虹色の声援が飛ぶ中、ゴクミの精液が的に向かって飛んでいく。モンツァサーキットのパラボリカコーナーのような弧を描きながらゴクミの精液が的に命中した。中心からは僅かに外れたが、それでも高得点には違いない。そのアグレッシブな射精に大きな歓声が起こると、ゴクミは観客席に向かって「グラッツェ」「メルシー」「チョリッス」と三か国語で謝辞を述べてからその場に腰を下ろし、目を瞑り、第二射に向けて精神統一を始めた。

ザーメンシューターには二種類いる。射精の瞬間に声を上げる者と上げない者だ。竹城は後者である。竹城は厳格な父から「日本人たるもの射精の瞬間に声を上げるのは男らしくない、はしたないことだ」と教えられて育った。ザーメンシューターとして生きていくと決意してからも、幼少期に毎晩布団の中で竹城の口を手でふさぎ、耳元でそう囁く父の声を思い出してしまい、射精するときは声を上げることが出来なかった。「サイレントシューターは大成しない」と、ウクライナスポーツ宮殿で出会った幾人かのザーメンシューター言われたが、竹城は小さいころから身体に染みついた射精スタイルを変えることは出来なかった。

竹城は後方に尻を突き出しては、元に戻す動作を繰り返すレコノサンスで筋肉の状態、腰の動きを確認する。竹城の陰茎は八センチしかないため、的までの距離が長い第一射では腰をうまく使い射精しなければ的まで届かない。竹城のクイクイと腰を前後に動かす動作に合わせて観客席が湧く。日本中が竹城の射精に注目しているのだ。暫定六位から四位までの選手が失敗したことにより、この第一射が的を捉えればメダルが確実となる。しかし、竹城が狙うのは金メダルだけだ。竹城はレコノサンスを終えると、日の丸を背負って、日本国民の思いを背負って、亡き父の声を胸に、無言で射精した。竹城の放った精液は美しい放物線を描きながら真っ青な空に白い軌跡を刻んで飛んでいく。そして「ピトッ」と小さな音を立てて的の中心に命中した。その瞬間、陸上自衛隊朝霧訓練場は大歓声に包まれた。竹城は射精後の萎縮した陰茎を左右に振り、尿道の先から粘度の高い透明な糸のような前立腺分泌液を垂れ流しながら声援にこたえたあと、後ろに振り返り、DaiGoに向かって走って行った。

「よくやった、竹城。これでメダルは確実だ。たとえ四位以下の選手が第二射、第三射と的の中心を射止めたとしても、竹城によほどのことがない限り届かない。銅メダル以上は確実だ」

竹城は満面の笑みを浮かべて言った。

「DaiGoさんのおかげです。でも、僕は銅メダルや銀メダルでは満足しません。日本国民も満足しません。DaiGoさんもそうでしょ?」

DaiGoは目じりを落とし、口角を上げてから言った。

「そうだな。俺たちが目指すのは表彰台の真ん中だ。金メダルを首から下げた竹城が、俺の金メダルを口に含むところが見たいからな」

DaiGoがそう言うと竹城は目に涙を浮かべながらDaiGoの胸に飛び込んだ。すると萎縮していた陰茎がまた隆起しだす。竹城は勃起した陰茎をDaiGoの足に押し付けながら顎を上げ、濡れたまなざしをDaiGoに向けた。

「ちがう、ちがう、そうじゃない。今じゃないんだ。それは試合が終わってからだ。試合が終わるまで待っていてくれ。竹城が日の丸をバックに流れる君が代に涙したあと、俺が涙を流しながらバックで竹城を突く。だから、それまで待っていてくれ」

竹城の射精が終わり、上位三人の得点は、竹城が三百二十点、ゴクミとモロゾフが二百八十点で並んだ。(四以下の選手の得点は本作品に大きく影響しないため割愛します)竹城の射精のあと、四位以下の選手による第二射が始まったが、アメリカ代表は失格となったため、射精することが出来ず、五位六位の選手も、竹城、ゴクミ、モロゾフの完璧と言っていい程の第一射を見せられ萎縮したのか、的を大きく外し戦線を離脱した。金メダルは竹城、ゴクミ、モロゾフに絞られた。三人の手に汗握る戦いに会場が湧く中、NHKのテレビカメラが竹城の欠損した両腕の付け根を抜いてから八センチの陰茎にパンする。オーロラビジョンに竹城の八センチの陰茎が大きく映し出られた。テレビカメラに自身の陰茎が抜かれていることに気が付いた竹城は、中継を通して世界中の人々が自分の陰茎に注目していることを感じ取り、自然と尿道の先から透明の粘液がにじみ出てきた。それを察してDaiGoがテレビカメラから竹城の陰茎を手で隠す。競技中のカウパーコントロールはメンタルトレーナーの大事な仕事だ。

「4Kや8K解像度で様々な角度で撮られた陰茎が世界中に生中継されるのを想像して興奮するのは分かるが、今は次の射精に備えて集中しなくてはならない。カウパーだって立派な精液だ。粗末にしてはいけない」

DaiGoに向かって頷く視線の先で動きがあった。ゴクミが二万回転を超えるV12エンジンのような甲高い咆哮を上げて立ち上がったのだ。そして、レコノサンスもしないまま勢いよく腰を突き出して「マンマミーヤ!」と叫びながら射精した。ゴクミの精液はモンツァサーキットのレズモコーナーの立ち上がりから抜けるまで、第六コーナーから第七コーナーにかけて高速で疾走するF1マシンのような軌跡を描きながら的に向かって飛んで行く。ゴクミが射精した瞬間、観客席に座る観衆は息を飲み、精液の行方を見守った。「ヒュンッ」と空気を切り裂く音を陸上自衛隊朝霧訓練場に響かせながら白濁した液体が飛んでいく。F1マシンはレズモコーナーを二百キロで駆け抜けるが、ヒトの陰茎はそんなスピードで射精するようにはできていない。恐らく二十キロ前後だろうし空気を切り裂く音も気のせいだろう。しかし、その情熱的でアグレッシブな射精スタイルから、ゴクミの精液が高速コーナーを疾走するF1マシンのように見えたのだった。レズモコーナーを立ち上がったゴクミの精液は吸い寄せられるように的の中心に収まる。チェッカーフラッグだ。フェラーリのF1マシンが一位でゴールしたモンツァサーキットのティフォシのような歓声が、空気を震わし地面を揺らす虹色の歓声が、陸上自衛隊朝霧訓練場を包み込んだ。(余談だが、ティフォシとはフェラーリを熱烈に応援するファンのことを言うが、その語源は「チフス患者」「チフスによって熱に浮かされた人」という意味のイタリア語から来ている。この毒にも薬にもならない小説の中で、雑学を覚える快感を与えることが出来たらと思い記したが、途中で投げ出さずにここまで読んでいる人は殆どいないだろうし、もし、ここまで読んでくれている方がいたら尊敬するし驚愕する。マンマミーヤ!)

「ゴクミがプレッシャーをかけに来たな。竹城、出られるか? いや、出せるか?」

ゴクミの射精で会場が湧く中、DaiGoが竹城に言った。

「はい、いつでも出せます」

「よし、モロゾフより先に射精するぞ」

竹城は大きく頷いてから、射精位置に向かって歩いて行った。竹城と入れ替わるようにゴクミがピットへ戻って行く。ゴクミに対して贈られた声援は、竹城への声援へと変わり、巨大な波動となって竹城を覆う。竹城は八センチの陰茎をプロペラのようにぐるぐる回しながら声援にこたえて射精位置に着くと、何度か腰を前後に振ったあと、身体を制止させた。竹城は大きく腰を引き、声援が収まるのを待って腰を突き出しす。ドクドクと精道を通り尿道の先に向かって精液が流れる感覚を覚えた刹那、竹城の隣から地鳴りのような音が聞こえた。

「ブブカッ!」

虚を突かれた。竹城が射精準備に入った直後、後方から走ってきたモロゾフが竹城の前で射精した。モロゾフはこの瞬間を狙っていたのだ。竹城はモロゾフが叫んだウクライナの元棒高跳び選手でありロッキー4のドラゴのモデル、現在は児童福祉活動に取り組んでいる国民的英雄、もしくはスキャンダル報道を捨て去り、アイドル記事を垂れ流すだけの雑誌になり下がった月刊誌の名前にビクンと肩を揺らし、同時に陰茎もビクッビクンッと小刻みに震えながら向きを変えた。そして陰茎は制御不能となり、持ち手のいないホースのように暴れだした。

「ちがうちがう、そうじゃない!」

鈴木雅之ばりの絶叫もむなしく、射精体制に入った八センチの陰茎が竹城の腹を叩く。「ペチン」と乾いた音が聞こえると同時に、尿道の先から精液がほとばしった。連続写真のように切り取られた白濁液が竹城の顔めがけて飛んでくる。このままでは無得点になってしまう。竹城はとっさに口を開けた。精液を口の中に入れてしまえば射精したことを隠匿出来ると思った。射精しなかったことにすれば第二射を仕切り直せると思ったのだ。マイナスねじ穴の形をした尿道口から排出されたメレンゲのような精液が、竹城の口内に吸い込まれていく。精液が口蓋垂をすり抜け上咽頭にあたると、竹城は精液が跳ね返らないように素早く口を噤んだ。苦みが口の中を襲う。その瞬間、観客席から大きなため息が聞こえてきた。竹城はザーメンハイディングに気付かれたのかとい観客席を見渡すが、観衆の目はモロゾフに向けられていた。モロゾフの精液は的の中心を捉えたばかりか、的を突き抜け数メートル先の芝生にめり込んでいた。第一射ならいざ知らず、第二射でも全く衰えないモロゾフの射速、精密射精に観客がため息を漏らしたのだ。オーロラビジョンにモロゾフの射精リプレイが映し出されている中、モロゾフはゆっくりと鼻から息を吐き出す。そしてチラリと竹城を見やり、わずかに口角を上げてから、満足げにコーチのもとへ歩いて行った。

竹城は気持ちを切り替え、口内の苦みに耐えながら第二射など無かったかのように射精準備を始める。腰をクイクイと動かしレコノサンスをやり直していると違和感を覚えた。観客席から竹城に対する声援が聞こえてこないのだ。竹城は膝を曲げ尻を突き出したまま観客席に目を向ける。観衆はオーロラビジョンに見入っていた。そこには、竹城の行ったセルフィがスローモーションで映し出されていた。へその下十センチの位置から発射された精液が口の中に納まるまでの様子を様々な角度から繰り返し映し出している。セルフィ自体は競技規定違反ではない。むしろ制御不能となった精液が客席に飛んで行かないように精液を止めることは賞賛されることだ。しかし、そのことを隠して射精を隠匿したとなれば話が違う。スポーツマンシップに反する行為だ。画面が切り替わり竹城の第二射が無得点と表示されると、陸上自衛隊朝霧訓練場は大きなブーイングに包まれた。竹城の陰茎はブーイングによって萎縮したが、勃起時でも八センチしかない陰茎が小さくなったことに気付く者は誰もいなかった。竹城の頬に一筋の涙が流れる。竹城はレコノサンスを取りやめ、泣きながらDaiGoのもとに走って行った。

上位三人の第二射が終わり、竹城が三百二十点のまま、第二射を的の中心を捉えたゴクミとモロゾフは三百八十点で並んでいる。第三射を前に竹城の金メダル獲得は難しい状況になってしまった。

「どうしよう、このままじゃ金メダルは絶望的だ……」

竹城は顔を上げ、あふれ出る涙をぬぐうこともせずにDaiGoを見つめる。DaiGoが両手で竹城の顔を包み、親指で涙をぬぐった。

「第二射精が終わっただけじゃないか。まだ最後の射精が残っている。ラピッドファイアピーニスは最後まで何が起こるかわからない。何が起こってもおかしくないんだ。竹城はもう手の施しようがないとでも思っているのか?」

竹城は頷いた。DaiGoは竹城の首筋に手を持っていく。

「ちがうちがう、そうじゃない。そんなこと考えるな、竹城。まだ金メダルが取れないと決まったわけじゃない。モロゾフ、ゴクミとの差は六十点だ。決して逆転できない差ではない。第三射に臨む選手の精液は、もうほとんど残っていない。たとえ五十センチの距離であっても的まで飛ばす量が残っているとは限らないんだ、特にモロゾフは第二射を第一射並みの勢いで射精した。盤石の射精とみることが出来るが、それは射精競技を知らない者の視点だ。モロゾフは竹城にプレッシャーをかけるため、第三射を捨てて第二射にかけたんだ。あの射速と精液量ではまともに次の射精が行えるとは思えない。五十センチの距離はモロゾフにとってエタニティディスタンスなんだ。モロゾフにとって金メダルは夜空に輝く星のよう、そう星空のディスタンスなんなんだ」

第二射は的までの距離が五十センチしかない。第一射、第二射と全力で射精したものにとっては永遠の距離ともいえる。だが、それがモロゾフにとっての永遠の距離だとは思えなかった。

「DaiGoさんはモロゾフの陰茎を見ていないんですか?」

竹城の言葉にDaiGoは眉をひそめた。

「モロゾフの陰茎の長さは五十センチあります。モロゾフにとって第三射はゼロディスタンスなんです」

DaiGoはモロゾフに目を向けて「あっ」と小さな声を上げた。

 

 ——了

2019年8月27日公開

作品集『踊ってばかりの国』第8話 (全10話)

© 2019 諏訪靖彦

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