私のご主人様

ショートショート・ストーリーズ2(ちょっと長め)(第3話)

応募作品

諏訪靖彦

小説

2,245文字

合評会2019年07月参加作。お題は【猫】。
猫人称(?)にチャレンジしました。

やんごとなき事情により、またオンラインでの参加になると思いますが、よろしくお願いします。

 ドタドタと階段を上がって来る音が聞こえる。同時に階下から「あんた、手洗ったの?」と苛立ち気な女の声が追いかける。女の声を聞いて階段を上って直ぐにある扉の前で立ち止まった足音は「わかったよ」と呟いてから、また、ドタドタと大きな音を立てて階段を下りて行った。
 足音の主は私のご主人様だ。いつも母親に叱られている。家に帰ってきたら必ず手を洗えと言われているのに、何度注意されても一向に直る気配がない。物心ついたころから外から帰ったら手を洗うように躾けられているはずなのに、十年経っても覚えられないのは知能の問題と言うより、ものぐさな性格によるところが大きいだろう。こう言うと、ご主人様は人並みの知能があるように思われるかもしれないが、しかしどうして頭も悪い。判を押したように毎回テストで0点を取ってくる。国語算数理科社会、全ての教科で0点だ。私はご主人様の答案用紙に0点以外の数字が記されているのを見たことがない。しかもその答案用紙を机の中に隠すものだから、ご主人様が学校に行っている間に部屋の掃除をする母親に見つかってしまい、学校から帰ってきたご主人様は母親にこっぴどく叱られる。テストで0点だったことに加え、答案用紙を隠したことで二倍怒られる。ご主人様は答案用紙を必ず机の一番下の引き出しに隠す。バレなかったためしがないのに隠す場所を変えようとはしない。答案用紙を隠す場所を考えるのすら面倒な怠け者で、決して過去を反省しない真正のバカなんだ。
 暫くしてまた、ドタドタと大きな音を立てて階段を上って来る音が聞こえた。何をそんなに急ぐ必要があるのか。ご主人様は時間に追われる生活をしているわけではない。学校から帰って来てすることといえば、座布団を枕に昼寝をするか漫画を読むくらいだ。そんなことを考えていると、ご主人様が部屋の中に入って来た。右手には数枚のクッキーが握られている。ご主人様は私と目線を合わせるために畳の上に座ると、クッキーを半分、私に寄こしてきた。私がクッキーを受け取ると、ご主人様は満足そうにニッコリと笑う。ご主人様は私と一緒におやつを食べたくて急いでいたようだ。怠け者で人並み外れたバカだが、優しさは持ち合わせている。
 ご主人様と一緒にクッキーを食べていると、インターホンの音が聞こえてきた。ご主人様は残りのクッキーを口の中に放り込むと、立ち上がって机の引き出しの中からラジコンカーを取り出し部屋を出て行った。友達が遊びに来たのだろう。私もご主人様の後を追って部屋を出る。
 階段を下りて玄関に向かうと、ご主人様と友達が土間で話をしていた。私は二人に近づいて聞き耳を立てる。
「ラジコン持ってきたか?」
「うん、持ってきたよ。ほらこれ」
 そう言ってご主人様は右手に持ったラジコンカーを友達に見せる。
「それが誕生日に買ってもらったやつか? かっこいいな」
「うん、かっこいいでしょ。買ってもらったばかりだから、外で走らせるのは初めてなんだ。どこで走らせたらいいと思う? 道路だとこの車より大きな車が走ってるから危ないよね? 交通事故を起こしたら全損だよ」
 ご主人様は冗談を言ったようだが友達はニコリともしない。頭が悪い人間は間違いなく冗談も面白くない。
「空き地にすっか。あそこなら広いし遊びに来ているやつらにラジコンを自慢できるぞ」
「うん、そうしよう」
 声をはずませその提案に同意したご主人様の向かいで、片側だけ口角を上げていやらしく笑う顔を私は見逃さなかった。嫌な予感がして私は二人と一緒に空き地に行くことにした。

「ちょっと、なにするんだよ。返してよ!」
 私の予感は的中した。ご主人様が空き地でラジコンカーを走らせてすぐに、空き地に放置された土管の裏から太った男が姿を現し、ご主人様からコントローラを奪い取った。太った男は近所で有名な不良で、ご主人様通っている学校で逆らえる人はいない。
「は? 誰に向かって口きいてんだコラ!」
 ご主人様を空き地に誘った友達は二人のやり取りをニヤニヤ見ている。不良に命令されてご主人様を空き地に連れて来たのだろう。
「買ってもらったばかりなんだ。誕生日の一か月も前からお母さんのご機嫌をとって、お父さんの肩を揉んでやっと買ってもらえたラジコンなんだ。だから返してよ。まだ部屋の中でタイヤを回すぐらいしか遊んでないんだよ」
「は? お前がラジコンを買ってもらった経緯なんて聞いてねえし。お前の所有物は俺の所有物だ。文句あっか?」
 そう言って不良はご主人様を睨みつける。地域一の不良に逆らえるはずもなく、ご主人様は眼鏡の奥の瞳から大粒の涙を流し、涙をぬぐうこともせずに駆け出した。私もご主人様を追って駆け出す。
「うわあああん!」
 人目も憚らず大声で泣きながら疾走するご主人様を追いながら考える。今までに何度も同じ目に遭ったはずだ。何度同じ目に遭ってもご主人様は全く学習しない。友達だと思っている人は、ご主人様のことを友達だとは思っていない。校内ヒエラルキーの最下層にいることを気付けないでいる。
 ご主人様は家に戻ると「ただいま」も言わず階段を駆け上がる。そして自分の部屋で入ると体育座りになり、両ひざに顔を埋めてシクシクと泣く。外では大声で泣いていたのに部屋ではシクシク泣く。逆じゃないかと思ったが、指摘するもの面倒なので私はご主人様の肩をそっと撫でた。するとご主人様は顔を上げ私の目を見つめる。
「ねえ、ラジコンを取り返せる道具ない?」
 そう言ってご主人様は私の腹にあるポケットに手を入れてきた。

2019年7月8日公開

作品集『ショートショート・ストーリーズ2(ちょっと長め)』最新話 (全3話)

© 2019 諏訪靖彦

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